スーパークルーザーの巡礼2
勝利である、で済ませるわけにもいかないので、描写は試合開始の瞬間まで遡る。
成金校と揶揄される打前高校、その空部チームたるウエストディスティニーの発艦はあまりにも現実離れしたものだった。
「【Good Luck】」
「【Good Luck】」
「【Good Luck】」
「【【【【【May goddess be with you】】】】】」
打前高校空部の共通無線内に、お決まりのオマジナイの言葉が錯綜する。
部室であるキティホーク級航空母艦。甲板上に所狭しと並べられた、5機の怪物機。
B―36ピースメイカー。その巨体は、全長319メートルを誇るキティホーク級航空母艦を以てしても持て余すほどの怪物であった。
翼は海上にはみ出し、それぞれはパズルのように犇めいている。まさに「なんとか載っている」といった状況だ。
そんな無茶な状態から、どのように発艦するのか。
その答えは、B―36の胴体後部に追加されたロケットエンジンにあった。
轟音。
まさに、それは近代にあるまじき火炎の音だった。
化学式ロケットが廃れた今、これほどの爆音を聞くことは少ない。誰もが、その異音にキティ―ホーク級へと目を向ける。
そして、その馬鹿げた光景に硬直した。
巨大な航空機が、ほとんど垂直に飛び上がったのだ。
火柱が機体から吹き出し、B―36はその場から直接飛び上がっての上昇。
RATO―――ロケット補助推進離陸装置。本来は航空機の加速を補助する追加ロケットだが、その有り余る出力は大型輸送機をもゼロ距離離陸させるほどに至ってしまった。
これは2045年に至るまでに開発された最新技術でも、フィクション的な架空技術でもない。
現実にずっと昔に開発された、現実に可能な技術。
超重量級であるはずの機体を浮かび上がらせたロケットエンジンは、ごく短時間で燃え尽きて投棄される。
同じ手順を更に4度。莫大な燃料と予算を食い散らかし、巨人機は空へと舞い上がる。
かなり強引な手段ではあったが、こうしてウエストディスティニーは戦場へと飛び立つのであった。
「【俺達の勝利は揺るぎないさ、HAHAHA!】」
B―36の機内。やたらガタイのいい男が、大将機の機長席にて断言した。
いかにもアメフトをやっていたような大きな肩幅、筋力はしなやかに蠢き、目には迷いなき力強さが宿る。
まさに古典的スクールカーストの頂点にいそうなタイプであった。
コーラをガバ飲みしつつ、ハンバーガーに食らいつきながら指示を飛ばす。
「【先手は取られる。だが、それで終わりだ!】」
やや離れた空域にて、小さな機影が空を駆け上るのを彼は天測窓から確認した。
高高度性能に優れたB―36といえど、戦闘機の上昇速度には敵わない。
空をペガサスのように駆け昇っていく武蔵の零戦。だが、それはウエストディスティニーの想定内であった。
「【く、くく、ハハハ!】」
高笑いを始める主将。
そこに浮かぶのは、明確な愉悦と嗜虐。
「【大和武蔵―――最強の学生エアレーサー。ふん、最強だと?】」
笑止、であった。
個人の職人的技量は、数字と理論の前には敵わない。
最強の技量など、ただの最適化されたマニュアルでしかない。同等の素質を持つ者が同様の過程を経て修練すれば辿り着ける域でしかない。
最強は大量生産出来る。そも、武蔵の最強理論は模倣する価値すらない。
「【教えてやろう、工業力のスクラムというものを!】」
最強とは、大量生産可能なことをいうのだ。
一部の資質ある者が鍛え抜いた成果など、偶発的なものでしかない。
兵器も、天才も大量生産する。それが真の強国というものなのだ。
「【30000フィートに到達!】」
「【うむ!】」
30000フィート、それは大戦機にとっての鬼門。
大気圏内用の旅客機にはもっとも効率的に飛べる高度とされているが、100年前の戦争で戦った軍用機はこの高度まで至ることすら困難だった。
