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ジュラヴリの遺児7




 人工の海を割って進むタイフーン級原子力潜水艦。

 理想主義者の忌み子は堂々と海洋を進み、潜水艦特有のノイズの大きな航跡を残す。

 なぜこんな場所にこの船があるのか。

 なぜこの場に急浮上してきたのか。

 疑問を解決する時間的余裕もなく、事態は次の段階へと進む。

 次々と開く潜水艦上部のハッチ。武蔵は頬がひきつるのを自覚した。

 潜水艦の、特にこの船の上部ハッチはただのVLSではない。巨大な弾道ミサイルを腹に収めた、国落としの魔槍だ。

 そんなものをコロニー内で放たれれば、溜まったものではない。

 セルフ・アークは一つの都道府県並と称される規模を有するが、それでも面積は実際の都道府県より遥かに小さい。

 初期の原爆ではないのだ。大国間で凌ぎ削りあった時代の大陸間核弾頭こそがこの船の矢なのだ。

 これがコロニー内で起爆した日には、一撃で全てが焦土と化す。

 ―――そんな兵器が搭載された発射管のハッチが開いたのである。武蔵も焦るというものだ。

 だが、武蔵の予想は裏切られた。

 ミサイルハッチから出てきたのはR―39ミサイルではなく―――


「冗談きついぞ……」


 ―――無数の触手だったのだ。

 触手はミサイルハッチから数本伸び、秋津島に接近する。

 あの国は原子力潜水艦で生物兵器でも作っていたのか、とB級ホラーのようなことを考える武蔵だが、そんな暇はなかった。

 武蔵は艦内に戻り、涙目の親衛隊に操舵を丸投げする。


「船を上昇させるなよ、速度を失う! 30秒逃げ切ってくれ!」


「握ってればいいって言ったじゃねーか!」


「タマ、機関室から離れて後部甲板に出られるか!?」


「《電力供給切っていいならできるにゃ!》」


「そりゃ駄目だ。信濃!」


「うん、脱げばいいのね!」


「着てろ!」


 武蔵の行動は早かった。

 電気コードと鋼材で弓を拵え、鉄パイプで矢を作る。

 矢羽の代わりにホースを螺旋状に巻き付け、鏃に巻いた新聞紙にガソリンを浸して信濃に渡す。


「それで気化した灯油に着火してくれ」


「凄い無茶振りだよお兄ちゃん!?」


「お前がどれだけ万能選手がお兄ちゃん知ってるんだからな。イケるいける」


「ううっ。やればいいんでしょやれば! ハイヨロコンデー!」


 無茶振りでもなんでも、兄の提案には従う信濃。弓を構え、律儀に射法八節をこなし狙いを定める。

 武蔵は新聞紙に火を付ける。轟々と燃焼する紙を前に、信濃は動揺しなかった。

 武蔵は矢が放たれるのを見届けず、見張り台より引き上げ艦内へと戻る。

 会、離れ―――残心。

 これら行程に意味を見出すほど信濃は精神主義ではなかったが、結果は矢が放たれる前から判りきっている故に問題ではない。

 ガソリンの炎は灯油の大気に突入し、それを瞬時に燃焼させた。

 爆発。大気の壁が迫らんとするほどの咆哮に、しかし信濃は機械のように動じず、熱量に対し微動だにすらする価値を見出さない。


「―――やっぱり、つまらないなぁ」


 天才肌であるが故に、彼女は何事も飽きっぽかった。







 慌てて艦橋に戻った武蔵は、親衛隊に呼びかけた。


「もういいぞ、俺が操舵する!」


「そうしてくれ! こんなでかい船操れるわけがない!」


「でかくねぇよ空部部室としては泣きたくなるほど貧相で小さい船だっつーの!」


 空を飛ぶようになったとはいえ、元が海上船。その飛行安定性はお世辞にも良いとはいえない。

 武蔵は高度を下げ地面効果を最大にし、余剰出力を推進力に回す。

 加速する秋津洲、その速度は130ノットを超えている。飛空艇のスペックを超えたスピードである。

 しかしそれでも、バイオハザード状態のタイフーンは未だ諦めてはいなかった。


「お兄ちゃん! アイツ火の中から普通に出てきた! 効いてないよ!」


「まあ、そりゃ効かないよなぁ……」


 爆発という攻撃は生身にはめっぽう効くが、装甲には簡単に防がれるのだ。

