レイモン・ソルニエの騎士道6
軍事博物館。
これらが建設されるのは、大抵において本来の軍事拠点にほど近い土地だ。
フランスパンでお馴染みの国は首都に国際空港が集中しており、2人が訪ねた博物館もまた、空港にほど近い立地だった。
2人が座るベンチの上空を、小型プロペラ機が駆け抜ける。
「あれも空部でしょうか?」
とても最新鋭には見えない機影から、花純は彼らがこの地のチームではないかと推測した。
どこかと連絡をとっていた携帯端末を懐にしまい、武蔵は答える。
「ええ、エアレーサーですね。ただ競技が違います」
「競技?」
「多分レッドカウ・ワールドチャンピオンシップのチームでしょう」
陸上選手にもフルマラソンや短距離走があるように、エアレースにも色々な分野がある。
武蔵達が参加する、最も野蛮と評されるエアレース・レジェンドクラス。
他にも砂漠を舞台としたリノ・アンリミテッドクラスや、現代に蘇った水上機専門のシュナイダー・トロフィー・レースなどが存在する。
「レッドカウもまた、そういった世界規模で知られるエアレースの1つですね」
「どう違うのです?」
「レジェンドクラスはエアレースと言いつつも敵機撃墜を目的とした模擬空戦ですが、こっちは個人競技の文字通り『レース』です。ほら、あれ」
武蔵は飛行機が飛んでいった先を指差す。
そこには、巨大なパイロンが幾つも鎮座していた。
「曲芸飛行用の小型レシプロ機を使用し、あのでかいパイロンを掻い潜って飛びます。地上要員はいますが、飛ぶのはあくまで1人。あと、タイムアタック制なので一人ひとりコースを飛びます。追い抜き追い越しという要素はありません」
「レジェンドクラスにしろレッドカウにしろ、レースという感じがしませんね」
「追い越し追い抜きが見たければ、リノかシュナイダーですね。一機一機が順番に飛ぶタイムアタックなので、レッドカウは一番『お上品』なエアレースだと言う人もいます」
「ヒャッハー! ちんたら飛ぶ汚物は下水行きだーっ!」
「どけどけー!」
「ぶっころがせー!」
地上要員らしき人々が、空を見上げて叫んでいた。
「……お上品?」
「まあ、比較的」
何者と比較してなのか、気になる花純であった。 そんな2人の背に声がかけられる。
「なんだば、な達は。旅行してらのか?こった場所にわざわざ来るなんざ、おかしなやっこだ」
「ども、こんにちわ」
その人物は、身体に密着したスーツを着たパイロットの青年だった。
空港と国道を裂くフェンス越しに、男は唐突に話しかけてきたのだ。
「ん、あんだ、もしかしてお前さんエアレーサーか?」
ぎくり、とこれみよがしに震える武蔵。
パイロットの鍛え方は独特だ。他のアスリートと違い、Gの中で正気を保つべく肉体を磨き上げる。
その為、エアレーサー同士がなんとなく互いが同類だと気付けるのだ。
「ああ、どうも。ちょっくら敵情視察にな。まあ恋人と旅行ってのが本命だから気にしないでくれ」
武蔵はそれっぽく誤魔化し、片手を上げてさっさと立ち去ろうとする。
しかしここで空気を読まなかったのは花純であった。
「武蔵くん? レッドカウとレジェンドクラスはまったく違うレースなのですよね、敵情視察というのはおかしくはありませんか?」
「ああっ?」
急にガラが悪くなる現地選手。
「何だデメーら、レジェンドクラスの選手かぁクソが」
「旧大陸勢と新大陸勢は犬猿の仲なんですよ……」
「あらまあ」
シュナイダーレースやレッドカウはヨーロッパで発展したエアレースだが、リノやレジェンドクラスは新大陸で発展したエアレースだ。
野蛮な砂漠の殺し合いごっこと、お上品な海上のエアレース。
スタンスが対照的なこともあり、そも比較すること自体がナンセンスなのだが、彼我の競技者を宿命のライバルと考える人間も少なくはない。
「俺は別になんとも思ってませんが、一般的にはこんな関係です」
「俺達は眼中にないってかボケぇ!」
「インドシナの屈辱忘れてねえぞおめらぁ!」
「てめえらはおら達のレースを子供遊びだっていうが、そうでねぇことを教えてやるけんよ! こっちに来いや、うさぎ小屋のイエローアントどもが!」
いつの間にか地上要員までもがぎゃいぎゃいと騒ぎ立て、武蔵達を挑発する。
あまりの気性の荒さに、困惑せざるを得ない花純。
