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コンコルドの嘆願6



『2045年5月27日』







 翌日、張り紙は大問題となった。

 地域紙にも載るほどの騒動となり、取材が学校に来るほどの大事に発展する。

 張り紙を空中散布した人物は、武蔵の思惑通り学校内に張り紙した人物と同一と噂された。詳しく調べれば警察は別人であることを突き止めるであろうが、武蔵達は自分達に捜査が及ぶようなヘマはしていない。

 途中経過であるが、現状は。

 学校内に、顔を青くした生徒が数名見受けられるようになった。


「おおよそ、張り紙の犯人さんの検討はついています」


 困った顔の朝雲花純が、武蔵に内部情報をバラす。

 そこは生徒会室。物珍しさにあたりを見回しつつ、武蔵は茶を啜った。


「これ私物のお茶ですか? いい茶葉ですね、美味しいです」


「ありがとうございます。にしても、誰が張り紙の散布なんてしたのでしょうね」


「花純さんの手ずから煎れたお茶を飲めるなんて、ぼかぁ幸せだなぁ」


「誰が散布なんてしたのでしょうね」


 同じ疑問を、同じニュアンスで再び問う花純。

 話を逸らすんじゃねえよ。お前がやったんだろ? バレてんだぞ? つーか数日前に学校中のチョークを白クレヨンに取り替えるイタズラしたのもお前だろ? と視線だけで尋問する。

 それに対して、武蔵は話を適当に誤魔化すのみ。

 否定も肯定もしない。武蔵の面の皮の厚さなら、臆面もなく朗らかに否定してみせることも出来る。

 だが、花純に付け込まれる隙を見せるのは後が恐ろしいので言質は取らせない。

 花純はため息は吐き、武蔵に通達する。


「後に担任から知らされるはずですが、この件に関して臨時の全校集会が開かれます。貴方は何もしないで下さいね」


「嫌です。俺達は、2人で育んだ真摯な愛を笑いものにされたんです。俺達には、これに抗議する権利と義務がある。あとクレヨンの件は俺じゃありません」


「何も言ってませんが、クレヨンの話はどこから出てきたんでしょうか」


 睨み合う武蔵と花純。彼女には武蔵が何をしようとしているか、おおよそ検討がついていた。

 だが花純としては、自分の業務内である全校集会をその行為の場に利用されたくはないのだ。


「それは私刑というものです。この件の首謀者は、こちらで見つけ出しこちらで処罰します。それとも何か不都合でもありますか?」


「張り紙が学校内に終始していれば、そういう解決法もあったでしょう。しかしこの件は地域全体に波及している。デリケートな問題を扱っていることもあり、セルフ・アーク全体の注目もにわかに集まっていると言っていい。実行犯を内部処分など日和った対応をとれば、学校側も批判は免れないでしょう」


 お前が事件の規模を広めるよう画策したのだろう、という指摘を花純は飲み込んだ。

 そんな証拠は現時点で見つかってはいないのだ。航空機を個人所有して、それを扱える生徒というだけで大きく容疑者は絞られるが。


「生徒を守るのが、我々の仕事なのです」


「明確に他者を攻撃した者でも?」


「そんな生徒も守るのが、生徒会です」


「軽犯罪でもれっきとした犯罪者ですよ?」


「犯罪歴があれば権力の被保護下から外れるなんて道理はありません。罰と権利はまったく別に論じられるべき概念です」


 武蔵にとって、花純の哲学は嫌いな回答ではなかった。

 だが、だからといって攻勢を緩める武蔵ではない。


「俺達の名誉は守ってはくれないのですか? 由良ちゃんは、この件でとても傷心しています」


「武蔵さんもそうですが、あの子も気弱なようで、割と図太い人でしょう……」


 なんとも厚かましいことばかり主張する武蔵。

 人類皆平等と叫ばれる世の中、だが結局は厚かましい奴が特をすることが多いのだ。

 それを知りつつ、意図的にやる奴が一番厄介である。

 まさに今の武蔵であった。


「被害者と加害者は紙一重です。張り紙事件の実行者を被害者にするわけにはいかないのです」


 世の中公平ではない。だからこそ調停者が必要なのだ。

 生徒会は斯くあるべきであろう、と花純は決意を新たにする。


「やだなぁ、俺だって良識に則って行動しますよ。ご心配なさらず」


「心配する、しないの問題ではありません。貴方に反撃の権限はないのです」


「物理的な反撃はただの傷害でしょう。ですが私が望んでいるのは議論。話し合いでの解決は全てにおいて優先されるもっとも平和的で文明的な解決法であり、それを阻害するのは近代倫理観に対する冒涜です」


