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グラディエーターの細剣5


『彼らに天使の祝福のあらんことを! 第4試合、開始です! ブレイク、ブレイク(散開)!』


 合図と共に、インペリアルアライアンスとソードフィッシャーズが左右に散開する。

 試合は互いに逆方向へ向かう状況から始まる。大きく距離が開いてから自由飛行が始まるのだ。

 武蔵とアリアは編隊を組んだまま加速に努めた。空戦において、速度がなければ何も始まらない。

 航空機とは翼にエンジンを付けた乗り物ではない。エンジンに翼を付けた乗り物なのだ。


「《アリア、High rate(急上昇するぞ) climb!》」


「《Will copy(了解なのです)!》」


 操縦桿を引けば、機体はロケットのように垂直に急上昇していく。

 数秒で軽々と高度4000メートルを超える2機。これでもスペックの異なる機体で編隊を組む為に、片方は上昇力を加減している。

 第二次世界大戦において現役だった戦闘機とはいえ、中身は現代技術の塊だ。その上昇速度は当時の比ではない。

 空の色がみるみるうちに薄くなっていき、キャノピー越しに静謐な真空が彼らを圧する。

 否、まだまだ真空などではない、人工重力で発生した大気濃度の偏差はたかが知れている。

 しかし雲が明確に薄くなり、生命の存在を否定しはじめる狭間の世界が確実に始まっていた。

 ルール上の上昇限界こそないが、ここが宇宙コロニー内である以上は限度はある。

 コロニーの天井は高い場所では2万メートルはあるが、低い場所では1000メートルもない。

 まして敵チームが高度2000メートル程度で旋回を続けているとあっては武蔵達も過剰なまでに上昇するわけはいかず、彼は水平飛行への移行を指示した。


「《どこなのです?》」


「《2時方向、観客席の真上だ。散開してる》」


 2000メートル眼下、単純に2キロの距離が開いた敵機。

 地上で2キロ先など到底見えないが、自分達しかいない空では案外見える。小さな点となったソードフィッシュは、だが確かに視認出来ていた。

 改めてソードフィッシュの位置を確認すれば、なるほど先程までの密集がなんだったのかと思えるほどに散開している。


「《友軍機と一定距離を保って、同一円上を旋回しているのです》」


「《昔、神とか出てくるリアル系人造人間巨大ロボットアニメの映画版であんな光景を見た》」


「《ちょっと要素多すぎませんか、その作品》」


 それはあたかもメリーゴーランド。大きな円を描き空に待機するソードフィッシュ達は、一機ごとの距離も開いていることもあって隙だらけに見える。

 何かの儀式のようにも見えるそれに困惑するアリアだが、武蔵は敵の意図を読み取った。


「《防御円陣。第三帝国空軍の考案した戦術だ》」


「《彼らは戦術に関しては、国籍のこだわりはないのですね》」


「《どれでもいい、どれか旋回する敵の後ろに付けば、つまり同時に他の敵に後ろを取られる。味方を疑似餌にして、同時に常に味方を支援出来る体制を整えている。そういう戦術だ。巻き込まれたら集中砲火を浴びるぞ》」


「《なるほど……って、そんなの一撃離脱されたら破綻じゃないですか》」


 アリアでさえ、防御円陣の弱点を一目で看破する。


「《そうだ、これは相手も同高度でのドッグファイトに応じることを前提とした古い戦術だ。付き合えば厄介だが、なら付き合わなければいい。少なくともそれを選べるだけの性能優勢が俺達にはある》」