「……ちょっと粗雑者過ぎではありませんか?」
「まったくです、俺のような真摯なエアレーサーを見習ってほしいところですね」
「軟波と紳士は違いますよ」
「別に男女の話をしているわけではないのですが……紳士的なハーレムがあったっていいじゃないですか」
「プラトニックな関係を貫くのですか?」
「肉欲の否定は愛の否定です。万人が男女の愛で生まれた以上、生物は性欲を否定出来ません。それは大前提の自己矛盾となる」
「今は武蔵さんの恋愛観なんてどうでもいいのです。レッドカウのエアレーサーさんがたは、どのような意図を持って先程の発言をなされたのでしょうか?」
「つまるところは単純です。―――宣戦布告ですよ」
武蔵はフェンスをよじ登り、有刺鉄線をペンチで切断して乗り越える。
「挑戦を受けたからには逃げることなど出来ません。受けて立つのみです」
「ちょ、武蔵さ―――」
「ざっけんなゴラァ! スッスっぞごらごらぁ!」
ドスの聞いた怒声を放ちつつ、滑走路へ向けて駆けてゆく武蔵。
花純は慌てて裏門へ向かい、なぜかあっさりと許可が降りたので空港へ侵入して武蔵を追う。
「武蔵さん! どうするのですか!」
「ん、来たんですか。レースですよレース、エアレースです」
当然のように格納庫で指定された機体のチェックを開始していた武蔵。
花純はまったく展開についていけていない。
「そんな、出会って早々にどうして試合なんて流れになるのです」
「エアレーサーですから」
「それで済まさないで下さいっ」
「届け出を出すだけ、昔よりずっと穏当です。かつては管制塔無視して野良レースやってました」
「ええぇーっ……」
ついていけない、と花純は思った。
職人にしろ競技者にしろ、何かを極めんとする者はまともな神経の持ち主ではないのだ。
「まあ、とりあえず勝つんで応援よろしくです」
「もうっ、判りましたよ。応援しますから、ちゃんと勝つのですよ!」
花純、やけっぱちである。
多くの分野でそうであるように、エアレースの歴史はヨーロッパと新大陸に大分される。
かつての世界の中心であるヨーロッパ諸国。現代の世界の中心である新大陸国家。
この両者は、常にどちらが主流であるかを争ってきた。ヤード・ポンド法とメートル・グラム法など代表的な例であろう。
そして、この争いはエアレース界でも同様なのだ。
それぞれを代表するエアレース大会、リノ・ナショナルチャンピョンシップとレッドカウ・ワールドチャンピオンシップ。
これらは同じエアレースでも、毛色が全く違う大会だ。ルールから使用機体まで、まったく統一されていない。
故に明確に上下を定めることが難しく、その機会を虎視眈々と狙っているのである。
武蔵達はある意味、そういった時勢に巻き込まれたともいえる。
「ふーむ、なんじゃこりゃ」
レッドカウの競技用機を見た武蔵は、思わず渋顔をしてしまった。
「本当に飛ぶのか、これ?」
まず、小さい。武蔵達レジェンドクラスのエアレーサーが駆る第二次世界大戦当時の戦闘機は現代戦闘機より遥かに小さいのだが、目の前のレッドカウ向けエアレーサーはそれ以上に小柄だ。
まるで個人で制作するホームビルト機のようであり、いかにもチープ。
動力部にしても同様だ。空冷水平対向6気筒エンジンはそのシンプルな作りもあって、自動車用エンジンより頼りなく見える。
こんなので飛べるのか、そんな武蔵の危惧は決して大げさなものではなかった。
「んだおめ、どってんしとるんか」
現地チームのパイロットが、困惑する武蔵を嘲笑した。
「おいたちはおめらとはつがる。地面を這って飛ぶんや、過給器も可変ピッチもいらん。おなごん前でえふりこきたがったんがもしんやが、気軽に飛んどるおめらほどらぐでねえんだ。ささっとウチにけえるんじゃな、じゃいごども」
「んだと、こら」
訛りがひどくて半分も言葉を理解出来ていなかったが、武蔵はとりあえず怒っておいた。
それもまた処世術である。
敵パイロットは花純に目を向けた。
「おろー、国のおんにゃめごいこがおるんけん。日本人はだれも胸が関東平野けん、おとこかおなごか判らん。ありゃかがか」
「そりゃ会長のお胸はお世辞にも大きくはないさ。だが女性の器と胸囲は比例するわけじゃないだろ。ケツだ、ケツの張りこそが女体の絶対価値だ」
とりあえず反論しておく武蔵。
