コンコルドの嘆願2
巨大怪獣大決戦より1週間。
武蔵と由良、そしてハカセの3人は早朝からワニワニパニックのトレーニングに勤しんでいた。
「わに、わに、わに、わに、わに……」
「帰っていいっすか……」
「眠い……です」
野獣のような眼光で武蔵を睨むハカセ。
早朝と記したが、実のところ練習は昨晩よりぶっ通しで行われている。
一晩中続いた練習に、学生2人は既に疲労困憊していた。
「仕事の依頼がないからな。こういう時は無為に過ごすのではなく、勉強会や練習をするのが建設的で創造的な生き方というものだ」
「意識高い系……」
「なんでワニワニパニックの練習かって話!」
バイト先の店長は、丁度仕事がないことを理由に武蔵達を練習相手に仕立てていた。
「仕事ないなら休みましょうぜハカセ……」
「こんな時じゃないと練習出来ないだろ! 真面目にやれ!」
ハカセはワニワニパニックが趣味である。
彼は大会などに出場しておらず、そもそもどこかのチームに所属しているという事実すらも存在していない。
だというのに、ハカセはやたらとワニワニパニックをやりたがる。いつものことなのだ。
「ワニワニパニックに思い入れでもあるんですか?」
「かつては友人達と汗を流したものだ」
「昔は……チームに入ってた……?」
「いや、嫌がる友人達を無理矢理付き合わせていた」
今と変わんねぇじゃねえか、と武蔵は内心悪態をついた。
だがこのワニワニパニックの特訓にもちゃんと時給はついているのだ。どんな時代でも学生とは欠金気味であり、武蔵達もまた例に漏れず小金欲しさに一晩中ハカセに付き合っていた。
「金払ってスポーツに付き合ってもらう人生って悲しくありませんか?」
「そうだな、それじゃあ言い出しっぺなんだからお前の給金なしにしよう。ボランティアだ」
「法の不遡及って知ってます?」
「勝てば官軍と言わんばかりに無視してもいいご都合ルールのことだろ?」
問題発言だった。
由良が武蔵の服の裾を摘み、壁の時計を指差す。
その意図を理解した武蔵はハカセに告げた。
「もう時間です。俺達、行きますよ」
「今日は学校休め。俺のワニパニに付き合え」
「どんだけワニワニパニック好きなんですか。つーか俺のこと好きなんですか」
「…………。」
「そこで沈黙やめて」
ホモという前例が隣にいるので、武蔵は冷や汗をかいた。
可愛い男は許容するが、ハカセは野性味溢れる系男児である。
「実は俺って未来予知が出来るんだ」
「へー」
この雇い主は急に何を言い出すんだ、と訝しみ、無視して踵を返す武蔵。
「じゃあ大きな出来事とか当てて下さい。鬼が爆笑するようなやつ」
「そうだな、恐怖の大魔王が降り立って世界が滅亡する」
「ノストラダムスなんて今時誰も知りませんよ」
2045年に生きる高校生がまず知らないであろうネタにも、しっかり対応する武蔵である。
「未来のことなんて今はいいんだよ。俺の見立てでは、お前には男難の相がでてる」
「男難の相って」
初耳の単語に苦笑する武蔵。
そんな彼に、ハカセは真剣に告げる。
「武蔵、由良。若い2人だ、シチュエーションに燃え上がることもあるだろう。俺は否定しない。だが、避妊具はしっかりとしておけ。さもなくば俺みたいに大変な目に遭うぞ」
「その話詳しく」
ハカセの過去が急に気になりだした武蔵であった。
結局、ハカセの意味深な言葉の真意を解することもなく工場を出発した武蔵。
ワニワニであろうと業務であろうとどうでもいい。問題は、武蔵が早朝から疲労困憊していることであった。
家に帰って寝ることは出来ない。なぜなら今日は平日だからだ。
平日なのだ。学校は営業日なのだ。
武蔵は痛感した。
給料が出るからといって、大人の思い付きに付き合ってはならない。
「しぬー、脳がしぬー、おうち帰るー」
ふらふらとバイト先から自宅へと向かう武蔵。
もはや思考回路が支離滅裂だった。演算能力が破綻していた。脊髄反射で歩いていた。
「あっ! 今リーマン予想証明出来た!」
「お兄さん……すごい」
数学界最高峰の難題を、天使が舞い降りたように解き明かした武蔵。
これは画期的だと、慌ててメモに走り書きする。
「ここはこうなって、この数字はノイズということで式から切り捨てて、円周率は3で計算して……」
「お兄さん……天才」
リーマンゼータ関数の零点がすべて2分の1の直線上に限定されてたりされてなかったりすることを証明した武蔵は、一仕事終えたとばかりに家に帰ることにした。
