ローエングリンの未練6
「―――っ、どこだ、ここ」
照明の眩しさに手を翳そうとして、武蔵は両腕が固定されていることに気が付いた。
否、両手だけではない。両手両足がベッドに縛り付けられている。
四肢を拘束されているという異常事態。さしもの武蔵も時雨に拉致監禁された経験など一桁しかなく、現状に困惑を禁じ得ない。
「起きたか」
冷たい響きを持つ女声の呼びかけ。覗き込む顔に、武蔵は確信する。
「そうか、俺は死んだのか……」
「何を言っている。知性に元来以上のダメージを受けたか?」
「そうでもないと、君みたいな美人が看護してくれるはずがない」
「長靴半島の軟派男か貴様は」
ベッドに横たわる武蔵を診ていた少女は、ヤレヤレと言わんばかりに首を横に振る。
彼とは面識のない、欧州系の容姿を持った少女だった。
長い銀髪、小柄な躯体。容姿は冷たい印象を与え、それは言動の端々にまで及んでいる。
初対面であるはずなのに、武蔵は何故か彼女に既視感を覚えていた。
「君は誰だ?」
「名乗る時はまず自分からではないか?」
「日本国宇宙作戦隊第5軌道防衛隊所属伊勢日向1等蒼曹だ。君達の行為は公務執行妨害に当たる、今すぐ解放しなさい」
「こいつ躊躇いなく身分詐称したぞ」
明らかに偽名だったが、名乗られたことには違いないので少女も名乗り返す。
「鋼輪工業空部の敷島三笠だ。よろしくはしなくていい。忘れろ」
その名前に武蔵は覚えがあった。
「紙袋の君か」
「……そうだ。あの時はわけあって、顔を出せなかった」
護衛艦見学において紙袋を被っていた不審人物。それがまさかこれほどの美少女だとは、武蔵も思っても見なかった。
武蔵は隙あらば彼女をハーレムに加えてしまおうと画策する。
「そう言うな。これから長い付き合いになるんだ」
「ど、どういう意味だ?」
三笠は戸惑いつつ、座っていた椅子を数十センチ後退させ武蔵から逃げた。
「なんなのだ、このアジア人は……? やはり白人以外は知性に問題があるのか……?」
「このご時世に君のアバンギャルドっぷりは生きにくくない?」
人類平等が叫ばれる時代に平然と差別発言をする彼女に、さすがの武蔵も鼻白んだ。
「こうして直接見ても、やはり奇人なのだな……」
「時雨の奴は俺をなんて伝えてるんだ……なあ、聞いていいか?」
「ふん。ここに連れてこられた理由だな?」
「いや、外人っぽい外見なのに日本人的な名前の理由」
「それは今、重要なのか……?」
首を傾げつつも三笠は答える。
「我は日本産まれ日本育ちなのだ」
武蔵は一人称が『我』の人物を初めて見た。
「という設定だ」
「設定なのか……」
「色々とややこしい立場なのだ。詮索してくれるな」
アリアも日本人離れした雰囲気を持つが、この子はそれ以上だ。
アリアから感じられる、日本人的な愛嬌がない。アリアの冷たさが冷えピタなら、彼女の冷たさはドライアイスである。
「で、その三笠ちゃんがどうして俺のことを熱視線で見てたの?」
「見ていない。貴様に向ける感情は侮蔑、それだけだ」
なかなかに辛辣な子であった。
「それってツンデレか?」
「デレるのは数百年後であろうな」
「どこから来たの?」
「世界の中心たる王国だ」
「ユナイテッドなキングダム?」
「そうだ」
言動がきつい割に、存外打てば響くように答えてくれる子であった。
「同じ国から引っ越してきた奴知ってる」
「アリアか」
知り合いなのか、と武蔵は驚いた。
当然だが、アリアにはアリアのセルフ・アークに来る以前の交友関係があるのである。
「もしかして、以前紙袋を被っていたのはアリアに出会いたくないからか?」
「そうだ」
「アリアの……」
武蔵は言いかけて、言葉を止めた。
アリアの探し人は君か、と武蔵は聞きたかった。だが彼女の鋭い視線を感じ、口をつぐんでしまったのだ。
これ以上は聞くな、という言外の意志。
いや、意思だけではない。彼女は明確に行動で武蔵の行動を制しようとする。
武蔵を拘束するベルトをカチカチと締めあげることで。
「……あの、三笠ちゃん、ちょっと首が締まってるんだけど」
「締めているのだ。人の親友を性奴隷呼ばわりする男は絞めるに限る」
「『しめる』って単語のニュアンスが物騒な気がする」
「アリアの貞操を守る為だ、貴様にはここで消えてもらう」
三笠の目がマジだった。
武蔵は必死に起死回生の弁明を図る。
「待て三笠ちゃん、誤解だ。俺は巨乳派だ、アリアに興味はない!」
「嘘を付くな、貴様が貧乳どころか男にすら欲情出来る男であることは知っているぞ」
「くそっ、性奴隷呼ばわりがバレてる時点で気付いてたが、この子ってば俺のこと調査してやがる!」
なんということか。あるいは友好的に見えていたファーストコンタクトだが、その実彼女は最初から敵だったのだ。
最初のあるいは融和的に思える会話はブラフ。三笠という少女の根底には、アリアへの想いがある。
言動の節々に感じられるアリアへの強い感情。
それほど心配しているならばなぜ顔出しNGなのかが疑問であるが、とにかく武蔵がアリアを何かしらの形で口説こうとすれば三笠の逆鱗に触れる。
なぜ彼女がこの場で武蔵の目覚めを待っていたか。それはひとえに、武蔵を仕留める為だったのだ!
「天誅うううぅぅぅっ!」
「ぬおおおぉぉっっ!」
三笠の拳が落ちてきた。
身動きを取れない武蔵は、必死に身体を捻って回避する。
ここからいかに口八丁手八丁で生き延びるか。
武蔵の戦いが始まった。




