表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/83

スーパークルーザーの巡礼5


 味方戦闘機隊とマスタング達が戦う頃、二式大艇もまたB―36編隊と接触した。


「【敵は単機だ! 叩き落とせ!】」


 指示の元、二式大艇に殺到する曳光弾。

 敵味方双方が巨大機であるが故に、妙に緩慢に見える光弾は、戦艦に吸い込まれる魚雷のように狙い違わず二式大艇に収束する。

 戦艦もかくや、というほどのB―36編隊による対空弾幕。

 それを、ただ一機で対峙する二式大艇は―――


「《空中戦艦を名乗るなら、主砲の1つでも積み込むべきじゃないですか?》」


 ―――四十口径八九式十二糎七(12,7センチ)高角砲によって、一撃で粉砕した。

 二式大艇の側面に、巨大な炎の花弁が咲き開く。

 エンジン音など容易く踏み潰す轟音が、空域を球状に支配する。

 B―36の乗員達は明確な殺意に思考を支配され、機体がビリビリと激震に包まれた。

 乗員が付けていたヘッドホンから、耳障りな電子音が鳴る。

 それはあまりにあっけなく、自機に撃墜判定を出された合図であった。


「【馬鹿な、一撃?】」


 弾幕すら止み、誰もが二式大艇の側面を注視する。

 機体側面から生えていたのは、細い、されど航空機に載せるにはあまりに巨大な砲身であった。

 機体フレームに完全固定された、あまりに巨大な砲システム。

 砲身を固定することによって実現した、簡易な自動装填装置。速やかに詰め込まれる次弾は、既に速射砲の域に達している。

 砲塔機構をオミットすることで軽量化を果たしたこの砲の威力は、既に航空機に積み込む砲としては最大級だ。

 照準は機体そのものを動かすことで行われ、その要領はむしろ無誘導魚雷や水平爆撃の照準器に近い。

 鈴谷の巧みな操縦と、適切な電子装備のアシストによって、二式大艇はB―36と並走したままに砲口を向け続ける。

 次弾を撃ったのは、敵が混乱から立ち直るより先だった。


「【な、なんだ!? 2機が同時に戦闘不能になったぞ!?】」


「【攻撃半径がおかしいことになってる! 航空機に艦砲でも積んでるのか!】」


 12,7センチ。東側戦車で多数採用された12,5センチに近い口径だが、当然まったく別物だ。

 弾薬包全長97センチ以上という巨大な砲弾は、射程14キロメートルという戦車砲とは桁違いの攻撃半径を有する。

 23キロもある弾頭は時限信管によって炸裂し、広範囲に有効なダメージを撒き散らす。

 これに抗せる航空機など、有史以来存在しない。当たれば落ちる、そういう兵器であった。

 最強と嘯いていたはずのB―36の自機ステータスが、次々と真っ赤に染まる。

 それは、まさに悪夢。

 彼らは戦艦などではなかった。戦艦とは戦艦との打ち合いを考慮した船であり、機銃しか持たない彼らに出来るのは弱者を粉砕することのみであったのだから。

 武装のハリネズミ化によって最強を謳ったはずの『平和の使者』は、更なる大口径という、ある意味とても戦艦らしい手段によってその驕りを改めさせられた。


「《あと2機、やっちゃいまーす》」


 当然、数多の12,7ミリを受けた二式大艇も無事ではない。その大きな機体全体に被弾を受け、早々に模擬弾のインク塗れだ。

 だが飛空艇という機種は、水の様々な圧力に抗するべく基本頑丈に作られている。二式大艇、それの改良型である富嶽も例外ではない。

 その特性は数値化され、データ上の機体強度として撃墜判定に至らせてはいなかった。

 機内ではレールが瞬時に展開され、34キログラムの砲弾が叩き込むように薬室に押し込まれる。

 閉鎖機がスライドし、それだけで装填は完了した。

 このあたりの機構は、正規軍の戦車でも苦戦する難しいもの。

 砲身が固定されているからこそ、この機体の自動装填装置は安定した動作を可能としていた。


「【このままでは! お前達、『ロケット弾』を使うぞ!】」


 自機の危機を感じ取った敵主将は、泣き声じみた声色で叫んだ。


「【しかしあれは……っ!】」


「【危険です!】」


「【いいからやるのだ! 対ショック体勢!】」


 主将は制止を振り切り、乗員達の準備すら待たずに禁断のトリガーを引いた。

 ただの『ロケット弾』にしては物々しい、コックピット周りから明確に隔離されたピストル型のトリガー。

 操縦系からも兵装系からも断絶されたその電子回路は、正しくシグナルを伝え翼端のロケットに作動を指示する。

 B―36の翼端に下げられた、左右2つずつ、合計4本の武装が火を吹いた。


「《この状況でロケット弾って、何を?》」


 突然の奇行に、空戦を終えて空中待機していた武蔵達は困惑する。


「《照準―――なんにせよ、これで終わりですっ!》」


 最上が引き金を引くのとほぼ同時。

 B―36、敵主将の乗る大将機は機体を脈動させ、轟然と加速した。


「【ぬおおおおぉぉっ!!!】」


「《ナニアレ?》」


 武蔵の素っ頓狂な声が無線を伝播する。

 ロケット弾は巨大な炎柱を吐き出し、B―36を強引に加速させる。

 B―36が飛行する空域を12,7センチ砲弾が貫き、4機目を撃墜する。

 だが、最後の1機は逃げおおせた。尋常ではない加速によって、こちらの攻撃による加害半径から脱したのだ。

 しばし遠ざかるB―36を見送った武蔵は、ふと我に返り抗議する。


「《おい、それロケット弾じゃないだろ! ブースターの類だろ!》」


「【ロケット弾の切り離しに失敗した! 無理に止めてはかえって危険である!】」


 言い分としては、あくまでロケット弾として切り離すつもりだった、ということらしい。


「《白々しい! リニアエンジンを、使い捨てのロケット弾に使うかよ!》」


 ロケットには違いない。しかしそれは、現代技術において理論上最強のロケットエンジンだ。

 ロケットの炎はプラズマ化した推進剤の光だった。宇宙用のリニアエンジンの特徴である。

 ロケットと言い訳出来る範疇で最も稼働時間と推力の大きな装置を選んだ結果だが、まさに成金としか言いようのない装備であった。


「《セットで100億円以上するはずだ、金持ちチームめ!》」


「【ふはははは! 資本こそ正義! 持つ者だけが正義を語れるのだ!】」


 狂ったように加速する最後のB―36を、インペリアルアライアンス全機が追走する。

 されどとても追い付ける気配などない。二式大艇は当然ながら、速度に優れた重戦闘機組すらも。

 プロペラ機の限界を超えた速度に、時雨は一番技術面で明るいであろう武蔵に訊ねる。


「《ねえ武蔵、あれってどうなの?》」


「《どうなの、と訊ねるなら、割とヤバイとしか言えない》」


 彼らの危惧するのは、敵の機体の強度だった。






 エンジンには適切な速度域が存在する。

 遅い順から

 レシプロエンジン(100〜700キロ)

 ターボプロップエンジン(200〜950キロ)

 ターボファンジェットエンジン(300キロ〜マッハ2,6)

 ピュアジェットエンジン(〜マッハ3)

 ロケットエンジン(0〜マッハ7)

 ラムジェットエンジン(マッハ3〜マッハ5)

 スクラムジェットエンジン(マッハ5〜マッハ15)

