スーパークルーザーの巡礼1
『2045年7月1日』
先の試合よりおおよそ2週間後、レジェンドクラス夏季大会地区予選2回戦。
前回と同じく浜辺に設営された大会本部を中心に、勝ち残った空部の部室が集結する。
その数は、単純に前回の半分。そして今日この日、これから更に半数が無慈悲に振り落とされるのだ。
「武蔵さん、レモンの蜂蜜漬けを作ってみました。こういう競技で必要なのか判断が付かなかったのですが、必要な場面があればご活用下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」
大会が始まり、幾つかの試合が消化された頃。
秋津洲の艦橋にて、武蔵は生徒会長の花純に尽くされていた。
「今日の相手チームに関してですが、一部にかなりの予算が動いています」
「調べてくれたんですか?」
「それくらいしか出来ませんから。これがその資料です」
「おおう、すげえ纏まってる。というかレジェンドクラスについて勉強したんですか?」
「婚約者の晴れ舞台です。手を抜けなどしません」
当然だと頷く花純。
武蔵は彼女の婚約者宣言以来、ずっと抱えてきた困惑を再度確認した。
「この人、キャラ変わってる」
朝雲 花純。
雷間高校の生徒会長にして、朝雲財閥当主の娘。
彼女は幼い頃からの英才教育もあって、多方面において平均以上の能力を有する。
そしてそれは、情緒教育においても例外ではない。
男女平等の世の中において時代錯誤なほどに良き妻、良き伴侶足らんと育てられた彼女は、ひたすら特定の男性に対して献身的であった。
それが正しいのか間違っているのかはさておいて、花純自身はそのことを拒絶などしていない。
花純自身、そういう生き方が嫌いなタイプではないのだ。
「当然です、いち男子生徒と婚約者では対応に違いは生じます」
「楽しいですか?」
「幸せです」
とろけるような、恍惚の表情で微笑む花純。
道化のようで妙に鋭い武蔵や、付き合いの長い親友の妙子はとうの昔に気付いていた。
彼女は誰かに尽くすのが好きなタイプなのだ。
「ドMですよね」
「ドMね」
顔を合わせる武蔵と妙子。
「こういう子ってほんとにいるのねぇ」
「会長が騎士フェチであることは周知の事実です」
武蔵は自分の見解を語る。
「俺の調べたところによると、騎士道って『女は男に従僕的であれ、男は女に献身的であれ』って部分があるみたいです。その辺が起因しているのではないかと思うのですが」
「たぶんそれ、花純にとってはただの名目よ。あの子は根本的に『尽くす系』なの」
婚約者となってからの花純の行動は、武蔵を困惑させるのに充分足るものだった。
朝には家の前で武蔵が出てくるのを忠犬のように待ち、下校時には校門前にて直立不動で待つ。
朝から晩まで武蔵に尽くそうとするのである。それでいて自分の生徒会長としての仕事はそつがなくこなしているあたり、実に要領のいいタイプであった。
「結婚したとして、帰ってきたら玄関で三つ指ついて待ってたりしたら流石に困ります」
「なんでもしてくれるからって、無茶なお願いしたら駄目よ?」
「試しに『お金くれ』『エロいことさせろ』『万引きしてこい』と命じてみましたが、普通に怒られました。騎士道的に、俺も相応にしっかりとした立ち振る舞いを求められているみたいです」
「君の度胸には時々驚かされるわ」
「更に土下座したところ、恥じらいつつも服を脱ぎだしたので懇願度合いによっては押し通せるようです。勿論止めましたが」
「武蔵くん、君って土下座を相手を籠絡する手段の1つとしか考えてないよね。プライドないの?」
「強いていえば、土下座を躊躇わないほどの確固たる目的がある。それが俺の挟持です」
「やだかっこいい」
プレイドを捨てて割り切れる人間にとって、土下座などコストゼロで相手を動揺させられる美味しいカードでしかないのだ。
