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スーパークルーザーの巡礼3

本日3度目の更新です。

連休の多めの更新はこれで最後にしたいと思います。




「さて、事情を聞かせて頂きましょう」


 慌てた様子で秋津洲にやってきた大会の責任者を名乗る男を前に、誰よりも先に動いたのは花純だった。

 ただ粛々と、無表情な微笑みを湛え話を聞く花純。

 誰も、彼女が一番新入りの部員だとか、一番ルールに疎いのになんで彼女が対応しているんだ、と指摘することはない。

 空部部員達は理解していた。彼女は一番交渉事に慣れている。そして、今回の判断に怒っている。


「それはですね、色々と検討した結果でして、このような形では悪しき前例となりかねないという判断から……」


「悪しき前例というなら第1試合で指摘すべきでした。第1試合も再試合としますか?」


 現実的な提案ではなかった。

 2週間前にウエストディスティニーと戦ったチーム『ファルゴレテンペスタ』は、既に自分達の大会が終わったものとしてC整備という大規模な分解整備作業に取り掛かっている。大会期間中には行えない大規模な整備であり、「再試合します」と言われてもすぐに対応出来るはずがない。


「それともまさか、問題となったのは我々の戦法だとでも?」


「それは、はい。なんと言いますか……」


 焦る責任者。彼は彼で、引けない立場だった。


「なんで花純先輩が対応しているのです?」


「知らん。なんか殺る気マンマンだし、とりあえず任せておこう」


「私が部長なのに、マネージャーなのに……」


「この判断は……明らかに、変……」


 由良の呟きは、一同の共通認識であった。

 彼らの知る限り、こんな形で再試合となった例はない。レジェンドクラスは大戦機を下地とした枯れた技術の水平思考もある種の醍醐味であり、それを否定する流れはあまり見られないのだ。

 ならば今回は何が違ったのか。否、何があったのか。


「一部意向というか申立がありまして、一度改めてもっと真っ当な勝負をして勝敗を決するべき、ということになりまして。特例ですが、対地攻撃ルールでもう一度戦って頂ければと」


