ジュラヴリの遺児4
一部分解状態だった機体の組み立てを終え、一通り動作チェックを終える。
保存状態は意外なほどに良好だった。専門家の手によってモスボールされた機体は劣化も少なく、空部の設備で行える点検リストをおおよそクリアしたのである。
「これで最低限動く状態になったわけだが……飛ぶのかな」
「耐空証明生きてるんでしょうか……?」
具体的な記録があったわけではないが、技術者畑の2人が見たところ、この機体が最後に飛んでいたのは2000年頃だと考えられた。
計器は機械式であり、GPSは白黒液晶。ペラが幅広カーボンブレードなのも、当時らしい傾向である。
ただ、この百式には彼らが予想だにしない機構が組み込まれていた。
「ティルトローターとは驚きだ」
「電子制御なしの垂直離陸……さすが紅茶の国」
この百式は、主翼が根本から可変するようになっていた。ジェット艦載機クルセイダーのツーポジション・ウイングに近い機構が追加されているのである。
「飛行中であっても主翼角度を独立して操作出来るようになっている。手動だが空戦フラップとして使用するなら、双発機としては割と優れた旋回半径発揮するかもしれない」
その上、計8000馬力のエンジン。完全に勝利を収めるべく改修された、勝ちに来た競技機であった。
「双発機なので、重戦闘機に近い設計思想なのかと思ってましたけど……」
「機敏な機動で戦う、ドッグファイター寄りのカスタムなのか? 設計思想としてはどうなんだ、それ」
「ですが、これもある種の推力偏向です……空戦エネルギーを失いやすいですが……」
「トップスピードが目的というより、速度の減退を防ぐ為の8000馬力かもしれん。当時は超音速ペラ実用化されてないし」
話し合う武蔵と由良の傍らでアリアは頷き、コックピットへと潜り込んだ。
「おいちょっと待てや」
武蔵はアリアを後ろから羽交い締めにして引きずり出す。
「確かにこいつはお前の所有物だが、お前が乗れるほど生半可な機体じゃない。まず俺が乗る」
「いいじゃないですかー、昔の機体ならFlybywireとやらも搭載されてないんでしょう、なら楽勝ですよ」
「飛行機ってのは、真っ直ぐ飛ばせば真っ直ぐ飛ぶように出来ているんだよ。今までお前が乗った飛行機もそうだ。だが、こいつはそんな配慮はされていない。制御を失えば地面とファーストキスだぞ」
「キスの経験がないと決めつけないで下さい。……ないですけど」
そう断言するには理由がある。操縦系を見れば、おおよその設計思想は伺えるものなのだ。
これが正規の軍用機ならば、操縦桿のエレベータ操作と連動して主翼角度が最適化するように設計されるはずだ。自動空戦フラップに代表するように、操縦系の簡潔化は戦闘機にとって重要な性能の1つなのである。
だがこの改造百式にそういった配慮はなかった。主翼仰角の操作と操縦桿の操作が独立している。
要するに、オートマチック車のように簡易化されていない、玄人向けのマニュアル車状態なのだ。
「何気に金かかるからな、この手の電子装備って」
「はい……当時では、かなり難しかったと思います」
由良も同意する。特異なシステムとなれば特製のプログラムが必要となり、バグを許されない航空機にとってそれは大仕事となる。
「本当なら、操縦を最適化させる改造キットを噛ませるべき……です」
「評判のいい汎用フライバイライトのキットが販売されてたよな。あれってティルトローターも対応してたっけ?」
「してます……というか流体力学で飛ぶならオートジャイロでもホバークラフトでも、なんでも対応可能なのが売りです」
「そんなラジコンみたいなキットがあるの?」
「あります」
由良の発案に妙子が驚きの目を向ける。
が、その手の改造キットは実際昔から普通にあるのである。
「飛行機なんて……基本的な理屈は、自動車よりずっと簡単ですから。色んな改造キットが販売されてます」
旅客機の機内通信拡張工事一式とてキット化されているし、旧式機のエンジン換装キットなども販売されている。
というより世界各地、地方にそれぞれある無数の小さな航空会社が独自に飛行機を改造できるはずがない。
いい加減な知識での改造が危険な航空機という乗り物だからこそ、安全確実なキットの需要があるのだ。
「……自動車みたいに適当に改造したら、超危ないです。これは、その典型的な事例です」
「じゃ、やりましょう。それくらいの予算はあるわ」
「やる分には問題ないのですが……問題はパイロットの方です」
機体制御を容易にする補助装置を後付するのは難しくはない。エアレースにおいても、レギュレーション違反でもなんでもない。
だがそれをすると、電子制御が噛むと機体を御せなくなるアリアでは扱えなくなる。
「ぶっちゃけお前と相性悪いぞ、この機体」
「そんなことはありません! この子は私が生まれる前から私を待っていたのです!」
こうも断言されては、武蔵としては理詰めであろうと反論しにくい。
やや悩み、そして武蔵は決めた。
「専門家に意見を聞こう」
百式を操るには、せめて回転翼機の免許保持者が欲しい。そう判断した武蔵は提案する。
「心当たりがあるのですか?」