「ああ言えばこう言いますね、本当」


 花純は以前親友の妙子が言っていたことを思い出した。

 飛行機のパイロットは責任重大であるが故にエリートである。

 それは当然の道理であり、それに則れば武蔵もまたエリートなのだ。

 ―――単純に、頭がいい。

 それが、花純の武蔵に対する評価であった。

 大前提として、有利なのは武蔵だ。武蔵は色々と裏で工作しているもののそれは一切露見しておらず、対して張り紙の犯人は多くのミスを犯し、既に個人まで特定されている。

 花純はしばし武蔵は見据え、諦めたようにため息を吐いた。


「……やりすぎと判断すれば、こちらから止めます。従わなければこちらも相応の対処をするので、そこはご理解をお願いします」


「はい、それで結構です」


 全校集会での発言権を得た。

 武蔵もまた行動の制限を課されたが、花純は公正な人間だ。彼女がタブーとするラインを見分けるのは難しくない。

 全ての勝利条件は達され、武蔵はチェックメイトを確信するのであった。







 体育館に集まった全生徒は、その喧騒を抑えきれぬままに不揃いに整列していた。

 何せ招集理由が悪質な同性愛疑惑の暴露ポスターである。彼らにとっても、このような理由での全校集会は初めてだった。

 張り紙の内容にしたところで、同性愛については生徒各々に様々な見解があり、寛容な者もいれば否定的な者もいる。

 この時代、明確な拒否感を抱く者は少数派だが、それもまた一意見なのだろう。


「昨今において、性についての少数意見を差別することは良しとされません。このような騒動が生じたことは、生徒会長としてとても残念です」


 花純が壇上に立ち、この件に関する学校側の見解を語る。

 しかし生徒達の視線は、むしろその隣の男子生徒に集まっていた。

 全校生徒を前に、堂々と仁王立ちする武蔵。そこに臆する様子はない。

 ただ無言のまま微動だにせず、ただ覇気を撒き散らすように存在感を放っていた。

 やりにくい、と花純は思った。まるで高級官僚や重役を相手にしているようなプレッシャーを隣から感じるのだ。

 国内屈指の令嬢として、駆け引きは百戦錬磨の花純といえど、戸惑うのも当然だった。

 ならばなぜこの男子高校生がそのような気配の持ち主なのかと思案すれば、答えはすぐに出てくる。

 全国大会を荒らし回った中学最強のエアレーサー。こと、敵と対峙することに関して彼は極めて『経験豊富』なのである。

 花純個人としてはそういった『強い男』は割と好みなのだが、隣で威圧されては鬱陶しいことこの上ない。


「当事者である大和武蔵さんから、皆さんに伝えたいことがあるそうです。どうぞ、大和さん」


「失礼」


 さっと壇上に立ち、生徒達を睥睨する武蔵。


「まず、俺は宣言しなければならない。例の張り紙の内容が、誤報ならざる正確な内容であることを」


 揺らぎのない声色は、とても高校生の響きではなかった。


「俺は男を愛している」


 しっかりと、武蔵のスタンスを理解させるべくはっきりとした口調で武蔵は宣言する。


「その件に関して、何か言いたいことがあるか? 俺は逃げも隠れもしない。あの張り紙を貼った者、俺に物申したい者は前に出てくれ」


 誰も出てこない。

 生徒会が犯人を特定していることは明かされていないし、黙っておけばやり過ごせると考えたのだ。

 武蔵もまた、これで犯人が自ら名乗り出るとは思っていなかった。


「反応がないということは、俺の主張こそが正しいと認めるということだな」


 公平を是とする現代社会で、武蔵の主張を覆すことは難しい。

 それでも話の流れを差別側に促すことは不可能ではない。明確な基準のない曖昧な主義主張は、その場の雰囲気に流されやすいものだ。

 だからこそ、先手を打っておく。万が一、話の流れが『同性愛キメェ』にならないように予防線を張っておく。

 何せこの場にいるのは学生だ。大人のように(あくまで立場や利己的な損得勘定から)主流の思想を是とすることはなく、極端な思想に傾くことは十二分にあり得た。


「まあ、お前等はヘタレだから沈黙して適当に誤魔化せばいいと思っているんだろう。だが俺としてはここで済ませ

ることは出来ない。また張り紙をされるのではないかと戦々恐々して生活しなければならないからな」


 冷笑を浮かべる武蔵。その表情は、とても戦々恐々という単語は似合わない。


「今後の生活、そして俺達の名誉に関わる問題だ。なあなあで終わらせていいことではない。よって、俺はこの件を刑事事件とするつもりだ」