「プレミアム懸賞問題を解決したんだ、授業なんて免除だろう」
「お兄さん……冴えてる」
「由良ちゃんも、とりあえずウチに行こう。制服は持参してるんだよな」
「お兄さん……会話の脈略がめちゃくちゃ」
由良は制服の入った鞄を持ち上げる。
由良の場合、ここから五十鈴宅に向かっていては遅刻確定だ。とりあえずは武蔵の家で着替え、自宅に戻らず学校に行くという方針にした。
「この数式はグレイ数学研究所に年賀状で送りつけてやろう」
「お兄さん……あけましておめでたい頭の持ち主」
「由良ちゃん結構キテるよね、さっきから応対が」
「そう……かも」
武蔵達は空中バスに乗り込んだ。
乗ったのはバイト先の工場最寄りから自宅近辺行きの空中バス。普段とは違う路線なので、どこか違和感が感じられた。
さてどこに座ろうかと悩んでいると、由良が2つ並んで開いている場所を先に見つける。
「お兄さん……あそこ」
「ああ、あそこでいいな」
「窓側……どうぞ」
由良は立ち止まり、窓側の席を武蔵に勧める。
バスは窓側が上座である。とはいえ、バス内の上下など誰が気にしようか。
これって上座を譲られたのだろうか、とリアクションに困る武蔵。
もしかしたら、単純に武蔵がパイロットということで外が見える場所を譲れたのかもしれない。
別にどちらでもいいんだが、と思いつつ武蔵は奥の椅子に納まった。
すかさず由良は通路側に座り、武蔵の肩に寄りかかっていた。
「眠い……です」
「おーよしよし、なんかいい匂いするのヤベー」
男なのに醸す甘い香りにドキドキしつつ、再度時計を確認する武蔵。
「どうしよ、このままだとどうやっても遅刻する」
「言い訳……考えないと」
「よっしゃ俺に任せろ」
少し考えた武蔵は、遅刻の理由をドラマチックな口調で語り始める。
「実は俺達は、遅刻せずにちゃんと学校に朝からいた。そういう設定にしよう」
「なるほど……やむを得ない理由で校内で足止めされていた、なら言い訳が立つかもしれません」
首肯し、武蔵は続ける。
「学校がテロリストに占領されたってことにしよう」
「はい?」
「丁度屋上で『組織』との連絡をとっていた俺達は難を逃れたが、下の階は完全にテロリストに占拠されていた。まっすぐ階段から降りるという選択肢がなくなった以上、俺達は外壁を垂らした園芸用ホースで壁伝いに降りるしなかった。本当ならそのままグラウンドに降りて『組織』と合流するつもりだったが、妙子先輩がテロリストにゲヘヘされそうな現場を外から目撃した俺は、反動をつけて窓をぶち破って教室内に侵入。颯爽とガラスを撒き散らして教室中央に着地する俺。呆然とするテロリスト達。ややあって、我を取り戻したテロリスト達は俺に銃を向ける。焦り誰何するテロリスト達に、俺は不敵に言ってやった。『貴様―――チャック、開いてるぞ』思わずズボンを確認するテロリスト達、その隙をついて俺は駆け出す。連射されるショットガン。俺に降り注ぐ薬莢をかわし、教卓の後ろに隠れた俺は妙子先輩と熱いキスをかわして……」
「その話……長くなります?」
「12クールとプラスOVAだ」
色々と言いたいことはあったが、由良は気になる部分だけをツッコむことにする。
「……薬莢は銃の撃ち出されないで残る部分。……降り注がないです」
「まあ薬莢ついたままの銃弾が撃ち出される映画とか珍しくないし、別段気にするな」
「教卓くらいの木の板では……銃弾は防げません」
「そんなのが何十発も飛び交うなんて、人間って動物は殺すスキル高すぎるよな」
「ショットガンは、一部の例外を除いて連射は出来ません……」
「一応連射可能なショットガンがあるってのがびっくりだよ」
チャック全開や組織とやらのくだりは、露骨に無視されることとなった。
「つーか、マジでバイト先に一泊することになるとは思わなかった」
眠っていないので、一泊という表現は正しくはないのだが。
「男だけで一晩過ごすなんて……破廉恥」
ぽっ、と頬を赤らめる由良。
そういえば、と武蔵は由良の鞄を少しだけ覗く。
中に収まっているのは、ごくごく普通のセーラー服であった。
この場合、普通じゃないのはセーラー服を着込む中身の方なのだ。
「由良ちゃんって、男なんだよな?」
「はい……心も身体も、男です」
「冬服では男子制服だったのに、どうして夏服からセーラーに?」
「それは勿論……お兄さんに、かわいいって思われたいから……です」
