ローエングリンの未練5
海を堪能した一同は、秋津洲に戻りシャワーを浴びる。
「お昼ごはんにバーベキューして、午後からは少しまったりしましょ」
「なのですね。午前中にちょっと飛ばし過ぎました……武蔵、どうしたのですか外ばかり見て」
「い、いや? 海は広いな大きいなってな」
「……人工海だから、そんなに広くないです」
温水を浴びてしっとりした髪を乾かす女性陣に、武蔵はどきどきしていた。
同じ水だというのに、海水とシャワーでなぜこれほどまでに後の印象が変わるのか。
印象というか物理的に髪への影響が異なるのだが、何にせよ武蔵は少し上気した肌を晒す彼女達に胸キュンだった。
「午後からまったりするなら、今のうちに部屋の鍵を渡しておくね!」
信濃が鍵を収めたキーボックスを開き、うち6本をテーブルの上に広げた。
「一応この6部屋は掃除しておいたよ。消耗品は補充しておいたけど、足りない物があったら言ってね」
「この部外者、マネージャーよりマネージャーしてる……」
勝手に仕事をしている部外者に本来のマネージャーが意気消沈するが、いつものことなので誰も気にしない。
「しかし、全員個室とは贅沢な話なのです」
「小型の戦闘艦とはいえ、元は数百人以上が乗り込む船だからな」
規模としては軽巡クラスの小さな船。これに数百人が乗るのだから、本来ならば秋津島はかなり居住性が悪い。
とはいえほぼ全てがオートメーション化されているので、部屋など余り余っているのである。
「……これなら夜も安心」
「そうね由良ちゃん、武蔵くんが妙なことを考えないとも限らないから」
「なのです。獣は隔離するに限ります!」
本人を前に堂々と『信用ならない』と宣言する少女達。
武蔵は一言いってやろうと口を開き、だが信濃が自身に差し出した複雑な形状の鍵に首を傾げる。
「これは? 俺の部屋の鍵ならもう受け取ってるぞ?」
「マスターキーだよお兄ちゃん! やっぱり合宿の夜這いはお約束だよね!」
「ちょ、おま」
「どうしたのお兄ちゃん? 防音はしっかりしてるから全員とヤれるよ、やったね!」
「おまほんと、黙って」
「後が怖い? なら写真を撮っておいて脅せばいいんだよ! はい、最新型のカメラ……もが」
信濃の口を塞ぎ、発言を封じる武蔵。しかし時は既に遅く。
武蔵に不信の目を向ける女性陣。
何故かハカセは女性側にちゃっかり居座っている。
武蔵は激怒した。必ず、この個性豊かな美少女達をてごめにせねばならぬと決意した。武蔵には恋愛がわからぬ。武蔵は、一介の男子生徒である。機械を弄り、空を飛んで暮して来た。けれども美女に対しては、人一倍に敏感であった。
「武蔵くん、今晩は外で寝てね」
「船に入らないで下さい」
「寝袋……あげます」
えいやえいやと武蔵を担ぎ上げ、甲板まで移動する女性達。
いくら武蔵が大柄とはいえ、数人相手では翻弄されるままである。
「ちょ、やめ、誰だ今ちんこ触ったの!」
「すまん俺だ」
「ハカセのすけべ!」
「「「そぉい!」」」
秋津洲から放り出され、海に投棄された武蔵。
「武蔵くんはバーベキューの準備しててね」
「ちょっとは働け部長兼マネージャー!」
「愛してるわ武蔵くん」
「万事わたくしにお任せを、部長!」
すぐに甲板縁から頭を引っ込め、少女達は下からは見えなくなってしまう。
しかし武蔵はやられたまま終わる気などなかった。彼は石橋を爆破処理した上で91式戦車橋をかけて渡るような慎重さを有する男なのだ。この程度の状況に対する備えは十二分であった。
武蔵は紐を引っ張る。紐の繋がった先のアリアが引っ張られ、秋津洲の甲板から海に落ちた。
「何をするのですか!」
薄着に着替えた濡れネズミ状態のアリアが抗議する。
シャワーを浴びた意味が台無しである。
「お前は一緒にいろ」
「どうして私が! 貴方に何故か好意を抱いている妙子先輩に頼めばいいじゃないですか! 信濃や由良でもいいです、嫌とは言わないでしょう!」
武蔵は首を横に振った。
「俺の大和家でのヒエラルキーは、実は信濃より下だ」
「はあ」
「よって、俺達の序列はこうなる」
『ハカセ>>>「【超えられない技術の壁】」>>>花純(生徒会長)=妙子(部長)>>>「【超えられない学年の壁】」>>>由良=信濃>武蔵>>>「【超えられない身分の壁】」>>>アリア』
「壁カベうるせぇよ」
砂浜に書かれた不等号をアリアは踏みにじった。
「はったおすぞバカ武蔵」