機種によっては到達すら許されず、届いたにしても行動はほとんど制限される。30000フィート、高度9000メートルとはそれほどまでに翼すら拒む世界なのだ。
「【高度40000まで急げ! 飛び込めば、こちらの勝利だ!】」
「【6時方向、上空! 敵機! 先程の零戦です!】」
返答は、敵機の視認報告であった。
だが主将は焦らない。そう、先手を取られることは解っていたのだ。
後方のはるか上方より迫る零戦。その高度は既に10000メートルを超えている。
B―36の各部に搭載された回転銃座が空を見上げた。
射撃開始の合図を待つ部員達。
しかし、先に仕掛けてきたのは零戦であった。
「《あーあー、聞こえるか、諸君》」
完全開放されたままの無線を通じて、武蔵が語りかける。
事故防止や試合を盛り上がらせる為などの理由から、試合中無線機は敵味方区別なく繋ぎっぱなしなのだ。
「《正直あんた等のやり方はどうかと思う。そんな戦法がありなら、競技は結局は予算同士のぶつけ合いに堕落する》」
「【だからどうしたというのだ! 優れた環境、優れた技術を持つ者が勝利する! 予算はどんな競技でも変わらぬ力だ!】」
反論するウエストディスティニーの主将。
予算が力、それは決して間違いではない。レジェンドクラスのようなモータースポーツばかりではなく、肉体を競い合うオリンピックなどですら予算のある国家が有利であることは否めない。
「《別にそれを否定するつもりはないさ。それも含めての競技だろう》」
「【そうだ! 確かにお前は最強の戦闘機パイロットなんだろう。だが、圧倒的工業力を前に零戦でやれることなどない!】」
ずっと上空からB―36の編隊と並走する零戦。後方から追いかけてきた零戦は、B―36を追い越してやや前方の上を飛んでいる。
何をしているのか訝しむウエストディスティニー。彼我の位置は、既に交戦が始まっても不思議ではないポジションなのだ。
ウエストディスティニーは、慢心こそすれ油断などはしていなかった。中学時代最強の名を欲しいままにした大和武蔵という伝説は、それほどに重かった。
そして、彼らは敵の名が欠片も軽くなっていないことを教えられる。
「《だから、俺も少しセコい手をやらせてもらう》」
零戦の下部、カプセル型の増槽。
本来なら燃料を収めているこの容器、その下部が観音状に開き内部に収められた小さな武装を開放した。
増槽型の格納庫から放出されたそれは、ダーツの矢のような形状の何か。
「《ところで、この競技における改造の限界って知ってるか?》」
「【なんだ?】」
主将は気付かない。
砲炎もなく、小さな細身の武装は1キロ先からはとても見えない。
「《レジェンドクラスにおいては、様々な弾種を使用出来る。幾らか制限があるが、WW2以前に実戦で使用された武装であれば大抵は模擬弾化して使用することが許される》」
「【それが何だと―――】」
叫ぼうとして、主将は空に煌めく輝きを見た。
瞬時、編隊を組む彼の僚機を、数多の攻撃が貫いた。
機体に幾つもの衝撃を与えられたB―36は、一気にダメージ超過と判定され撃墜判定を受ける。
「【しゅ、主将、撃墜されましたぁ!】」
「【この威力、対空砲の直撃並です!】」
「《おいおい、死人に口なしだ。情報を生き残りに伝えるな》」
「【なっ!? な、にをした!?】」
主将は知識を洗い、様々な可能性を洗い出す。
はるか上空から、落下によって着弾させる空対空兵器。タ弾や九九式三号爆弾など様々な可能性を思案するが、それを即座に否定する。
これらは時限信管やクラスター爆弾を併用することによって命中率を高めている。むしろ、そこまでせねば当たらない。
だが零戦の攻撃は明らかにそれとは違った。ただ落下し、そして直撃したのだ。
「【馬鹿な、なぜ、どうやって当てた!】」
例外的に対地攻撃用のレーザー誘導爆弾を飛行目標へ使用した実例はあるが、誘導兵器はルール違反。零戦からの攻撃は、無誘導であるはずなのだ。