「武蔵さん、少し気になっていたのですが」
「あ、はい。なんですか?」
「私に丁寧な口調は不要です。『おい』とか、『お前』とか『豚』とか、適当に呼んで頂ければ充分です」
「……花純、のどが渇いたからスポーツドリンク買ってこい」
「はい」
ぱあっ、と笑顔を浮かべてパシリに走る花純。
武蔵は深々と溜め息を吐いた。武蔵にとって、はっちゃけ状態の花純は割と未知のタイプの女性であった。
世話好きという意味では信濃が近いが、彼女は油断したタイミングで自分の要求をぶち込んでくる。対して花純とは見返りを求めていないのだ。
特定の人物の為に燃え盛り、そして燃え尽きることが目的。周囲の者は、そんな印象を覚えるのである。
「はい、どうぞ」
「早っ」
10秒程度で戻ってきた花純に、武蔵は驚く。
「クーラーボックスを持参致してます」
ガラガラと彼女が押してきた台車には、クーラーボックス以外にもタオルや菓子類などが収まっている。
車内販売のワゴンみたいだな、と武蔵は連想した。
「まるでマネージャーですね」
「はい、マネージャーとして入部させて頂きました」
武蔵は妙子に目を向けた。
妙子はそっと視線を逸らした。
「ちょっとマネージャーが選手に対して多すぎじゃないっすかね」
選手2人に対して、マネージャーが2人。
運動部としては奇妙な比率である。
「そんなことないわ、戦闘機1機につき沢山のバックアップ人員がつくのは当然のことよ」
それは整備員のことであり、この空部に所属する2機の面倒を見ているのはほとんど由良1人である。
「それにほら、私は部長だから色々忙しいの」
「そもそも妙子先輩は、部長として書類処理もあんまり上手じゃ……」
「最近が出来るようになってきたから、いいのっ」
それも武蔵が教えた結果である。
この肉感的な身体と整った容姿しか長所のない無能、どうしてくれようかと武蔵が悩んでいると、艦橋の外から信濃が顔の上半分を覗かせていた。
「ぎぎぎ。お兄ちゃんの身の回りのお世話は、信濃の役割なのに……!」
信濃が割と切実に、自分の存在意義が失われるのではないかと危惧していた。
武蔵が窓に近付くと、もぐら叩きのように信濃の頭が引っ込む。
しかし依然として指は窓枠に掛かっていた。
艦橋外を確認すると、信濃は指の力だけで艦橋の窓枠にしがみついていた。最近流行りのボルダリングである。
「会長、とりあえず口調はこのままでお願いします。人として最低限の礼節です」
「承知しました」
恭しく一礼する花純。
本当に承知しているのか怪しかった。
「しかし、これでは俺のお世話をするポジションが過多です。いくらなんでも持て余します」
「あれ、外の信濃ちゃんは無視する方針?」
「このままでは、俺は駄目人間になりそうです」
「自分が駄目じゃない人間だと思ってたのですか?」
アリアは辛辣に驚いてみせた。
「妙子先輩は就職するんですか?」
「え、急に私?」
「ほら、将来のバランス的に。会長は俺のところに就職する気でしょうから」
一同は花純を見る。
結婚は女の幸せ、将来の夢はお嫁さん。そうマジで確信している奴の目だった。
「まだ高校3年生よ? 考えるには早くないかしら」
「「「早くねーよ」」」
異口同音でツッコミが入った。
ハーレム婚を真面目に考えるとなると、その辺も避けては通れないのだ。
「うーん、花純のことだから1人だけ専業主婦になって、他の人が全員就職しても普通にやっていけると思うのよね」
「要領いい人ですからね、家のことは完璧にこなすでしょう」
「でも逆に私と花純で専業主婦、っていうのも面白そうだとは思うのよ。気が置けない仲だし」
「家で毎日お茶会しそうですね」
仲良しグループで集まって仕事をすると、割と禄なことにならないのである。
「でも就職、か……どうしようかしら?」
