ローエングリンの未練4
妙子の元へ向かう2人。
「妙子先輩、起きてますか?」
「うぅん……あったかい」
熱砂の上はいい感じに温かいらしい。
パラソルの下で目を閉じて眠る彼女は、とりあえずこの場で最も夏を味わっているのかもしれない。
「見ろよアリア、先輩くらいになると寝そべっててもお山がそそり立つんだぞ。どう思う?」
「ここで意見を求める男を半殺しにしたいと思います」
高い身長と起伏に富んだ肉体を持つ妙子。武蔵とアリアはじっくりと彼女の肉体を観察する。
眠る彼女はまさにスリーピングビューティー。口元のよだれはご愛嬌である。
「スタイルいいよなぁ」
「はい。世界は常に不公平に満ちていると、強く感じさせる光景なのです」
「うーん、……どしたの、2人ともぉ?」
すぐ側の気配に、妙子も目を覚ます。
「アリアが先輩にスタイルの良くなる方法を聞きたいそうです」
「武蔵が先輩に水着を脱いでほしいそうです」
「見事にお互い責任を擦り付けあったわね……」
くうー、と伸びをする妙子。
「でもアリアちゃん、ごめんなさい。特にそういうのは実践していないのよ」
「スイカ割りしましょう! 武蔵は岩です!」
「お前の国でのスイカ割りはガチンコ漁の一種か何かか!?」
スイカを頭上に抱えたアリアが武蔵を追いかけ回す。
そんな様子を離れた場所から見守る妙子は、ふと連想するものを思い出した。
「昔あんなテレビゲームあったわよね。閉鎖空間で爆弾で殺し合うデスゲーム」
「爆弾男……? その言い方だと残虐表現ありのゲームっぽいです……」
戻ってきた由良が談義に加わる。
「私はすぐに自爆して、画面外の溝からまだ動きの制限されている対戦相手を一方的に封殺するのが好きだったわ」
「相手が同じことを考えていて、双方自滅までがお約束……」
「2人とも、何の話してるの?」
素っ裸の信濃までもがやってきた。
素っ裸である。
「信濃ちゃん、女の子にとって慎みは最終防衛ラインよ? せめて、水着は着ましょう?」
さっき脱ごうとした女の言い分である。
「でも家族と女の子しかいませんよ? 問題ありません。おっぴろげー」
「おっぴろげちゃだめ、信濃ちゃん……!」
全裸で逆立ちしてY字に開脚しつつ砂浜を疾走する信濃。
色気もへったくれもない。最早UMAである。
「あ、お兄ちゃん発見!」
偶然向かった先に武蔵を見つけ、信濃は逆立ち歩きからエクソシスト歩きにトランスフォーメーションして駆け寄る。
武蔵は砂浜に倒れていた。頭部より赤い液体(スイカの汁)を垂らし、うつ伏せで行動不能に陥っていた。
砂浜には指先で書かれた『貧乳』なるダイイングメッセージ。信濃は四肢をバネのようにしならせ、ブリッジ状態のままに飛び上がり武蔵に覆い被さる。
「あ、あれは!?」
「捕食しようとしている!?」
「違います……私は、あれと同じ光景を見たことがある……!」
戦慄の眼差しで兄妹の奇行を見守っていた3人は、倒れ伏す武蔵とそれに被さるブリッジ状態の信濃にデジャブを覚えた。
「あれは、まさか……Mi―10ハーク!?」
Mi―10Harke。世界屈指のゲテモノ感が漂う、輸送ヘリ業界の重鎮である。
何故大和兄妹の状況が輸送ヘリなのかは、各々で画像検索でもして確認して頂きたい。
信濃は倒れた兄を紐で自分に縛り付け、吊り下げて輸送していってしまう。
「おい何処行く気だ妹よ」
「岩場の影!」
「やめろ」
「お兄ちゃん! 日焼け止め塗って!」
「それ実際男に頼んだらドン引きされるやつだ」
「だってエクソシストしてるから濡れないんだもん!」
「背中だけならともかく、前も他力本願かお前は」
これはついていけない。
3人の少年少女達は、兄妹の世界に非干渉を貫くことを閣議決定した。
「あはは、こっち来なさい!」
「もうっ、待ってよぉ!」
「えい、くらえーっ!」
「きゃっ、やったなー!」
「わにわにわにわに……ここはオフェンスに注力すべきか……?」
武蔵の望み通り、浜辺でキャッキャうふふする女性陣。
弾ける水しぶき。跳ねるビーチボール。1人でワニワニパニックに勤しむハカセ。
しかしそこに、武蔵の居場所などなかった。
「ああ、女の子達が戯れている。なのに俺には声がかからない。なんてことだ」
膝を付き、愕然と項垂れる武蔵。
同じく痴態を演じていた信濃は受け入れられているというのに、武蔵は女子達に拒否されていた。
村八分である。いじめである。
「おーい、一緒にわにわにわにわにしようぜー!」
ハカセが爽やかな笑顔でやってきたのを見て、武蔵のせつなさは加速した。
男に誘われてもかけらも嬉しくない。
「ハカセいつからいたんですか。というかどこにいたんですか」
「クーラーボックスを幾つか繋げて、中に人1人入れる空間を作って隠れてた」
密入国の手口だった。
「ワニワニパニックは一人でやっててください」
「これだから童貞はがっついていかん」
「童貞も処女も喪失してますが何か」
あっ、と何か察した様子のハカセは武蔵を憐れむような目で見やる。
なぜ一人でワニワニパニックする変人に憐れまなければならないのか。
言いようのない敗北感に打ちひしがれていると、どこかに退散していた花純が戻ってきた。
「ただいま戻りました……先程は失礼しました」
「いえいえ、こちらこそご馳走様……あら?」
水着がワンピースタイプに変わっている。アレクサンドリア図書館炎上に匹敵する人類の損失だった。
「着替えたんですか」
「ええ、まあ……冷静に考えると、やはり学生には相応しくない出で立ちであったと反省しています」
「それは違います。美しい女性は、その輝きが最大限引き出される服装こそが正装なのです。敢えて言いましょう―――今もまた可憐だが、先の貴女は至宝のように美しかった」
露出度の多い水着に変更してほしいが為に、武蔵は脳をフル回転させる。
別にビキニ水着が学生に不適切というわけでもないのだ。逆転の可能性はいくらでもあった。
「そんなこと。あまり、歳上をからかわないで下さいな」
苦笑し、微笑む花純。
この話は終わりにしよう。そんな無言の圧力を感じた武蔵は、これ以上攻めることは困難と諦め身を引く。
妙子のようなポンコツであればゴリ押し出来なくもないのだが、花純は隙がないのだ。
「失礼しました。さて、休憩もほどほどにして我々も行きましょうか」
「はい」
武蔵に手を取られ、彼のエスコートを受け入れる花純。
武蔵は彼女の手を引き、女性達の元へと歩く。
「すげーな、あれでよく腹に包丁刺されないもんだ」
痴情のもつれをおこさせない見事なバランス感覚に、ハカセが呆れいっそ関心した。




