レイモン・ソルニエの騎士道1
花純編です。じつは1部で一番気に入っている話だったり。
注意 どうやら最初に投稿した内容について、コピペをミスしていたらしく前後がおかしくなっていました。
修正しました。ごめんなさいです。
『2045年6月24日』
からくも、というほどでもなく危なげなく第一試合に勝利した雷間高校空部。
第二試合は2週間後となる。全国高校航空体育大会という正式名称の通り、レジェンドクラスの全国大会は戦闘がどうしても大規模なので、どうしても試合事に間があくのだ。
長いようで短い2週間。各チームは機体を修理し、次の相手を考察し、戦術を再構築してゆく。
そんな狭間のタイミング。試合より1週間と少しが過ぎた頃に、そのイベントは発生した。
「らーいーかぁーん、ふぁいおー。ふぁいおー」
「ひー、ひー、ふー、むさ、むさ、むり」
「声だせー。10キロくらいでバテるなー」
学校周囲をランニングする武蔵とアリア。
真夏の直射日光に手を翳し、武蔵は足踏みで遅れるアリアの到着を待った。
「他の運動部はランニング以外でもほとんど外で活動するんだ、それに比べて空部なんて走るだけだろ。楽勝だろ」
「別にTreadmillでもいいじゃないですか……」
「なんだそれ、ヘリコプターの脚か?」
「Running machine、Room runnerですよ、走るって目的が果たされれば問題ないんでしょ……」
アリアの流暢な発音を武蔵はやや反芻して、ようやくRunning machineがランニングマシンに変換される。
「ルゥアンニンガ・マッスゥーゥインな」
「日本人の思う流暢な英語の発音って、すげーキモいですよね」
「やがましい。つか、そんな予算はない」
武蔵とて別に『暑い外を走ってこそ強靭な精神が育まれる』などといった精神論を振りかざすつもりはないが、飛行機は常に金食い虫なのである。予算は徹底的に節制せねばならなかった。
そこらの地面で代用出来るのだから、ランニングマシンなど優先度カースト最下位である。
「嗚呼、我が盟友ベスよ……遠い異邦の地で果てる友の不幸を哀れんで下さいなのです」
「いいから足動かせ。体力はあらゆる面でお前という人間を助ける」
「あらゆる面、ですか」
「そうだ。病気でも学業でも恋愛でも、体力があるに越したことはない」
「損ということはないでしょうけど、多くの場合で体力の有無は大差なくないですか」
「体力バカにするな。俺はこの前、ランニング中に500円玉を拾った」
「体力関係ない!」
人体は全長の半分が歩行装置で構成された生物である。
よって、走るという動作は全身の筋肉を複合的に動かし、四肢のみならず心肺系や体幹までもを鍛えられる。
ある種、究極的なトレーニング方法となるのだ。
どんなスポーツであっても、トレーニングの方法がよくわからなくても、とりあえず走っとけば損じゃないのである。
「時間になったから戻るぜー」
「ふぇーい」
秋津洲に帰還する2人。
軽くシャワーを浴びてさっぱりした彼らは、軽やかな足取りで艦橋へと登っていく。
「暑い中で登る鉄の階段は格別ですね」
「死にたくなるな」
「シャワー備え付けな部室ってあたり、私は贅沢を言っているのでしょうか」
「そらまあ、構成人員4人の同好会レベル、弱小部活と考えたらな」
鋼輪工業の部室船加賀にはシャワーと言わず風呂まであるが、居住性は秋津島が上だと彼は認識している。
空母加賀は改装空母ということもあって内部が迷路となっており、換気装備の不備もあって熱がこもりやすい。
寒冷地ほど動物が大型化するベルクマンの法則と同じだ。船もまた、大きな船ほど表面積が減って熱が逃げにくくなる。大型艦ほど換気装備には気を使わねば、最悪熱中症や酸欠といった事故すらおきかねない。
蒸気タービンから核融合炉に換装されたことで熱源問題は軽減されているが、それでも室内にクーラー必須の欠陥船だ。
対して秋津洲は水上機母艦ということもあって居住性が優れており、電源も熱を発さない縮退炉から供給されるので熱がこもりにくい。
