ジュラヴリの遺児5
「《浮遊機関、正常稼働域……です》」
「張力展開。大気圧983hPa、差圧400hPaに設定」
「ステーションより出港許可降りたわ。……いいのかしら、こんな理由で船を動かして」
「責任者ってのは、責任を取るのが仕事なんですよ部長」
「まっ、武蔵くん可愛くなぁい」
「秋津洲、発進なのです!」
「ダメだ、まだ離床までの行程が54残ってる。それに肝心の百式の積み込み作業も終わっていない」
何故か艦長席に収まったアリアが空を指差し出港を命じるが、マニュアルを捲った武蔵が拒否した。
「というか武蔵くんが空技師免許持ってるなんてね」
「飛行機を扱うのに飛空艇免許あれば便利なんですよ、ちょっと動かしたりとか」
「《そんなフォークリフトの免許感覚で取れるものじゃないような……》」
手分けして発進準備を続ける一同。由良だけ通信越しなのは、機関室に配置されているからである。
不慣れながらも1つずつチェックしていき、いよいよ飛翔……という段階に差し掛かった時。
その報告は、由良と共に機関室にいたタマより届けられた。
「《『敵襲、敵襲だにゃ、ご主人様!』》」
「タマ? どうした、敵?」
「《お兄さん! 変な人達が船に乗り込もうとしています!》」
「《『はくへーせんよーい! だにゃああ!』》」
武蔵達は顔を見合わせた。
艦橋から眼下を見下ろせば、そこには次々と秋津洲に乗り込んでいく足柄親衛隊の姿が。
「何やってんだあいつ等……」
「でも何か、様子がおかしくありませんか?」
武蔵の横にひっついて外を覗き込んだアリアが首を傾げる。
武蔵もよくよく注視すれば、確かに親衛隊達の士気が低いというべきか、明らかに嫌々行動しているのだ。
そして彼等の背後には、割と見慣れた少女の姿があった。
「このムチはお兄ちゃんを喜ばせるためではなく、逃げる貴方達を打つためにあるんだよ!」
「ひぃー!?」
「お助けー!」
ムチを振り回し、逃げようとする足柄親衛隊を鞭打つ信濃。
この強力な統制によって、親衛隊は泣く泣く前進するしかないのである。
「あいつは督戦隊か」
「武蔵、ムチで喜ぶご趣味が?」
「黙れ性奴隷」
親衛隊は船に侵入し、訓練もままならぬままに突撃する。
逃げ場のない細い通路。絶好の迎撃ポイントである。
「《『GAU―8掃射にゃあ!』》」
「ぎゃー!」
待ち構えていたタマによって、親衛隊は瞬く間に蜂の巣となった。
ギャグ補正によって負傷者はいないものの、親衛隊はすべからく気絶し戦闘不能となる。
「何がやりたかったんだ、アレ」
「イデオロギーの奔流だったのでしょう。人と人のすれ違いとは悲しいことです」
「あれ、信濃ちゃんどこ?」
妙子が疑問を抱いた時、艦橋の天井蓋が開いた。
するりと艦橋に飛び降りたのは信濃である。3人の背後に着地した信濃は武蔵が振り返るより早く接近し、武蔵の首に手刀を打ち込んだ。
「とうっ!」
「あだっ!?」
「とおっ!」
「ぐへっ!?」
「……あれ、上手くいかないなぁ」
素人が首トンを成功させられるなら、クロロホルムなんて必要ないのである。
なおクロロホルムも首トンもファンタジーであることを明記しておく。一応。
「あばばばばば」
「ま、いっか」
「「いいの?」」
何度も殴打され白目を剥いた武蔵を抱え、信濃は空部員達に勧告する。
「この船は我々足柄親衛隊が占拠した! 今すぐこの船から降りなさい!」
「さらっと親衛隊に責任転嫁したわこの子」
「嫌だと言ったらどうするのです?」
人質は大好きな兄。逆らったところで、信濃が武蔵を傷付ける可能性は皆無だ。
故に人質の価値に疑問符を抱いた彼女達だが、信濃の言葉に結局折れることとなる。
「兄を襲います。性的に」
目がマジだった。
「いいの? お兄ちゃんの筆おろし相手は妹の私になるよ? 女のプライドズタズタだよ?」
「いやどうでもいいです」
「良くないわ。とりあえず、この場は要求を飲みましょう」
好きにしろと言わんばかりのアリアに対して、妙子のリアクションは少々切羽詰まっていた。
「私は一応だけど、武蔵君の女なのよ。妹さんに初陣を奪われたら、立場ないじゃない」
「《そういうもの……ですか?》」
世の中には形も担保もないものに価値を見出す人種がいる。
由良には、信濃と妙子が割と同類に思えた。
「ほーら、お兄ちゃん脱ぎ脱ぎしましょうねー」
「ヤメロー! 俺は初めてはハーレム桃源郷で、って決めてるんだー!」
