ローエングリンの未練15
「私、騎士に憧れていたんです」
一度大笑いされて吹っ切れた花純は、今度はなんてことないように打ち明けた。
「あーわかる、わかりますナウいっすよね騎士まじまんじ」
びしょ濡れの武蔵は神妙に頷き花純の趣味に同調した。
テイク2である。
「それってアレですか。巫女服が好きだったりナース服が好きだったりメイド服が好きだったりするような、服装としての趣向ですか。騎士甲冑萌え?」
「えっと……たぶん違う話かと」
伝統あるものが好き、という話である。
「しかし騎士と来ましたか。そりゃあまた、ロマンチストですね」
武蔵は苦笑した。花純もまた、自嘲気味に笑う。
「私とて解っています。物語に登場するような公正で義を重んじる騎士など、ほとんどいなかったことくらい。戦場に立つのですものね、きっとそういう方は早々に亡くなってしまうのでしょう」
「あらら」
彼女の身も蓋もない見解に、武蔵はそりゃそうだろうな、と声に出さずに呟く。
騎士という存在に詳しいわけではないものの、高潔な騎士などフィクションにしか存在し得ないことは簡単に想像がついた。
鍛え抜いた人間の強さの上限が誰しも大して変わらないとすれば、結局のところ戦闘とは相手との化かし合いだ。隠れ、騙し、回り込み、包囲して相手を圧倒した側が勝つ。
そこに正義も正当性も大義もない。世の中、正義が勝つはずがない。
人類史において、勝者は常に卑怯な者達であった。
もっとも、公正を是とするべき生徒会長の花純がそれを指摘するというのは些か意外ではあったが。
「意外とシビアな価値観の持ち主なんですね」
「騎士について調べていればおのずと実情を知ってしまいます」
興味のある対象だからこそ、その汚点も理解してしまう。
知識収集系の趣味人にはよくあることである。
「それに、まあ……私も色々と見てきましたから」
財閥の血を引くお嬢様にして、学校の生徒会長。清廉潔白なままではいられないのだ。
「綺麗な手では守ることもままならない。理想と現実は追い求めるほど乖離してしまう。皮肉な話です」
「そのジレンマを受け止められるだけでも、自分は凄いことだと思います」
ジレンマを受け止めることを拒んだ男は、そう素直に花純を褒め称える。
「私もまた、騎士道たらんと立ち振る舞っただけです。上辺だけの軽薄な信念です」
騎士道と呼ばれる哲学の歴史は古い。そしてそれは、おおよそ現代人がイメージするようなきらびやかな騎士のイメージと大差はない。
だがそれを実践出来ていた者がどれだけいようか。現代の少年達とて正義のヒーローに憧れぬ者はいないが、現実問題としてその志を貫ける者はほとんどいないのだ。
「まして当時ともなれば、ってことなんでしょうね」
リアリストな部分のある2人は、必然現実的な課題にすぐ気付く。
「騎士が存在した時代とは、補償制度も警察組織もろくに存在しない、最低限な生活を送るだけでも今よりずっと重労働な時代です。現実問題として不可能なんです、正義の騎士なんて」
中世において正義や義憤を振りかざしたところで、それを実行する為のスポンサーはいない。
現代であれば自衛隊が、救助隊が、警察が清廉な志の受け皿と成り得る。正義のヒーローにも、なろうと思えばそれっぽいものにはなれる。
だがそれらの制度が整備されていなかった時代ではどうか。人を救ったところで報酬はなく、誰も評価などしない。活動を続けるにしてもそれは副業の余地を奪うほどに時間を必要とする。
現実問題として、不可能。物語に登場するような正義の騎士は、どうやっても生まれ得ないのだ。
「騎士って、もう生き残りはいないんですか?」
武蔵は訊ねる。
伝統を重んじる人間は常に一定数いる。歴史があるならば、意図的に排除しない限りは何らかの形で残るものなのだ。
「騎士は多くの在り方に派生しました。貴族となった血筋もありますし、歴史を守る民間団体として騎士団が名を残していたりもします。また、国や宗教が個人に騎士号を与えることもあります」
「意外と残ってるんですね、騎士……」
元々の層が厚いのだ、彼等は多種多様に分化し今も尚活動を続けている。
これだけ残っているならば上等だろうと思う武蔵だが、花純としては不服らしい。
「神学者は古来より空を見上げ続けたのでしょう、その名を天文学者と変えたとしても。ですが、騎士はその意義の根本を変質させてしまっています」
「つまり、騎士たる者は君主の為に戦う武人でなければならないと?」
「ならない、と断じるわけではありません。あくまで私の個人的な傾倒です。そういう殿方が好きなんです」