「試合前に相談することじゃないと思うのです」
「判らないなら、とりあえず大学には行くべきじゃないか」
会話に割り込んできたのは、転輪に体重を預けてちびちび缶コーヒーを飲むハカセであった。
「ハカセ、いたんすか?」
「いたよ、試合にはちゃんと顔出してるよ」
自前の町工場を持つ男は、人生の先人としてアドバイスする。
「やりたいことが判らないなら、焦らず決めればいい。前も言ったろう、お前達は幼いといっていいほどに若いんだから」
「なんかイイ事言おうと頑張ってるぞあのオッサン」
「痛々しくて見苦しいのです」
余計なことを言った武蔵は、閃光のように舞ったパイプレンチで昏倒した。
「ですが……そんな考えで大学って行っていいんですか?」
お悩みの張本人である妙子は、率直に訊ねる。
ハカセは苦笑するように答えた。
「お前さんくらいの歳だと、目標とか明確な意思を持って行動する同年代の奴らがやたら眩しく思えて焦ってしまうのは判るよ」
妙子は図星を突かれ、二の次を失った。
「自分を知るのも学ぶことの一環だ。知識が増えて初めて自分のやりたいことが見えてくることがある。目標が不明瞭なのは恥ずかしいことでも焦ることでもない、焦ったら大概禄なことにはならん」
「あー、あれは昔焦ってやらかした男の顔だわー。ヤンチャして若気の至りだって自己完結してるタイプの顔だわー」
起き上がった武蔵は、閃光のように翔んだモンキーレンチで昏倒した。
「……そう、ね。そうですよね」
やがて、自分なりに答えに至った妙子は少し元気を取り戻した様子で頷く。
「めんどくさいことは、明日考えましょう!」
こうやって人は駄目になっていくんだろうな、と全員が思った。
「「「Go fight win!Go fight win!Go fight win!fuck!」」」
華やかに振るわれるポンポン。艶やかなエールが声高らかに響く。
「「「They are scared aviator!They are ass fucker!」」」
容姿、スタイルともに抜群の女性が宙を舞う。
その度に観客は熱狂し、声援が上がった。
「チアリーディングか」
武蔵は遠い目で、敵チーム『ウエストディスティニー』にエールを送るチアリーダーを見つめた。
「俺も昔はきゃーきゃー言われたもんだ、あれはあれで酒池肉林だったぜ」
「バカなこと言ってないでミーティングするのですよ」
よそ見をする武蔵に、アリアは首根っこ掴んでテーブルへと戻した。
「だいたいあんなのどこがいいのです」
「おいおい、貧相な身体だからって妬むなよ」
「さっきの英語、ちゃんと聞いてなかったのですか? とんだBitchどもなのです」
「エロい服装しか見てない」
チアリーディングの服装、ユニフォーム。
よくよくみると意外と露出は少ないのだが、それでも制服にはない華やかさは評価に値するであろう。
「お腹にしろスカートにしろ、あのユニフォームはチラリズムの局地だ。無粋な米の国の文化にしては、雅で華麗と褒めていい。パンチラ万歳」
「あんなのアンスコじゃないですか」
「下着が駄目でアンダースコートや水着がセーフ、って感覚がほんと判らない」
「厚さが全然違うのです」
違うといってもミリ単位じゃねえか。と訝しむ武蔵。
「じゃあお前、今度から部室ではアンスコな。ハーレム権限だ」
「私は貴方の酔狂なハーレムに加わるなどと一言も言ってないのです。仮に履いたとして見せません」
「部活中はアンスコですね、わかりました」
「そこのポンコツ化した会長は黙ってろなのです」
「おい、いい加減にしろ」
今日は妙に自己主張するハカセが、武蔵を軽く叱った。
「貧乳チビはそれはそれでステータスだ。そもそも、チアリーディングでは小柄で体重の軽い娘はトップ人員として一定の需要がある。パイロットの適正が高いアリアはチアのトップとしてもかなりのところまで行けるだろう」