 潜水艦は全周が装甲のようなものだ。指向性もない爆発が通用するとは思っていなかった。


「生物兵器の類でしょうか? タイフーン級がまるごと乗っ取られているとすれば、全長100メートル以上あります……普通の生物なら自重で動けないはずです」


 この状況においても冷静な由良である。

 ここまでいけばむしろ長所だと武蔵は思った。現場で焦らないのは評価が高い。


「脚、来ます……!」


 触手がいよいよ秋津洲に絡みつき、船を捉える。

 時速200キロオーバーで飛行する船に追い付く触手である。船の重量で千切れるほどか弱い強度であるはずではない。

 引きずり落とされ、降下する秋津洲。無重力の不快感の中、武蔵は信濃と由良を引き寄せる。

 2人の頭部を胸元に抱え、床に背中を預ける。

 次の瞬間、船は無理矢理に海上に叩き付けられた。

 衝撃。突然重力が復活し、乗員達は床に吸い寄せられる。

 事前に予想していた武蔵と、彼に守られた2人は軽傷で済んだものの、他の親衛隊の面々は散々である。転げ回り、ほぼ全員が再び行動不能となった。


「よ、よく動けましたね……お兄さん」


「エアレーサーだからな、重力が失せた程度で判断力を失いはしないさ」


 とはいえ身内2人の体重を胴体で受けて、武蔵も無事で済むはずがない。

 キリキリと痛む胸部に奥歯を噛みつつ、痛覚をやせ我慢でなかったことにして立ち上がった。

 双眼鏡を手に取り、後方を見やる。


「タイフーン本体は触手ほど速くないみたいだ、かなり距離が開いたな」


 タイフーン級潜水艦に浮遊機関が搭載されていて空に浮上するなら、厄介極まりない。

 だがそんな様子はなさそうであり、非常識な存在が、常識的な制限を課せられていることに武蔵は何故か安堵した。

 しかしながら触手の脅威は消えていない。既に数キロ離れているにも関わらず触手は船に絡みつき、強固に離そうとはしていないのだ。


「なんなんだよ、あの化物!」


「喚くな、冷静になれ」


 恐慌に陥る親衛隊とは対照的に、武蔵はどこまでも平静だった。

 怪物が何者かを考えるのは後でいい。今は対処法を模索するのが優先。


「動きがおかしい。本調子じゃないのか?」


 生物兵器の生態など知ったことではないが、どうにも行動に一貫性を感じられなかった。

 触手に引かれ後退を開始する秋津洲。


「制限時間はあの怪物とランデブーするまで、か」


「あれが幅50メートルだとして、ここから左右0・5度くらいの角度で見えるから、距離は4・5キロだね」


「位置測位システムによると、引き寄せられる速度はおよそ時速50キロです。接触まで5分半……です」


 専門の勉強をしているわけでもないのに、あっさり計算する2人。

 難しい計算ではないものの、この土壇場で必要なことを思考出来るのは優秀と言わざるを得ない。


「うーん、弱点とかないものかな」


 武蔵は双眼鏡のレンズ越しに敵を観察する。


「船を捨てて脱出は?」


「機体を1つも積み込んでない、空から脱出は不可能だ」


「近くの航空機を呼ぶとか」


「説明しているだけで制限時間オーバーだよ」


 何とかしてアイツを止めねばならないのだ。つぶさに敵を見ていると、やがてふと気付く。


「水中」


「水中……?」


 由良も見た。タイフーン級潜水艦は、喫水下に大きな亀裂が刻まれていた。

 水の下なので気付きにくかったが、敵も手負いだったのだ。


「さっきの爆発でやったんだ」


「ケロシンの爆発で……ですか? 上部構造物は無傷なのに……あの程度でダメージを受けるとは考えにくいですが」


「潜水艦の部分はな。だが触手はどう見ても生物だ。生物である以上、あいつはソフトスキン(非装甲)なんだ」


 海上目標に対しての攻撃方法は幾つかパターンがあり、水中で衝撃波を生じさせるのはその有力な一つだ。

 衝撃波と言っても侮ることなかれ。空気中であれば生物を粉砕し、水中においては音を超える速度で伝播する極めて凶悪な攻撃と成り得る。海中の存在にとって、衝撃波は空気中で活動する生物以上の脅威なのだ。