 ……となる。

 もちろんこれは結果的に役割分担しているだけであり、絶対的なルールではない。数字も現実的な範疇の目安であり、根拠のあるものではない。

 とかく、適正速度が重複していたり入れ替わったり、そもそも工業製品として時代遅れで調達不可能だったりもするが、おおよそこの順でエンジンは選ばれる。







「《B―36は、そんな速度で飛ぶようには作られていない》」


 B―36は既に時速900キロという、この機体にとって限界を超えた巡航に近い速度で飛行していた。

 敵チームがロケット弾と称して稼働させたリニアエンジンは一応ロケットエンジンの一種、更にいえばパルスプラズマエンジンという種類であり、適正速度は音速を超えている。

 航空機という芸術じみた工業製品は、設計限界を超えた運用をすると一気に無理が来るのだ。


「《割とマジで、空中分解するぞ》」


 スロットルを押し込みつつも、武蔵は大会委員会に競技の中止を進言するか本気で考える。

 B―36が武蔵達が守るべき対地攻撃目標を狙って進行していることには気付いていたが、それ以上に安全第一は優先されるべき事項であった。


「【無用! この機にはモジュール式脱出装置を備えている! 空中分解したところで我々は無事だ!】」


「《自壊前提とか、ほんとどうしようもない連中だ》」


「《機体への愛がないって、最低ね》」


 自力でスクラップだった疾風を復元したという経緯のある時雨にとって、敵チームの機体に対する扱いは嫌悪に値した。


「【くだらん! 航空機など所詮大量生産の工業製品、愛着など不要! 使い潰し、壊れれば交換するものだ!】」


 B―36は武蔵達の守る対地攻撃目標上空へ差し迫る。

 下部爆弾倉の扉が開くと、モノコック構造として機体を支えていた一端が破綻したのか、B―36は更に悲鳴を上げる。

 ギイギイと鳴る機体。敵チームの乗員達は涙目であった。


「【勝てば、勝ちさえすればどうとでも言い訳は立つ! 貴様ら日曜大工の航空機など、俺達の敵ではないのだ! あはははははっ!】」


「《ならば見せてやろう、ハンドメイド(手工業)の極地を》」


 答えた声が誰のものか、一瞬誰も気付けなかった。

 不遜で可愛げのまったくない言葉。同時に突出し、B―36を追う小型機。

 小さな機体規模に不釣り合いな、巨大な機首。そのシルエットは、むしろエンジンに翼を付けたと称するべき異様の戦闘機。

 B―36が投下を開始し、模擬爆弾が降り注ぐ。

 スコールのように地上目標物へ吸い込まれるそれ等を、その小さな飛行機が咄嗟に追う。


「《お前っ!?》」


 落下する無数の爆弾を追う。そんな無茶をしようというのは敷島三笠であった。


「《見せてやろう、この翼の力を》」


 音速に至らんとするほどの急降下の世界。

 降下する小さな飛行機。三笠の操るその機体、名を研三という。







 試合前のブリーフィングにて、時雨はこう断言した。


「B―36と対峙するのは最上と三笠。あの子達なら、最悪どちらかが落とされたとしても単独でピースメイカーを落とせる」


 三笠が隠し玉である以上かなり強力な機体を繰り出してくるのだろうと想像はしていたが、まさか武蔵でさえ難儀した超大型機5機の殲滅を可能と言い切ったのである。


「三笠の機体ってなんだ? そんなに高性能機なのか」


「あの子の愛機はケンサンよ」


 ケンサン。

 その単語が飛行機名と結びつかず、武蔵はやや悩むことを強いられた。


「生け花でお花を立てる為のトゲトゲなのです」


「……もしかして、研三中間機か?」


 アリアのボケをスルーして、武蔵は答えに辿り着く。


「それよ。研三中間機の三号機。軍部の命令で急遽戦闘機として再設計された、スペック重視の局地戦闘機」


 研三中間機。旧日本陸軍によって研究目的で製造された、速度実験機。

 航空機の性能の指標として、やはり判りやすいのは速度だ。

 第二次世界大戦以前からその認識は変わらず、各国が速度性能を競い合っていた。

 日本もその流れを汲み、純粋な速度性能を研究する為に実験機を発注した。それこそが研三だ。


「研三を見た士官かなんかが、『戦闘機として採用すべき』とか言い出したそうよ。とはいえこの時点ではもうWW2は佳境。起死回生を狙うには、生半可なスペックでは許されなかった」


「研三の戦闘機型が作られていた、ってのか。だがそんなもの、モノになったなんて話を聞かないぞ。というか三号機なんて存在自体初耳だ」


 二号機までは噂程度ならあったのだ。しかし、三号機の戦闘機型など見たことも聞いたこともない。


「ええ。研三の三号機は、結論からいえば失敗作だった。当時のエンジン出力では、工作精度では、機材の性能ではその無茶な設計思想を実現することは出来なかった。高望みのしすぎでポシャった、ありふれた駄作機の1つとして、GHQの興味すら引かなかったのよ」


 そのままスクラップとして破棄されるはずだったこの機体は、しかしどういうわけか密かに生き延びていた。

 人から人に渡り、その価値を知らぬ者にぞんざいに扱われ、如何なる経緯か軌道エレベータを経して宇宙に運び込まれ。

 そして巡り巡って、三笠の元へと辿り着いたのである。


「あれを戦えるようにするのは大変だったわ。チタンやカーボンを多様して、電子制御を組み込んで、ようやく本来の設計思想を実現するようになった。けど苦労した甲斐はあった、元々高望みしたスペックは既存の大戦機の限界を大きく超えている。ルール上で使用可能な機体中、最高の性能を誇っていると断言していい」


