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グラディエーターの細剣2

 男子禁制区画の更衣室にてパイロットスーツに着替えてきたアリアは、武蔵より数分遅れてブリーフィングルームへと入室した。


「お待たせしました」


「おう」


 水着のように肌に直接着込む、耐Gスーツなどの機能を内包したパイロットスーツ。軍役民間問わず戦闘機パイロットの基本装備だが、着る手順がややこしいので準備時間には経験の差が大きく出る。

 妙子に手伝ってもらったアリアが1人で着た武蔵より遅れたのが、その代表的な例だ。

 とはいえ、これでも随分と早くなったものである。最初のうちは数十分たっても現れず、結局女子更衣室に突入した武蔵が殴られたものだった。


「随分と慣れたじゃないか、エロスーツ」


「あえてエロスーツと言うあたり、明らかなセクハラ目的なのです」


 肌に密着するスーツは身体のラインをはっきりと露わにしてしまっている。

 アリアの肉付きに乏しい身体付き、そんな中にも確かに認められる女性的な膨らみもばっちり丸見えである。

 色々と際どい衣服だが、アリアは気にした様子もない。


「よく考えたら陸上とか水泳と比べればまだマシなのです。というか慣れました。武蔵のやらしい目にも」


「よし、羞恥心も失せたみたいだし次の段階に移ろう」


 恥じらいが失せたことは残念だが、それもまた狡猾な計算の範疇であった。


「次はストレッチと称して色々触っていこう」


「なぁなぁで最終的に私に変なことしようとしてません?」


「俺のしようとしていることが『変なこと』なら、世の全てのご両親は変態経験者ってことになるぞ」


「おかーさーん!」


 逃げ場を失っていくような身の危険を感じたアリアは、とりあえず妙子の胸に飛び込んだ。

 後輩に頼られた妙子は歓喜である。


「あらあらあら。どうしたのアリアちゃん、お母さんに任せなさいな」


「あの人が打算的に卑猥なことを考えてるのです。衝動的よりよほどたちが悪いのです」


「あら、でも彼は私の夫よ」


「どうも亭主です」


「あんなのが父親役とか」


 妙子のふくよかな胸に顔を半分埋め、アリアは半分だけ振り返って武蔵を鼻で笑った。

 イラッとした武蔵は、アリアの背中のスイッチを押す。


「なんですかそれ?」


「怪我を負った場合に素早くスーツを脱がす為の、緊急脱衣装置だ」


 アリアのエロスーツがパシュンとガスの音と共にはだけた。







 戦闘機が着陸する際、後部より小さなパラシュートが開くのを見たことがある者は多いだろう。

 いや多いかはともかくとして、後部に小さなパラシュートが付いているのだ。

 あれはドラッグシュートといい、着陸時にブレーキとなったり、飛行が不安定になった場合に展開し機体を安定させる役割を持っている。

 逆噴射やエアブレーキ装置などよりシンプルで軽く信頼性も高いという利点があるが、一度の飛行につき一回しか使えず使用後にはパラシュートを正しい手順で折り畳む必要があるなど、デメリットも存在する。

 この折り畳み作業は安全に関わる為、資格制となっており正しい知識を持った者しか行えない。

 そして安全の為に復帰作業が資格制となっているのは、パイロットスーツの緊急脱衣装置も同様であった。

 つまり、雷間高校空部においてその作業を許されているのは2人だけだったりする。


「忙しいんですから……仕事、増やさないで……」


「ごめんなさい」


 ぷんぷんと怒りながらスーツを組み立てる由良に、武蔵は平謝りするしかなかった。


「な、何か手伝おう」


「いりません……体力を温存してください」


 つーん、とそっぽ向いたまま作業を続ける由良。

 試合前はメカニックやマネージャーが忙しい場面であり、選手は最終調整や精神統一に集中するもの。まったくもってその通りなのだったが、仕事を追加してしまった身としては後ろめたさも大きかった。


「コーチ、ハカセ来てただろ。手伝ってくれてないのか?」


「『別に俺いらんだろ』って言って、出店巡りに出発しました……」


「うわぁ」


 学生に仕事を丸投げして遊び歩く、典型的な駄目大人の所業であった。


「それに……お兄さんは試合慣れしてて平気かもしれませんけど……アリアちゃんは初めての公式戦です。フォローしてあげてください……」


「あ、I copy(あいよ)