「いつになく口調が雑いな……女性の中に1人男性がいたら、必然的に扱いが雑になるに決まってるだろ」
「いいじゃないですか、約得です。むしろこき使われて嬉しいのでしょう?」
「どこのドMだ。俺はむしろ水着女子高生達にちやほやされたい。手を使わずにおっぱいで日焼け止め塗ってほしい」
「前々から思ってましたけど、武蔵の願望ってファンタジーですよね」
「俺だって技師の端くれだからな。不可能を可能にするのが俺達の存在意義だ」
「時代が進めばハーレムというファンタジーも現実になり得ると?」
「実際この宇宙コロニーは将来ハーレムOKになるし。お前だってそのつもりで来たんだろ?」
「いや知り合いを探しに来ただけですが」
「知り合いを探しにハーレムに加わりに来たのか」
アリアは武蔵のケツを蹴り飛ばした。
「今のは痛かった」
「嬉しいんでしょう?」
「ちょっとな」
数歩後退するアリア。武蔵は慌てて否定する。
「いや待て、そうじゃなくて。お前ほど馬鹿話出来る女の子っていないからさ、なんか楽しい」
「……信濃とか、妙子先輩だって普段フランクに話しているじゃないですか」
顔を赤らめ、視線を逸らすアリア。
「というかさっきの表、どうして武蔵より下が私なのです」
「お前性奴隷だろ」
「勝負で負けた結果は奴隷であって、性奴隷を了承した記憶はないのですが」
これは少しガツンと言ってやらねばならない。自分は栄光ある日の沈まない超帝国の末裔なのだ。
義憤に駆られたアリアは、武蔵を正座させて上から目線で指をさす。
「黄色い猿如きが、白人筆頭たる大帝国出身の娘を奴隷扱いとは何事です」
「お前その黄色い猿とのハーフだろ」
「戦艦も自力で作れなかった後進国が、世界で最も多数の戦艦を有していた我々に楯突こうなど片腹痛いのです」
「すまんな、戦艦の時代は俺達が真珠湾で終わらせちまった」
「誰よりも早く産業革命を成し遂げ、強大な国力と軍事力を以て世界を調停した我々は、貴方達とは違い群れるということをしません。そう、同格など存在しないのです」
「栄光ある孤立の終焉は日本との同盟だったんだが」
「世界帝国たる我らの元に、世界はパックス・ブリタニカを享受しているのです」
「植民地の新大陸国家に立場逆転されてお前らの時代終わったろ。植民地も全部失った没落国家だろ」
「あーあー聞こえませーん! ロイヤルの栄光は永遠なんですー!」
「超大国だって滅ぶんだぞ。ローマ帝国だってオスマン帝国だって崩壊分裂したんだ、どんな超大国だっていつか滅んで歴史の一部になる」
「お米の国が滅ぶビジョンが思い浮かばないのです……」
「まあ、確かに」
彼の国は間違いなく史上最強最大の国家である。
植民による文化の均一化が図られている為に地域ごとの意識の差も小さく、大国の割に内戦のリスクも低い。
また、国家そのものが一部の天才逸材に頼らないシステムを形成しており、圧倒的な国内資源を自給自足して自立発展する土壌を有している。
日本であれば資源や国土の乏しさがそうであるように、多くの国には弱点がある。
しかしお米の国には弱点らしい弱点がないのだ。必要な物はほぼ国内で自給自足可能であり、唯一足りないのは海外市場という程度。
ローマ帝国やオスマン帝国など比すのもおこがましい。ぶっちゃけバグチート国家としか称しようがない超大国だ。
「お前らがちゃんと手綱を握ってないからウチの対岸にあんな軍事超大国が生まれちまったんだぞ!」
「貴方達が調子乗って南下したから植民地人は太平洋進出の口実を得てしまったのです!」
「あの国は遅かれ早かれ進出してたわい! 歴史見てみろ、西進しまくっててドン引きだ!」
「しょうがないじゃないですか! 金銀石油に鉄鋼レアメタル、綿花に煙草がガンガン生産出来る大陸なんて無茶苦茶です! おまけにカエル食い共の空気を読まない独立支援! あんな制御不能の怪物どうしろって言うんですか!」
フーフーと荒い息で取っ組み合う2人。
なまじ強大な国相手となると、どんな国だって思うところはあるのである。
「それと、ハカセが最高位なのは何故ですか、目立つわけでもないのに」
「技術者として尊敬しているからだ。人としては最下位もいいとこだ」
「実は尊敬してないでしょう貴方……寒っ」
海水に落ちたアリアは、当然水浸しである。
思い出したように身震いした彼女は、体温保持の必要性を切に感じた。
「このままでは風邪をひいてしまいます……」