しかし時代は変わった。個人の武勇で戦局が左右される時代ではなく、修練を積んだ剣の達人とて高い工業力で生産された重火器で容易く打ち倒される時代となってしまった。
一騎当千の正義の騎士など存在し得ない―――元より、そんな存在がいたのかはさておいて。
それが、それが、花純にはひどく悲しく思えたのだ。
「ようするに会長は英雄が好きなんですね」
「そうまとめられると、ひどくミーハーなことを言っていたように思えてしまいます……」
「いいじゃないですか。高潔な英雄に憧れるのは、時代を問わず共通の風説です」
歴史上英雄扱いされる武人は数多存在するが、その多くは指揮官や指導者だ。
個人の武勇で英雄と呼ばれる者は、意外と少ない。
「そういう意味では、会長の求める騎士に一番近いのは特殊部隊とかかな」
弛まぬ訓練の末に常人数十人分の戦闘能力を有し、国家の為に危険な任務に身を投じる戦士。
その有り様は、まさに武人といって差し支えない。
「そういう方々は、むしろ忍者や密偵では……?」
「大まっぴらに真っ向から戦わないとダメと申すか。とことん琴線が細いな会長は」
花純は注文が多い女であった。
あくまで表舞台で、堂々と真っ向から戦わねばならないらしい。
「それなら軍艦は?」
「軍艦、ですか?」
「はい。海上という遮蔽物のない戦場で巨人の騎馬戦を行う、数百数千人が1つの生き物として殺し合う狂気の真っ向勝負ですよ」
船が擬人化され例えられる事が多いのは、その一蓮托生の性質にも理由がある。
最終的な勝利の為なら死ねと命じるのが軍隊だが、軍艦は特にその性質が強いのだ。
なにせ、船には逃げ場などないのだから。
……最近の戦闘艦だと乗員が千人以上となることなどそうそうないのだが、それは横に置いておく。
「日本海海戦を学んだ時は胸が踊りましたけど、やっぱり個人同士がいいです」
海もまた、彼女の琴線から少しズレているらしい。
そうなると、残る候補は1つしかなかった。
「なら……戦闘機パイロットは?」
武蔵としては、自画自賛しているようでこの候補だけは上げたくなかったのだが。
「それは、普通に軍人さんなのでは?」
「そうなんですけどね。現代を舞台として、個人の武勇で大きく戦闘力が左右する、真っ向勝負の戦士なんてそれくらいしかいないので」
どうにも自分の領分を自慢しているみたいで、武蔵はおどけ砕けた口調となってしまう。
「戦闘機だって数は大きな要素です。でも、大量の敵機に追われ生き延びたパイロットがいる。超空の要塞に単身挑んだ守り人がいる。何度撃墜されても、脚を失っても戦線復帰した鬼神がいる」
空という闘技場において、あれほどまでに真っ向勝負をする近代兵器は他に存在しないであろう。ドッグファイトともなれば、機体性能の差はあれど結局搭乗者同士の技量の比べ合いだ。
高価な戦闘機という騎馬を駆り、個人で団体を圧倒し得る兵。
それが戦闘機パイロットであった。
「それに俺達パイロットは、一応騎士の系譜ですから」
「えっ? そうなのですか?」
知らなかったらしく、花純は困惑し驚いたように目を丸くする。
「戦闘機、というか当時は偵察機でしたけどね。飛行機が発明された当初、パイロットとなったのはそれらを個人調達出来る財力をもった貴族騎士身分でした」
「個人所有の飛行機が、偵察機として徴用されたのですか?」
「いえ、徴用されたのは飛行機の個人所有で培ったパイロットの技量です」
およそ130年前、未だ古い慣習が色濃く残っていた時代の戦争。当時、飛行機を操れるのは趣味でそれらを乗りこなしていた個人の金持ち達であった。
現代のように航空機パイロット養成機関があるわけでもない。模範的な教科書もなく、戦争が差し迫りそれらを準備する時間もない。
よって、当時の国家は個人飛行家であった貴族や騎士達を飛行機パイロットとして雇い入れたのだ。
「当時、世界で最初の世界大戦においてパイロットには騎士道精神が残っていたという逸話は色々と残っていますが、その裏にはこんな背景もあったわけです」
敵同士の偵察機パイロットが互いに敬礼して去った、なんていうのは有名な話だ。
「いえ知りませんが。……そうですか、そういう形でも生き延びていたのですね」
ほう、と頬を染めて熱い息を漏らす花純。
そんな彼女に、武蔵は躊躇いつつも騎士の末路を告げる。
「もっとも、戦闘機パイロットの騎士道精神についても第一次世界大戦で既に否定されているのですがね」
「そう、ですか」
騎士道が通じたのは、第一次世界大戦の初期だけであった。
それ以降は戦闘は効率化され、空はあっという間に血で染め上げられた煉獄と化したのだ。