 そもそも機銃のみを是とするアンリミテッドクラス自体が古い戦術思考の塊なのだが、ソードフィッシャーズの採用する戦術は更に古典的だった。

 だからこそ武蔵は警戒する。しかし、時間は彼らの味方ではない。


「《勝敗は最終的に残った機が多い方で決まるのですよね》」


「《そうだ。手出しを渋っているとジリ貧で俺達が負ける》」


 しばし悩み、武蔵は決断した。


「《アリア、ちょっと一撃離脱してきてくれ》」


「《人を試金石にするのやめてもらえません?》」


「《万が一ダメージを受けた時に堪えられるのは百式の方だ。俺の零戦は防御パラメーターが低い》」


 模擬弾の着弾によるダメージは、距離や着弾箇所、そして機体の防御力も考慮され計算される。

 事前に審査を受けているので個々の機体防御力を大会側は把握しており、それを元に撃墜か損傷かをシュミレートするのだ。

 百式は元来の装甲が厚い訳ではないが、可変翼化するに際して妙に機体構造が強化されてしまっている。ソードフィッシュの火力で撃墜判定を得る可能性は低かった。


「《はいはい、行きますよー》」


 百式が180度ロールし、裏返しの状態から急降下していく。

 まるで逆落としと呼ばれる、艦上爆撃機乗りのような機動。武蔵の厳しい訓練の末、アリアもそれが容易く出来るほどのパイロットに成長していた。

 時速1000キロで降下する百式。条理を無視した血の駆け上る狂気の世界において、アリアはいつものことだと言わんばかりに平常のまま引き金に力を込める。

 これこそが彼女の才能だと、武蔵は認めていた。

 技能は未熟。知識も不足。だが、度胸とセンスは空に見事に適合している。

 武蔵が望み、ついぞ手に入れられなかった力であった。

 100式司令部偵察機の堅牢な構造は、水平飛行では困難な亜音速域でも平然と耐え抜く。これが武蔵の乗機である零戦ならば、既にリベットまでバラバラになっている。

 その様相は、さながら小型動物に襲いかかる百獣の王。

 プロペラ双発戦闘機という戦闘機史の袋小路に辿り着いた異児は、複葉機という前時代の骨董品に慢心なく突撃する。

 次の瞬間には双発機特有の大火力がソードフィッシュを粉砕する。武蔵もアリアも、観測機越しに映像として空戦を見ていた観客達も、誰もがそう想像した。


「《―――!?》」


 しかし攻撃は中断された。

 せざるを得なかった。

 それをアリアの目が捉えられたのは奇跡か、幸運か。自機に迫る凶弾を辛うじて察知したアリアは、操縦桿を思い切り引き上げて回避行動を図った。

 百式の腹を掠める物騒な気配。普段使用する模擬弾とは明らかに異なる大きな風切り音。

 バシュ、と模擬弾が百式の左尾翼に着弾した。

 ただそれだけで、コックピットのディスプレイ上に表示された自機のシルエット、その後部が真っ赤に染め上がる。


「《うそっ、左エレベータ(水平尾翼)全損判定―――!?》」


 コンピュータが弾着した模擬弾からどれほどのダメージを受けたかシミュレートし、その結果を操縦に反映させる。

 水平尾翼の半減は単純に上下方向の転舵が鈍くなる、という程度の影響ではない。航空機は機体全体があらゆる空力を作用しており、水平尾翼もまた常に機体を直進させるべく空気を切っている。

 航空機にとって最重要な要素、重心。これは速度、燃料残量、武装などによって絶えず変化する。故に、『重心と主翼を重ねておけば最低限安定する』といった単純な設計には出来ないのだ。