「いきなり複数人相手にして失敗したら大恥だよ! まずは私と練習しなきゃ!」
「おま、なんだそのゴーヤは……ぎょえー!」
縛られ必死に悶え逃げ惑う武蔵と、それをじりじりと追い詰める信濃。
離陸した秋津洲は目的地もなく浮遊し、風に流されていく。
丁寧に離陸許可を取った割に、飛んだあとの行動がなんともガバガバである。
「《由良ちゃん、船にも飛行機みたいに安全装置はあるのよね?》」
「《はい……仮に船を暴走させても、自動で安全に着地するようになっています……》」
妙子と由良が無線越しに話す。
船をハイジャックした信濃は、艦橋にいたアリアと妙子を退艦させた。
2人は地上に置いてきぼりを食らったが、由良は機関室にいたので取り残されてしまったのだ。
「《そう、なら武蔵くんなしでも大丈夫そうね。一安心だわ》」
「《あの……今、どうなってるんですか? 機関室からでは判らないのですが……》」
「《漂流中よ》」
「《えっ? ……えっ?》」
言葉を失う由良。
風に弱い航空機といえば気球や飛行船だが、飛空艇も風の影響は受ける。
重量が桁違いなので煽られるようなことはないものの、秋津洲は徐々に座標を移動させていった。
「だいじょーぶ! 司令塔には試験航行って報告してあるから、多少変な動きしたって怪しまれないよ!」
無線はフツーに艦橋のシステムを通しているので信濃と武蔵にも聞こえていた。
武蔵は信濃に忌々しげに唸る。
「そつがないことで」
「見つけた! ―――なにやってんだこいつら!?」
唐突に、艦橋に乱入してきた男達。
それは30ミリガトリングの余波で気絶していたはずの、足柄親衛隊であった。
「もうっ! 今忙しいんだから空気読んでよ!」
「あんたらまだ船にいたのか、そういえば退艦してなかったな」
手足を縛られ横たわる武蔵と、それに跨りメイド服を脱ぎかけた信濃。
どうみても情事の一歩手前である。というか信濃当人もそのつもりである。
「だが僥倖! 我らが敵と忌まわしきMissQueenin 10 daysが揃っているとは!」
「長い」
「MissQueenin 10 daysを取り押さえろ!」
「やっ、レイプ魔! 変態! 童貞!」
「全国6000万人の童貞に謝れ!」
両手両足を取り押さえ、信濃を固定する親衛隊。
彼らが被害者とはいえ、完全に犯罪な絵面である。
「ねえ、どうでもいいけど童貞と董卓って似てない?」
「こいつ意外と余裕のヨッチャンだぞ」
「そうしていられるのも今のうちだ。これが何か判るな?」
親衛隊の1人が懐からカメラを取り出す。
また別の親衛隊が狼狽した。
「お、おいっ! 流石に不味いだろう!」
「ふん、先に脅迫してきたのはコイツだ!」
「妹が色々失礼しました。でもこいつを辱めたら殺す。全身全霊で貴様らを骨まで殺す」
武蔵の殺気にたじろぐ親衛隊達であったが、すぐに気を取り直し吠えるように訂正する。
「見くびるな! 我ら足柄親衛隊、足柄様以外で己を慰めることをしないと誓っている!」
「その忠誠せつないよ、色々な意味で」
「よってMissQueenin 10 daysに手を出すことはしない!」
武蔵は安堵し、親衛隊を少し見直した。
信濃は一応とびきりの美少女だ。それを前にして自制出来るのは、心から妙子を慕っているからにほかならない。
その心意気は、評価すべきだと男として感じたのだ。
「辱めるのは貴様だ、大和武蔵! その粗末なモノを撮って晒し上げてくれる!」
「落ち着けよ」
矛先が変わっただけだった。
「ふはははっ、その縮み上がったイチモツを晒すがいい!」
「いやーん!」
無理矢理降ろされる武蔵のズボン。
親衛隊が数秒後、無言でズボンを戻した。
「我々の負けだ、大和武蔵」
「お、おう……」
最強戦艦の46サンチ主砲は伊達ではなかった。
気まずい沈黙が流れる中、不意に外から羽音が聞こえてくる。
「《こちらは航空保安庁。貴船の船名を伝えられたし》」
無線機から声が鳴る。
「《そこの飛空艇、何かトラブルが発生しましたか。応答願います》」
V―22DJが接近し、ホバリング状態で秋津洲に呼びかけていた。
「おいどーすんだ、誤魔化しきれてないぞ」
信濃が無線機のマイクを取る。
「こちら教育実習船秋津洲。船籍番号45682―8569―6638。現在夏季大会の遠征に向け試験航行中です」
よどみ無く答える信濃。
嘘にまったく躊躇がなかった。