ハカセはいつになく精悍な面持ちで、視線を逸らすことなく武蔵に教示する。
「大きな胸には夢が詰まっている、そして小さな胸には未来への希望が詰まっている。そう、胸の大きさに貴賎なし、だ」
「さっき人生の先人として語ってた人がキモいこと言ってるぞ」
「やっぱり武蔵くんの師匠よね、似た者同士だわ」
「ああもう、ミーティングが始まらないのです……」
嘆くアリアであった。
確かにこれでは話が進まないと、一同は気を取り直して海図机に集まる。
「さて、それじゃあ今日戦う敵チームについて確認するわ」
妙子が、改めてディスプレイに試合映像を映す。
この2週間に散々見てきた映像。そこには、編隊飛行を行う5機の大型機が存在した。
「敵チームの名前はウエストディスティニー。金持ち高校らしい、予算にものを言わせた戦術を得意とするチームよ」
この映像は1週間前の試合で撮影されたものだ。戦術を変えてくる可能性は充分あるが、参考資料としては間違いなく最新となる。
「使用機体は統一されているわ。B―36ピースメイカー、レシプロエンジンとしては世界最大級の怪物ね。もちろんターボシャフトエンジンに換装されているから、この機特有のパワー不足は解消されているそうよ」
全長49,4メートル。全幅70メートル。重量186トンに及ぶ、文字通りの怪物。
現代の大型旅客機に見劣りしない巨体は、他の参加機とは比較すら許されない。
「カタログスペックを何度聞いてもピンと来ないのですが、武蔵の零戦何機分なのです?」
「幅は零戦6機分、重量は450機分だ。まあこれは、俺の零戦が軽量化し過ぎているという部分もあるが」
圧倒的な数字に、アリアは改めて息を飲んだ。
「それが5機、ですか。よく部費が持つものなのです」
「世の中金だからな。金持ちの息女子息が通う学校だ、敵チームを金の重さで踏み潰している」
画面の中の試合は、最初から試合の体を成していなかった。
悠然と天空を駆ける5機のピースメイカー。相手のチームは一度上を取り、果敢に一撃離脱を試みる。
見事な編隊飛行から背面飛行に移り、そのまま急降下へ移行する相手チーム。
天駆ける流星のように真っ直ぐピースメイカーへ突撃する戦闘機。その迷いのなさは、高い技量を感じさせる。
―――そこに、殺意を込めた驟雨が降り注いだ。否、降り注ぐのではなく空を駆け昇った。
おぞましいほどの曳光弾の弾幕が相手チームを襲い、挟持も何もかもを蹂躙したのだ。
次々と下される撃墜判定。36門×5機の機関銃が12,7ミリ模擬弾を撃ち上げ、敵を駆逐する。
10秒で1機あたり7000発、チーム全体で35000発もの模擬弾をぶち込むのだ。正しくそれは光のカーテンであり、金と物量に物を言わせた残酷な戦術だった。
「よくこんなに機銃が載るもんなのです」
「爆弾が載ってないから……どちらかというと、爆撃機じゃなくてガンシップ」
「ガンシップの本来の意味は海軍の地上砲撃に特化した砲艦だが、いや、これはもう……」
「砲艦っていうより戦艦だよね、お兄ちゃん」
何度見ても圧巻の光景。少年少女が慄く中、妙子は同意するように頷いた。
「ウエストディスティニーには正攻法ではまず勝てない。近接信管弾頭やCIWSはルール違反で搭載されていないけど、真っ向からこの弾数をくぐり抜けられるはずがない」
妙子の断言に、そんな、と花純が悲壮な声で啼いた。
「お兄ちゃん、いつものアレは? ヒットアンドアウェイ、一撃離脱を繰り返すやつ」
「それが正攻法というのは間違いじゃない。実際、第1試合のこのチームもそうしてる。だがピースメイカーの飛行高度は高度1万メートルを超えている、身軽な戦闘機といえどそうそう何度も昇れる高さじゃない」
一撃離脱戦法。常に優位な位置取りを心がけるこの戦法は、だが弱点がないわけではない。