「《言ったろう、真っ当な手段じゃない。実戦じゃ使えないし、使われていない。この地で行われる競技だからこそ出来た戦法だ》」
「【卑怯者、何をしたか知らんがルール違反だ!】」
「《それをお前が言うか、米帝プレイヤー》」
零戦は大きく回り込み、機銃に狙われないように注意しつつ降下していく。
秋津洲へ次弾の補給をする為に一気に高度を下げる武蔵。急降下が苦手な零戦だが、それでもやはり降下は上昇より早く進む。
あまり慣れない速度域に武蔵が尻に違和感を感じていると、敵主将は再び叫んだ。
「【おい、答えろ!】」
「《敵に手の内を晒せと要求するのもどうかと思うが、まあどうせ対処法なんてないし教えてやろう》」
「【くっ……!】」
秋津洲に着艦する零戦。安全の為にツナギに着替えてしまった由良が手早く増槽型の追加格納庫を交換する最中、武蔵は空を見上げつつ続ける。
「《俺が申請した武装の名は、ランケン・ダートだ》」
「【……聞いたことがないが】」
「《そうかもしれん、何せ第一次世界大戦で既に時代遅れの兵器だからな》」
ウエストディスティニーの部員達は、その年代に訝しんだ。
レジェンドクラスに使用される航空機や兵器の多くは、第二次世界大戦に使用された物を元にしている。それより30年近く古い兵器など、よほど完成度の高いもの以外は使用されない。
まして、ランケン・ダートなどという兵器を誰も知らなかった。
「《ランケン・ダートは空対空兵器だが、その対象は飛行機じゃない。飛行船だ》」
「【そ、そんなものを持ち出したのかっ。飛行船が戦場で使用された期間など、ほんの一時期ではないか!】」
愕然とするウエストディスティニーの主将。莫大な予算を注いで改造したB―36を、そんなローテクで落とされるなど完全に予想外だったのだ。
ランケン・ダート。第一次世界大戦において開発された、対ドイツ飛行船用の『空対空爆弾』。
自由落下で加速し、充分に加速して敵機を貫通する。充分な機銃が開発されていなかった頃の、妥協の兵器である兵器。
大会側に申請する上では爆弾と申請したが、実物は1ポンド砲の模擬弾を流用していてる。ようするに、空から1ポンド対空砲の弾頭をバラまいているだけでしかない。
旧世代とはいえ、そこはやはり巨大な飛行船を目標とした空対空兵器。対空砲弾ということもあって、威力はB―36に対しても充分に通じるものがある。
だが、普通は自由落下する小さな弾頭など敵機に当たるものでもない。
重力で加速する以上はそれなりの高度から落とさねばならないし、高度が高ければズレも大きくなる。
だが、ジェット気流もないコロニー内の成層圏なら話は別だった。
「《コロニー内にだって気流はある。だが、地球ほどランダムではない。まして高度1万メートルともなれば、ただ予定通りに循環しているだけだ》」
これは、まさしく競技だからこそ可能な戦法であった。
「《宇宙コロニー特有のコリオリ計算には手間取ったが、まあ俺は優秀なんでな》」
真っ直ぐ飛ぶ目標に対して、武蔵は充分な計算の末にランケン・ダートを投下した。位置についてから投下までやや時間がかかったのはそのせいだ。
機体に直撃した模擬弾は、その間抜けな戦法とは裏腹に大きな口径に比して大ダメージを判定させる。
ただ1度の投射で、空前絶後の巨大爆撃機は撃墜判定を受けるほどに。
「《さあ、もう一度いってみようか》」
「【くそっ、逃げろ、振り切るんだ!】」
そう慌てつつも、だが再び上を取った零戦にランケン・ダートの爆撃を受けて撃墜判定されるB―36。
悠々と離脱する零戦、それを忌々しげに見送るウエストディスティニー。
そんな一連の様子を、高度7000メートルで眺めていたのは100式司令部偵察機。
百式を操るアリアは、ぽつりと疑問を呟いた。
「《なんで回避運動しないんでしょう?》」