絶対適切な回答ではないだろう、とは互いの共通認識である。
しばしにらみ合い、脇腹をチョイチョイとつっつき合ってニヤニヤする敵パイロットと武蔵。
敵パイロットはキャンディーを武蔵に1つ手渡し、自機へと去っていった。
「なんですか、今の」
「さあ?」
「普通に対応していましたが」
「男同士のノリなんてそんなもんかと」
「さっきの飴玉は?」
「妖精対策では?」
急にオカルトを語りだした武蔵に、花純は奇妙なものを見る目になる。
武蔵は慌てて弁明した。
「飛行機がトラブルに見舞われるのは、妖精がいたずらするからだって迷信があるんですよ。飴玉はその身代わりとする為の盛り塩みたいなもんです」
「盛り塩とは違うと思いますが……西洋らしい迷信ですね」
日本にも妖怪というジャンルが存在するように、こちらでは妖精や幽霊の信仰が深いのだ。
ある意味ファンタジーと割り切っている日本の『妖怪』より、ずっと身近なものとして扱われている。
「一度空に上がったら、トラブル1つで墜落するのが飛行機です。昔の人はそれだけトラブルを恐れたってことなんでしょう」
無論、今のパイロットにとっても飛行中のトラブルは一番避けたい事態だ。
武蔵もまた例外ではない。彼は躊躇いなく飴玉を口に放り込んだ。
「不思議なことに、この飛行機にイタズラをする妖精の逸話はあっちこっちにあるんです。それこそ日本軍にだって。案外、本当にいたのかもしれませんね」
「あの、というか飴、食べちゃいましたけど」
「あっ」
補給食、という分野がある。運動中にカロリーを補充する為の、高カロリー食品。大気圏降下の際の羊羹もまた補給食だ。
飴など典型的な補給食に近い食品であり、武蔵は無意識に食べていた。
「どうするのですか? 妖精さんにイタズラされますよ」
「代わりにこれを入れておきましょう」
武蔵はお土産に買っておいたもじみ饅頭マカロン味をコックピットに放り込んだ。
「それ、この国で買ったんですか?」
「普通にお土産屋で売ってましたよ。はいどうぞ」
「2個欠けてしまったのでもうお土産として渡せませんね」
「これはアリア用にするので大丈夫です」
「ハーイ! ワーオ! マンマミーヤ!」
巨乳のレースクイーンがわらわらと格納庫に現れた。
そりゃもう唐突に、誰が手配したのか突然に現れた。
てきぱきとレースの準備を始めるレースクイーン達。
「どこかの企業から派遣されているのでしょうか? 妙に対応が早すぎる気がしますが……」
「どっかのレースがドタキャンして、ちょうどスタッフが空いてたとかじゃないですか?」
「アナタハコッチネー!」
「あっ、ちょ、あの?」
「予備ノ服モアルヨー!」
もじみ饅頭を食べていた花純は、レースクイーンの綺麗なお姉さんに連れられて去っていった。
改めて武蔵は機体を見据える。
「可変ピッチもない、フラップもない、与圧も酸素マスクもない……練習機だってもう少し気の利いた装備があるぞ」
馴染みのない機体に戸惑う武蔵だが、何より驚きなのはノンフラップ機であることだった。
知識としてそういう飛行機があることは知ってはいたが、フラップがない機体に乗るのは初めてかもしれない。
それほどまでに高揚力装置は当然の装備であり、武蔵の操縦に組み込まれていたのだ。
「フラップなしでどうやって戦闘機動するんだ」
空戦フラップに慣れすぎて、変な癖が付いている武蔵であった。
そこに、現地チームのパイロットが声をかける。
「おい、ムサシ。テストでとびっこしへ。せえぜえけっぱるけん」
「お、おう。テスト飛行だな」
言われるがままに離陸し、コースを飛ぶ武蔵機。
しかし、その結果は散々なものだった。
「低速機だから感覚が掴めない」
彼の愛機零戦とて、レジェンドクラスという競技内ではとても高速機とはいえない。
だがそれでも零戦の最高速度530キロはレッドカウ用エアレーサーの最高速度370キロより遥かに速い。普段よりずっと遅い飛行感覚、機械式で直結したダイレクトなレスポンスは武蔵を困惑させた。
そして何より、武蔵はレッドカウルールで戦うにあたっての、最大の問題点を承知していた。
「制限Gは10G。……そんなの、油断したらあっという間に超えちまうぞ」
厳しい安全基準の設けられたレッドカウレースでは、10Gを超える機動を一定時間行えば失格なのだ。