 だが水面上での爆発の衝撃波は、水中に至るに際して大きく減退する。その弱まった衝撃波ですらあれほどダメージを負ったのは、目の前の生物がそのような攻撃こそを弱点としているからだ、と武蔵は推理した。


「中身が柔らかいなんて、甲殻類みたいです……」


「甲殻類に失礼だよ由良ちゃん。甲殻類は美味しいんだから」


「衝撃波が有効だとして、もう燃やす燃料もない。タマの縮退炉を爆発させるか?」


「鬼いちゃんだねお兄ちゃん!」


 タマに搭載された縮退炉の原理は不明だ。ハカセのマジカル縮退炉である。

 もしかしたら爆発させることも可能なのかもしれないが、その場合武蔵達が巻き込まれないとは思えなかった。

 5分以内にもっとまともな爆発物を調達し準備しなければならない。艦内にある薬品を脳内で箇条書きしていると、頭上でバリバリとある意味聞き慣れない爆音が轟いた。

 今時珍しい、高出力レシプロエンジンの排気音。それも双発。

 まさかと思い見上げると、そこに飛行していたのは先程見た機体―――百式であった。


「《助けに来ましたよ武蔵!》」


「アホかー! なんで整備もしていない機体に乗ってんだ!?」


 妙に小さく纏まった双発戦闘機、100式司令部偵察機。

 太平洋の白百合ファーマメントリリィ、追い付く者なき天空の駿馬。日本軍屈指の速度性能を誇る偵察機は、そのスピードを存分に活かして駆け参じたのであった。


「《武蔵くん、これどういう状況!?》」


「妙子先輩まで!」


 百式は元が3人乗りの機体。内部は広く、少女2人が乗るなど造作もない。

 ブレーキ役がいないが故に、ノープランで彼女達は追いかけてきてしまったのである。


「アリア、その機体乗れるのか!」


「《はい、割と素直だと思いますよ!》」


 そりゃ素直だろう、と武蔵は唸った。

 一切の操縦補助装置がないのだ。素直過ぎて、融通が効かないレベルだ。

 そんな機体を乗りこなしてしまっているあたりアリアの才能の変なベクトルが再確認されたわけだが、この場に現れたところで役に立つわけでもない。


「さっさと退避を―――」


「お兄さん! あの機体、ドロップタンクと焼夷弾を積んでます……!」


 由良の言葉に武蔵の言葉が止まる。

 確かにアンリミテッドクラス仕様である百式には、それらの装備がつけっぱなしだった。

 だがそれがどうした、と訊ね返すほど武蔵は愚鈍ではない。

 ないが……


「上手くやれば水中爆発をさせられるかもしれません!」


 ……ないが、そんな無茶な、と武蔵は由良の意見に反論しそうになった。

 何せアリアは未だに素人。ここで謎の生物に突っ込んだところで二次被害が生じるだけだ。

 しかし冷たい数式は常に残酷であり、武蔵は判断を誤るようなことはしなかった。


「―――ッ! 1−5−0から低空侵入しろ! 敵の50メートルまで接近したタイミングでドロップタンクを投棄、模擬弾で撃ち抜け!」


 アリアと妙子を逃して船の乗員全員が被害に遭うか、それとも奇跡を信じて全員生還の道を探るか。

 ご都合主義な奇跡など武蔵の趣味ではなかったが、単純に多くが助かる方を武蔵は選択した。

 不確定要素が多すぎる現状。ならば、せめて判断は迅速に下さねばならない。


「提案しておいてあれですけど……成功すると思いますか?」


「アリアの勝負強さは異常だ。チビで甘ったれだが、度胸だけはエースパイロットだよアイツは」


 アリアという女は、やると言った以上はやってみせる。

 武蔵はどこかで、そう確信していた。


「妙子先輩、低空侵入は視界が狭くなる! アリアに代わって周囲警戒を!」


「《了解!》」


 大きく弧を描いて回り込む百式。触手がアリア達を追うが、やはり本調子ではないのか動きは支離滅裂だった。

 方位1−5−0―――おおよそ半周回り込み、最も触手の密度が薄いと見た空域に侵入した百式。