かわりに……というわけでもないが、エアコンが古いので効きが悪い上に騒音がうるさい。
一長一短といえるが、どちらがマシかといえば武蔵なら秋津島を選ぶ。
「今朝、ニュースでコールドスリープ技術が実用化されそうって話がありました」
「だからどうした、あんなの冷凍食品みたいなもんだろ」
「あのカプセルに入ったらひえひえで気持ちいいんでしょうね」
「凍死するっての」
「死んだらコールドキル技術じゃないですか、ただの冷凍庫です」
艦橋に入ると、妙子だけがそこにいた。
「ただいま戻りましたよっと」
「たもしたよっと」
「おかえりっと」
扇風機の風に当たりながら携帯ゲームをしていた妙子が、ひらひらと手を振って武蔵達を出迎える。
武蔵は艦橋内に設置された、爆音をかき鳴らすエアコンの室内機を見上げた。
暑い炎天下から、シャワーを浴びてのひえひえに冷え切ったクーラーガンガンな室内に突入する瞬間は極楽である。
「この轟音がなければ文句なしなのですが」
アリアもエアコンを見上げる。
砂漠基地でカレンダーに毎日印を付けたくなるほどの騒音に、アリアも閉口させられる。
「……武蔵、なんとかしてください」
「金がない」
「武蔵くん、前みたいにアルバイト先から飛行機用のエアコンとか拾ってきてよ」
妙子が提案する。
武蔵は以前、航空機用の冷蔵庫をバイト先からちょろまかしてきたのだ。
「ね? ね? お願い武蔵くん?」
妙子が武蔵にしなだれかかる。快適な部室の為なら女の武器をフル活用である。
「飛行機のエアコンって地上用と動作原理が違うので、そのまま室内用に転用出来ないんですよ」
「きみに興味がなくなったわ武蔵くん」
妙子はそっと武蔵から離れた。
女とはこういう生き物である。
「由良ちゃんは格納庫ですか?」
「んー?」
妙子の返事は否定にも肯定にもなっていない生返事だった。
妙子の手の中にある、妙に大きなゲーム機にアリアが興味を示す。
「なんですか、その弁当箱みたいなゲーム機?」
「現在まで続く携帯ゲーム機の初代だって。お父さんのが押入れから出てきたの」
「部長のお父様は物持ちがいいのですね」
「このゲーム機は爆撃に耐えられるほど頑丈だからね」
「俺が普段使ってる弁当箱だって超々強化プラスチック製で100年保つって触れ込みですよ」
「なにその対抗意識」
携帯ゲーム機の画面を上から覗き込む武蔵。
しかし、どうにも画面が暗くて見えない。
「バックライト付けないと見えなくないですか?」
「そんな気の利いた仕掛け、ないわよ」
「画面が白黒なのです」
「バックライトないからある意味黒オンリーね」
「ソフトは何やっているんです?」
「ドラゴンをクエストするやつー」
「この人、お姫様だっこしたままどうやって戦ってるんでしょう」
「もーっ、2人ともうるさい!」
好奇心で左右から画面を覗き込み武蔵とアリア。
妙子からすれば、とても鬱陶しい状況だ。
「その状態で宿屋に泊まってみてください」
「有名なネタだから知ってるわよ」
「人生の先輩として、あの『お楽しみ』の具体的な意味についてご教授下さい」
「エッチでしょ?」
無意識に答えてから、自分が異性に際どいワードを言ってしまったと自覚して赤面する妙子。
「ばか」
「なんか、すいません」
エンディングに突入し、それまで無言だったのに、急に喋りだす主人公。
「なんか王様が地位を譲るって言い出したぞ」
「勇者に王位を譲るって、実際どうなんでしょうね」
「文民統制という観点からすると最悪だな。英雄だからって政治屋の資質があるとは思えない」
「2人とも、ゲームなんだから素直にやりましょうよ……」
中世的世界観に近代の価値観を持ち込んでの言いたい放題だった。
「お、断ったな。偉いぞ、武人に徹するというその姿勢は嫌いじゃない」
「と思ったら新しい土地に行きたいとか言い出したのです」
「自分の国を『作る』じゃなくて『探す』って言いやがった。その武力で原住民を制圧する気か。まるでかつて存在した帝政の島国みたいだな」