 隣で会長がぎょっとした。事件にされたら、生徒会長としてはやはり面倒なのだ。


「こんなくだらないことをする輩だ。指紋などに気を遣ってはいないだろう」


 武蔵は張り紙の1枚を取り出す。

 張り紙には、遠目でも判る赤い模様が上書きされていた。

 年輪のようにも見える、小さな斑点。ようするに、指紋である。


「最近の紙は質がいい、指紋もしっかりと残る。検出に使うアルミニウム粉なんてバイト先でいくらでも調達出来るからな、俺にとっては難しいことではない」


 見よう見まねで検出した指紋など裁判の証拠にはならないが、同様の証拠品など幾らでも回収されている。あくまで指紋が残っている、と証明する為の1枚だ。

 むしろ、画像編集ソフトで指紋をコピペして大盛りにしてある。完全に証拠偽造だが、武蔵はこれが張り紙そのものなどと一言も言っていない。


「張り紙に残っていた指紋は、十中八九この犯罪行為を犯した犯人者のものだ」


 犯罪や犯人、という物騒な言葉にどよめく生徒達。

 武蔵はきょとんと不思議そうな顔を作り、更に訊ねる。


「高校生にもなって知らないのか? 個人の顔は肖像権というもので保護されている。番組とかで一般人は顔をモザイクされるだろう、断りもなく他人の顔を使うのはれっきとした犯罪だ」


 名誉毀損、と言わなかったのは書かれた内容が嘘ではないからだ。

 やろうと思えば、弁護士に相談すればこの罪状も追加出来るかもしれない。だが武蔵としては、この件をもって名誉を傷付けられたとは解釈したくなかった。


「こんなイタズラ、どう考えても実刑にはならない。だが微罪処分で有耶無耶になどさせない。執行猶予であろうがなんだろうが、犯人の経歴に傷を付けてやる。俺にはその権利がある、何せ被害者様なんだからな」


「武蔵さん」


 制止しようとする花純。だが、武蔵の視線で止められてしまう。

 そして彼女は静かに驚愕した。自分が、1生徒の眼光に言葉を制されたのだ。財閥の末席に生きて来た彼女として、それは驚嘆に値する出来事だった。


「……わかりましたよ。告訴はしません。ただ、条件があります」


 武蔵は足元を指さし、提案する。


「犯人、この場に出てこい。俺に誠心誠意謝罪しろ」


 この人、将来ヤクザに就職するんじゃないだろうか。

 生徒会長はそんな危惧を内心で抱いていた。


「俺は優しいからな、何をもってして誠心誠意の謝罪かを明確にしといてやる。後から誠意がないといってゴネはしない。俺は卑怯者ではないからな」


 コンコン、とつま先で床を突く武蔵。


「ここまで来て土下座しろ。頭を地面に擦り付けて、ごめんなさいと言え」


 この人、将来ヤクザに就職するんじゃないだろうか。

 全校生徒はそんな危惧を露骨に抱いていた。


「犯人。お前が出てこないなら、やっぱり警察に頼るしかない。国家権力をもってして、お前ら全員が容疑者として指紋を採取されるんだ。楽しい楽しい学生生活の思い出になるだろう」


 武蔵は、犯人が自ら名乗り出ることはないだろうと踏んでいた。だが、この規模のイタズラが単独犯とも思えない。

 共犯者、そして傍観者がいたはずなのだ。


「お前らは思考がガキだからな。この犯罪行為を知りながら、笑って見てただけの奴も多くいただろう。本当に愚かしい、目の前で悪がなされているのに見てるだけとは。それをした奴も、やはりクソみたいな人間性なんだろうさ」


「武蔵さん!」


 花純は今度こそ叱責の声で呼んだ。

 武蔵はやや花純を見据え、ため息を吐く。


「……言葉が過ぎた。お前達の人格を全否定するような言い分、失礼した」


 全否定、というあたり部分的に否定する気はマンマンというニュアンスであることに気付いた者は幸いにも少数であった。


「告訴するのは首謀者だけだ。それ以外は見逃そう。この場で土下座するならば、だが。それとも、皆仲良く経歴を傷物にするか?」


 じろり、と3年生の区画を睨む。

 卒業が近い彼らにとって、犯罪歴など御免こうむるものだった。

 武蔵の立て続けの言い分に冷静さを欠いていった生徒達は、ざわつき、やがて喧騒となる。

 そして、1人の生徒が前に突き出されてきた。

 本人の意思ではない。共犯者、傍観者によって生贄として閉め出されたのだ。


「いやらしいことをしますね。罰に差を付けて、仲間内で告発させるなんて」


 花純が武蔵の背後で、彼にだけ聞こえる声量で糾弾する。

 