 それはある種の詭弁だ。

 当時から企画されたスペックだから、それを現代技術で再現したとしても違反ではない。

 来年からはルール違反として規制されそうな、存在そのものが危うい機体であった。


「それは、B―36を落とせるほどにか」


 時雨は首肯した。


「三笠の耐G能力は異常よ。あの機体は、有人機として考えない方がいい」


「無人戦闘機レベルかよ」


 武蔵は薄ら寒さを感じた。

 航空機に搭載される最も脆弱なパーツ、それは人間。

 それがない無人戦闘機というジャンルが、どれほどバカバカしい機動を行うかを武蔵はよく知っている。

 どれほど肉体を鍛え抜いても耐えることの出来ない、数十倍の重圧の世界を彼らは平然と飛び回る。

 対空ミサイルを回避し、逃げ惑う有人戦闘機に平然と追走するゲームチェンジャー。

 彼らの存在は、全てのパイロットの存在意義すらも揺るがせた。


「三笠がどんな体質なのかはともかく、有人機でありながら無人機並の運動性能を発揮出来るこの子には誰も敵わないわ」


「武蔵武蔵」


 アリアがこうして武蔵の名前を連呼する時は、質問したい時と相場が決まっている。


「どうしてそんなヤベー無人機が作れるのに、有人戦闘機が廃れなかったのです?」


「無人機があればそれ用に対策も作られる。その対策の対策も考じられる。対策の対策の対策だって用意される」


「イタチごっこなのです」


「そうだ、そうやって戦闘機は結局どんどん肥大化、高価格化していった。そして、そんな空飛ぶ金塊を人工知能なんてあやふやな存在に預けられることは出来なかった」


 絶対にハッキングされず、中途半端な情報を元に行動出来る演算装置。

 それはやはり、人でしかなかったのだ。


「最終的な戦術として、母機にそこまで過剰な運動性能は求められなかったというのもある。無人戦闘機が超機動出来る技術が成立したってことは、より小さなミサイルならば更なる超々機動が可能な技術が成立したということだからな」