「『かつて存在した帝政の島国』って条件なら極東の島国も当てはまるのです」
「勇者が姫を救う、って誰得なのかしら?」
妙子の呟きに、3者は顔を見合わせる。
「女性の陳腐なお姫様願望を満たしたシチュエーションだろ?」
「男性の幼稚なヒーロー願望を満たすシチュエーションなのです」
何言ってんだこいつは、という様子で武蔵とアリアは見つめ合う。
「バカを言うな。あれだろ、女性は強大な悪に囚われたいという倒錯した願望があるんだろう?」
「問題発言なのです。男性こそ、適当な英雄願望を満たす為に悪が必要なんて本末転倒な思考を抱えているのです」
「俺は平和主義者だぞ。口癖はラブアンドピースだ」
「この前、由良が話してました。武蔵は時々、教室がテロリストに占拠された場合のシミュレートをしていると」
「ばっ、それは違う! 有事に備えておくのは英雄願望ではない! ラブアンドピース!」
アリアは白けた目で武蔵を見下す。
「そもそも女性が悪に囚われたい、ってどこソースですか」
「信濃の読んでた漫画だ。多くがヤクザや極道にてごめにされる内容だったラブアンドピース」
「ティーンズラブってジャンルよ、それ」
武蔵とアリアの視線が妙子に集中する。
「詳しいですねラブアンピー」
「お読みになられるのです?」
「ち、違うわよ! これはその、花純の趣味よ!」
「人の趣味、捏造しないで頂けますか?」
この場にいないはずの、4人目の声。
聞き覚えのあるそれに、慌てるわけでもなく部員達は艦橋扉を見やる。
「お疲れ様です、皆さん」
「あれ、この学校を代表する美人生徒会長である朝雲花純さん(17歳)じゃないですか。今日はどうしたんです?」
「待って今の説明何」
「今日は少し、ご相談があって」
花純は珍しく、純粋に戸惑うような表情を見せていた。
「どうしたんです、今日は。あ、今お茶煎れます」
「いえ、お構いなく」
武蔵はにこやかな笑顔のまま、内心では訝しむ。警戒心が跳ね上がっていた。
花純という人間は、常に余裕を保っているタイプだ。本人が望む望まぬに関わらず付きまとう朝雲財閥という権力を理解し、本人もまたそれを御す英才タイプの人物なのだ。
そんな彼女が持て余す事柄。これは面倒事だ、と武蔵は瞬時に察した。
「実は私、家出してきました」
「とりあえずウチを宿として提供しましょう。遠慮なさらず、両親は単身赴任で不在ですから気兼ねは不要です。妹も家に同性がいれば喜ぶことでしょう。てごめにしてしまえばこっちのもんだぜグヘへ」
「ノーウェイトで大義名分から本心まで打算するのやめよ、武蔵くん」
「信濃のエロマンガの影響が兄に伝播してるのです」
叱責の視線が武蔵に集まった。
遺憾である。極めて遺憾である。
「妙子先輩の家に転がり込むつもりだったのかもしれませんが、俺は推奨しません。彼女の家に迷惑がかかります」
「はい」
当然ながら花純もそれを承知しており、武蔵の言葉に再確認の落胆こそすれ不満はない。
「ちょっと武蔵くん、勝手に決めないでよ。私は大歓迎よ?」
「普段ならいいんです。おふたりがお泊り会をしようが、小学生みたいに無邪気なパジャマパーティをしようが、大人のインモラルでアダルティなパジャマパーティを開催しようが。なんなら使用済みパンツを交換して義姉妹の誓いをしたっていいでしょう」
「信濃ちゃんほんとにどんなマンガ読んでたの?」
「ですが、家出となると足柄家の立場がまずい」
武蔵の指摘に花純が首肯する。
妙子本人だけが、いまいち理解出来ていなかった。
「どういうこと?」
「妙子、貴女ももう高校3年生なんだから。もう少し考えて生きて下さい」
「ひどーい!」
生き方そのものを窘められる妙子であった。
妙子に代わり、第三者であるはずの武蔵が説明する。
「名家というほどではありませんが……足柄家だって、それなりにいい家なんですよ。もし朝雲財閥の娘の家出に加担すれば、日本屈指の権力者に悪い意味で名前を覚えられてしまうかもしれません」
そうなれば影響は足柄家に留まらない。