 百式は下向きへ宙返りしつつ進行方向を翻し、降下して加速しながらそのまま低空侵入へと移行する。


「スピリットS……あの低高度でやるか普通」


 ループを利用した、速度の消耗を最小限に抑える空戦機動。

 基礎中の基礎とはいえ、素人が下手に真似したところで余計に手間取ってエネルギーを失いかねない機動だ。それを水面近くで鮮やかに決めたアリアに、武蔵は憧憬すら覚える。

 度胸も、才能もある。足りないのは経験と知識だけ。

 不幸中の幸いであるにも関わらず、やりきれなさを感じた武蔵だが―――そのような慢心は、すぐに霧散した。

 触手が猛攻を開始したのだ。


「なんだ、あの密度は」


 接近してくる敵に対して、謎の生物の反撃は武蔵の予想を超えて激しかった。

 ムチのようにしなる触手。かすっただけで機体がバラバラになるであろう太い柱のような腕が、百式に対して連撃を放ち続ける。

 アリアに対し接敵を指示したのは間違いだった。武蔵であっても回避出来るか判らない攻撃を前にしては、彼も脱出を指示せざるを得ない。


「2人とも、パラシュートで脱出を―――」


 だが、その声を伝えるよりも早くアリアは行動していた。

 アリア印の百式、その独自機構であるティルトウィングが機敏に動き推力偏向による回避を初めたのだ。


「な、んつー動きだ」


 低速域においても運動性能を維持出来るのが推力偏向の利点だ。その長所を存分に生かし、百式は水面において這うように、飛び跳ねるように鋭角な機動で触手を回避していく。


「《あああ、アリアちゃん左から来る!》」


「《跳んで避けるのです!》」


「《後ろから追ってくる……!》」


「《加速して逃げ切ります!》」


「《左右……同時……》」


「《急ブレーキなのですー!》」


「《もう無理……おろろろ》」


 さながら、最早未確認飛行物体(UFO)のような動きに誰もが唖然とする。

 同じ推力偏向を有するジェット戦闘機とて、エンジン特性故の低速における加速性能の悪さと機体の巨大さ、鈍重さからこれほどの動きは出来ない。

 エアレーサーという軽量な機体と、プロペラ推進による低速度域での加速性能があって初めてそれは可能な機動であった。

 あの動きを十全に発揮した場合、自分がアリアに勝てるか。そう考えてしまうのは、エアレーサーの業であろう。


「まあ、まだ負けはしないが」


 異常な動きだが、それでも武蔵の零戦には至っていない。

 否、そう簡単に至られては武蔵としては堪らない。

 しかし、この件において確信したことがあった。

 アリアはいつか、武蔵と同格の域に至る。


「手加減はしない―――精々俺のゼロに追い縋れ」


 既に、あのバイオ潜水艦は問題ではなかった。あの程度の猛攻は完全に回避し、アリアは爆撃を奴に叩き込むであろう。

 武蔵は獰猛な笑みを浮かべていた。自身の血肉を削り、魂を摩耗し至った戦法―――その領域に到達し得る存在が目の前にいたのだ。


「喜べアリア、明日からは本気の空戦訓練だ。何度でも殺してやる、何度でも魂も肉体も粉砕してやる」


 遥か先の海上にて、爆発が生じる。

 飛び散る肉片。秋津洲の艦橋にビチビチとグロテスクな破片が降り注ぐ中に、一部金属片が混ざる。

 百式ではない。あの生物の一部のようであった。

 見張り台に出てそれを拾う。それは、文字の書かれたプレートであった。







『Oumuamua』







 星間航行士を目指す武蔵は、その単語を知っていた。

 しかしなぜこの場にその名前が出てくるのか。その意味を解するのはずっと先のことであった。

 轟沈する巨大潜水艦。結局それが何者であるかも解らぬままに、事件は幕を閉じた。






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