 こほん、と小さく咳払いして閑話休題とする時雨。


「とにかく、あの爆撃機はあの子達に任せるわ。いいわね?」


 こうして、B―36と対峙するのは二式大艇、そしてその後詰めとして三笠が控えることなったのである。







 爆弾を追い、急降下へと突入する研三。水平飛行から直接降下したので、マイナス8Gが彼女を襲う。

 されど、操縦はまったく揺るぎはしない。本来なら脳に血流が昇って酷い苦痛を強いられるはずなのに、三笠は眉一つ動かさずに気を制御する。

 研三は自由落下する爆弾に追い付き―――攻撃を開始した。

 その小さな翼は、制御を失ったかのように空を踊り狂う。申し合わせたように放たれた模擬弾は目標へと吸い込まれ、小さな爆弾を撃ち抜いていく。

 落下中の模擬爆弾の撃墜。見た目ばかりが派手な炎に撒かれる空。

 赤く染まった天空を翼で切り裂き、すぐに姿勢を立て直し次の爆弾を狙い撃つ。

 それは、あまりに非現実的な技量の結果だった。

 武蔵すらやや呆然とそれを眺め、だが誰よりも先に我に返り彼女の危機に気付く。


「《三笠、離脱しろ! ―――B―36が空中分解した、部品が降り注ぐぞ!》」


 彼女の真上から、大小様々なパーツが落下してきた。

 あまりに直接的な、他機への危険。これをほぼ確信的に成したウエストディスティニーは、来年の出場は絶望的であろう。

 そんなことはだが、今はどうでもいいのだ。目下問題は、三笠機が直接的な危険に晒されていることである。


「《―――っ》」


 武蔵は何かしら指示をしようとして、出来なかった。

 彼が同様の状況に置かれたと想定しても、ただ離脱する以上の選択肢はなかったのだ。

 武蔵には、落下物の中を飛ぶことなど出来ない。それが彼の限界である。

 そして三笠の限界は、その先にあった。


「《笑止》」


 落下するパーツは、空気の影響もあり真っ直ぐに落ちるようなことはない。

 きりもみ回転するB―36だった部品の落下速度は速くない。ただ大量に、広範囲に降り注ぐ。

 あたかも、三笠の研三を逃さまいとするように。

 だがそれは、模擬爆弾の追走にはまだ猶予があるということ。少なくとも三笠はそう判断した。

 研三の機体後部が、分解するように開いた。

 幾重ものアームに支持され展開したのは、10本の銃身。

 一つ一つの口径は小さい。だが、それが10本全て有機的に動くとなれば話は違う。

 全方位に向けて、曳光弾の筋が放たれた。

 更に加速して撃破されていく模擬爆弾。小さな機体から生える10の銃身はあまりに異様で、まったく新種の生物のようにすら見える。


「《ありえねえ》」


 武蔵は思わず呟いた。

 あの銃身を制御しているのはRWS、Remote Weapon Stationのような遠隔機銃操作技術であろう。地上を走る軍用車に取り付ける、車内から機銃を遠隔操作する技術だ。