最悪、複数の大病院が揺らぐ大事となる。
「子供の家出にそんな大人げない……」
呆れる妙子。
その通りといえばまったくもってその通りなのだが、それでも軽挙な対応は控えるべきだと武蔵は主張する。
「俺としてもクソみたいな話ですが、それでも大人のルールっていうのはそんなクソな力と力のせめぎ合いなんです。あるいは両家の間で寛大な共通認識があったとしても、部外者が足柄家を攻撃する材料にするかもしれない」
「私も同意見です。……ここに来ていて、何なのですが」
花純は嘆息する。
それは、軽挙な自分に対する自嘲だった。
「それじゃあ……会長さんは、どんな思惑でここに来たんですか……?」
花純の直後に艦橋にやってきた由良が、直球で訊ねる。
花純はやや躊躇い、武蔵に視線を向けた。
「武蔵さんならきっと、私のような凡俗には予想もつかないような想定外の解決法を提示してくれるのではないか、と思って」
謎の信頼のされ方であった。
されど、男としては頼られたからには力になりたいところ。武蔵はホワイトボードの前に立つ。
ボード上部に大きく『家出』と題目を書き、武蔵は持論を述べた。
「家出。無断で被保護下から離れ、物理的に住居を移すことを指しますが……これは、当人にも大きな負担を要求されます」
「なんか始まったのです」
「その意図は多岐に渡りますが、大別して『実利的な対抗活動』か『感情的な拒絶行動』のどちらかです。会長の場合はどちらですか?」
「前者ですね。ある種のストライキです」
ふむ、と武蔵はやや思案する。
「なるほど、となると最終的には家に戻る前提ですか?」
「そうですね。私1人で生きていくのは難しいでしょうし、人を動かして捜索されてはどうやっても連れ戻されます」
手段を選ばなければ1人で生きていく方法がないわけでもないが、そこまでは花純も出来なかった。
「とはいえ家出で抗議といっても、結局は相手の譲歩に期待する受動的な対処にしかなりません。会長の保護者さんはそれで折れるようなタイプですか?」
「いえ、とてもそうは思えません。お父様は厳格な人です、代案もなく拒絶している現状では絶対に譲歩しないでしょう」
「あの、よろしいですか?」
アリアが挙手した。
「花純先輩と先輩のお父さんの確執が家出の原因のようですが、そもそも具体的な事情を聞いていないのです。あんまりつまらない理由での家出なら、こちらも協力は出来ないのです」
大人が嫌いと公言するロックな若者層ならば『親への抗議』というだけで友人に協力するに足る理由となっただろうが、アリアはそこまで考えなしではなかった。
「というかどうして、誰も理由について訊ねないのです?」
「や、だって会長ならそこまで理不尽な理由で家出はしないだろうし」
その辺、彼女のことを武蔵や妙子は信頼していた。
日頃の行いの賜物である。
「何にせよ、まずは事情をお話しましょう」
花純は淡々と、それこそ他人事のように話し始めた。
「実は、家の方で用意されたお見合いがあったんです」
「相手を殺せばいいんですね」
武蔵は即座に解決法を提示した。
方法論はともかく、花純の期待通り彼女の思い付かないような解決法ではあった。
「いえ、流血はなしで」
「毒殺ですね」
「傷害はなしで」
「精神的にですね」
「攻撃しないで下さい」
「脅迫ですね」
「怒りますよ?」
「以上が妙子先輩からの提案です」
「武蔵くんへの高感度が3段階下がったわ」
黙っていたアリアが、得心したように頷く。
「つまり、相手が高慢なお坊っちゃんだったり、ヨボヨボなお爺さんなので結婚したくない、ってパターンですね。Japanimationでよくあるやつです」
花純は首を横に振った。
「先方は難関大学の大学院生の、利発かつ穏やかな殿方です。精悍なお顔立ちで、お見合いの席では少しドキドキしてしまいました」
「有料物件じゃないですか」
「世界滅亡しねーかな」
武蔵は昨今にわかに流行しているらしい大魔王に期待することにした。
恐怖の大魔王が来襲しますように。
美少女魔王ならなおよし。
