ローエングリンの未練3
空部とあまり話す機会もない部外者の生徒会長が、どうして部活動主催の海水浴に参加するのか。
その答えは簡単。本日利用する海水浴場は、朝雲家のプライベートビーチなのだ。
場所のご提供主ともなれば、武蔵としても誠心誠意ホストる所在である。
「というかプライベートビーチって本当にあるんだな」
庶民生まれ庶民育ちな武蔵にとって、それはファンタジー上の存在であった。
夏以外はまったく役に立たない浜辺を購入するのだ。まさに酔狂である。
「きっと開放的にいかがわしいことする為に買ったんだろうね! これだからお金持ちは!」
信濃がとびっきりの美少女笑顔で同意。
「お前本当に顔だけは美少女だよな」
「えへへっ。お兄ちゃんのために可愛くなりました!」
中身が下劣であることの否定はなかったことが、お兄ちゃんにはちょっと切なかった。
場所は秋津島の艦橋。舵輪を握る武蔵は、目下に広がる白い浜辺に感嘆する。
「でもお兄ちゃん良かったの? 飛空艇を動かすのってお金がかかるんでしょ?」
「物理的にはお金かからないんだけどな。手続きとか燃料の使用許可とか、原子力関連でやたら金がかかる」
それは手数料というより、税金としての側面が強い集金体制であった。
市政の民間企業が便利が技術を作り出せば、政治家はそれに課税する。
それはもう、あの手この手で集金する。
そのみかじめ料のごとき手法の是非については武蔵は解らない。
とにかく、飛空艇の運用についてはその課税対象が核融合炉関連に集結している。
便利だからこそ本来は避けて通れない、核融合炉の運用という手順。
それを、雷間高校空部の秋津島はまるっと回避出来るわけである。
「縮退炉さまさまだな」
『タマさまサマサマだにゃあ!』
図に乗った様子のタマが飛び回る。
間違えるな、役立っているのはタマではなくお前が奪った縮退炉だ。
そう言ってやろうかと思った武蔵だったが、ややこしくなるのが目に見えているのでやめた。
動かすだけで莫大な予算を必要とする部室船を、こうして彼等はバスのレンタル感覚で活用していたのであった。
「やれやれ。あの浜辺の土地全部売り払えば、一体幾らになるのかねぇ」
「お兄ちゃんってほんと小物だよね! 器も股間も!」
「武蔵! 着いたらまずスイカ割りしましょう!」
「いきなりかよ。スイカ割りって合コンにおける王様ゲームみたいなもんだろ。ちょっとは落ち着いてからやれよ」
秋津洲の甲板から身を乗り出してはしゃぐアリア。名分上は空部部活動の一環なので、今回も船を動かすことにしたのである。
全長100メートルの船が時速200キロメートルで飛行するのは航空機パイロットにとってはやや不満を覚える鈍重さであるが、基準がおかしいのであって乗り物としては普通に速い。
「今日は遊びますよ! オールナイトです!」
「いや夜は寝ろよ。明日は練習するからな」
「No……」
テンションが一気に下がるアリア。
百式を得て以来、彼女は武蔵のスパルタ訓練を受けていた。
タイフーン潜水艦を相手に人並み以上の変態機動を見せつけて鼻が高くなっていた彼女だが、そのささやかな自尊心は本格的な武蔵による訓練開始数分で叩き折られた。
武蔵の零戦は、アリアの百式を超えるドッグファイターだったのだ。
「この人酷いんですよ、吐いても泣いても手を緩めてくれないんです。地上に戻ったら介抱してくれますけど、身体を色々触られるんです。クタクタで抵抗出来ないのをいいことに」
「お兄ちゃんがごめんねアリアちゃん」
「モータースポーツだって運動系のスポーツ部活だってことだ。結局役に立つのは日頃の鍛錬と負けん気なんだよ」
強烈なGを全身に受けるパイロットにとって、首肩腰といった荷重に弱い部分は重大な故障をしやすい。
よって体幹から鍛え直すのは競技者にとって重要な使命であり、アリアはモータースポーツ選手であるにも関わらず柔軟体操からランニングまで様々な肉体改造を強いられていた。