V―22DJは船に直に書かれた船名を確認し、データーベースと照合して秋津洲自身であることを確認する。
「《―――船籍を確認しました。貴船は飛行計画書の予定航路を逸脱しています。何かトラブルですか?》」
「あっ。す、すいません。……ヒューマンエラーです」
恥じたような声色。操舵しているのが学生であることは先方も理解しており、顔が見えないはずなのに無線機越しにやや呆れたような感情が伝わった。
「《直ちに航路を修正して下さい。誘導が必要ですか?》」
「いえ、大丈夫です。あとは経験豊富な先輩にお願いします。お手数おかけしました」
言って、窓越しに頭を下げる信濃。
目を伏せ、髪をかきあげる。その憂いた顔はやたらと美少女だった。
こいつ、自分の顔をわざと晒したな。武蔵はそう直感する。
「《で、ではお気をつけて。練習頑張って下さい》」
そう言い残し、直線翼を翻し離脱するV―22DJ。
当然ながら、あちらは双眼鏡で秋津洲のブリッジを見ていたはずだ。妙に航空保安庁職員の対応が丁寧であったことと、信濃が美少女であることに因果関係がないとは言い切れないであろう。
美人相手だと、どうしても男性はやりにくさを感じるものだ。
「よし」
「よしじゃねーよ。こえーよ」
息をするように嘘を吐く信濃に武蔵は恐怖した。というか船籍番号などいつ確認したのか。
「予定進路に戻さなければ、いよいよ怪しまれるぞ」
「お兄ちゃん大好き!」
「おう丸投げやめーや」
拘束を解かれた武蔵は縛られていた手首を擦り「痣になっちゃうー」などと女々しいことを呟きつつ、コンソールに取り付く。
「ええっと、こうか?」
「なんだか簡単そうだね。ゲームみたい」
昨今の機械はタッチパネルを組み込んだ、直感的に操作可能なタイプが多い。
それは船や飛行機であっても同様であり、わざわざ機械式のスイッチやメーターを多用して複雑にする利点もほぼ存在しないのだ。
「進路1−2−0。ヨーソロー。おもーかーじ」
船の制御が取り戻され、秋津洲は荘厳に旋回する。
浮遊機関が生み出す張力は大気を拘束し、気圧差によって数千トンにも達する鉄塊が滑るように前進した。
「《艦橋……応答願います》」
「由良ちゃん? そっちに足柄親衛隊は行かなかったか?」
「《来ましたけど、機関室は危ないから入るなって言うと謝ってくれました……》」
「律儀な押し入りだな……」
「《お兄さん……問題は解決したのですか?》」
「いや別に解決はしていない。困った時のサキオクリだ」
航海図を表示しつつ、舵輪(といっても近代の船のそれは自転車のハンドルみたいな形だ)を傾ける武蔵。
「由良ちゃんも艦橋に来てくれないか、お兄ちゃん味方がいなくて寂しい」
《あまり、僕だと味方になれそうにないです……》」
「由良ちゃんならこいつ等の趣味から外れてるだろうし、大丈夫ダイジョウブ」
妙子を信奉していることからも明らかだが、親衛隊は巨乳派であった。
そして、由良は見た目だけで語ればペタンコ系美少女なのだ。見た目だけで語れば。
「《いえ……やっぱり止めておきます。タマさんも、いますから……》」
「《『ビリビリ逝くにぁー!』》」
秋津洲は現在、タマから供給される電力によって浮上していた。
本来なら船に追加された大型発電機を回さねばならないのだが、そんなことをしては経費が半端じゃない。
「《っていうかお兄さん、この子ってなんなんですか……50万ワットも供給してますけど》」
身長20センチのタマが、小さな発電所並の電力を供給しているのである。
由良はドン引きであった。
「正直俺も判らん。ハカセの技術をあまり深く突っ込んじゃいけない」
「《はあ……あの人、なんなのでしょうね……?》」
「さあ? 気にしないようにしてる、というかたまに本名忘れる」
「《ええっ……》」
大気を割って進む秋津洲。不可思議な力で浮かぶ飛空艇の飛行高度は低く、基本常に地を這うように進む。
「第二転進点まで120秒だよお兄ちゃん」
「おー」
武蔵がアップロードした飛行計画ではハカセのガレージへと向かう予定であったが、信濃が書き換えてしまったので後者の洋上地点へと移動する。
人口過疎地帯を縫うように進んだ秋津洲は、やがて開けた海へと出た。
「目的地点へのアプローチを開始する。速度半速よーそろー」
「《半速よーそろー》」
「停止点まで20秒。最微速」
「《機関最微速》」
「10、8、6、4、推力カットオフ」
「《よーそろー》」