 頷き、アリアが縮こまった部屋の隅へと向かう武蔵。


「よう、ご機嫌いかが?」


「大下落中ですが何か」


 親しい友人でも、異性に裸を見られればまあ怒る。

 この場に及んで、アリアの機嫌は急降下爆撃機のように降下していた。


「なんだ、あれだ、どれだ?」


「それは質問でしょうか?」


 武蔵のスーパーコンピューター京に勝らずに劣らなくない脳細胞が、夏の気温に熱暴走を起こしながらニューロンにバグを焼き刻みつつ高速演算する。


「お前の背中、なかなかエロかったぜ」


 謝ったところでどうせ一度拗ねたアリアのヘソは、形状記憶合金のように整え直したりなどしてくれない。

 だったら予想外の発言で心境を一度リセットすべきである、と武蔵は判断した。


「はあ?」


 口をAの字にして、胡乱な瞳で武蔵を見やるアリア。

 武蔵は愕然と彼女を見返した。想定の範囲外なリアクションである。

 普段からセクハラし続けてきた弊害だった。

 しかし今更引き返せない。武蔵は猥談を続行する。


「特にくびれがエロかった。肩甲骨なんて最高だった。首から尻にかけてのラインなんて芸術だ。爆発するレベル」


 押して駄目なら更に押せ。こうなっては、貫き通すしかない。

 太平洋戦争に突入した日本軍はパールハーバー後にこんな心境で開き直ったのだろうな、と武蔵は時の元帥に親近感を抱いた。


「…………。」


「なあアリア、俺達もうそれなりの付き合いだよな。なのになんで、そんな不審者みたいな目を俺に向けてんの?」


「貴方がそれなりに積み重ねた信頼を踏みにじったからですが?」


 武蔵は空を仰ぎ見た。

 まさに猫。懐く時はベタベタにすり寄ってくるのに、一度毛嫌いすればしばらく寄り付かないタイプの生物。

 愛玩動物なんて大体そんな感じだが、とにもかくにもツン状態の畜生は脳みそが小さい故に根に持つのだ。

 だが、これはある意味判りやすいともいえる。猫の機嫌を取るにはマタタビに限る。

 ならばアリアの好きで好きで堪らないものといったら何か。そんなもの、武蔵は腐るほど見てきた。


「ほーら、高い高ーい」


 空である。

 脇に手を差し込み、持ち上げてタカイタカイである。


「ぶっころすぞてめぇー」


 アリアは笑顔になった。

 武蔵は笑顔が常に肯定的な感情を示しているわけではないと知った。







 メディカルチェック―――といっても簡単な問診と検査を終え、そのまま選手達は浜辺へ案内される。


「武蔵武蔵、これスタッフから貰いましたよ」


「ああ……それはお前が持っとけ」


 校名が書かれた大きなプラカードをアリアに押し付ける武蔵。


「お前がいなければ、俺はもうエアレースに参加することはなかった。俺はオマケだ。これは、お前の大会だ」


 真摯な眼差しで武蔵はアリアに訴える。

 これを掲げるべき資格を持つのは自分ではない。お前なのだ、と。

 彼は知っていた。これを開会式の間、ずっと掲げ続けるのは結構疲れることを。


「武蔵……! 解ったのです、雷間の名は私が背負うのです!」


 武蔵の心意気を感じ取り、意気揚々とプラカードを掲げるアリア。

 その瞬間、彼女は気付いた。

 これ結構重い。しんどい。騙された―――と。


「武蔵ぃ!」


「《多くの選手が待ちわびてきたでしょう―――さあ、今年もこの季節がやって参りました!》」


「黙って整列してろ、始まったぞ」


 気付けばパイロットエロスーツを着た少年少女が浜辺に整列し、開会式が始まっていた。







「《多くの選手が待ちわびてきたでしょう―――今年もこの季節がやって参りました!》」


 威勢のいい拡声器越しの声が会場に響き渡る。発祥がアメリカだからか、レジェンドクラスは多分にショーとしての要素がある。

 司会実況のハイテンションぶりが、それを体現しているのだ。


「《第43回全国高校航空体育大会、レジェンドクラス地区予選戦! コロニー中より集まった高校生達が技術と技量を競い合う祭典が、本日開始されます!》」


 この大会に優勝したチームのみが、日本本土へ降りて全国大会へ進める。

 大会としては世界まで繋がっているが、それは遥かに遠い道のり。

 この予選すら、生半可な強さでは突破出来ようがない。それほどに他校の練度も高いのだ。

 選手が2人しかいない鋼輪高校にとって、それはあまりに手の届きようのないゴールであった。


「《航空機競技の歴史は遡ること132年前! 航空機発展を願い開催されたエアレース、シュナイダー・トロフィー・レースに始まりました! 航空機愛好家達による呑気な同好会のような集まりであった同レースは、やがて国家間の国力を投じた大人げない世界規模の大イベントへと発展したのです!》」