「更衣室行けばいいだろ。予備の着替えも用意してるって会長が言ってた」
「そうですね……これで風邪をひいたら、ちょっと馬鹿馬鹿しいのです」
2人は一時休戦し、一緒に女子更衣室へ入る。
武蔵は蹴り飛ばされて更衣室から追い出された。
「やれやれ、妙にガードの硬い奴だ……ぬおおおおおっ!?」
機銃掃射を受けた。
唐突に、上空より攻撃を受けたのだ。
「何! 何事! なんだよこの急展開!?」
天空より放たれる凶弾。
百式とは比べ物にならない、重量級の回転翼機の羽音。重厚さすら醸す空気を叩く音に、武蔵の胸はビリビリと震える。
感情的な話ではなく、その重量を支えるべく相応の衝撃波が実際に発生しているのだ。
「ガンシップ!?」
対抗手段を保たない地上部隊を粉砕ことに特化した、重武装を施された航空機。
逃げ惑う人間を絶対殺すマンな存在が、武蔵を標的に収めていた。
「UH−60ブラックホーク、なんで武装ヘリが―――!」
正しくはS−70であったが、この際どうでも良かった。
ヘリコプターより小さな金属物が投下される。
武蔵は金属物をキャッチし、即座に海へ放り込んだ。
水中爆発。破裂の範囲の割に、大きく広がる衝撃波。
「手榴弾? いや、それなら破片の一つでも海から飛び出して来そうなものだが」
再び落ちてくる爆発物。今度は武蔵自身が海へ飛び込み逃げ込む。
海中の武蔵には、頭上で何度も鳴り響く爆音が轟いて聞こえた。
「ぷはっ、あの音はスタングレネード?」
殺傷能力を優先した手榴弾にしては爆発が派手過ぎた。それに、先程からの機銃掃射も音の軽さからして模擬弾である。
よって、武蔵はこれが殺傷能力に乏しい閃光発音筒だと判断した。
「《こらそこ、いい加減に喰らいなさい!》」
「出たなツンデレ」
武装ヘリのスピーカーからの声に、武蔵は襲撃者の正体を即座に看破する。
雨あられと言わんばかりに落ちてくるスタングレネード。武蔵はそれをえっちらおっちらと処理していく。
逃げて、隠れて、埋めて、潜りまくった。
無駄に非常時に強い男である。
「《どうしてそう何発も食らって動き続けられるのよ!?》」
「こんなだだっ広い場所で音響弾使うな間抜け! それにパイロットが五感封じられただけで平衡感覚喪失するかよ!」
こと『タフさ』において、戦闘機パイロットは軍人中トップクラスである。
とはいえ、そもそもがスタングレネードとは威力を減じてやり過ごすことしか出来ない武器である。僅かずつ累積したダメージは武蔵を苛み、そしてやがてぶっ倒れてしまった。
「うごごごご」
「《死んだ?》」
「生きねば」
「《んじゃ、とどめね》」
「ぎゃー!」
駄目押しに放たれるスタングレネード。浜辺に着地するブラックホーク。
機体から出てきた少女達は武蔵を担ぎ、機内に引きずりこむ。
「さあ撤退するわよ」
「隊長……誘拐するにしたって、コレ以外が良くないですか?」
「誘拐しても角が立たなそうなのがコイツくらいなの。他の娘を拉致したら刑事事件よ。ほらそっち持って」
「この人なら民事なんですか?」
「いいから早く」
離陸するブラックホークは、即座に海へと飛び去ってしまう。
それからしばらく後に、着替えを終えたアリアが戻ってきた。
「さっきからなんですか武蔵、変な音をどっかんどっかんと……武蔵?」
武蔵の姿が本格的に見えないことに気付いた彼女だが、別段心配はしなかった。
「どうせ馬鹿やって面倒事に巻き込まれているのでしょう。あっ、バーベキューの準備しないで失踪しましたね! まったく、これだから遠洋航海にヤギも積み込まない国家は困ります」
1人残されたアリアは、仕方がなくバーベキューの準備を行うことにした。
「そうだ、我が祖国の料理をついでに作っておきましょう」
アリアは名案だといわんばかりに余計なことを思い付いた。
「クソのカエル食い共が自国料理の価値を相対的に高める為に散々ネガティブキャンペーンしてくれたおかげで、世界的に不味い不味いと言われてしまった祖国料理ですが……一度食べてみれば、けっして食べられないものではないと理解してもらえるはずです!」
一応訂正しておくと、かの国の料理が不味いことと隣国はあまり関係はない。
彼女の祖国たる島国では、何か問題があればとりあえず隣国のせいにしておくのがデフォルトなのである。
「とりあえずイワシをパイ生地にぶち込みましょう」
アリアは調理に取り掛かった。




