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ローエングリンの未練7




 時雨に拉致された武蔵は、三笠と名乗る少女とのギリギリの交渉の末に、幾つか情報を得ていた。

 ここは鋼輪工業空部の部室艦、空母加賀だということ。

 時雨が部員を巻き込んで武蔵を拉致した大義名分は敵情視察の為であること。

 武蔵の監視は交代制であるらしく、目覚めた時に三笠だったのは偶然とのこと。


「そういうことなら1つお願いがあるんだが」


 武蔵はお得意の口車をタービンのようにフル回転させて、三笠の思考を逸し始めた。







「ちょちょちょー!? ちょっちアンタ、三笠になにやらせてるんですかあ!?」


 医務室に飛び込んできたほとんど面識のない少女は、三笠に食事を食べさせてもらっていた武蔵に抗議した。


「うるさいぞ鈴谷。食事の手伝いしているだけだ」


「腕が痛くて動かないよー」


 いかなる話術か。敵対する三笠に「あーん」させることに成功した武蔵は、美少女に介抱されるという至福を味わっていた。


「嘘です! あなたの目はスケベです!」


「酷い言いがかりだな、三笠ちゃんはそんな嘘も見抜けない間抜けだと思っているのか?」


「その通りだ。我は我が必要と判断した上で、この愚者の手伝いをしているのだ」


 詐欺に騙された者は『自分は引っかからない』と豪語するように、三笠は自らが正気であると主張する。


「うぐぐ……! なんなんですかねぇ、この人は!」


 この騒がしい少女に武蔵は見覚えがあった。

 時雨のチームメイトにいた気がする。例の賭けの対戦相手の1人だ。


「鈴谷の名前は最上 鈴谷(もがみ すずや)です! 覚えておいてください、大和武蔵!」


 一人称が自分の名前である人物を、武蔵は初めて見た。

 武蔵は再び、よく回る口先をガスタービンのようにフル回転させた。







「ちょっとぉ、どーして誰も戻って来な……何やってんじゃー!?」


 時雨は医務室の現状を見て絶叫した。

 何かあったのだろうかとチームメイトが様子を見に行く→戻ってこない→何かあったのだろうかとチームメイトが様子を見に行く→戻ってこないを何度か繰り返した後。

 誰一人として医務室から戻ってこなかったことからいよいよ自身で確認しに来た時雨は、4人にせっせとお世話されている武蔵に驚愕した。


「リ、隊長(リード)これはッスね……!」


「落ち着け。介抱していただけだ」


「ちちち、ちがうんですよぉ。この人が秋月(あきづき)がどうなってもいいのかってぇ」


「ししし霜月(しもつき)が脅されててー、仕方がなくー?」


「はぁー、極楽ごくらく」


 三笠と鈴谷に加え、いつぞやの双子も交えて酒池肉林でほっこりとくつろぐ武蔵。

 時雨は武蔵の首を締めた。


「ぐえっ」


隊長(リード)落ち着いて! 手の出し方が直球過ぎですって!」


「殺す、私を無視してこの子達に手を出すとか殺す、このターミネーター野郎め、殺す」


「プリンが残っているが、もらってもいいか?」


「「きんもー!」」


 武蔵に跨って締殺を試みる時雨だったが、チームメイトに引き剥がされなんとか前科が付くことは免れる。


「ふーっ、ふーっ、フギャー!」


「猫だこいつ」


 武蔵はやれやれと肩を竦める。

 手鏡で表情をやや調節し、キリリッと引き締まった顔を演出。

 先程までのハーレムがなかったかのように、シリアスな面持ちで時雨に提案する。


「―――時雨。 2人っきりで話をしよう、その為に俺を呼んだのだろう?」







 チームメイトが退室した医務室にて、武蔵は時雨を押し倒した。


「な、何よ……」


 怒気を示しつつも、抵抗しない時雨。

 圧倒的優位なポジションを確保した武蔵は、サディスティックに彼女に提案する。


「ふん―――可愛い奴だな。いい加減素直に俺のモノになれようげやっぱ無理えがんちょ」


「口説くなら最後まで頑張れや」


 時雨は武蔵の股間を蹴り上げた。

 悶絶し床を転げる武蔵の上に座り、動きを完全に封じる。


「ねえ、私専属のマネージャーにならない?」


 妖しげな笑みで武蔵を勧誘する時雨。

 武蔵はいっそ哀れであった。


「お前……ツンデレ拗らせた挙げ句、女王様キャラに逃げるとか……」


「うっさい」


「素直に俺のこと好きだって言えよ面倒くさい」


「恋する乙女のいじらしさを面倒呼ばわりしないでよ」


 マウントポジションで跨る時雨は、ぐりぐりと腰を動かして武蔵を文字通り揺さぶる。

 随分いやらしい動きだが、なんと無意識らしい。


「そ、そもそもどうして俺があの場にいることを知ってたんだ?」


「偶然よ、私達もあの近くで合宿しているの」


 なるほどと納得する武蔵。

 空部の行動は露見しやすい。