「それでも俺は、戦闘機が独力で衛星軌道まで上がれるようになった現代でも、敵パイロットに対する敬意というのは残っていると思います。俺達みたいなエアレーサーじゃなくて、本物の軍人パイロットであっても」
それほどまでに、戦闘機パイロットというのは軍隊において異質な曲者連中であるともいえる。
最前線の更に最前線、そのエネミーラインを超えた向こうの空で戦う騎士が正気であるはずがないのだ。
「ですが、戦闘機パイロットとて結局は軍人ではありませんか。時に利益に反する判断をする武人こそ、騎士道であるべきだと思うのです」
「……これは、あんまりおおまっぴらには言えないんですけど」
武蔵は困り顔で鼻の頭をかき、断言する。
「戦闘機パイロットは、時にロマンチズムに走って非合理的な判断をします」
「……本当ですか? 私に合わせて、適当なことを言っていませんか?」
疑う花純に、武蔵は苦笑するしかなかった。
「言ってませんよ。戦闘機パイロットは、貴女が思うよりずっとどうしようもない生き物なんです」
こんなことを言えば、本職の人間は怒るかもしれない。
しかし、そんな者達でさえ、ある種の騎士道を秘めている。
それは、長年飛び続けた武蔵の本気の見解であった。
「空の戦いの結果を重んじる、という点については、やはり彼等は騎士の末裔です」
「はあ……?」
「―――ほら、合理性なんて無視して行動する奴がここにも」
2人が突如として、まばゆい光で包まれる。
「《武蔵ー! 助けに来たのですよー!》」
「《花純ー! まだ清い身体ー?》」
「《世話かけんじゃないわよ馬鹿武蔵! ……ふんっ》」
「《お兄ちゃーん! 見て見て、耳が大きくなっちゃった!》」
海上をザブザブと進む飛空艇。
二式大艇がその本来の用途を無視した、海上移動手段として島をぐるっと回ってきたのだ。
エンジン音と空気を叩くペラの爆音、そして過剰なほどに明るい照明で照らされた2人は、目が慣れるまでやや視線を伏せ、慎重に二式大艇へと向かう。
接近してきた二式大艇より双子が浅瀬に飛び降りて、武蔵に駆け寄りそのままダブルラリアットを食らわせた。
「超心配したしー!」
「大丈夫? もう安心よ、あたしらに任せてね!」
「ゴボボボボボ」
霜月と秋月は武蔵の脚をそれぞれに掴み、頭部が海中に沈むのも気にせず二式大艇へと引きずり戻る。
「花純、大丈夫? 怪我とかしてない? 膜は無事?」
「妙子。大丈夫ですよ、武蔵くんとお話してました」
双子と入れ替わるように降りてきた妙子が花純に歩み寄る。
「変なことされて辛くなかった?」
「変なことをされたという前提で話すの、止めてもらえませんか?」
素直に朝まで待てばいいものを、そんな理屈など無視して行動する彼等。
正直いえば、上に立つ人間からすれば面倒な感性であろう。花純としては、生徒にそのような行動をとってほしいわけがない。
だがそれでも、花純は上機嫌だった。
「ふふっ。なんだか安心しました」
不思議そうに自分を見る妙子に、花純は笑いかける。
「世界には、まだおバカさんが沢山いるんですね」
「武蔵くんみたいなのがウジャウジャいたら、世界が世紀末を待たずに滅ぶわよ」
「貴女も同類ですよ」
「ガーン」
口で落胆の感情を擬音表現する妙子。
そんな彼女を放って、花純は二式大艇へと向かう。
「もう少し、武蔵くんとお話していたい気もしましたが―――帰りましょう、私達の居場所へ」
バック・トゥ・バック。
飛行機好きな人なら知っている人も多いであろう技です。
これを作中で登場させた際、「英語で表記した方がいいかなー」と思ってネットで検索したらびっくり。バック・トゥ・バックって、機体の腹面を合わせるように飛ぶことをいうのですね。
私にとってのバック・トゥ・バックは、背面を垂直尾翼を重ねるように飛ぶことでした。割と初歩的な用語なので改めて調べることもせずに今まで訂正されてきませんでした。
正しくは、私の考えるような背面を向かい合わせる飛び方はカリプソパス、英語表記でCalypso passというようです。いつから……?
昔はバック・トゥ・バックと呼んだ気がしますし、一応確認するとそう認識している人は私以外にもいるようです。同じ勘違いをしていただけか、それとも昔と呼び方が変わったのか。
ちなみにファントム無頼という漫画も確認しましたが、背面を合わせる飛び方をバック・トゥ・バックと呼んでいました。狭い橋の下を2機同時に通過するべく、咄嗟に背面飛行をする話のワンシーンです。
一応ざっとこの作品の文章を検索してみましたが、バック・トゥ・バック=背面同士を合わせる飛行になっている部分があるかもしれません。
そんなこんなで今章はこれで終わり。次から次章、ついに大会が始まります。