対して武蔵の零戦は生粋のドッグファイター。レジェンドクラスに規定がないのをいいことに、20Gでの機動をも可能としている。
彼の感覚では、10Gなどあっという間だった。
一応注釈すれば、10Gとて極めて過酷な環境である。訓練していない常人であれば気絶必至な重圧だ。
まして20Gともなれば本物の戦闘機パイロットとて泡を吹いて倒れるが、それを推して無茶を通すのが武蔵の強みなのだ。
彼の優位がルールで潰されてしまったとあっては、本当の意味で技量勝負になる。
そして、その盤上で勝つ見込みなどない。飛行機は自動車よりシンプルな操縦機構を持つ、練習時間がものをいう乗り物なのだから。
慣れない小型機特有の小回りの良さを覚えつつ、ケーブル式の操縦感覚も覚えていく。
制限だらけの環境で、極限的な操縦技能を競う戦い。
非才と自認する武蔵にとって、それは割と苦手な分野だった。
「どんなに飛行を最適化したって、日頃から練習している連中には敵わない」
それでも勝たねばならない。それが、自身に課した条件なのだ。
武蔵は、今日ばかりは本気で操縦桿を握ることにした。
レッドカウ・ワールドチャンピオンシップ。
機銃の撃ち合いではなく、純然たるタイムアタックで競うこのエアレース。安全面や競技性に考慮した複雑なルールがあるのだが、それを記していてはきりがない。
よって簡単に列挙すれば、試合のルールはおおよそこのようなものだ。
巨大パイロンで構成されたスラロームコースを突破し、一度離脱してUターン、同じスラロームコースを逆走してゴール。
スタート時に370キロ以上出さない。
コースから外れない。
パイロン間を通過する際は水平飛行する。
パイロンに接触しない。3回接触で失格。
定められた危険地帯に侵入しない。
45度以上の危険な角度からトラックに侵入しない。
10Gを0,6秒以上超えると失格。
上記に該当した場合、タイムに加算、あるいは失格と判定される。
会場となる国際空港、そしてコースが設営された河川には多くの見物客が集まっていた。
一般人にはあまり馴染みないが、フランスパンでお馴染みのこの国は間違いなく航空機先進国である。でなければ自力で戦闘機や旅客機を作れなどしない。
それこそ飛行船の時代から航空機を愛してきたこの地の人々が、突如開催されることとなった野良レースを見逃すはずがなかった。
ローカルのテレビ局が、新聞記者が、商機を見出した商人達が集まる。
小一時間もせず、空港は多くの観衆でごった返すこととなった。
「突発的な試合のはずなのに、人が沢山集まってきました」
「なんだかんだで21世紀まで飛行機が移動手段でしかなかった日本では、あまり考えられない事態ですね」
武蔵と花純は、呆れた様子でその雑踏を眺めていた。
花純は普段の大人しめな私服ではなく、控えめながらも扇情的なレースクイーン姿となっている。
「こういう文化の違いは、どういう過程で差が出るのでしょう?」
「なんだかんだで新しいもの好きな国民性なんでしょう。保守的な日本とは違います」
「革新的だと飛行機が浸透すると?」
「飛行機、じゃなくて航空機というべきでしょう」
馴染みのない花純にはその両者の違いがピンと来ず、訝しむ。
「初期の航空機はそれこそ『軍用にも使えない玩具』扱いでした。金にならないリスクも大きい、そんなチャレンジを出来るのは結構凄いことなんです」
新技術を『そんなの役に立たない』『無駄に危険なだけだ』と批判する者もいる。
だが、それでも挑み続けた結果が昨今の航空体制だ。地球の裏側に日帰り出来るこの世界を、一体誰が笑えようか。
その原点に足跡を刻んだのは、間違いなくこの国の人々だ。
「1783年、モンゴルフィエ兄弟による史上初の有人飛行―――熱気球の発明。1852年、アンリ・ジファールによる史上初の動力飛行―――飛行船の発明。この国は、航空機の歴史を切り開いてきた自負があります」
「……偉大な国、なのですね」
「きっと、偉大じゃない国なんてありませんよ」
国家の評価など見るものによって千差万別だ。
だが、それでも長く続いた国家とは、それだけでそれだけの重みを伴うものなのであろう。
熱狂する人々。現地観客達に見守られ、試合は開始される。
先行は、現地のチームであった。