 それはまあ、いい。

 ルール上、機銃を自動制御することは禁じられている。ウエストディスティニーだってそんな露骨なルール違反はしていない。

 そうなると、あの10本の銃身は全て三笠がリアルタイムで操作していることになる。機体そのものの操縦も平行して、だ。

 果たして人間に、そんなことが出来るのか。武蔵にはそれが不可解であった。

 天空の戯曲はすぐに終わった。全ての模擬爆弾は炎に変換され、研三は更なる急降下へ移行する。

 完全に垂直に降下する研三。熟練のパイロットでも発狂するような、頭のおかしい直滑降。

 目前まで迫っていたB―36の破片から今一度距離を稼ぎ、研三は操縦桿を引き上げた。

 海上スレスレで機首を上げ、ほとんど着水するように水平飛行へと戻る研三。揚力が水面を叩き水柱を上げ、飛沫が彼女の機体を追走する。

 直後、その背後に無数と呼ぶにはあまりに多くの破片が村雨のように降り注いだ。

 かき乱され、水しぶきで白く染まる海面一帯。

 誰もが言葉を失う中、アリアが不意に無線機に声を走らせた。


「《あの……敵地上目標、撃破したんですけど》」


 低空から侵入して敵目標を爆撃した百式のことを、誰もが忘れていた。

 敵機全機撃墜、友軍機全機健在。

 更に軽量爆弾とはいえ対地目標の破壊。これで以ってして、誰もが戦いの決着を認めるところであった。

 圧倒的なまでの、武蔵達の勝利である。







 奇策と奇策、特殊装備同士の争い。

 異例尽くしの試合であったが、その決着に異論を挟むものはいなかった。

 一応はルールを遵守した勝者と、ルールを犯してさえ勝利を逃した敗者。

 勝てば正義、それはどこまでも事実の力の理論。

 だからこそ、それを達成出来なかった者への批判は熾烈だった。


「卑怯者ーっ!」


「恥ずかしくないのか!」


「うんこー! うんこー!」


「なんだこの美少女……」


 憮然とした面持ちで歩くウエストディスティニーの面々に、観客は耳が痛くなるほどの野次を飛ばす。

 勝っていたとしてもこの光景は変わらなかったかもしれないが、負けたからにはその声量は盛大であった。

 一人、野次が下品過ぎて周囲の観客から距離を取られているチア姿の妹がいたが、武蔵は無視した。


「あの人達……これからどうなるんでしょう」


 由良が誰に言うわけでもなく、呟く。


「勝利を前提に無茶してきたからな。それが破綻した時のしっぺ返しは小さくはないだろう」


 彼らが負けた時のことを考えていたとは考えにくい。これから彼らが背負うであろう苦悩は、しかし彼ら自身から起因するどうしようもない現実であった。

 対して、まさかの他校での試合で公式戦デビューした三笠には取材が集まっていた。

 エアレースという狭い界隈だが、いや狭い界隈だからこそ。

 『鋼輪工業の5人目の選手』という謎の存在は、以前からにわかに興味を引いていたのだ。

 あからさまに秘されていた、秘密兵器のような扱いである。

 その実力の程は間違いなく、他校選手や観客にとって関心事の一つではあった。

 だが、三笠の実力は彼らの予想を超越していた。

 戦略爆撃機から投下される無数爆弾、それを地面に落下するまでに全弾撃墜。そのような出鱈目を見せ付けられて、平静でいられる関係者がどれだけいようか。

 彼女は何者か。これからどのような影響を与えるのか。少しでも情報を得る為に、記者達は小柄な少女一人を取り囲む。

 そして、敷島 三笠という人物はそのような斟酌するタイプではなかった。


「黙れ下衆共」


 マスコミに絶対言っちゃいけない類の言葉であった。