 片方の水平尾翼を喪失した百式は機首を不自然に落とし、左へとロールしてしまう。


「《こなくそっ!》」


 操縦桿を手繰り寄せ、ラダーペダルを蹴っ飛ばして機体を水平に戻そうとする。

 既に高度は1000メートルを切っている。これ以上降下すれば、墜落判定を受けて操縦をコンピュータに奪われるかもしれない。

 普段とは異なる挙動に戸惑いながら、なんとか百式は低い空を這うような飛行に滑り込む。

 アリアは首が軋んだように感じた。加速度計を見れば、なんと瞬間的に8Gを記録していた。

 急降下爆撃のような機動、人類が耐え得る限界に近いGだ。気絶しても不思議ではなかった。

 アリアも引き起こしをそこまで強引に行うつもりはなかったのだが、高度が下がり過ぎたことから焦ってしまったのだ。

 急激な引き起こしを行った際に、搭乗者には苛烈なGが襲う。今回は8G、重力が8倍となったのに等しい。

 痩せっぽっちのアリアだからこそ、2〜300キロの負担で済んだ。これが巨漢なら600キロ以上の負荷とも成り得た。

 実は航空機パイロット適正は女性の方が高い、と言われる所以である。


「《ってまだ、撃たれてるのです!》」


 見えない射線。水平尾翼をデータ上で消し飛ばした疑似の火炎弾は、今も執拗に百式を狙っている。

 濃厚な気配が彼女の後頭部をヒリヒリと焼く。元が偵察機なので百式はやたらと視界が良く、空に昇っていく超音速の大きな弾道が微かに見えた。


「《狙われている、撃たれてる! 敵が見えない!》」


「《こちらからは確認出来ない、敵機は曳光弾を使ってないみたいな》」


「《こんにゃろー! 呑気に観戦しやがってこんちくしょー!》」


 再び上に逃げようかとも考えたアリアだが、上昇しては速度が落ちて狙われやすくなる。

 アリアは仕方がなく、更なる低空を目指し機首をやや下げた。


「《これからどうするんですか!》」


「《とにかく低空で飛んで空戦エリアギリギリまで逃げろ。奇妙な攻撃だが、機銃である以上は射程も限界がある》」


 武蔵も困惑していた。遥か上空からでは、アリアに向けられた攻撃がまったく見えなかったのだ。

 いや、それ自体は簡単なタネである。本来数十発おきに装填されているはずの、射線を目視する為の曳光弾を入れていないのだ。

 意図的に射線が見えなく細工されている。それは撃ち手にとっても不便だが、撃たれる側にとってもプレッシャーだった。


「《見えない機銃なんてズルいのです!》」


「《いやルール違反ではなかったはずだ》」


「【その通りだ! そもそも曳光弾は撃つ側に有利な装備、ない分には不利だから違反行為とされてはいない!】」


 相手チームの隊長(リード)、ジョンが会話に割り込んでくる。

 無線はオープンチャンネルなので、敵との会話など珍しくはない。安全上の措置だが、大抵は罵詈雑言の応酬の場を提供するだけである。


「《防御円陣、結構怖い戦術なのです……!》」


「《いや……ソードフィッシュには確かに回転銃座がある、だが反航戦となる円陣内での偏差射撃は簡単には当たらない》」


 例えば、映画でよくあるカーチェイス、車上での銃撃戦を想像してほしい。

 追われ追いかけられるレース状態なら、銃弾を当てるチャンスはそれなりにあるあろう。

 だがこれが対向車線なら、射撃のチャンスは一瞬であり命中は非常にシビア。

 防御円陣内において回転銃座で敵を狙うというのは、ようするにそういうことなのだ。


「《目標以外の敵機から見て、百式は流石に射程外だったはずだ。ありえないとは言わないが、当てられるとは思えない》」


 それに、と口内で呟いて武蔵はデータリンクされた百式の状態をざっと確認する。

 ダメージが大きすぎるのだ。ソードフィッシュの機銃、7,7ミリの威力判定ではない。

 どこからともなく放たれた、正体不明の攻撃。その正体を特定するにはあまりに情報不足だった。


「《よし、俺が行こう》」


 結局、武蔵も虎穴に入ることを選んだ。

 攻撃方法の謎を明かさねば、結局どうしようもないのだ。


「【ほう、君が来るのか。いいぞ、来たまえ大和くん!】」


 飄々とした武蔵に比べ、むしろ声を震わせていたのはジョンであった。

 かつて勇名を轟かせた学生エアレーサー、大和武蔵。中学大会の怪物、一度は引退すら囁かれたパイロット。