「根底からして間違えています。公平性を捨てて利益を求めるなど、そんなことをしては大会とは言いません。ただのエアショーです」


「それは……はい」


 対地攻撃ルール。純粋なドッグファイトだけではなく、地上目標へのダメージを加算することで勝敗を決するレジェンドクラスの試合形式だ。

 そしてそれは、当然ながら爆撃機が優位となる。圧倒的積載量で一度でも爆撃を許せば、相手を全機撃墜されても覆せないポイントを稼がれる。

 露骨に、打前高校に優位なルールだった。


「負けたからって、露骨に圧力かけてルール変更させたがった」


 武蔵が眉間を揉みながら、敵が何をしたのか断定した。

 今年のレジェンドクラスでは対地目標がないので、戦闘機のみの編成は珍しくはない。

 もし今年の大会が対地攻撃ルールであれば、武蔵は百式に本格的な爆撃能力を追加していただろう。だがそんな準備はまったくなされてないのだ。

 戦闘機とて対地攻撃は可能だ。零戦にも百式にも、軽量爆弾なら積めるようになっている。

 だがその程度では、地上目標へはほとんどダメージ判定にはならない。爆撃機に抗せるはずがない。

 そもそも、敵は雷間高校に勝たせるつもりなど毛頭ない。


「そんなこと……出来るの……?」


 静かに憤る由良に、武蔵は嗜めるように残酷に諭す。


「お金があれば世の中大抵の無茶は通るんだよ、由良ちゃん」


「力でねじ伏せて自分に有利なルールを作る、まさにあの国なのです!」


「にしても、試合に負けてすぐ、よ? 元々負けた場合に備えて準備してたってことじゃない」


「勝てばそれで良し、負けたらいちゃもん付けて再試合。次案があるのは結構だが、ルール違反という以前にルールを書き換えるってどうなんだ」


 これが戦争ならば仕方がない。恋と戦争においてはあらゆる手段が許される、というくらいにはなんでもありの戦いを戦争と呼ぶのだから。

 だがこれは学生同士の競技だ。スポーツマンシップもなく勝敗を揺るがすことが出来るのなら、競技としての根底を揺るがす悪しき前例となってしまう。


「おや、不服なのか? 大和武蔵」


 重い足音が艦橋に訪れる。

 そこにいたのは、敵チームの主将であった。


「悪法も法なり、だ。ルールとは遵守することに意味があるもの。そうだろう、大和武蔵」


 ニヤニヤとニヤつく主将に、武蔵は半眼で見据える。

 他者には冷静そうに見えるが、内心激怒していた。

 怒りや激情の罵声など敵への痛打にはならない。敵にどうすれば痛みを与えられるか、それだけを思考する時の顔だった。

 武蔵が嫌味を隠そうともせず、呆れたように肩を竦める。


「やれやれ。誇りのない勝利に価値を見出すとは、拝金主義者はこれだから中身がない」


「違うな。俺が崇拝するのは金じゃない、勝利だ。勝者は権力であり、権力は正義だ。金など正義への手段でしかない」


「金で調達可能とは、随分と安い正義だことで。あまりルールや法を軽んじない方がいい、それは同時にお前自身の信念すら軽く扱う行為だ」


「自分に不利益な状況(ルール)を打破する、その努力がそんなに卑しいことか」


「不利益と言ったな? ほら、やっぱり金こそがお前達の正義なんじゃないか。手段でしかないと10秒前に言ったばかりだぞ」


「揚げ足取りをするな。どんな言葉を重ねようと、ルールは守るべき、という原則は不変だ。それともルールを逸脱して挑んでみるか、勝てば官軍と世間が認めるかもしれないぞ? 得意だろう、そういう姑息な考え方は」