速度、高度の優位を前提としているが故に、当然ながら敵は自分より下を飛んでいなければならないのだ。
だがB―36ピースメイカーの高高度性能は低くない。むしろ、高い。
攻撃側の戦闘機はピースメイカーの頭上を取るだけでかなりの時間を浪費させられる。
「実在が疑われる武蔵の中学イケイケ伝説もこれまでなのです。棄権しとけばプライドは守れるのです」
「なんならお前は寝ててもいいぞ、全機俺1人で喰ってみせる」
からかうアリアに、憎たらしげに武蔵は唸った。
この5機のピースメイカー、どうやら回転銃座の配置に偏りがあるらしかった。
編隊飛行を行うと、どうしても互いに邪魔をして死角となる射角が存在する。だからこそ、『この機体は右側』『この機体は左側』『この機体は上方』と担当を分けているのだ。
なので、先程の映像でも厳密に機銃180門全てが火を吹いていたわけではない。角度的にまったく撃てなかった機銃もあるはずだ。
絶対的火力の前には、あまり慰めにもならないが。
「仮に弾幕を突破したとして、B―36の装甲も半端じゃない。機関銃ではなく大口径の機関砲クラスでなければダメージにならないかもしれない」
翼の燃料タンクは防弾ゴムなどで保護されており、案外致命傷にはならない。
爆撃機に確実にダメージを与えられる場所、それはエンジンやコックピットだ。
厳密にいえば、金属の塊であるエンジンはあまり機銃弾は効かない。その周囲のラジエーターやオイル関連が致命傷となりうる。
だが何にせよ、それらへの防弾は重厚だ。
試合時間内の攻撃チャンスは少なく、防御弾幕も突破出来ない。出来たとして、攻撃が通じない。
信濃は戦艦と称したが、複数機で対応していることからも厳密には擬似的な人力イージスシステムというべきかもしれないと武蔵は思った。
「ソードフィッシュの時も思いましたけど、こんなハリネズミ改造アリなんですか?」
対空砲を後部座席に積んだソードフィッシュを思い出し、アリアは怪訝そうに訊ねる。
「WW2までに実用化、製造されたものだったら大抵許可は降りる。あっちの回転銃座に据えられた12,7ミリブローニングM2重機関銃は現役兵器だが、一応開発は1921年だからな。別に新しい兵器でもなんでもない」
「製造された、ということはパンジャンドラムもありなのですか?」
キッラキラに目を輝かせたアリアが、武蔵に期待の眼差しで問うた。
パンジャンドラム。解説を記すことも憚られる伝説の兵器である。
「……まあ、許可は降りるだろう」
レジェンドクラスには対地攻撃を含む試合形式もあるので、まったく使えないわけではないはずだ。
仮に低高度から雷撃のように侵入し、うまく投下したとしても迷走することうけあいなので使い道など皆無なのだが。
ぶっちゃけ、便器を急降下爆撃で直撃させた方がまだマシである。
「では由良、さっそくパンジャンドラムの準備をするのです!」
「えーっ……」
「強大な敵に対して、追加で1つ提案がある!」
アリアの妄言を遮り、武蔵は挙手提案した。
「今回の敵チーム、ウエストディスティニーはお米の国ナイズなチームだ。その物量、整備体制、エンジンの交換ルーチンなど莫大な資産を前提とした、だからこそ強力な体制といえる」
2000馬力以上の強力なエンジンを使い捨てにするような整備体制である。そんなことが出来るのはまさしく彼の国、そして彼の学校だけであろう。
「そしてそれは応援体制にも現れている」
「素人目にも、チームの後ろにある支援体制がとても分厚いのが感じられるのです。ですが、それは既に1週間で散々考察してきたことでは?」
今更な武蔵の言葉に、アリアは訝しむ。
武蔵は怯むことなく、本題を口にした。
「お米の国におけるカーストの頂点、チアリーダー。せめて形だけでも対抗すべく、みんなもチアのユニフォームを着るべきだと考える」
「貴方は何の話をしているのです?」