「俺ありきなら、別に女装願望はないのか」
「僕……自分は、あくまで男だと思っています……」
世の中には男と自覚しつつ女装する人種も多いのだが、その辺の区分に由良は詳しくはなかった。
中学時代はバイト以外で由良と武蔵が顔を合わすことはなかった。よって外服や制服で男の格好をしている由良は武蔵にとって未だに新鮮で、むしろ一週間前から見るようになった夏服セーラー服の方が違和感がない。
「俺としては、由良ちゃんに本当にアレが生えてるのか、未だに疑ってるんだが」
由良は武蔵の手を取り、自分の股間を触らせた。
「どう……でした?」
「あるな」
「……使用可能」
武蔵は尻の穴がきゅんきゅんした。
「由良ちゃんって、俺のこと好きなんだよな」
「恥ずかしいです……」
「俺も由良ちゃんのこと好きだ」
「相思相愛……!」
男性と判明する前から散々口説いていたのだ、今更前言撤回する気はなかった。
武蔵はそう決めたのである。
「だが1つ、懸念がある」
「はい……?」
「結ばれるとして、どっちが入れる方だ?」
武蔵としては、別に由良が男でも女でも良かった。これだけの美少女少年ならば、別段抵抗感はなかった。
平等という言葉を都合よく解釈することに定評がある男である。
だが現実問題として、愛があれば『そういうこと』もしたくなる。
武蔵はその点において、話し合わねばならぬと常々考えていた。
「お兄さん……僕、もう、もう……!」
「ちょ、おまっ」
由良は武蔵の両手首を掴み、チヌークの機内側面に壁ドンする。
背中を強打する武蔵。息が詰まって動きを止めた武蔵に、由良はそっと顔を近付ける。
武蔵の耳元で甘い吐息と共に囁かれる愛の言葉。
「僕……思うんです」
「女声なんだよなあ、どう聞いても」
「秀吉は……男として、信長様のことを好きだったんじゃないかって」
「急に歴史の授業やめんか」
織田信長。誰もが知る、誰もが知っているが故に原型が意味不明なほど脚色されている戦国武将。
彼の最期といえばいわずもしれた、本能寺の変―――通称、臨時魔王城爆破事件。
今も尚、様々な説が語れる日本史ミステリーの1つ。秀吉が裏切っていたのではないかという説を唱える者も多いが、由良の見解は違った。
「秀吉さんは、きっと……1人の男として、信長様のことが好きだったんです」
「蘭丸の寝取られ展開か……秀吉は衆道の趣味はないって話だったが」
彼にはホモっ気はなかった、というのが定説である。
何せ庶民の出、そういう文化はなかったのだ。
だが由良の解釈は違った。
「きっと……信長様への秘めたる想いがあったんです。それを慰める為に、女に走ったんです」
「ひでぇ説だ」
そっと、由良は武蔵に口づけした。
あまりに自然な動作だったから、武蔵はそれを反応せず受けてしまった。
「お兄さんは……どっちが良かったですか?」
「真面目な話?」
「……それなりに」
少しだけ思案して、武蔵は答える。
「俺は昔はこう考えていた。ハーレムなんて現実的じゃないって」
そんなことは誰だって判っとるわい。
由良はそんな言葉を飲み込んだ。
「同時にこうも思っていた。ハーレムをするなら、最後まで責任を持ちたい。身体や言葉だけじゃなくて、心もハーレムしたいって」
由良は戦慄した。武蔵が由良と同レベルで真面目な話をしていると気付いたのだ。
その内容がまさかのハーレム。真剣な顔をして肉欲の宴。
人間、馬鹿正直に話せば誠実ってもんではないのである。
「若いうちは美人集めてヒャッハーでハッピーかもしれないけどでも、数十年すればおばさんの集まりだろ?」
武蔵の言い分はシンプルに正しいように聞こえるが、それは少し前の世代の認識だ。
武蔵達が生きるのは2045年。この時代では、過去とは異なる価値観があった。
「……テロメア伸長化接種が一般化した現代……私達が老化することは、ないです」
武蔵は頷く。
「そうだ。この技術こそ、俺にとっての誤算だ」
テロメア伸長化摂取、それは人類が辿り着いた高度医療技術だ。
その効果はずばり、寿命というタイムリミットの消滅。
この接種を受けた者は、ある程度の年齢で老化が停止する。個人差はあるが、おおよそ30歳ほどで肉体が変化が止まる。
慎重な臨床試験の末に認可された技術。加齢に伴う多くの病症のリスクを大きく低減させる、人類に許されざる領域の御業。
ようするに、人類は老化しない生物となったのだ。
