コンコルドの嘆願3
バスから降りた後、大和宅で着替えた2人は由良の案内で喫茶店へと赴いていた。
男子制服の武蔵とセーラー服の由良。
シャワーを浴びたせいか、どうにも由良が色っぽい。
授業時間中に堂々と制服でサボるあたり、2人ともいい度胸であった。
「いらっしゃーい」
朗らかに2人を出迎える店員。
「あれ、ここってちょっといかがわしい系の喫茶店?」
「純喫茶……です」
店員が全員女性であったことから、ここが所謂『特殊喫茶』ではないかと推測した武蔵。
由良は即座に訂正するも、店内のウェイトレスは全員それなりに凝った作りのエプロンドレスを着ており、接客そのものがサービスの一環であることは否定出来なかった。
とはいえ、それだけならメイド喫茶みたいなもんである。武蔵もさして気にはしない。
だがしかし、その違和感は確かに、そして明確に存在した。
「や、あれ、ちょっとこれ……」
店員の女性達には、率直に指摘するにはデリケートな共通事項があったのだ。
「ちょっと待って! ここなに、ここ何!?」
焦る武蔵に、由良はあっけからんと答える。
「ニューハーフ喫茶店……です」
ちょっと聞いたことのない業種だった。
「あーら可愛い男の子ねー! さあ由良ちゃん、こっちこっち!」
店主らしき女性? は由良と顔見知りらしく、ぐいぐいとカウンターに連れていく。
武蔵、現状に気付いて以降は常時ビビリっぱなしである。
「ゆゆゆ、由良ちゃん、こんな場所入っていいのか? 捕まらない?」
「やーね少年、ここはただの喫茶店よ? お酒とかは置いてないし、仮に置いてあっても飲まなきゃ合法よ」
「はあ」
「オレンジジュース……下さい」
「はあい、どうぞ由良ちゃん」
愛想よく差し出されるコップ。学生の由良としては飲み物を注文するだけでも負担なので、注文は飲み物だけだ。
武蔵は店内を見渡す。
一見普通の喫茶店。内装もまた、普遍的なそれであろう。
ただ、店員が皆がっつりメイクをしていながらも、妙にガタイのいい女性達なのだ。
何故か、という問いの答えは既に提示されている。
ニューハーフ喫茶店。そういった人々によって運営されている店舗なのである。
「同性との恋慕について、相談出来る人を探したら……この店を見つけました」
「相談するにしても、相談ダイヤルとか同性愛支援団体とかあるだろう」
なんでいきなりこんな濃ゆい店に突貫したのかと、武蔵は一周回って関心した。
「そういう真面目な組織……なんだか怖いです」
「まあ解らなくもないけど。あ、俺はサイダーください。それと……フィッシュアンドチップスもお願いします」」
飲み物だけで居座るのも悪いだろうと考え、武蔵は朝食として食事も注文することにする。
「由良ちゃんも何か頼みなよ、俺が払うから」
「え……と。わるい、ですし」
遠慮する由良だが、武蔵は押し通す。
「俺の嫁にするなら甲斐性アピールしないとな。バイトで金はあるし、将来はしっかりと出世するつもりだからあまり気にすんな。俗物的な話だが、君達には金で苦労なんてさせないよ」
ぱちこーん、とヘタクソなウインクをする武蔵。
技術力は由良が上だが、体力は武蔵が上。
ならばなぜ2人揃って疲労困憊かといえば、単純に武蔵のほうがシフトが長いからだ。
ハーレムを築く最低条件は多々あるであろうが、特に外せないのが経済力であろう。
周囲の反対や妬みは必ずある。それをねじ伏せ否定するもっともシンプルな方法は、やはり金なのだ。
厳密には無職ニートであってもハーレムは可能だが、武蔵はヒモになる気などさらさらなかった。
「……じゃあ、ソーセージセットをお願いします」
「はーい。由良ちゃん、彼氏さん頼りになりそうな男の子じゃないの」
「はい……お兄さんは、とってもたくましい人です」
頬を赤らめつつ、提供されたソーセージを舐めるように味わう由良。
「んあ……っ。このソーセージ、すごく太くて熱い……」
「茹でたてだからな」
「んっ。肉汁が、先っぽから溢れて止まらない……」
「茹でたてだからな!」
普通に食えんのか、とソーセージをじゅぼじゅぼ味わう由良から視線を逸らす武蔵。
隣でパキンと小気味よい音がして、武蔵は思わず竦み上がった。
続いて出てきたフィッシュアンドチップス。一口食べて、武蔵は首を傾げる。
「なんだ、ネタにされる料理の割に美味しいじゃないか」
「そりゃあ、お芋とタラのフライだもの。ちゃんと調理すればちゃんと美味しいわよ」
「なんで『あの国』のフィッシュアンドチップスは不味いと評判なんですか?」