全員が武蔵をバカを見る目で扱った。
「ああ駄目だ、みんながかわいいコスチュームで応援してくれないと試合に負けそう」
「着替えてきます」
「花純……人にボロクソ言った割に、急にポンコツ化しないでよ」
一礼して着替えに行こうとする花純の首根っこを、妙子は素早く捕まえた。
「お兄さんが……望むなら」
「タダでやる気になるならやるべきだよ。お兄ちゃん頭悪いから、きっと効果覿面だろうし」
その気になっている由良と信濃。これで3人がチア賛同に付いたこととなる。
選手であるアリアは流石にチア服で出場するわけにはいかないので、これで実質残りは妙子1人である。
武蔵、花純、由良、信濃の順で妙子を誑かす言葉を告げた。
「えっ……? 妙子先輩、どうして1人だけ反対してるんですか?」
「空気を読みなさい、妙子」
「すいません……お兄さんの味方、します」
「まったく、これだからお義姉ちゃんは」
「え、あ、ごめんなさい」
根本的なところで小心者な妙子は、数の暴力を前に『自分が間違っているのではないか』と思ってしまった。
「それじゃ、みんな着替えてきてくれ。みんなのエールを背に、俺は必ず勝利を掴んでみせる」
武蔵は鼻の下を伸ばして、全員に着替えを促した。
「なんですかこの展開、馬鹿ですか。着ませんよ、私は」
「貧乳は黙ってろ」
「デストロイ!」
アリアが武蔵にラリアットをかます。
昏倒した武蔵を、アリアは引きずって艦橋から放り出した。
「悪は排除されたのです」
「それで、着替えますか?」
「まあ武蔵くんの士気に繋がるなら、とりあえずやっておくべきなのかしら」
「お兄さんが望むなら……!」
いそいそと服を脱ぎ出す由良。
女性達は、由良を艦橋から叩き出した。
「あの子、忘れそうになるけど男の子じゃない」
「どっちでもいいよ、由良ちゃんに関しては両性類ってことで」
「それでは、今度こそ着替えるとしましょう」
今度こそ全員が服を脱ぎ始める。
そして、ずっと無言であった人物に妙子が気付いた。
「ん? 俺のことは気にするな」
ニヒルに笑うハカセ。
ハカセは艦橋から叩き出された。
「「「「おーえす、おーえす」」」」
しゃんしゃん、とポンポンを振る雷間高校空部の地上要員達。
鷹のような眼光で、素人チアリーダーを観察する武蔵。
「やはり正解だったな。これであのチームに真の意味で対抗出来る」
神妙な面持ちで頷く武蔵。
ただチアリーディングのユニフォームを着てポンポンを振っているだけ。相手チームの本格的チアリーディングとは比べるもない。
だが、それでもその地力は決して劣ってなどいない。否、資質はむしろ勝っている。
「がんばって……下さい」
「お兄ちゃんがんばー」
「ううっ、恥ずかしい……」
「おーえす! おーえす!」
まったく連携が取れていないチアチームだが、美少女っぷりだけは相手チームに負けていなかった。
むしろ勝っている。圧勝である。武蔵はそう確信する所存である。
「へっぽこチアかわいい」
「あの、ミーティングは?」
「そんなことよりみんなかわいい」
真剣な瞳で見様見真似のチアリーディングを撮影する武蔵。
知能が低下していた。
アリアは深々と、それはもうマリアナ海溝より深々と溜め息を吐いた。
「武蔵武蔵、相手チームのチアリーダーが対抗して踊り始めましたよ」
「あの運動量はもうスポーツだな。大したもんだが、かわいいって感じじゃない」
「確かに、あっちのチアは鬼気迫るものがあります。見てて怖いのです」
あくまで個人の感想である。
へっぽこチアとスポーツチアを見比べて、よしっ、と気合を入れる武蔵。
「勝った」
「どこらへんに勝利を確信する要素があったのです」
こうして、禄にミーティングがまとまることもなく試合時間となった。
そして1時間後、武蔵達は勝利していた。
普通に勝利である。