「このままじゃムキムキになっちゃいます……まさか空部で筋トレやらされるなんて」
「ムキムキになるまではやらないさ、俺だって服の上から判るほどムキムキってわけじゃないだろ」
「エアレーサーに必要なのは、ゲームみたいに判断力と手先の器用さだと思ってました」
「言っておくがゴーカートでも競艇でも、モータースポーツ選手は皆筋トレしてるからな?」
話している内に、船は目的地に到着する。
豪快に波を割って着水する秋津洲。着水から投錨までの行程も慣れたものである。
「ねえ武蔵くん、この船って陸地に着地出来るわよね?」
「ええ、というか普段から学校裏に停泊してるじゃないですか」
マネージャーとしてバーベキューの用意を運んでいた妙子が問い、武蔵が当然とばかりに答える。
秋津洲は水上艦だが、飛空艇に改造されるにあたり盤木(乾ドッグ内で船を支える船下の台)なしで安定するように改造されている。水上航行性能に悪影響を及ばさない程度に、船底が平らに改造されているのである。
「なら海に降りないで、浜辺に乗り上げればいいんじゃない?」
「砂浜ぐちゃぐちゃにして業者呼ぶ羽目になりますが」
これは武蔵が飛空艇の扱いに不慣れ故に生じた誤解による発言である。
通常の海上船であってさえも、砂浜に乗り上げる方法は存在する。ビーチングというものだ。
そしてそれは、武蔵が考えるほど浜辺の地形にダメージを与えるものではない。砂というのは意外と頑丈だったりする。
つまり、秋津島が陸地に乗り上げても地形がズタズタになるようなことはないのだ。
だが、船体へのダメージを考慮すれば、水上からで揚陸作業を行うのは正しい判断である。技術的に可能であったとしても、船底をガリガリやってタダで済むはずがない。
「というわけでアリア、仕事だぞ」
「はいなのです」
アリアは百式に乗り込み、エンジンを始動させる。
ターボシャフトエンジンのホイッスルのように甲高い音と、ヘリコプターを思わせる羽音が混ざり合う。
練習として普段から荷物運搬作業を請け負うようになったアリアと百式は、現状危なげなくその任務を果たしていた。
後部甲板より浮上する百式。その光景は、かつて話題となった輸送機を彷彿とさせる。
「あれだな、オスプレイだ」
船から離艦している双発ティルトローター機を見ると、どうしても同機を連想してしまう武蔵であった。
百式は垂直離着陸能力を付与されたとはいえ、輸送機ではない。吊り下げ可能な荷物も安全マージン込みで精々100キロ程度であり、とても輸送機としては実用的な性能ではなかった。
とはいえ学生がちょいちょい荷物運びに使う分には充分である。揚陸作業を開始した彼等は、ほどなくして海水浴の為に準備した物資を全て運搬完了した。
「今日はお招きありがとうございます、会長」
「「「ありがとうございまーす!」」」
「いえ、むしろ何もご用意せずすいません。今日は存分に楽しみましょうね」
和気あいあいと挨拶する空部と生徒会長。空部を代表して部員達の前に立った武蔵に、妙子が背後からタックルする。
「ちょっと待って武蔵くん!」
「スピアータックル!?」
担ぎ上げられ空部員の列に引きずり込まれた武蔵は、妙子に耳打ちされる。
「そういうのって、部長兼マネージャーの私の役割だと思う! やり直しを要求するわ!」
「耳元に吐息がかかってドキドキします。なるほどやり直しましょう」
「同じ経緯をやり直しても意味ないでしょ!」
「だって先輩、会長が友人だからってなあなあで済ませちゃいそうですし」
「ま! 私だってけじめはちゃんと付けるわ。ねえ花純?」
「この前財布を忘れたからと貸した500円、まだ戻ってきてないですが」
とりあえず妙子は、お金を返済すべく財布を取りに行くのであった。
「あははは、こっち来いよー!
もうっ待ってー!
えい、くらえーっ!
