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ローエングリンの未練1

新章開始です。伏線などがでてくる話なので、添削にやや時間がかかってしまいすいません。



『2045年6月10日』







 昼間は炎天下のボンネットが如く熱せられていた砂も、この時間帯となれば冷たく肌の熱を攫っていく。

 打ち寄せる波。常ならば喜々と見上げる果てなき青空も、夜空の下では暗く広がるだけだ。

 夏の海。人工の大地にて再現されたそれは、しかし過剰なまでの清涼な風とディティールを誇っていた。

 この景色を見て、はたして誰が人工物だと思うだろうか。

 まさに海。誰もが海と言って連想する、圧倒的な広がりを持つ人工湖。

 ……その再現度の高さは、しかし常に人に利をもたらす訳ではないのだと武蔵は知った。


「生徒会長」


「はい、なんですか武蔵さん」


 水着姿の生徒会長、朝雲 花純が返事をする。


「ここって宇宙コロニーの中ですよね」


「はい、ラングドジュポイントに浮かぶ人工の大地です。月と地球の重力が釣り合う地点とのことなので、てっきり潮の満ち引きなんてないと思っていました」


 てへっ、と自身の頭を小突いて舌を出しウインクする花純。

 こういった人懐っこい仕草が、財閥の令嬢であり生徒会長という硬い印象を与えがちなプロフィールに反して彼女の親しみやすさを演出している。

 そう、演出である。

 彼女は立場上、よくこういう演出をする。

 一見すればミネラルウォーターのように清廉な少女だが、その実ジャンクフードのようにわざとらしい。

 しかるべきお金を払えば適度に同じ経験が出来そうな、作り物の少女。

 それが花純。朝雲 花純なのである。

 しかしそれも悪くない、と武蔵は考える。

 人間、時には人工甘味料の味も楽しみたくなるもの。

 砂糖も黒糖も人工甘味料も、それぞれ良さがある。

 唯一無二の、かけがえのない美少女と浜辺の時を過ごす。

 いいではないか。良かろう良かろう。

 良かろうなのだ。


「良くないんだよなぁ……」


 美人さんと2人きり。普段ならば喜び勇んで下半身の爆装準備しているところだが、今の武蔵にそんな余裕はなかった。


「宇宙コロニーって、土地が希少ですよね」


「そうですね。小惑星を原料とした特殊コンクリートが開発されたことで安価に建造可能となったと教わりましたが、それでも土地価格は地上より高い傾向にあります」


 銀座の一等地……なんてほどではないが、全体的に高級住宅街くらいの価格がするのがコロニー内だ。

 宇宙に住めるのは基本物好きなブルジョワか、宇宙に住む理由のある人々―――研究者、或いはそれらを顧客とする業種の人間に限定されるのだ。

 某有名SFにあるように、貧民を押し込むなんて論外なわけである。

 宇宙に住める大地を作るのは容易ではない。移民政策をやるならば、地球の地下や極地などに町を作る方がずっと楽だ。

 小規模な南極基地や地下街自体はずっと以前から実用化されている。技術的に困難なことは何もない。

 そんな技術者の端くれから見た古典的SFアニメの設定を一刀両断する武蔵に、しかし生徒会長は政治屋的視点から反論した。


「一概に、論外と断じることも出来ないのではないですか?」


「と、言いますと?」


「技能を持たない人間を送り込んで、生活の維持に必要な技術や物資を本土が掌握しておけば、組み立て業などの生産拠点として安価に運営出来るかもしれません。基幹技術を地上側で抑え込んでしまうのです」


 その提案に、武蔵はドン引きした。


「それ、つまり貧民を逃げ場のないタコ部屋に押し込んで、飼い殺して低賃金でこき使うってことじゃ……」


 先進国が列強国と呼ばれていた頃、植民地に対してやっていたアレである。


「た、例えば、ですよ! 可能性について論じただけです!」


 わたわたと手を振って否定する花純。

 日頃の接点は少ないが、武蔵も察してはいる。花純という少女は財閥の娘だけあって、なかなかに腹黒い部分を持ち合わせているのだ。


「まあともかく。俺が言いたいのは」


「仰っしゃりたいのは?」


「そんな貴重な宇宙コロニー内に、どして脱出不可能な無人島なんて作っちゃってんの、って話です」


 花純は困ったように空を見上げた。


「いやまあ、それを指摘するなら、森や海がある時点で……」


 あるいは不要なほどに、ディテールを追及した天上の大地。

 なぜ彼らが2人で夜の海を眺めているのか。

 ことの始まりは今朝。武蔵が大和家を出立するあたりより語ることとなる。





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