1キロメートル上空からの自由落下による爆撃である。いくら狙いが正確でも、適当な回避運動で容易に避けきれるはずなのだ。
だが攻撃は妙に当たっている。敵の編隊飛行は緩慢に旋回するのみで、時折無防備に直進すらしている始末。
「《たぶん、敵にはランケン・ダートがそもそも『見えない』んだよ、アリアちゃん。こっちからもほとんど見えないもん》」
百式の後部座席に収まった信濃が、双眼鏡を覗きつつ答えた。
「《弾が小さすぎて直撃するまで判らない、だからずっと逃げ回るしかないんだ思う》」
この攻撃方法は爆撃する度に大きく離脱する必要があるので、敵編隊を見失わないようにアリアの百式がずっと監視している。
元々3人乗りだけあって、百式には追加で信濃が監視員として乗り込んでいる。これでお互い、監視と操縦に専念出来るのだ。
「《ああなるほど、あんな大型機だと編隊を組んだまま逃げ回るのも一苦労なのです。どうしても真っ直ぐ飛ぶタイミングや、空戦エリアから出ないように旋回して先読みしやすいタイミングがあるのですね》」
それなりに経験を積んできたアリアは、敵が直面した苦難を理解した。
武蔵はルールや敵チームの技量から必ず攻撃チャンスがあると考え、辛抱強くタイミングを狙っているのだ。
「《でもそれなら、全機解散して逃げ回ればいいのでは?》」
「《うーん、選手じゃない私に訊かれても……》」
「《その時は各機にある『死角』から攻撃するだけさ》」
アリアの疑問に、武蔵は飄々と答える。
敵は自身の強みを、特化した戦法を捨てられない。そして、そんな土壇場の戦法変更が出来るほど柔軟ではない。
仮に出来たとして、付け焼き刃の爆撃機による編隊戦術などどうとでも出来る。武蔵は彼我の実力差を、完璧に見切っていた。
「《武蔵、これってもしかして消化試合になってません?》」
「《なってる》」
敵が取れる手立てなどなく、仮に戦術を変えても対応可能と武蔵は踏んでいる。
既に必勝パターンに入ってしまったのだ。
「【なんだと! ふざけるな、こんなの認められるか!】」
「《思い切った大胆な作戦っていうのは、やっぱり奇策なんだよ。どこかでボロが出るリスクがある》」
ウエストディスティニーはそれでここまで勝ってきたのだ。それで負けたとしても、仕方がないことなのである。
『打前高校ウエストディスティニー、B―36全機撃墜と判定! インペリアルアライアンスの勝利です!』
司会の口上に、しかし観客達の反応は微妙だった。
別に不満があったわけではない。が、奇策を奇策で破るという珍しい試合展開に困惑の方が多かったのだ。
あちこちで選手同士が、観客同士が試合について議論する。
「これってアリなのか? ドッグファイトって気がしないんだけど」
「打前高校は前の試合で同じ戦法使ってオーケー出たんだ、ルール的にはアリなんだろう。雷間高校の戦法は打前高校のやり方よりはずっと真っ当だし、駄目ってことはないんじゃないか?」
「結局『上を取った方が勝つ』って原則のままの試合だったな。これじゃあスポーツというより機体性能の勝負だ」
「それ自体は問題じゃないだろ、もともと各人機体を自分で調達するルールなんだから。大和選手は自分の機体の性能を上手く活かして勝ったんだ、誰も文句は言うまい」
「そもそも大和武蔵ってあれだろ、上を取って執拗に急降下強襲を仕掛けるような選手だろ。むしろ相手のセオリーに嵌ってしまったのは打前高校の方じゃないか?」
「大和選手はヒットアンドアウェイ以外も強いぞ、機体性能だけで中学最強と呼ばれたわけじゃない」
喧々囂々の体を成してきた会場。
そこに、しばらくして再びアナウンスが響き渡る。
『えー……あのですね。今回の試合に関してなのですが、競技として不備があったものとして、別の形で再試合となりました。これより1時間後に、雷間高校と打前高校の試合を再度行います』
大会側の決定は、喧騒を鎮める助力の欠片にもなりはしなかった。