いい事ずくめに思える画期的医療技術であったが、実のところ、夢の技術とは程遠い。
この技術、不老であっても不死ではない。
新陳代謝も常に最良の状態に固定されるので、癌のリスクが増加しているという報告すらある。
事故や病気で死亡する可能性も常に残される。長寿命化したことで他の部分に負担がかかり、合併症での死者続出が予想されている。
つまるところ、これは輸血技術の確立や抗生物質の発見といった医学史に残る偉業であるが、平均寿命を伸ばすことはあっても不老不死に至る技術ではない。
150歳。未だこの接種をうけて150年生きた人間がいないので不明瞭な点が多いが、現行人類の寿命は150年ほどと推測されている。
未だ臨床試験が足りないと多くの指摘がされている新技術だが、それでも不死の魅力には誰も抗えない。
若いまま、健康的な肉体と頭脳を150歳までは維持出来る。
この誘惑に抗って老化を受け入れることが出来るものなど、ほとんどいなかった。
結果的に、現在先進国のほぼすべての国民はテロメア伸長化接種を受けている。
武蔵達も例外ではない。アリアも信濃も妙子も接種を受けており、加齢による容姿の変化はほぼ終わっている。
すなわち―――
「医学の発展によって、俺のハーレム計画、美少女パラダイスの実現は可能性が見えてきた……!」
「おめでとう……ございます?」
由良は思った。
医療技術は発達すればしただけ有り難いものでもないんだな、と。
平均寿命が伸びたことで医療保障の予算請求が増え続けるように、既存の世の中の仕組みを歪めれば、何かしらの反動が必ずあるのだ。
「今俺達は16歳だから、今後130年以上に渡って死ぬまで美少女の囲まれて生きるという夢が現実に不可能ではいの範疇に収まったわけだな」
……こんなことを考えるバカが現れたりなど、である。
別に、死ぬまで美女に囲まれたいのならテロメア伸長化接種がなくとも方法はある。
女が老いれば若い女に交換していけばいい。
その是非はさておいて、可能か不可能かでいえば、元々不可能ではなかった。
だが、さすがに武蔵にもそれを良しとはしない程度の良識はあるのだ。
「俺は女の子を見捨てたり嫌ったりしたくはない。皆とは、家族になりたいんだ。だから、外見とか身体じゃなくて、心までむしゃぶり愛さなきゃいけないと思ってる。じゃないと、いつかハーレムは破綻する」
「心までと言う割に……ハーレムに加えようとしている女性は、美人揃いです」
「そりゃまあ、はい」
その辺を否定しても、妥協は将来大きな歪みとなって武蔵自身を苛むであろう。
そう考える彼は、素直に自身の感性に従うことにしていた。
「俺は可愛いと思った子と一生いちゃいちゃしたい」
「……はい」
「由良ちゃんは美人で可愛いから好きだ。甘いケーキバイキングの中、しょっぱいせんべいがあってもいいだろう。男でも構わん。俺はお前が好きだ」
「刹那的、短絡的……」
「俺達は今を生きてるんだからな。それは仕方がない。きっとそこは女性相手でも変わらんよ」
回答とは言い難い回答に、しかし由良はなんとなく納得させられた。
未来を見据えて今を欺瞞しても仕方がない。彼は武蔵の在り方をそう解釈した。
それを踏まえ、由良は提案する。
「お兄さん……今日、お時間いただけませんか?」
由良の言葉に、武蔵は思う。
この子、以前のことでサボり癖がついたのかもしれない。
「君もサボるというなら、まあ」
彼等は遅刻するかどうかという状況だ。
武蔵としてはいっそ学校を休む、というのは選択肢として考えていたので、さして抵抗感はなかった。
「解りました……僕も今日はお休みします」
「実際問題、こうも寝不足だと学業にも身は入りそうにないしな」
無理に学校に行って放課後に部活の練習をするのは危険が伴う。
命に関わるスポーツだからこそ、それは避けたかった。
色々と言い訳がましい理屈を組み立てて、武蔵は決断する。
「解った、今日は由良ちゃんとの時間にしようか」
「お願い……します」
「だが今日の俺は全般的にフニャフニャだぞ、寝不足で」
「入れる分には……力が抜けている方が望ましいです」
頬を赤らめる由良。
変に未来を見据えるのではなく今を大切に生きようぜ、と言ったのは確かに武蔵だ。
だがいきなり尻の貞操を狙われるのは、さすがに想定外だった。
ワニワニパニックは玩具ではなく、この作中世界で世界的ムーブメントを起こして流行ってる架空のスポーツです。




