レイモン・ソルニエの騎士道8
本日3度目の更新です。
『2045年6月29日』
試合も目前となった、とある日の放課後。武蔵はアリアを引き連れて日課のランニングをこなす。
「らーいーかぁーん、ふぁいおー。ふぁいおー」
「ひー、ひー、ふー、むさ、むさ、むり」
「声だせー。42,195キロくらいでバテるなー」
学校周囲をランニングする武蔵とアリア。
真夏の直射日光に手を翳し、武蔵は足踏みで遅れるアリアの到着を待った。
「嗚呼、我が盟友ベスよ……遠い異国の大地で果てる友の不孝をお許し下さいなのです」
「大地じゃないっつってんだろ。いいから足動かせ。体力はあらゆる面でお前という人間を助ける」
「あらゆる面、ですか」
「病気でも学業でも恋愛でも、体力があるに越したことはない、俺はこの前、茶柱が乱立したぞ。茶こしに大穴開いてやがったクソが」
「幸運ですらない!」
どんなスポーツであっても、トレーニングの方法がよくわからなくても、とりあえず走っとけば脳内物質ドバドバでハッピーなのである。
「時間になったから戻るぜー」
「ぶふぇーい」
秋津洲に帰還する2人。
軽くシャワーを浴びてさっぱりした彼らは、軽やかな足取りで艦橋へと登っていく。
「シャワー備え付けな部室ってあたり、弱小空部には贅沢な船なのです」
「ただいま戻りましたよっと」
「おかえりっと」
ゲーム機を頭部に装着した妙子が、ひらひらと手を振って武蔵達を出迎える。
「あれ、今日は3Dのやつですか。急に近代的になったのです」
VRゴーグルを被った妙子に、アリアはやっぱり好奇心を刺激されたのか訊ねる。
「最初期の立体視ゲームだって。お父さんのが押入れから出てきたの」
ちょうどキリが良かったので、妙子はゴーグルを外してアリアに渡す。
それを被ったアリアは、途端にうめき声を漏らした。
「……部長、このゲーム赤一色なのですけど」
「発売が1995年よ、その当時にカラー液晶なんてあるはずないじゃない」
※あります。
「VRゴーグル対応のゲームが一般化したのって2020年くらいじゃなかったでしたっけ」
「作ろうと思えば作れたんでしょ。世界初の電気自動車だって1830年頃よ、出来ると使えるは別」
「昔のゲーム機のコントローラーにしては、意外と洒落ています」
「最初期のゲーム機のコントローラーはロマン重視よ」
「なんか目に悪そうです」
「むしろ目の体操になってるって研究結果があるわ」
「まったく知られてないあたり、結局失敗作では?」
「セールスは黒字だったみたいだし大丈夫」
「プレイ中は俺が先輩の身体を支えますから安心して下さい。胸とか胸とか尻とか」
「もーっ、2人ともうるさい!」
ちょっかいを出されすぎて、再び怒り出した妙子。
大会期間中とは思えない緩さの中、例の如く客人は現れた。
控えめなノック。
「朝雲です。武蔵さんはいらっしゃいますか?」
「いらっしゃいますよ、どうぞ」
入室を促すと、面接のお手本のように花純は艦橋へと入ってくる。
「こんにちは、皆さん。今日は大事なお知らせをしに参りました」
偉い人が『大事な話がある』と訪ねてくることほど、心臓に絶妙な負担をかける言葉はない。
空部部員達は僅かに身構え、次の言葉に備えた。
「花純、どうしたの? 部費は無駄使いしてないわよ」
「真っ先に弁明するあたり怪しいですが、そうではありません」
「こ、この前私の家にお泊りした時忘れてったパンツなら厳重に保管してるわ! 猫ちゃん柄のやつ!」
「大声で言わないで下さい……! そんな話をしにきたのではありませんっ」
そんなものがあるのかは不明瞭だったが、猫ちゃん柄のパンツが消息不明であることは事実だったので花純は妙子の失言に睨んで対応した。
「俺に用事ですか?」
「はい。父から伝言を言付かっています」
武蔵は内心警戒を深めた。
現状、大和家への攻撃はない。帰還時のやりとりからして、一応の決着を見たはずだ。
だが、それで思考を停止させられるほど財閥当主は温い相手ではない。
油断したら最後、トドメを刺される可能性も考慮していたのだ。
「私、朝雲花純は武蔵さんの婚約者となりました。末永くよろしくお願い致します」
「幸せにします。ラブアンドピース」
妙子がハリセンで武蔵と花純の頭をフルスイングした。
「何がどうなってそうなったのよ」
「私が聞きたいです」
心底困った様子の花純。
彼女としても、あまりに唐突な展開だったのだ。
「俺は試供品でも余り物でも、貰えるものは貰っとく主義です。問題ありません」
「会長を試食コーナーのウインナーと一緒にしないで下さい」
武蔵と花純の間に割って入る、妙子、アリア、由良の3人。
「お兄さん……本当に、それでいいの?」
「確かに不審な点は多々あるが」
「私からお断りをお父様に伝えましょうか?」
「いえタダで貰えるなら貰います」
提案するも、即座に却下される花純。
「会長が嫌なら尊重しますけど、貴女に別に想い人がいないなら婚約者(仮)ってポジションにしておいて下さい」
「貴方は酷い人です」
尊重する、というのは責任の放棄だ。
自分の要求を織り交ぜつつも、最終確認を自分でやらせることで『自己責任』を相手に押し付ける。
どちらに転んでも選択肢を用意した者は責任から逃れる。
そんな安全圏からの提案を非難された武蔵は、やれやれと降参するように両手を上げた。
「嫌なら本当に尊重しますよ。その上で要求しましょう。俺の婚約者になってください、かいちょ……花純」
「貴方は酷い人です」
むう、と膨れて抗議する花純であった。
どの道、そんな言われ方をされては彼女に拒否権はないのである。立場的にも、心情的にも。
朝雲家の一室、当主の執務室において執事は訊ねずにはいられなかった。
「当主様。なぜ、あの少年をお嬢様の側に?」
当然の疑問であった。
確かに有象無象の者とは違う。だが、現状彼はただの学生でしかない。
彼の展望……ある程度の地位を得てハーレムを築くというのも、ある意味とても現実的な範疇であり財閥の娘につりあう目標とは言い難い。
日本屈指の家柄の娘にとって、彼の妻というのはあまりに役不足なのだ。
「世迷い事と言われればそれまでだが」
当主は、言葉を選ぶように答えた。
「姫を救い、掻っ攫う若き男。まるで勇者ではないか」
微かに笑い、携帯端末を操作する朝雲家当主。
そこに映っているのは古い、それはもうとても古いRPGのプレイ画面だった。
「はあ」
何言ってんだこいつ、と訝しむ執事。
その態度が不満だったのか、当主は唇を尖らせるように述懐する。
「ふん、信じとらんな? 見ていろ、あの少年はいつか世界の1つや2つ救ってみせるだろうさ」
「変わりませんな、その中二病思考」
娘が騎士マニアなら、父は勇者マニアだった。
娘も大概だが、父も大概なのだ、この家は。
「精々、世界の危機が何度も訪れるような事態とならぬことを祈っておきましょう」
執事の嘆息は、レベルアップの効果音にかき消えてしまった。
このお話に登場するレースのモデルはレッドブルのエアレースですが、あくまでフィクションとして名称、ルール、物理法則は現実のそれから色々と改変しています。
現地語のなまりについては深く指摘しないで下さい。超適当です。