「いいじゃん、気に入ったなら結婚しちゃいなよ」
「妙子先輩、俺の嫁を増やすのに非協力的ですね」
「ワカメじゃないんだから、嫁はモジャモジャ増えればいいものじゃないわ」
もじゃもじゃ、という言葉に赤面するアリア。
何を考えていたのかを武蔵は訊ねなかった。
「ですが問題があったんです」
「なるほど、彼は針葉樹にしか性的興奮を覚えないタイプなんですね?」
広葉樹ならまだ救いがあったものを、と神妙な面持ちでお見合い相手の悲哀を憂いる武蔵。
「いえ、あちらには幼馴染みの恋人さんがいたんです」
なるほど、と全員納得する。
花純は超がつくほどのお嬢様ながら、割と柔軟に対応してくれる話の解る人だ。お見合い相手の男性もそれを見てとって、花純を味方に引き入れたのだ。
「家出までして抗議するあたり、お見合いの両家はその針葉樹の幼馴染みさんを認めていないと」
「むしろ家にとっての利益を優先している、というべきでしょう。別に幼馴染みさんに隔意があるわけでもなさそうです」
武蔵も困ってしまった。
財閥が求めるほどの利益、それを覆すほどの動機を提示出来なかったのだ。
「現在先方、お見合い相手さんも家出を敢行中のはずです」
「会長さんもそうですが、家出の動機に関しては?」
「もちろん伏せられています。幼馴染みさんに迷惑になってしまいますから」
調査すればすぐ類推されるだろうが、幼馴染みさんは現在も普通を装って生活している。確証がないうちは手を出されないだろうと花純達は考えていた。
「『実は私は子供を作れない身体なんです』って言って、破談にしてしまえばどうです?」
武蔵の提案に女性陣は大ブーイングであった。
「武蔵くん、そういうことを言っちゃいけないわ」
「思慮に欠けます」
「お兄さん……最低」
「どうしようもない人なのですね」
そもそも家同士の繋がりが婚約の目的であり、子供に恵まれずとも跡取りは養子といった手段もある。
というか検査すればバレるので、武蔵の思い付きはあらゆる意味で愚策であった。
「じゃあどうするんです。破談の引き換えに出来そうな材料がない以上、行動指針を変えるしかありませんよ?」
「どういうこと?」
「例えば、婚約を強行するならこれから裸で外を駆け回るぞ、と脅すとか」
花純自身を人質にした瀬戸際外交である。
風評被害による朝雲家へのダメージに加え、花純という人間の価値の暴落。手段としては通用するだろう。
同時に、花純へのダメージも大きすぎるのが難点だが。
「花純先輩の実家に対してはダメージとなるけど、花純先輩当人にとってはダメージにならない脅迫方法というのはないのですか?」
「価値観の相違を利用した戦術、例えば会長が俺に抱かれるとかだな。俺と会長がくっつけば当人同士にとってはハッピーだが、朝雲家にとっては娘が傷物になってダメージだ」
「いえ、私に対しても相当にダメージ来ますが」
花純は後ずさった。
武蔵は逆ギレする。
「そもそも会長がいい娘過ぎるのがいけないんじゃないですか! 今回こそ朝雲家と意見は異としましたが、大半の場合において会長はご実家の随意のままに生きるいい子ちゃんなお嬢様なんですから! もっと破天荒な要素があれば、まだやりようがあったんです! もーっ! もーっ! ラブアンドピース!」
「ご、ごめんなさい……?」
よく判らないままに謝ってしまった花純であった。
「ない……のですか? ご実家にとって嫌でも……本人にとって、嫌じゃないこと」
一同は考える。
朝雲家と花純の価値観の差異。古典的お嬢様である花純の『個性』。
何かあっただろうか、と考えて、武蔵は思い付く。
「騎士」
「はい?」
一同は首を傾げる。
その後、彼等はとあるコスプレショップへ向かった。
撮影された騎士姫ドレス姿の花純。
その画像が朝雲家当主の携帯端末に送りつけられた。
『2045年6月25日』
翌日。
一同は再び部室に集まり花純父の反応を訊ねる。
「どうでしたか?」
「もっと写真を送ってこいと催促してきました……」
作戦失敗にがっくりと項垂れる花純。