 彼の気軽な宣戦布告に、敵対するジョンこそが気圧される。

 プールの飛び込み台から降りるような、零式の何気ない動作の緩降下。

 百式と比べれば静かな強襲。零戦の機体構造は揶揄される通り紙と呼ぶに等しい薄さであり、急降下に耐えられるだけの機体強度は確保されていない。

 太平洋戦争後期においては広く露見される、名機零戦の根本的脆弱性。それは武蔵の零戦でも変わりない。

 ―――だが、それでもソードフィッシュより遥かに速く鋭い。複葉機と比較するのが根本的に間違いなのだが。

 彼の駆る零戦も、先の百式のように射撃位置に差し迫った時―――その攻撃は、武蔵機を襲った。


「《驚いた》」


 まったく驚いていない声色で機体をバレルロールさせ、大胆ながら最小限の操縦で機銃を回避する武蔵。

 その機動の最中、ろくに狙わずに機銃を発砲。

 背面飛行のままソードフィッシュのコックピットを模擬弾で撃ち抜き、悠々と翼を翻した。

 ざわり、と大会全体の空気が波立つ。

 さらりと披露された絶技に、会場のほぼ全ての人が息を呑んだ。


「【なんだ、今の】」


「【見切ったのか、あの攻撃を】」


「【急降下中に。零戦のような軽戦闘機で?】」


「【どんな三半規管、空間把握能力してるんだ】」


 唖然とするソードフィッシャーズ。見えざる攻撃をおおよそ見切った武蔵は、敵機の位置をおおよそ推測。

 その射程範囲から逃れるべく、アリアと同じく低空域に入る。


「【ややや、やはり君は大したものだよ!】」


「《とはいえ高度の優位は失った。まだ挽回の機会はあるさ、心配するな》」


「《なんで敵を慰めているのですか武蔵……》」


 初期高度は絶対の優位性。高所を確保した軍は世代を違えた旧式機であっても勝利出来る。

 だが空は敵機による巨大な円環に支配され、チンタラと上昇していては見えない機銃の供物となる。

 一度離脱して安全に高度を上げたいところだが、競技である以上、飛行区域は限定されている。

 なるほど、そう考えるとよく出来た戦法であるのかもしれない。

 逃げ場がないのなら、見つけ出すしかない。


「《アリア、最後の1機を探すぞ。敵の5機目だ》」


「《はい―――はい?》」


「【むぅっ】」


 敵チームの苦渋の声とアリアの戸惑いの声が同時に戻ってきた。

 アリアは数の齟齬に訝しむ。


「《武蔵、1機撃墜したので残り3機では?》」


「《いや、残り4機だ。さっきの攻撃、さすがに射線がおかしかった。5機目が隠れてる》」


 先程の例えを引き合いに出すのなら、対向車線から拳銃で撃たれたとは考えにくい。

 だがもっと遠い距離―――ビルの上からスナイパーライフルで狙われている可能性はある。


「《いる、5機目が。大口径砲を積んだ、遥か遠くから狙ってるヤツが》」


 武蔵はソードフィッシャーズの飛行する空を睨む。

 どこかにいるはずなのだ。姿を見せない、最後の敵機が。


「《おかしいと思ってはいた。ルール上限の5機ではなく、何故4機しかいないのか》」


「【欠員は機体トラブルだぞ、大和くん? デリケートな飛行機を扱うこの競技では珍しいことじゃないだろう?】」


「《ソードフィッシュなんて信頼性の高い機体を扱うんだ。整備不良で出られない可能性は低い。パイロットの不調も考えにくい、老舗の君らなら補欠だっているだろ》」


 それでも尚、4機しかいないのならば。

 隠れているとしか思えないのだ。味方を冷徹に支援する、姿なきスナイパーが。


「《ソードフィッシュは雷撃機だ、積載量はかなり大きい。おそらく搭載した砲もかなり大型だ》」


 対空攻撃に適した超長距離射程砲。

 それを、一般にこう呼ぶ。


「《5機目のソードフィッシュは、対空砲を積んでやがる》」


「《レーダーでもあれば便利なのですが》」


 ないものねだりをするアリア。

 レーダー搭載はルール違反ではないのだが、競技は狭い空域での有視界内での空戦だ。レーダーのメリットより、デメリットの方が大きい。

 ジェット機なら機首のスペースが確保出来るのでやりようもあっただろうが、なにせプロペラ機である。空気抵抗はできるだけ減らしたいのだ。

 弾丸の驟雨が2機を襲う。防御円陣を組んでいた3機が、明らかに遠すぎる距離から撃ってきたのだ。


「《え、なにこれ? 当てる気あるのです?》」