きゃっ、やったなー!」
「さっきから何を1人ぶつぶつ言っているのですか、武蔵?」
バーベキューコンロの組み立てを押し付けられた武蔵は、女子がきゃっきゃうふふする嬌声を1人で演じつつ作業していた。
奇行を演じていたのは間違いなく武蔵だが、彼には彼の言い分がある。
「何なん。何なん君ら。海舐めとるん?」
「標準語でお願いします」
ジドっとした目でアリアを睨む武蔵。
「もっと遊べよ。海入れよ。ポロリしろよ」
「遊んでますよ、ほら」
アリアが指差す。
パラソルの下でぼうっとウトウト微睡んでいる妙子。
浮き輪を膨らませようとして肺活量の都合から挫折し持参した少女漫画を読み始めた信濃。
携帯を弄り工学系まとめサイトをサーフィンする由良。
三者三様、それぞれが1人で遊んでいた。
「なにこれ」
「現代っ子の闇です」
目の前に広がる白い砂浜、青い空、広大な海原。
それなのに自分の世界に篭もる少女達に、武蔵は言いようのない物悲しさを覚える。
「時代の変化ということなのでしょうか」
白ビキニの花純が嘆かわしげに溜め息を吐く。
武蔵も同意だと頷いた。
「海の魔力は永久不滅だと思ってました」
「そもそも水着を着て海で遊ぶという風習自体、近代に入ってからですから」
日本の歴史において、若者達が海で青春したのなんて一瞬なのである。
唐突に生まれた文化なのだから、消えるのも唐突。
メンコやベーゴマといった古い遊びが淘汰されたように、より魅力的な遊戯の前に海水浴など無力なのかもしれない。
「あるいは、その『魔力』は本物の海限定なのでは?」
「まあ、そりゃ確かに」
武蔵は手の平で日の光を遮りつつ、青空を見上げる。
眩しい太陽、白い砂浜、青い空、広大な海原……なんて表現したものの、全部人工物である。太陽は照明器具だし、砂浜は適当な資源小惑星を砕いた粒子だし、青い空は錯視を利用した立体映像だし、海原は塩水だが広大とは言い難い人工湖だ。
「パワースポット感がないよな」
「でも、こうして友と巡り会えた奇跡は、けっして作り物じゃない―――私はそう信じたいです」
生徒会長は綺麗にまとめようと試みた。
肝心の友は各々好き勝手に過ごしているが。
「私達が楽しそうにしていれば、皆も自然と集まるんじゃないでしょうか」
アリアが提案し、花純は首肯する。
「そうですね。幸い私達3人が最大派閥、私達が騒げばきっと興味を示すでしょう。人は少数派でいることを本能的に厭いますから」
「意外と計算高いっすね」
「そうでもなければ、生徒会長なんて出来ませんよ」
花純は苦笑した。情熱だけで人は動かせないのである。
「ところで会長、気になっていたのですが」
「あ、私もです」
武蔵とアリアが花純に視線を向ける。
打ち合わせなしの複数人に明確に注視されるような、変な部分が自分にあったのかと花純は目を丸くする。
「どうかしましたか? 私、変なことを言ってしまいましたか?」
「いえ、言動ではなくて」
「会長、意外と大胆な水着選びますね」
武蔵とアリアは、生徒会長らしからぬ布面積の小さい白ビキニが気になって仕方がなかったのであった。
「そ、そうでしょうか?」
「そうですよ。エロエロです」
「そうですか……風紀に反していましたか」
幼児体型のアリアが洋服風水着を着ているので、横に立つと尚の事露出度が高く感じられる。
アリアもまた、武蔵に追従して指摘した。
「すごくえっちです」
「きゅ、急に恥ずかしくなってきました……」
もじもじと胸元を隠す花純に、武蔵はゲへへと迫る。
「何を隠しているのです、ここは海水浴場ですよ。そこで水着姿でいることは恥ずかしいことではないのですよ」
「それはそうですが」
「変に意識すると余計に恥ずかしいです。堂々を胸を張るべきです。むしろ水着を脱ぎ去れば羞恥心も振り切れます」
「それは人としての尊厳も振り切っているかと」
生徒会長を脱がせるべく一進一退の攻防を繰り広げる武蔵。
互いの交渉術をフル活用した戦いに、水を差したのは由良であった。