 まだ年若く思えるような声色の司会による、演出過多ではないかと思えるほどの口上。

 会場に集まるのは選手だけではない。多くの観客がこれから始まる激戦に胸を震わせ、花火大会のように空を見上げている。

 知識に乏しい一般人の彼等の為にも、このような娯楽としての解説が必要なのだ。


「《数多のエアレーサーが命すら磨り潰しながら駆けた100年間! 宙返りすら出来ず、浮かぶのが精一杯だった飛行機も今は昔! 今や翼は大気を超え、星々を繋ぎ超高速で宇宙を飛び交う時代となりました! だがそれでも変わらぬ者はいた! 100年間もの間速度に狂い、日々進歩する安全技術に逆行する大馬鹿者達が!》」


 超低空を駆ける競技用機。あまりに命知らずな彼等は、狂人のレッテルを貼られつつもエアレースを守り続けた。

 それは意地だったのか、矜持だったのか。

 それとも好きか嫌いか、そんな程度の趣向の問題だったのか。

 彼等は飛び続けた。骨董品のような直線翼を鍛え直し、時代遅れの大馬力レシプロエンジンを修理しながら。


「《某年、リノの砂漠にてその騒動は起こりました!》」


 そして―――契機となった、となる『珍事』が生じる。


「《カメラ測定を以てしても判定不可能なほどの、コンマ単位の『同着』! ルールに則り同着一位となるはずだった彼等ですが、ホンモノの戦闘機を駆り出して戦争ごっこに興じる彼等がそんな決着を納得するはずがなかったのです!》」


 そして始まったのは、ゴール後の空中戦。

 本来の役割を失い速度だけを追い求めていたはずの戦闘機達は、勝利への執念から再びドッグファイトを始めたのだ。

 無論機銃など付いていない。故に即席ルールはシンプルに、敵の後方についた者の勝ち。

 この試合方式は、野良試合では昔から使用されてきた。勝利判定を受けるほどに、背後を取るというのは航空機にとって優位な状況であるが故に。


「《そんなヤンチャ共の暴走に、大会運営委員会はブチ切れた! そう、『せめて厳密なルールを決めてやらんかい』と!》」


 突如始まった空中戦。時代を超えた光景に熱狂する観客。不本意ながらも、エアレースの新制度制定を提示してしまった大会運営委員会。

 ここまで揃えば、もう早かった。安全に楽しく殺し合いを行えるように、遥か過去の空中戦を現代に再現する為に各スポンサーからあらゆる技術が提供された。

 機体どころか、人体に直撃してもダメージを受けないほど安全な模擬弾。

 ダメージ判定を数値化し、その際の機体の挙動まで再現するコンピューター。

 飛行体勢や高度を測定し、緊急時には操縦をリカバリーする補助システム。

 狂気の沙汰であった大戦の再現、それを可能としたのは純粋な技術の進歩であった。


「《一滴の血を流すことすら許されない、しかし国家間の威信すら賭けた模擬戦争! さあ狂乱しましょう、このイカれた戦争を!》」


 観客達の、爆発に等しい歓声。

 それと同時に、会場である浜辺の上空を100機以上の飛行機がフライバイした。

 低空からの編隊飛行による観覧飛行。ただ幾何学的に並んでいるだけのようであって、それを3桁の機体で行うことは容易ならざる技量を要する。

 まして、それを操るのは若い学生達なのだ。


「武蔵くん達はどこかしら?」


「非参加です……」


「なんだ、そうなの?」


 妙子と由良がそれを秋津洲より鑑賞するも、時速300キロで飛び抜ける小さな飛行機を見分けられるわけがない。

 武蔵とアリアの機体はそもそも参加しておらず、そうと気付いた妙子は落胆して上空から興味を失い、会場に設置されたスクリーンへ視線を向ける。

 高速で飛ぶ飛行機を鑑賞するには、肉眼より大型スクリーンの方がずっと楽なのだ。


「《さあ、大型スクリーンをご覧ください! 今年の地区予選トーナメントは、以上のようになります!》」


 大型スクリーンに映し出されたトーナメント表。

 各校の選手は自校の名前を探す。無論、武蔵とアリアの2人も。

 そして、それはすぐに果たされた。


「最初の相手は―――」


 その名を確認し、武蔵の頬が引きつる。


「ああ、あそこですね。なになに……」


 背伸びをしたアリアが相手チームの名を読み上げる。


「Sword fishers?」


「ソードフィッシャーズ……名機ソードフィッシュをメインに使用する、有名校チームだ」


 全国的に見ても屈指の色物チームが、雷間高校空部の最初の対戦相手であった。


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