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ローエングリンの未練13



 海辺の岩陰にやってきた2人だが、早くも別方面で後悔しだしていた。


「きゃっ……思った以上に、真っ暗で何も見えませんね」


「すいません、足場の悪い場所を選んだのは失敗でした」


 携帯端末のライトを起動するも、人工の光源がない浜辺では10メートル先が墨のように闇に包まれており、暗黒であることに変わりない。

 夜間飛行に習熟しフィギュアスケート選手並のバランス感覚を有する武蔵はともかく、花純には辛い環境だ。


「危ないですから、もう戻りましょう」


「うーん、どうしましょう。とにかく密談だけでもしてしまいませんか?」


 せっかくここまで来たのだから、要件だけでも済ませてしまおうと花純は提案する。

 危ない場所に花純を連れてきてしまったことで内心責任を感じていた武蔵は早く戻りたかったが、リスクは変わらないと思って頷く。


「では、件の調査依頼に関してですが」


 花純は姿勢を正して報告する。


「結論からいえば、皆さんが遭遇したという海中の巨大生物に関しては一切詳細不明です」


「―――そうですか」


 朝雲家の地位と権力をもってすれば或いは、と考えた武蔵であったが、そこまで話は甘くはなかった。

 あれほどの巨大怪物を完全に隠しきっているのだ。さもありなん、そんなものだろうとも思う。


「ことは国家レベル、いえそれ以上の段階なのでしょう。我々の家が調査しても痕跡1つ出てこないなど、あまりに異常です」


「国家レベルよりも上?」


「どこかの国が主導しているにしても、日本領のセルフ・アークを水槽にして怪物を飼うなんてことは並大抵のことではありません。複数国が密接な連携の末に万事の体勢でことにあたっているのでしょう」


「その割に、学生に露見しちまってるが」


「本当にイレギュラーな事態かと。強行な口封じがなくて良かったです」


 武蔵は思わず自分の首に指をやった。

 強引な口封じ。それはフィクションではよくある、最も短絡的で有効な手段。

 判っていたつもりだが、実際に他人に指摘されると冷や汗は禁じ得なかった。

 思い出すのは伊勢1等蒼曹の顔。

 あの時点で気付いていたが、武蔵達は彼に何かしら庇われたのだ。


「武蔵さん。この件は、本当に手を出さない方がいいです」


「そうだな。百戦錬磨のお嬢様がそう言うなら、そうなんだろう」


「いえ、ただの女の勘です。危険だという確証すら得られなかったのです」


「ならなおさらだ」


 ニヒルに笑う武蔵。

 花純は似合わないなぁと思いつつ、念押しに釘を刺しておく。


「本当に、絶対に手出し無用ですからねっ」


「押すなよ、絶対押すなよ的な?」


 キョトンと首を傾げる花純。

 ネタが古すぎる上にお嬢様には通じなかったか、と武蔵は嘆息する。


「解解ってますって。ただ確認したかっただけですから。干渉する気もありません」


 降参とばかりに両手を上げる武蔵。

 彼とて藪を突いてコモドオオトカゲが出てくるような事態は全力で避けたい。花純に調査を頼んだのは、万が一に備えて交渉材料を確保しておきたかったからだ。

 武蔵は自分を非才の身であると認めるが故に、臆病であり用意周到であった。

 踏み込んではいけないラインは、しっかりと見極めているのだ。


「私を巻き込むことで、少しでも身の危険を減らせると考えたんですか?」


 からかうような声色で、しかし目に笑みを湛えぬままに訊ねる花純。


「ちゃうわい」


 武蔵は憮然として答えた。


「俺はかわいい女の子を面倒事に巻き込んだりはしない。今回の調査は純粋な自己保身によるものです」


「そ、そうですか」


 臆面もなく自分をかわいい呼ばわりし、かつ自己保身だと堂々と主張する武蔵に若干鼻白む花純。

 決してデレたのではない。

 生徒会長でお嬢様となれば、まったくもってチョロくないのである。

 そんな彼女の様子を気にするでもなく、肩を竦める武蔵。


「花純会長ってポケーッとしてるようで、実際のところ有能みたいですし。危ないラインを見極められると判断して依頼したんですよ」


「ぽけーっとなんかしてません」


 怒りつつも、実のところ花純とて武蔵が打算込みで行動していると考えているわけではなかった。

 そうであるなら、そもそも依頼を受けない程度には彼女も頭がいいのだ。

 周囲に負担をかけない為に腹黒い部分を抱えるという意味で、2人は存外に似た者同士である。


「とかく、お伝えできるのはこの程度です」


「いえ、充分です。お手数おかけしました」


 ペコリと頭を下げる武蔵。

 「お伝えできるのは」という言い回しに気付かない武蔵ではないが、忠告もあるので素直に引き下がった。


「じゃあ戻りましょうか」


「はい」


 裏の目的を果たした2人はさて戻ろうと踵を返す。

 その時、不意に花純の身体が傾いた。


「あっ」


 岩場に足を取られる花純。

 武蔵は咄嗟に花純を支えんと腕を伸ばし―――


「うおちょい待アバー!?」


「きゃあっ!」


 支えきれず、2人揃って水面に落ちた。

 かっこよくフォローできないのが武蔵である。


「ぷはっ、大丈夫ですか?」


「ごめんなさい武蔵く―――」


 若干海水に浸りながら、お互いの現状を確認せんとする2人。

 しかし言葉は詰まり、武蔵と花純は濡れた髪もそのままに見つめ合う。


「あの、武蔵くん……」


「会長……! ぼかぁ、もう……!」


「重いから、退いて下さい」


「……ごめんなさい」


 ガシガシと頭を掻く武蔵。

 どうにも手強い相手であった。






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