かわいい娘が着飾った写真を送ってきたら、そりゃそうなるというもの。
ちなみに彼女は昨晩この船に泊まった。船には合宿所くらいの設備はあるので、なんなら生活出来る。
秋津島、つくづく弱小空部にはもったいない船である。
「そもそも、お父様はああいうの嫌いじゃないんです。なんでも若い頃にドラゴンや勇者が出てくるゲームに熱中して以来、ファンタジーに興味を持ったとか」
「厳格な父どこいった」
朝雲家の当主もまた、姫と町娘を宿屋に連れ込んだ経験のある勇者であった。
「というか、あれは騎士なのですか? 騎士姫という言葉を初めて聞きましたが」
指摘するのはアリア。
彼女のイメージする本場の騎士と、サブカルチャーによって育まれた騎士姫は別物である。
武蔵は甲冑ドレスに身を包んだ花純の写真を見つめ、懐にしまった。
「この姿でコスプレイベントに出るぞ、って脅迫……じゃなかった、提案も添付したのですよね?」
「その程度なら許容範囲だそうです」
「厳格な父ほんとどこいった」
作戦の失敗、だがそれで怯む武蔵ではない。
彼はすかさず次案を出す。
「次はビキニアーマー騎士でいきましょう」
「それでも駄目だったら?」
ビキニという単語に不穏なものを感じつつ、花純はその更に先を問う。
「覆面全裸」
女子達は武蔵から距離をとった。
「その発想、どこから出てきたんですか」
「さすがは武蔵くんね」
「個人特定出来なければ公然わいせつ罪に問われないというわけではないのですよ」
「お兄さんが望むのであれば……」
「失礼な、ちゃんと実在するジャンルですよ。裸エプロンみたいなもんでしょう」
だいぶ違うだろう、というツッコミすら成されなかった。
そもそも主目的からして、個人が特定出来なければ意味がないのである。
悪い意味で会議が煮詰まってきたので、武蔵はベクトルを変えてみることにした。
「いっそのこと、実家への圧力という指針から変えてみますか?」
どういうことかと目で問う花純に、武蔵は解説する。
「逃げるんです。物理的に、財閥の追手をまくほどに」
「そんな場所、あるわけないわ」
何を言い出すのかと、妙子は呆れて首を横に振った。
しかし武蔵とて無策で提案しているわけではない。
「宇宙空間です。いかなる権力者であっても不可侵の、残酷なまでに虚空が満ちた大海。あそこなら、朝雲家といえど手出し出来ません」
この時代、中古の宇宙船でも調達出来ればほぼ完全な自給自足も不可能ではない。
電力による藻の生育によって食料調達が可能であり、この技術は遠方惑星の有人探査任務には普通に使用されている。空気や水など全てを船内で循環させて、人が船内で完結して生きていけるのだ。
「どこかの小惑星に住み着くんです。最近流行ってるでしょ、小惑星に別荘建てるの」
「そんな流行、ごく一部の裕福層だけなのです」
病気への対応、自給自足が困難な物資などといった問題があるので本当の意味での永久的とはいかないが、追手を振り切るという意味では間違いなく有効だ。登録せずに適当な小惑星にでも隠れてしまえば、広大な宇宙から船1つを見つけ出すなど事実上不可能となる。
船員が意図的に戻らぬ限り、まったくの手出し不可となるのだ。
「……あの、そこまでいくと私としては、望まぬ結婚した方がマシかもしれないと思ってしまうのですが」
相手方と打ち合わせて、対外的に結婚だけしてしまった方がまだ現実的だった。
普通に飽食社会の文明人な花純にとって、独りで生きていくのは困難なのだ。
「まあ、そうですよね」
武蔵とてあまり真剣に提案していたわけではない。
「方向性変更の提案その2。財閥に対抗出来るほどの影響力を持った人間を、こちらに引き込みます」
「誰……ですか?」
由良の端的な疑問は、全員の共通認識だった。
気軽に財閥に敵対してくれるような人間に心当たりなどないのだ。
「ハカセですよ。あの人なら、割とあっちこっちに顔が効きますから」
全員の脳裏に、年齢不詳な作業服姿の男性が思い浮かんだ。