「そうやって群れることしか出来ないとは、まさに蝗害だな。なに、臆することはない。身を寄せ合うのは弱者の特権だ。好きだろう、そうやって詭弁を弄して愚民を操るのは」


 呆然とする記者達。

 炎上必須のやべー状況だった。

 武蔵はそっと妙子のスカートを捲り、隠れていたタマに命じる。


「タマ、あの辺にちょっとアレな電波飛ばして記録機材のデータ飛ばしておいてくれ」


「あいあいさーだにゃあー」


「ねえ、なんで私のスカートに隠れてたの君?」


 タマがふわふわと低空飛行して人垣に近付いていく。

 彼女は何度か足脛に蹴っ飛ばされながらも突撃し、ヤバげな電磁波を放出した。

 肉眼で見えるほどのどうみても攻撃魔法系な電撃が周囲を破壊し、報道陣を黙らせる。


「任務かんりょー! あーるてぃーびーにゃ!」


「誰が物理的に意識を飛ばせと言った」


「ふらっしゅめもりーのデータ破壊も物理的にゃ!」


 煙を上げてぶっ倒れる報道の人々。ただ一人、呆れた様子で倒れた人々を見下す三笠。

 なんでこいつに電撃効いてないんだろう、と武蔵は思った。

 よく考えたら人外レベルでGに耐えられるのだから深く考えても無駄だろう、と武蔵は割り切った。


「まあいい。加賀に行くぞ、なんか怖いけどこっちからお礼行かないと」


「とりあえずのお土産はこちらに」


 花純がお菓子の詰め合わせを持っていた。

 この辺りではよく使用される、老舗の銘菓の箱であった。


「セルフ・アーク自体が歴史ないのに、老舗ってどういうことなんだろうな」


「このお店は日本本土から移転してきた本当の老舗です。相手方への失礼には当たらないかと」


 花純の答えは少し武蔵の意図からはズレていた。

 武蔵は箱を受け取ろうとして、ひょいと避けられる。

 彼女は武蔵に荷物運びすらさせないつもりらしい。

 お土産を奪わんとする武蔵と、自ら運ばんとする花純。

 しばし2人がカバディしていると、アリアが武蔵の首根っこを引っ張った。


「武蔵武蔵! 武蔵もアイツ等に何かガツンと言ってやるのです!」


 たまに割と好戦的なアリアは、武蔵にも敵チームへの野次に参加するように促す。

 本人がやらないあたり狡い。流石は世界帝国の血を引く者である。


「バカバカしい。終わったことだ」


 試合は終わったのだ。敬意を示すに値する敵ならばともかく、あんなラフプレイをされては語るべき言葉などなかった。

 好意の反対は無関心というが、まさに武蔵はもう彼らに関心を抱いてはいなかった。


「つまらん試合だったな」


「そうかもしれないのです」


「でも、次はそうはいかないわ」


 妙子が呟くように言う。

 加賀のタラップを登ると、よく見知った少女達が待ち受けていた。


「来ると思ったわ、武蔵」


「まあ、礼くらいしにくるさ」


 インペリアルアライアンズと向かい合う、つい先程まで同じチームとして戦った女子達。

 空部の名門校にして、おそらくは大会でも屈指の強豪チーム。

 それを率いる武蔵のかつての恋人は、不敵に口の端を吊り上げる。


「―――武蔵」


「解っている」


 大会としてはまだ数試合残っているが、この場の誰もが理解していた。

 ―――次の試合こそが、実質的な決勝戦だと。

 鋼輪工業高等学校一年生チーム、アヴェンジャーズ。

 果たしてその名(復讐)は誰に向けたものか。


「これで1日、武蔵の身は私のものよ」


「え、そっちか」


 武蔵にとって未曾有の、苦難と恥辱の時間が始まるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