 降り注ぐ銃撃にアリアは身体をこわばらせたが、何かしらのアクションを起こすことはなかった。

 航空機同士の打ち合いとしては遠すぎる距離からのめくら撃ち。散布界は広く、とても当たるとは思えない。


「《これでは雨です、何もしなくても当たらないのですよ》」


 弾は盛大にバラけ、直進していても当たりはしない。

 逆にいえば、旋回回避したところで当たる時は当たる。下手に動いて速度を失うのは躊躇われた。


「《どうします? このまま速度差で逃げ切れば―――》」


「《……違う、これは目くらましだ! 本命が近くにいる!》」


 武蔵が怒鳴り、操縦桿をなぎ倒す。

 訓練の甲斐あって反射的に追随するアリア。刹那、2人が飛行していた空間を猛烈な殺意が貫いた。

 超音速の模擬弾が天上より奔る。

 大気を揺るがせるほどの威力を秘めた砲弾は、そのまま海面に突き刺さり、小さく白煙となった。


「《うそ、近いっ!》」


 続き放たれる対空砲弾。その攻撃パターンから、武蔵は敵の意図を読み取る。


「《相手はシザーズを挑む気だ、遠距離に徹するかと思ったが近付いて来やがった》」


 逃げる武蔵・アリア機と、追う敵の5機目。

 それを援護するように、3機のソードフィッシュが上空より7,7ミリ機銃を撃ち続ける。

 これほど速度差があるならシザーズは成立しない。武蔵達は加速して逃げればいい。

 だがそれでも敵チームは後ろからの強襲を仕掛けてきた。逃さない、そして逃げ切る自信があるのだ。


「《どこかね、恥ずかしがりやの連合王国が淑女は》」


 姿なき5機目。武蔵の感覚が叫んでいる。

 敵機はかなり近くにいる。だがその姿は未だ見えない。


「《離脱しないのですか!? このままじゃ致命傷を受けるのです!》」


「《一度離れたらまた見失う、挑んできたシザーズ戦に付き合うぞ》」


 無線越しに敵チームに漏れた、敵の優位な状況に付き合うという返答。

 それは本来あり得ない対応だった。

「【どういうつもりだ、零戦ではソードフィッシュの運動性能には敵わないというのに】」


 ジョンは困惑する。

 シザーズ戦は相手の後ろを取り合って蛇行を繰り返す空戦技法。優位なのはより低速性能に優れ、運動性能に優れた機体。

 運動性能に優れているとされる零戦だが、実のところ設計思想は速度重視だ。まして複葉機のソードフィッシュに旋回半径で対抗出来るはずがない。

 だからこそ、正しい対応は離脱なのだ。だがそれはソードフィッシャーズにとって対処可能な行動であり、だからこそ彼らは自信があった。

 だが、武蔵はあえてシザーズに受けて立ったのだ。


「《アリア、失速速度以下まで減速する! 付き合えっ!》」


「《なのです―――!》」


「【なっ!?】」


 零戦が機首を一気に上げ、エンジンが唸りを上げる。

 高度を変えないままの、大仰角での飛行。本家零戦では決して不可能な、曲芸飛行の域に達した変則飛行。

 腹を前面に向けての、見るものに鮮烈な違和感を抱かせる機動。多くの者が知るが、ほとんどの者が初見なその飛行技能を敵機は特等席で目撃させられた。


「【プガチョフ・コブラだと、プロペラ機で!?】」


「《ぬ、ううっ!》」


 あまりの急減速に翼が水蒸気を纏い、白煙を引く。

 脳天を貫く減速G。グラスファイバーの構造体がギリギリと鳴き、武蔵の零戦は後ろへ吹っ飛ぶ。

 否、あくまで前進している。だがそれはまさに弾かれたような殺人的減速だった。

 武蔵の意識が飛び、しかしそれでも操縦桿を気力で握り続ける。


「《5秒前―――3、2……!》」


 懸命にカウントし、5秒後にすべき操縦を事前入力する。

 必要な減速が図られたであろうタイミング。武蔵の意識は途絶え、目には何も映っていない。

 だが、それでも零戦は動いた。予め機体のコンピュータに覚え込ませた『次にすべきことを』を忠実に実行し、零戦はコブラからの復帰を果たした。

 再び水平飛行へと戻る零戦。脳から失われた血液が再び上昇し、思考の電源が回路に再び走っていく。

 身体を襲う数多の不快感。それを『ないこと』にして、武蔵は眼前を見据える。


「《何か、何かいるのです》」


 武蔵がコブラで減速したのと同じく、翼を捻り回転翼モードとなって減速した百式が零戦に追走する。


「《ケロッとしやがって》」


「《はい? カエルじゃないですよ、目の前!》」