 自動船舶識別システムという安全システムがあるのだ。やろうと思えば、時雨は携帯端末一つで秋津島の現在位置を把握出来る。

 そうでなくても、部室船なんてデカブツを連れて移動するのだ。そもそも誤魔化しようがない。

 行動を観察していれば、隙を見て拉致など難しくはないだろう。


「だが何故俺だ。情報が欲しいのなら部長あたりを買収でもすれば良かっただろう、彼女はアホの子だからイケるぞ」


 部活動における学校間の偵察は、フェアな範疇では普通に行われている。

 威力偵察と称して練習に乱入して戦闘することだってある。基本血の気が多い選手が多いのだ、買収程度ならまだ紳士的な範疇だった。


「ひっどい信頼のされ方してるわね、部長さん……」


 だが武蔵の指摘は間違いでもない。懐柔するなら警戒心の強い武蔵ではなく、アホの妙子を狙うべきだった。

 気の置けない相手とはいえ、いささか今回のやり方は乱暴である。


「さっきの提案、まるっきり嘘じゃないわ。ねえ、私達のコーチにならない? あの子達を口説くチャンスよ」


「…………………………見くびるな、俺がそんな軽い男に見えるのか?」


「随分悩んだように見えたけど」


 常時の5倍に達する三点リーダが、武蔵の葛藤を如実に表わしていた。


「例の勝負に勝てない可能性を考慮して多方面から攻めるとか、狡いぞ」


「武蔵くんのやり方を参考にしました」


 指摘されればなるほど、万事を尽くして数撃ちゃ当たるのやり方は武蔵らしかった。


「俺は勝てば、お前達がなんでも言うことを聞く権利を得られるんだぜ? ここで焦る必要はな……」

 言い切る前に、言葉は途切れた。

 時雨がブレザーをはだけ、シャツのボタンを外したのだ。


「お前」


「よく考えなさい。ここで何かあったとして、私が条件の撤回を求めると思う?」


 思わない、と武蔵は首を横に振る。

 時雨は約束を守る女である。


「そうよ。貴方さえ自制出来るのならば、ここは楽しんだ方が得。貴方はそんな損得勘定が出来る人でしょう?」


 シャツから覗く白い肌。ブラのホックまで外され、武蔵の手が時雨の胸元にそっと誘導される。

 武蔵は時雨のシャツを閉め、ボタンを付け直した。


「……いくじなし」


「相変わらずだな、お前は」


「そうね、進歩がないわ。貴方の堅物っぷりも、ね」


 立ち上がり、着衣を整える時雨。

 陳腐な色仕掛けなど効かない、そんなこと長い付き合いの時雨には判っていた。


「私のこと、怖い?」


 時雨はなぜ自分が武蔵に邪険にされているかを理解していた。

 武蔵は過去に対峙することを恐れ、その記憶と直結している時雨という少女と接することを恐れているのだ。

 なんという不義理か、と武蔵自身思う。


「ごめんな。ずっと、俺のことを助けてくれてたのに」


 ふるふる、と首を横に振る時雨。


「辛くないの? そうやって、道化を演じてて」


 その面持ちは、今も昔も変わらない―――武蔵を一心に心配するものだった。


「ほんとは異性なんてそんなに興味ないんでしょう? 中学の頃の貴方がそうだったように」


「いや俺だって男の子だぞ。エロいことばっか考えてる」


「ハーレムを作ることに、貴方は抵抗感を持っている。これまで築かれた日本人としての倫理観? 多数の相手を支えるというプレッシャー? 何にせよ、色々な損得勘定を拗らせた挙げ句、持ち前の賢しさで強引に計画遂行しているに過ぎない」


 それは、武蔵が自分にすら偽っていた事実を突く指摘だった。


「俗っぽい欲望が有り余ってるフリしたって、貴方の本質はストイックな競技者なのよ」


「買いかぶりだ。肉体関係を持っている子もいる、俺はそういう俗物な男だ」


 あらま、と時雨は目を丸くする。


「酷い人、本当に損得勘定で女を抱いたのね。そんな打算し尽くした関係を、貴方は愛と呼べるの?」


「元よりそんな高潔な感情じゃないだろう、愛って」


 ただただひたすら武蔵を愛し続けた時雨と、彼女から逃げた武蔵の埋めようのない差。

 その逃げた先がより一層荒れ狂う海原だったことが、武蔵の大きな誤算だった。


「……俺は、自由にありたいんだよ」


「バカね」


 時雨は苦笑した。


「自由だって疲れるのよ、迷わなかった貴方は知らなかったかもしれないけどね」




皆さんお疲れ様です。暑いですね、ほんと。

昨今、命の危険を感じる暑さに四苦八苦する作者です。

私は冬派なんですよね。寒さは着こめば解決しますし。

ですが十勝在住の作者としては、寒さも命に係わる脅威です。マイナス20度とかろくな土地じゃねえ!

今週いっぱいで暑さもやわらく…と天気予報では予想されています。みなさんも暑さには気を付けてください。


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