「ちゃんと調理してないのよ」
シンプルな原因と結果であった。
「お兄さん……フィッシュアンドチップス、好きなんですか?」
「あまり食べる機会自体なかったけど、アリアがよく話に出すからな。ちょっと気になってたんだ」
「……僕から話をふっておいて、何ですが」
むう、と頬を膨らませる由良。
「他の女の話……ここではしないで下さい」
そんないじらしい嫉妬を垣間見せる由良だったが、武蔵としてはツッコまずにはいられなかった。
「他も何も、一連の会話で女性の登場人物がアリア1人な件」
武蔵→男子
由良→男の娘
店員→ニューハーフ
ここは、完全無欠に男しかいない空間であった。
「それで、由良ちゃんはどうしてこの店に俺を連れてきたんだ?」
周囲のニューハーフ達は武蔵達を無視して仕事に励んでいる。
過剰にスキンシップする風俗な店ではないのだから当然だし、武蔵としてはオカマに接待されても困る。
由良とて店員達と同種なのだが、この子に関しては骨格からして詐欺だった。
「僕達って……相思相愛ですよね」
「そ、そうだな」
武蔵とて思うところはあるのだが、一度ハーレムに加えると宣言した以上は覆すつもりはない。
彼は都合よくリベラル派なのだ。都合が悪い時は節操なく保守派となるが。
「ですが、お兄さんのいう通り、僕達には大きな問題があります……」
何か言ったっけ、と自身の発言を思い返す武蔵。
「倫理観とか常識とか、そういう話か?」
首を横に振る由良。
「ここ、セルフ・アークでは、同性愛者は珍しくありません……割と沢山います」
「そうなの? ……そうかも」
「はい……同性愛に寛容ではない国からの、移民です」
それは、武蔵ほど極端ではないにしても似た思惑だった。
将来的に宇宙国家として独立することが内定している宇宙コロニー、セルフ・アーク。この地において、冠婚葬祭のルールは極めて曖昧に定められている。
だからこそ武蔵のようなハーレムを望む者もいるし、同性愛間の結婚を望んで移住してきた者もいるのだ。
「あまり気にしたことはなかったが、確かにそういうケースは多そうだ」
「そういう層は、基本的に成人ですから……あまり学生が接する機会はありません」
なるほど、と武蔵は改めてニューハーフ達を見やる。
ニューハーフ喫茶店などという存在が許容されるのも、そういった背景あってこそなのだ。
この地において、マジョリティとマイノリティの比率は地球と同一ではないのである。
「だから……倫理面や常識で白い目を向けてくる人は少ないと思います……」
「なら、俺達の間に横たわる問題って?」
「もっと、物理的な問題……です」
ふむ、と頷く武蔵。
「どっちが受けで……どっちが攻めか、です」
「……そこに話戻るのね」
この男2人、色々と覚悟は既に済ませている。
だからこそ、考えることは結局同じだった。
「幸いなことに……ここには、専門家がいますから」
「えっと、私はそっち経験ないのよ?」
店員が困った顔をする。
「皆もたぶんそうよ。ねえ、経験ある人ー?」
挙手を求めると、実際に性行為に至った店員は意外と少なかった。
「これは、そういうのを許容する相手と巡り合う機会が少ないということでしょうか?」
「貴方は根本的に勘違いしているわね。例えば私だと、恋愛対象は女の子なのよ」
女装しつつも女性が好き。
武蔵は頭頂にクエスチョンマークを揺らす。
「少年が思う以上に、私達の境界は曖昧でいい加減なの。男と女両方が好きな人もいるし、男の身体のまま男を愛したいという人もいる。生物的に女性となりたいと考える人だっているし、そもそも人間以外にしか欲情出来ない人だっている」
「節操ないですね」
「そういうど直球で感想言っちゃう若さ、嫌いじゃないわ。とにかく、肉体的にも繋がりたいって思う人は少数派なのよ。だって怖いでしょ? あそこにあれが入るのよ?」
シンプルで明快で、故に納得出来る理由であった。
「じゃあ由良は? どんなポジションなのですか?」
「バイセクシャルかしら? でも、これだって決めつけちゃ危ういのよ。何せ曖昧なんだから」
由良の女装はあくまで武蔵の趣味に合わせているだけであって、別に本人の欲求ではないのだ。
「まあデリケートな話はさておくわ。あとは知識のある人に聞いて頂戴」
「うーっす。彼氏持ちっす」
店主と入れ替わり、先程の挙手に応じた店員がやってくる。
軽薄そうな彼? は、そういう行為の知識がある店員だった。
彼? から色々と話を聞いた武蔵と由良は、早速大和宅に戻って実践してみることにした。