「なんのことやら。これはあくまで、彼らの心に残っていた正義の心の結果ですよ」


 目の前に突き出された生徒。3年生の彼は、顔を真っ青にしていた。


「お、俺、違うんだ、別に悪気があったわけじゃ……」


「どーげーざ。どーげーざ。どーざーげ」


 弁明を無視し、土下座コールをする武蔵。

 この男に言い訳など通じない。そう理解させられた3年生の彼は、意を決して土下座すべく膝をつく。

 内心狂おしいほどにプライドと打算の間で葛藤しつつ、それでも頭を下げてゆく3年生。


「わにわに!」


 武蔵はその顔を、遠慮なく全力で殴った。


「がっ!?」


「玩具会社に怒られますよ、武蔵さん……」


 殴られた3年生は、呆然と武蔵を見上げる。


「これで俺も犯罪者だ。喧嘩両成敗で、肖像権云々はチャラにしてやる」


「え? ええ?」


 武蔵は倒れた3年生を抱き起こすフリをしつつもこっそり腕を固めつつ、努めて平静に提案する。

 ちゃっかり逆ギレを封じるあたり、武蔵の性格が出ていた。


「もう告訴はしない、そう言ってるんだ。この件は終わりだ。いいな?」


「は、はい」


 コクコクと頷く3年生。

 花純は安堵した。薄々勘付いてはいたが、武蔵は最初から事件にする気などなかったのだ。


「では、この件はもう終わりで構いませんね?」


「はい。犯人探しは終わりです」


「あ、謝らなくて、いいんですか?」


「いいですよ。俺は心が広いので、嘲笑(わら)って許してあげます」


 一応の解決に安堵し、よろよろと列に戻ろうとする3年生。

 武蔵はその肩を掴み、引き止めた。


「どこ行くんです」


「ま、まだ何があるんですか」


「やだなあ、3年生が1年生に敬語なんて使わないで下さいよ。俺達は男子高校生らしく拳で殴り合って絆を結んだ、対等な立場じゃないですか」


 殴り合ったというか武蔵が一方的に殴っただけだが、そこを指摘するほど3年生も怖いもの知らずではなかった。


「このくだらなくて幼稚で品性を疑うバカみたいなイタズラについては、これで終わりです。あとは、俺達の関係についてお話しましょう」


 武蔵は全校生徒の前に再び彼を引きずり、堂々と対峙させる。

 対する3年生は武蔵に完全に萎縮していた。


「俺達の関係、男同士での恋愛がどうして忌避され笑いものにされなければならなかったのか。平和的に、議論を尽くそうではないですか」


 あ、これ全部論破するまで帰らせないつもりだ。

 観衆達は、武蔵がその点について未だ怒っていることを理解した。


「構いませんよ? 気持ち悪いんでしょう? 理解し難いんでしょう? 正直に心の内を話して下さい、全てはそこからです」


 朗らかに両手を広げ、述懐を求める武蔵。


「話し合いこそが、究極的に平和な解決手段です。さあ、様々な愛の形について考えようではないですか」


 その後、武蔵は3年生の論調を徹底的に否定し、遠回しに精神をなじり、あらゆる面で論破した。

 このご時世、性や愛については議論が尽くされている。人それぞれありのままであれ、という結論に達している。武蔵はそんな、インターネット上に腐るほど羅列された意見を見聞きしたまま主張しただけだ。

 そして、それで十分だった。







 人類が500万年積み重ね続けた、100億人の論争の途中経過。それに対して、17歳の思慮にかけた偏見混じりな見解などが敵うはずがなかったのだ。







 3年生の男子は涙目になり、逃走を図るも阻まれ、公正な議論の場においてその内心の浅ましさを徹底的に追求された。

 全校生徒の前でである。


「あとでフォローする身にもなって下さい」


「すいません、やりすぎました」


 武蔵としては、今後ちょっかいを出されなければそれで良かったのだ。


「まあ、これで生徒達も深く考えるようになれば良いのですけど」


「皆、この問題の現場を見た当事者になったんです。きっと大丈夫です」


「……晒し者にしたのは、その為ですか」


「いえいえ。俺の為に、彼にはピエロになってもらいました」


 そう言いつつも、花純の結論は正鵠を射ている。

 ただただ攻撃的な姿勢を示し続けた武蔵だが、別に首謀者の人生を破綻させるほど悪人にはなれないのである。


「貴方にとって、これが一番丸く収める方法だったのですね」


 でも相談くらいしてからにして欲しかった、と思わなくもない花純であった。

 彼の言葉を借りるなら、話し合いこそが究極的に平和な解決手段なのだから。






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