「そんなのだから、お前達は『そんなの』なんだ。そんなのである限り、勝利を重ねようと果ては裸の王様がいいとこだ」


「服を着た奴隷よりはずっとマシだと思うがね」


「まるでお前達の誇りは可変翼機だな。タイミングによって自在に姿を変える」


「それが俺達の強さだ。変われないのは弱いからだ。時代によって価値観が変わるのは当然のことだ」


「誇りとは、どんな時でも揺るぎないものではないのか? 貫き通してこその正義ではないか?」


「ならその誇りとやらも金で買ってみせよう」


 武蔵は鼻で笑った。


「ださっ」


「むっ」


 こういうタイプは案外風評を気にしている。そう判断したからこその、侮蔑であった。

 武蔵の読み通り彼の言葉が心に刺さったのか、渋い顔をする主将。


「ふん、なんとでも言えばいい。所詮は負け惜しみの先払いだ」


「けーれけーれ! 妙子、塩撒いたれ!」


「あ、はいっ」


 指示されるがまま、ちゃっかり常備されてる調味料類から食塩を取り出し瓶ごと投げ付ける妙子。

 まさかの瓶ごとである。


「うおっ、くそ。自分は何もせず女に手を出させるなっ」


「フェミ気取ってんじゃねーよ、そのご自慢の腕っぷしで殴りたければ殴ればいい。お前らは日本より男女平等なんだろう?」


「いや、やめてよ武蔵くん」


「チッ」


 敵主将も妙子に殴りかかることは出来ず、変わらず尊大な態度で艦橋から出ていった。

 それで終わるかと思いきや、予想外に外から声が聞こえてくる。


「なんだお前、邪魔だ!」


「はあ? 何様よ無駄筋肉」


「む、無駄っ?」


「耐G方面の鍛え方じゃないでしょそれ。なんでここいるの? 迷子?」


「ろ、ろくな女がいねぇぞここ!」


「狭いんだからどきなさい、レディーファーストよ」


 艦橋のドアの外からそんな言い争う声が届く。

 何事かと顔を見合わせる一同。

 やがて、なんとか狭い通路をすれ違ったのか騒動が止み、敵主将と言い争っていた相手が訪れる。


「ふん、様子を見に来たわよ。さっきのアレ何?」


 鋼輪工業空部のチーム主将、白露 時雨であった。


「妙子、塩」


「あいあいさー」


「張り倒すわよ二番目」


 塩を再び握り込んだ妙子を、時雨はぎろりと睨んだ。

 そして間髪入れずに放たれた二番目発言に、一番最初にハーレム入りを承諾したとちゃっかり自負していた妙子は愕然とした。


「にっ、二番目!?」


「そうよ。武蔵のハーレム嫁一号は不動の私だもの。中学から付き合ってたんだから」


 なお現在は付き合っていない。


「待ってよ、お兄ちゃんと最初に男女の営みを達成したのは妹の私だよ! だから私が一番さんだよ!」


「お兄さんの童貞を奪ったのは僕……だから、僕こそ一番」


「あの、武蔵さんが童貞を喪失した相手と、初めての男女の営みの相手が別ってどういうことでしょう?」


 花純が気付いてはならないことに気付いた。


「そういえば花純、貴女って武蔵くんのハーレム計画についてどう思ってるの?」


「器の大きな男性が多くの女性を囲むのは、ある種の嗜みのようなものです」


「そんな嗜みないわよ」


「富国強兵です。優れた遺伝子は積極的に残すべきです」


「お兄ちゃんの遺伝子はさして優秀じゃないと思うなぁ……」


 えらく前時代的なことを言っている花純。

 倫理的観点からの優生学について学生達が議論する傍らで、アリアが武蔵に興奮したように訴えていた。


「ところで武蔵、さっきの口上は私の祖国っぽくて凄く良かったです。やっぱり実利を無視してでもプライドは守るべきですよね!」


「うーん。プライド守って没落してる国っぽい、って言われてもなぁ」


 柔軟性が大切、というのは決して間違いではない。

 むしろ敵主将の言う通り、産業革命以降の時代においては柔軟性がない者は淘汰されてきた。技術が進歩し続けるこの時代においては、それに合わせて生き方を変えていくしかないのである。

 では結局どちらが正しいのかと問われれば、そりゃあ当然『臨機応変に考えて選べ』なのだ。この手の話はどちらが正解という話ではない。

 強いて言えば適者生存、結果だけが模範解答だ。


「そんなことより、様子を見に来たわ。妙なことになってるみたいね」


「まったくだ。長年空を飛んでるが、さすがにこんなのは初めてだ」


 ルール内で試合について異議申し立てされたことは何度かあるし、それで再試合というのも場合によってはあり得る事態だ。

 だが、これほど露骨な抗争的圧力によるルールの曲解は初めてであった。


「対地攻撃ルールで戦うんですって? どう、勝てそ?」


「結論からいえば、無理だ。対地攻撃ルールの準備なんてまったくしてない」


 たった1時間、否、もう30分もない。新たな武装を準備する時間もなく、試合が開始すればB―36を全機撃墜する前に確実に爆撃される。

 武蔵を以てしても、対地攻撃ルールでは現状勝てないのだ。


「あの、では私はこれで……」


 ずっと所在なさげにしていた大会責任者が、タイミングを見て退室しようとする。

 それを花純は引き止めた。


「何を、話が終わったみたいな態度しているのです? 私の婚約者にこんな恥をかかせたのです、ただでは終わらせませんよ」


「あ、花純がすごい顔してる」


 妙子の呟きに見やってみれば、花純はいつものように微笑んでいた。

 友人たる妙子には、これが「すごい顔」に見えるらしい。


「少しお待ち下さい」


 そう断って、大会責任者の前に立つ花純。

 どこかに電話したと思えば、1分もかからず着信音が鳴る。

 鳴った携帯端末は、大会責任者のものだった。


「どうぞ、お構いなく」


 この場で電話を取るように促す花純。嫌な予感を感じつつ電話に出て、青ざめる大会責任者。


「朝雲家に敵対する意味、よくよく考えて頂きたいのです」


 なにやら、色々とパワーゲームが繰り広げられているらしかった。


「いえ、その、こちらにもやむを得ない事情というものがありまして」


「ふう。貴方では話になりません、大会委員会へ提案を行った方と話させて頂けますか?」


「あ、はい、ただいま!」


 これはある意味、彼にとって丸投げのチャンスだった。

 誰だってこんな訳のわからない闘争の矢面に立ちたくはないのだ。

 慌てて大会責任者が電話すれば、苛立たしげな応答。

 そんなことを意にも介さず、花純は携帯端末をひったくり、話し始める。


「そういえば、中学の頃よく帰りに寄ってた牛丼屋あるじゃない」


「ああ、あの安くて米と玉ねぎばっかり多い場所か? もしかして潰れたのか、あのチープさは嫌いじゃなかったのに」


「潰れてないけど、肉が牛肉から豚肉になったわ。豚肉牛丼ってメニューには書いてある」


「それただの豚丼じゃね?」


 豚丼。昭和初期に北海道十勝地方で考案された、豚肉を使用した丼もの料理である。

 独特の甘辛いタレで焼いた香ばしさが一定の支持を受ける郷土料理。豚肉を使用していることで牛丼より低価格で提供出来ることもあり、牛丼より豚丼を好む者もいないわけではない。

 かつて生じた牛肉に関する問題により、牛丼チェーン店の代用料理として提供され全国的知名度を得た。しかし代用料理としての豚丼は牛丼の甘い味付けをベースとしており、十勝発祥の豚丼とは別料理である。