だがそれでもやはり釈然としない。彼という人間は不審な点が多く、彼女達にとっては腕のいい技術者程度の認識だったのだ。
しかしそれが間違いであることを、武蔵と由良は知っている。
「あの人は、現代に残った数少ない個人発明家です」
「発明家? Thomas Alva Edisonみたいな、ですか?」
「あの人……個人発明家じゃないですけど」
由良が否定する。
エジソンはどちらかというと、発明起業家である。
ハカセの場合、マーケティングには一切干渉しない。純粋な技術者人間なのだ。
「自分の資産のみで研究開発を行って、新技術を大企業に売り込む技術者なんです。日本が宇宙開発で他国を一歩リードしているのは、彼の功績といっていい」
宇宙開発に必須となった基幹技術。小惑星から作られた特殊コンクリートや宇宙空間用リニアエンジンなど、多くの技術は日本が独占している。
世界は日本がいなくては宇宙開発を行えず、日本はハカセがいなくては基幹技術の開発が行えない。
この宇宙開拓時代の立役者、それがハカセなのだ。
「じゃあ工場で飛行機修理してたり、空部にコーチしにきたりするのはなんでなのです? 暇なのですか?」
「さあ? 趣味じゃねえの?」
投げやり気味の武蔵の回答。
とかく、そんなトンデモ人間が、宇宙コロニーの片隅で民間用航空機の整備業務を手慰みに行っているのである。
意味不明過ぎて投げやりにもなるというものだ。
「あの人なら影響力は甚大です。普段主義主張を語らないからこそ、小娘のお見合いを破談させるくらい日本の権力者達は幾らでも請け負うでしょう。ヘソ曲げて海外に身売りされては大損害ですから」
花純とお見合い相手の結婚がどれだけ利益を生むかは分からない。
だが、少なくとも宇宙開発事業の利益を上回るはずはない。
彼を味方に引き入れれば、勝算は十二分にあった。
「じゃあ、そのハカセさんを動かせる交渉材料って何?」
「え、うーん……エロ本交換の儀なんかはよくするけど、具体的な欲求と言われても困るかもですね」
改めて考え、自分はハカセのことをあまり知らないのだなと武蔵は考える。
「武蔵なら、『交渉材料がないなら脅迫すればいいじゃない』とか言いそうなのですが」
アリアがとんでもないことを言い出す。
武蔵の思考ルーチンとしては間違ってはいないものの、だが彼はサーッと青ざめた。
「あの人を脅すとか、コロニーごと吹き飛ばされるぞ」
「核兵器でも個人保有してるんですかあの人」
「少なくとも炉は個人所有してる」
『してるにゃ』
小さなメイドロボ、タマが挙手する。
この手の平サイズの女の子型猫型ロボットが縮退炉搭載であることを忘れてはいけない。
縮退炉を作れる男が核爆弾を作れないとは思えないのである。
「とにかく駄目です」と固辞する武蔵。
世の中には抗えない力がある。時間の流れであったり、女の涙であったり、そしてハカセの横暴であったりだ。
日頃から自分が傍若無人に生きているからこそ、武蔵はその限界に敏感なのである。
「ハカセさんの喜びそうなことなんて、武蔵くんと由良ちゃんくらいしか解りそうにないのに。2人が思い付かないなら手詰まりだわ」
「……名前を、勝手に使うのは?」
由良が提案する。
「あの人、技術屋だからこそ……名前を使われてもあまり気にしないです。名前を使ったのが僕達なら、なあなあで済ませてくれるかも」
「勝手に名前を使う? つまり、『おうおう朝雲さんよ? 俺の嫁の会長を政略結婚に利用するっつーなら、俺の兄貴のハカセが黙ってねーぞ。黙って金出せや』ってことか?」
「財閥から娘のみならずお金まで搾り取ろうとするその根性、ある意味凄いのです」
その後も議論した結果、特に有益な提案もなかったことから再び脅迫メールを送る次第となった。
なお特に描写はされていないが、ちゃんと大会の練習もしているのであしからず。
せっかくのお盆休みということで、ロードバイクに乗って海を見に行きました。
往復160キロは最長記録です。帰宅後は疲れて寝てしまいました。こんな時間に投稿する理由であります。