「どう言い繕ったところで、水着と下着の布面積に大差はないのではないかと……」
「ふえっ」
「つまり、会長の露出度は下着姿と大差ない……」
「ふぇっー!」
自分が異性に下着姿で相対してる。そう考えてしまった花純は、羞恥心が一気に加速する。
「いやーっ!」
顔を真っ赤にした花純は、走って更衣室に逃げてしまった。
何故か満足げな由良。武蔵は由良に向き直り、その両肩を掴む。
「由良ちゃん」
「はっ、はい……」
「そういう君はせめて脱げ」
由良はぶかぶかの巻きタオルで完全に雨合羽状態だった。
身長の低い彼女では、足首しか見えない。ご丁寧にフード付きで頭頂部すら目視は不可能だ。
「暑くないの?」
「ペルチェ素子を搭載してるから……へいきです」
ペルチェ素子。簡単に説明すると、電気で熱を移動させる板である。
片面が熱々、もう片面が冷え冷えになるのだ。
由良の巻きタオルには、背面にペルチェ素子が組み込まれていた。
「そんな便利なものがあるのですね! エンジンに搭載すればラジエーター要らずじゃないですか!」
「無理です……」
「電力消費がやばいんだ。バッテリーや発電機が大きくなるから、乗り物の冷却に使うのは実用的じゃない」
『やばいにゃあ。ゲキヤバだにゃ』
現に由良も、近くにタマを控えさせて電力を供給させている。
「……バッテリーがこの子程度の大きさで済むなら、充分実用的って気もしますが」
「こいつを基準にするな。どうやって動いてるかも判らんオーパーツだぞ」
「タマちゃん、寒い……」
ペルチェ素子は電力消費が激しいが、冷却能力も高い。
背中一面に貼り付けた素子、タマの頭おかしい電力供給によって巻きタオル内の温度は氷点下にまで下がっていた。
『まだまだいけるにゃー!』
「行くな! 由良ちゃんそれ脱いで! マジやばいってそれ!」
「隊長、あの木には見覚えがあります……」
由良の唇は真っ青であった。
「脱げー! これは人命救助だ、仕方がないんだー!」
「いやぁ……!」
ペルチェ素子付きのタオルを剥ぎ取る武蔵。
しかし由良は、タオルの下にパーカーを羽織っていた。
「いや、見ないで……」
しゃがんで、体育座りの要領で足をパーカーに収めて露出度を下げようとする由良。
「女物のセーラー服着てるんだから、その程度の露出は普段からしてるだろ。……おい何処行く気だ」
足首をしゃかしゃか動かして逃走を図る由良を、武蔵はパーカーの首根っこを掴んで止めた。
ぱらりと脱げるパーカー。その下から現れたのは―――Tシャツ姿の上半身。
「マトリョーシカかな?」
下半身もパレオを巻いてきっちりと防御済み。あまりの鉄壁さに、アリアも呆れてしまう。
「由良、貴女は海に何しに来たのです。もっとEnjoyすべきです」
「そうだ、海に来たからにはその場の空気に流されて脱ぐべきだ。ここはヌーディストビーチなんだ」
「貴方、女の子に性欲は抱かないって言ってませんでしたか」
「男だからセーフ」
「脱ぐ、脱ぎますからっ……!」
渋々とシャツを脱ぐ由良。
恥じらいつつ、真っ赤になった顔で自ら最後の防壁を捨てる姿はなかなかに扇情的である。
「あまり見ないで……」
当然ながら平坦な胸、それを涙目で隠す由良。
「別に標準的な倫理観でいえば隠す必要はないんだが……」
「何か、途方もない罪悪感を感じます……」
それは、まるで波に水着を攫われた女子の図のようであった。
「見ないでぇ……!」
涙目で縮こまってしまった由良に、武蔵はそっと脱ぎ捨てたパーカーを着せる。
「むやむやたらに肌を晒すものじゃない。さあこれを羽織って。日焼け対策も忘れずにね」
「脱がせた張本人が何か言ってる!」
パラソルに逃げ込む由良。彼女は今更ながら理解した。
プライベートビーチということは、開けた土地で逃げも隠れも出来ないということなのだ。
「よしっ」
満足げに頷いた武蔵は、由良を追いかけることはせずにあっさりと踵を返す。
「脱衣スタンプラリーだ。次は妙子先輩を脱がすぞ」
「死ねよ」
何故か付き添うアリアが満面の笑顔で罵倒した。