 一定の需要を獲得した商品の常として、多数の派生が存在する。スタミナ丼や生姜焼き丼はその代表例であろう。

 超☆閑話休題。

 雑談をしていると、電話を終えた花純は結果報告をする。


「話し合いの結果、ルールの再変更に同意して頂きました。やはりお話は大切ですね」


 大会責任者の顔は青を通り越して土気色であった。

 子息令嬢達の親からの圧力、朝雲財閥からの圧力。それらに板挟みとなった彼の心労は計り知れない。


「ん? 牛丼か?」


「牛丼は関係ありません。あちらもいい度胸と言うべきかなかなか粘ってきました。私個人の圧力では、再試合の撤回は出来ませんでした」


 それは交渉の失敗を示す内容であったが、花純という女がこれで終わるはずがない。


「ルールの更なる変更を認めさせました。登録外の人員、機体をチームメイトとして参加させても構わないと」


「最大数の5機体制か」


「いえ、最大10機体制です」


 意外な改訂方向に、武蔵は眉を顰めた。


「なんで10機? うち、2機しかいないぞ?」


「いつか武蔵さんが仰っていたではありませんか、優秀なパイロットは混戦の方が戦いやすいと。多少の数的不利は覆せるのでは?」


「それはまあ、否定しないが」


 ランチェスターの法則によれば数こそ暴力だが、この数式は兵器の性能も考慮せねばならない。

 武蔵ほどの技量があれば、1対1を繰り返すことで数の劣勢を覆すことも出来るのだ。


「だがそれは撃墜されないだけだ。時間をかければ全機落とせるが、地上目標を守りきれない」


「はい。なので、他チームの臨時編入を許可させました」


 聞いたことのない特例だった。


「む、他校か。出来れば雷間高校で完結させたいところだが」


 妙子もライセンスは持っているが、選手といえるほどの技量ではない。

 ハカセは実はパイロットとしても一定水準に達しているが、そもそも学生ですらない。


「どこがそんな提案を受けるっていうんだ。相手に利がない」


 選手を借りるだけなので再試合に負けたとしても、合同チームを了承した相手に不利益はない。

 だがそれだけだ、戦えば機体もパイロットも消耗するのだ。明確なプラスがないと、誰も引き受けなどしないだろう。


「そこまでは交渉出来ていません。武蔵さんから対価を払って下さい」


「俺のポケットマネーなんて微々たるもんだぞ」


「それで満足してくれそうな人がいるではありませんか、惚れた弱みでなんでもしてくれそうな他校のアテが」


 嫌な予感を感じつつ、武蔵は隣を見る。

 時雨は、とても引きつった顔だった。


「わ、私達に何せさようってのよ」


「夫の窮地を支えるのは、妻の努めではありませんか? 自称一番さん?」


「ぐっ……!」


 時雨は武蔵を睨んだ。

 睨まれた武蔵だが、今回の件で武蔵に特に過失はない。


「武蔵さん、何か時雨さんに対価を支払って下さい。合同チーム参加に見合うようなものを」


「えーっ……」


 露骨に嫌そうな顔をしつつ、武蔵は靴下を脱いで時雨に渡す。


「これでどうか」


「馬鹿じゃないの?」


 時雨はゲジゲジを見る目で武蔵を睨み、渡された靴下の匂いを存分に嗅いでから懐に仕舞った。


「でもそうね、本当に対価を支払うというなら考えなくもないわ」


「……判った。なんでも支払う、だから協力してくれ」


 武蔵は覚悟を決めた。

 このクレイジーストーカーに何を要求されるか判ったものではないが、それでもここまできてこんなふざけた負け方をしたくはなかった。

 武蔵の返答を聞いた時雨は、1枚の紙を取り出した。


「これは?」


「契約書」


「上記の期間、武蔵を自由にする権利を認めるものとする……なんで文面が最初からプリントされてるんだ」


「特別に24時間で勘弁してあげるわ」


「なんで1日って言わないんだろうな」


 仕方がないので、武蔵は記入欄に壱日間と書き込んで署名する。


「どうして大字で書くのよ、アラビア数字の1でいいわよ」


「4とか7とか10とかに書き換えるだろ」


「見くびらないで頂戴。公文書偽装するほど落ちぶれてはいないわ」


 公式な文章らしい。


「こんな契約書を事前に準備するのって、死にたくならない?」


「慣れたわ」


「慣れちゃったか」


 時雨はすぐに連絡を取り、自分が指揮するチームに試合の準備を開始させるのであった。


B―36の名称は作者的にはコンカラーのほうがしっくりくるのですが、wikiではピースメイカーがメインっぽく書かれていたのでこちらを採用しました。

今更ですが学校名は銃の形式から取ってます。打前高校はブローフォワードというマニアックな方式が元ネタ。


豚丼の詳細な描写があるのは、作者が帯広出身だからです。



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