ゆっくりと空中に静止する秋津洲。
そのまま浮遊機関の出力を低下させ、ゆっくりと降下していく。
「高度1000、800、500……」
迫る海面。開けた水面に距離感を喪失しないように注意しつつ、武蔵は降下の指揮を取り続ける。
「80、50、40、30―――タッチダウン」
ズゥン、と船が大きく揺れる。
陸上への着地ともまた違う、船底辺全体で衝撃を受け止める揺れ。慣れない感覚に武蔵は胃の内容物が逆流しそうな錯覚を覚えた。
「投錨可能海域だよお兄ちゃん」
海図を確認していた信濃が報告する。
「よーそろ……語尾にいちいち『お兄ちゃん』付けなくていいぞ」
「だってそうしないと、誰が話しているか判らなくなるでしょ?」
「いやいや小説じゃないんだから判るだろ」
停泊するには錨を降ろさねばならない。船という乗り物が生まれて以来、数百年以上前から現代まで続く進化のない部分だ。
本来なら投錨は専門的な作業である。しかしコロニー内の人工海では水深や底質は考慮しなくていいので、武蔵のようなペーパードライバーにはありがたい。
地球の海では海図の情報と実地の検査を照らし合わせ、専門的な知識を交えて何メートル錨を降ろすか計算せねばならない。だが宇宙コロニーでは水深も底質も一定、よって単純に決められた長さを垂らせばいいのだ。
「由良ちゃん、錨のストッパーを外すから手伝ってくれ」
「《……はい》」
ほぼオートメーション化されているとはいえ、安全装置の類はシンプルな物理式の物も多い。
船首の鎖を巻き上げたドラム。勝手に動かぬように厳重に固定されたストッパーを、備え付けのハンマーで外す。
「原始的だな」
「その分信頼性が高い……ですから」
艦橋に戻る武蔵と由良。船が止まっては機関室の仕事もないので、由良も艦橋へ昇ってきた。
「おかえりー」
「はいただいま」
「上から見てたけど、お兄ちゃん1人で良かったんじゃない? 由良ちゃん見てただけだよ」
「巻き込まれ事故とか起きた時、対処する人間が必要だろ」
別に1人でも可能な作業だが、だからといって1人でやっていいわけではないのだ。
艦橋からの操作によって、ガラガラと吐き出される鎖。その長さと連動し船は自動でバックする。
「ねえお兄ちゃん。この海底って、地球の海みたいに土とか岩とかがあるの?」
「いや、平らな金属板のはずだけど」
魚がいるので薄く泥は堆積しているが、基本天然ではあり得ないほど真っ平らである。
「じゃあ錨、海底に引っかからないんじゃないかな?」
「錨って海底に引っ掛けて固定する物じゃないからな。あれは重りとしての意味合いが強い。錨と鎖の海底との抵抗で船を固定するんだ」
「え、そうなの? それじゃあ、海流や風が強かったら錨を降ろしても動いちゃうの?」
「動かないように、長さを計算して必要なだけ垂らすんだよ。それにここは塩水の人工湖だ。海流も天然海ほど強くない」
仮に万が一流れたところで、海上船の航路からは大きく外れている。多少漂流したところで問題はない。
「錨鎖よろしい……鎖よろしい……です」
「別れ―――お疲れ様」
「お疲れ様、です」
投錨作業を終え、これで物理的な問題については一応の段落はついた。
物理的な問題については、だが。
「改めて、○産主義が如何に非生産的かを話し合おうじゃないか」(武蔵)
「そんなことより、さっきの脅迫に使った録音返せや」(親衛隊)
「思想教育が必要だね。○産主義がどれほど理想的な社会か、ゆっくりと話し合おっか」(信濃)
「理想と現実は乖離するものだよ、現実主義を名乗りつつ浪漫主義を語るのはどうかと思うが」(武蔵)
「なんの話だ、つーかどんな思想であっても駄目なもんは駄目だろテープ返せや」(親衛隊)
「戦争における殺人が合法であるように、罪状の正否を決するのは常に法だもん。法がシロといえば、クロもシロなの。大麻が合法な国があるように、盗聴脅迫が合法な国だってあるかもしれないじゃない」(信濃)
「堂々と語るな無法思想」(武蔵)
「テープ返せや」(親衛隊)
「それよりお兄ちゃんえっちしよ」(信濃)
ただ三つ巴のしょーもない諍いが始まっただけだった。
こんなんだから戦争はなくならないのである。
この小説は書き貯めしているので、この部分を書いたのは数年前です。
ウクライナ戦争の予兆も日本国内では知られていない時勢でした。
まさか督戦隊ネタが時事ネタになってしまうとは……