 武蔵はアリアの耐G適正が羨ましかった。

 大柄な彼の耐G適正は高くない。それを鍛え抜いた肉体で補い、それでも足りない部分は経験で補っている。

 時差入力―――彼の零戦に搭載された、もっとも特異で危険な機能。

 操縦に時間差を与えることで、脳が機能停止しても尚戦闘機動を続行する狂気のシステム。

 凡庸な才能しか持たなかった武蔵が、トップクラスの選手達と渡り合う為に積み込んだ機構であった。


「《目の前って、何が―――》」


 武蔵は霞む目を凝らし、気付いた。

 何かが飛行している。いや、この空域で飛ぶのは敵か味方なのだから敵機であるはずなのだが、それはまさしく『何か』だった。


「《透明な飛行機?》」


 馬鹿な、と武蔵は思う。

 2045年現在、光学迷彩は一部実用化しているが、未だ最新技術のはずだ。

 高校生が運用する競技用機に搭載出来るはずがない。

 ならばどういうことかと注視し、その正体を看破する。


「《あれ、透明なパネルを張り合わせて飛行機を作ってるみたいなのです!》」


「《なんて原始的な光学迷彩だ、いや今の今まで気付けなかったんだから笑えはしないが》」


 目の前を飛ぶ機体は、透明な材質で作られた複葉機だった。

 機種は、おそらくやはりソードフィッシュ。よく見えないが、フライングメカジキに愛を注ぐ彼等が今更別の機体に浮気するはずもない。

 あまりに見えにくい。一度離脱していれば、まず見失っていただろう。

 無理矢理にでも減速して距離を極力保ったまま後ろを取ったからこそ、その存在に気付けた。


「《なんですかあれ! なんですかあれ!》」


「《見ての通りだ、機体の外装を透明な素材に変えてやがる》」


 なるほど、と武蔵は唸った。

 試合前の密集編隊。あれは、この透明な飛行機を隠す為の欺瞞だったのだ。

 思い返せば敵空母(部室)上の物資が多かったことも納得である。あの物量は、秘めた5機目の片鱗でしかなかった。


「《いやいや。私だって多少は飛行機に詳しくなったのですよ、薄い外装も含めて機体を支えるのがモノコック構造というものなのでしょう? 簡単に張り替えられるものなのですか?》」


「《勉強熱心なのは評価するが、ソードフィッシュはモノコック構造じゃない。それ以前の方式である骨格を持ったフレーム構造、鋼管羽布張りだ。極端なことをいえば外装なしでも強度を保てる》」


「《なら剥いでフレームだけの裸の状態で参戦すればいいでしょう》」


「《胴体はともかく翼までスカスカの裸にするわけにはいかんだろ》」


 尚、別に件のソードフィッシュは胴体部の外装が裸になっているわけではない。翼部と同じ素材でしっかりと覆われている。

 強度的には問題なくとも、速度に悪影響があったのだろうと武蔵は見破った。

 骨組みの状態は空気抵抗が大きい。

 似た構造として、複葉機には上下の翼を繋ぐ空中線や支柱が存在する。これは航空の剛性を飛躍的に高める手段であったものの、反面大きな空気抵抗となることが研究の結果明らかとなっている。

 平時の風速内ではどうということもない細い構造物が、時速数百キロの世界では大きな枷となってしまうのだ。


「【クックック】」


 どこか芝居じみた声色が無線機から聞こえた。


「《なんでしょう今の》」


「《掛け算だろ。81》」


「《729では?》」


「【クァーハッハ! よくぞ見破った! これこそ我々の切り札、ソードフィッシュ・フェアリー(妖精)カスタムだ!】」


 切り札を看破されたというのに、何故かテンション高めなジョンが叫んだ。

 ヤケクソである。


「【時に勇者を導き、時に恋のキューピットを受け持ち、時に道に迷った人間を送り届ける不思議存在! その不可思議さ、まさにフェアリーではないか!】」


「《本場の妖精はそんな不可思議な可愛い存在ではありません》」


 妖精の本場から来た少女は西洋かぶれの少年の妄言をぶった切った。

 妖精が可愛い小さな女の子、なんて幻想である。

 本場のオカルト界隈において、妖精というのは考えつくあらゆる悪事が収束する、というくらいの危険存在である。

 妖精に幻想を抱いているなぁ、と幻想に片足突っ込んだ中二病スピリチュアル国家のハーフ娘は思った。

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