限界まで同等のスペックに調節された機体でのレース。なまじ低馬力の機体は誤魔化しが効かず、純粋な技術勝負となる。
彼らは何度も、何度もこのコースを飛び続けてきたのであろう。その挙動に乱れはなく、精密機械のように動翼は開閉する。
その動きは、とても人力駆動とは思えない域に達していた。
「勝てそうですか?」
別に負けたところでペナルティがあるわけでもない。
花純はあくまで気軽に、しかし武蔵が一流選手であると知るが故にどこか期待した様子で訊ねた。
「勝利を貴女に捧げましょう。あとレースクイーンかわいいです。写真撮らせて下さい」
「駄目です」
「必要なことです。日本男児の栄達の為に、その身を捧げて下さい」
「ううっ」
花純には献身欲求というべき衝動があると見抜いていた武蔵は、彼女の弱いところをくすぐった。
たじろぐ花純。ある種のマゾである。
「い、1枚だけですよ」
「枚数と勝率は比例します」
「調子に乗らないで下さいっ」
怒られ、ふむ、と頷いた武蔵は真面目に述懐する。
「真っ当な方法では勝てません。練度が違う」
「そう、ですか」
一応は身内を応援したい気持ちがあるのか、残念そうに眉を下げる花純。
そんな彼女に、武蔵は不敵に笑ってみせる。
「なら俺はアイツらの言うところの『粗雑』な方法でやらせてもらうだけです」
たった今、敵機が最後のパイロンを抜けてゴールした。
続いては武蔵の番だ。
ごくごく平凡に、スタートのゲートへと向かう武蔵機。
レッドカウのエアレースに、戦術や奇策の割り込む余地などない。全チームが、全ての手段を講じた最善手でコースに挑む。
短時間でその『小細工』を全て読み解き、武蔵はその模倣に努めた。
速度を殺さず、かつ最小の半径での旋回を心がける。
まるで何ヶ月もそのコースを練習し続けたような、迷いのない軌跡だった。
「ばりすごか……なんじゃあやつ」
「いっとまがにコース覚えおった、さすがコレージュのチャンピョンさね」
危なげなく無難にクリアしていく武蔵。付け焼き刃であるはずのその技量に、現地チームも舌を巻く。
「じゃけん、うちらの勝ちは揺るがん。ぐーぐとものにするんも限界がある」
「せやね。中間タイムも、うちらが上じゃ」
武蔵の操縦は、ほぼほぼ完璧であった。
それは練習時間を考えれば、及第点を超えて上等といえる内容だ。
だがそれでも、現地チームには一歩及ばない。
このままでいけば勝てる―――彼等がそう楽観した時、武蔵は勝負に出る。
「《すまんな、確かに俺達はお前達ほどお上品とは言えない》」
コースの折返し地点、バーティカルターンと呼ばれるポイントで、武蔵はまさかの降下を図ったのだ。
「あんぶ、あんだけの腕のあんちゃんが、やずねまねするんか?」
戸惑う現地チーム。
このポイントは特定の旋回方法を指定されていない。どんなターンをしたって構わない。
だが、インメルマンターンに近い機動を取ることがこのルールにおける常識となっている。
武蔵はあえて、その常識に一石投じた。
インメルマンターン。ループ上昇することで速度を高度に変換し、そのままループの頂点から降下加速しつつ90度ターンを決める機動。
もっとも効率的なUターン方法とされているそれを、しかし武蔵は捨てていったのだ。
降下しつつ水平旋回する武蔵機。速度に乗ったことでその機動は当然ながら大きく広がり―――
「《こういう技は、お前達にはないだろう―――!》」
「なっ!?」
―――はせず、水面スレスレでGを振り切るように小さく旋回してみせた。
「……なんだ、今の動きはっ」
長らくその機体で練習してきた彼らとて、その動きを見たことはなかった。
非現実的なまでの鋭角ターン。それなりに速度を失ったものの、それ以上の短時間での旋回を終えた武蔵機は再びトラックへと復帰する。
チームクルーがステータスを確認する。
最大G16―――0,4秒。
「16G、やと……!?」
「んにゃ、人体が耐えられるはずあらへん!」
「あんな旋回つけんど。ルェージェンドクラスのテクニック何か?」
彼らが今まで見たことのない現実が、そこにはあった。
結論からいえば、武蔵は勝利したのだ。
細々とした経験差は如何せんどうしようもなく、インチキターンを経てもその総合タイムは僅差であったものの、なんにせよ武蔵は勝ち越したのだ。