「ハカセに見せてみよう。あの人、だいたいの航空機乗れるから」
本人曰く、戦闘機に変形する巨大ロボットに乗ったこともあるらしい。
武蔵のハカセに対する視線が一層胡散臭いものを見る目になった一因である。
「ああ、コーチ? そうね、でもどうやってこの飛行機を運ぶの?」
「耐空証明書はありましたけど、自力飛行させるには不安が残ります……」
由良から書類を受け取り、むー、と唸る武蔵。
前回は自動走行のトラックをレンタルしたが、授業サボっておいて外部業者に依頼するのは難しい。
やや悩み、武蔵は決めた。
「この船、秋津洲を動かそう」
「……飛行機1つ運ぶ為に、5000トンの船を動かすんですか?」
由良は唖然とした。そっちの方が遥かに面倒くさい。
「核融合ジェネレータを始動させるとなると、相応の手順が必要となります……船そのものの保守も、行われているとは思えません……他の手段は、ないですか」
「いや、ある程度のメンテナンスはちょこちょこやってきた。ほら」
武蔵は手近な機械箱を開く。
中に詰まっていたのは梳かれた髪のように整えられた配線と、妙に新しい機械。
「配線がスパゲティーになってたから全部見直したら、結局トラブルの原因はコンバーターだったぜ」
「あるある……でも、ジェネレーターに関しては……?」
「いや、発電機は動かさない」
由良は目を丸くする。飛空艇を浮上させる浮遊機関は電力供給されることで張力を発生させ、気圧差を生み出し船を浮かべ前進させる。
電力調達さえ出来れば、統合電気推進の秋津洲を制御するのは容易なのだ。だが、肝心の核融合ジェネレータの火を入れるのは色々と大変。
発電機を回さずに、どうやって船を動かすのか。由良の疑問に答えるかのように、武蔵は小さな女の子をハエのように空中キャッチした。
「こいつを使う」
『使われるのニャ!』
武蔵は手を突き出した。鷲掴みにされているタマ。
『使われるのがメイドの宿命にゃ』
「苦しくありませんか、それ……?」
『仕るのがメイドの宿命にゃ』
「大変なんですね、妖精さんも」
『本当にゃ。いい加減にしてほしいにゃ。ご主人様は小さな女の子をいじめる趣味があるんだにゃ。ご主人様は救いようのない変態にゃ』
真顔で急に饒舌になったタマ。
武蔵はこのまま握り潰してやろうかと思った。
武蔵達が秋津洲を動かそうと画策していた頃、1つの謀略が繰り広げられていた。
「ガッテム! 大和武蔵め、我らが女神を……!」
「ファック! あの男、ただじゃ済まさんぞ!」
「ビッチ! 俺達の情熱はナパームよりしぶといと教えてやる!」
「ゲロゲロ! あいつの器では精々アッシーくんだろマジチョベリバ!」
空部員と同じく授業をサボり、体育館倉庫に募った足柄親衛隊の面々。
彼らは妙子を誑かした武蔵を始末すべく、緊急会議を開いていた。
「とりあえず大和は殺す。社会的に殺す」
「意義なし」
「意義なし」
「意義なし」
「オーケー牧場」
早々に方針を定めた親衛隊。しかし、実行するとなると問題は多い。
「社会的に殺すって、実際どうする?」
「ボンタン狩りだろやっぱ」
「さっきからお前だけなんで80年代なんだよ」
「妙子たんのうなじハァハァ」
考えても妙案など出ず、男達はやがて隠し撮りした妙子の写真に興じ始める。
そんな時、突如として体育館倉庫の扉が開いた。
「何奴!?」
「先公か!?」
「マルサ!?」
驚く彼らを、乱入者は即座に罵倒する。
「お前達は精神的童貞だ!」
「…………!」
「童貞だ!」
逆光で顔は伺えないものの、小柄な背丈と華奢さ、そして高い声質で女性とすぐに判る。
翻るフリルのスカート。膨らんだパフスリーブの肩と、胸の部分が切り取られ強調された意匠。
古典的な、アニメ調のメイド服を着た少女であった。
「いやなんでメイド服」
「これは某○産主義国家の女学生の制服だ! マジで!」
マジである。
読者の諸君には、是非覚えておいてほしい。この世にはかつて、合法的に女学生にメイド服を着せて喜んでいた国家があったことを。
「覚えておけ! かつて世界の半分は○産主義であり、更にその半数たる女性―――即ち世界の4分の1が、メイド服着用経験があったという事実を!」
言い過ぎである。
更にいえば、彼女が着ているのは○シア式のメイド服ではない。アキバで女性が着ているような、近年流行のスタイルである。
こういった日本において形成されたメイド服のスタイルはヴィクトリアンでもフレンチでもなく文字通り『ジャパニーズメイド』と呼ばれる。
魔改造が過ぎて完全に現地で根付いた結果、メイドは餃子やラーメンと同じ末路を辿ってしまったのだ。
閑話休題。
「私のことは置いといて! とかく聞けや童貞共!」
謎のメイド―――まあぶっちゃけ大和家の長女、大和信濃は童貞童貞と連呼する。
それはある種、言葉の暴力であった。
「ち、違うっ! 俺達は童貞なんかじゃない!」
「そうだ! 心は常に百戦錬磨だ!」
「ボインなギャルとニャンニャンしてっから!」
抗議する親衛隊。しかし信濃は追及の手を緩めない。
「女性の体臭がいい香りなんて迷信。あれはシャンプーや香水の香り」
「う、嘘だ! 甘い香りだって聞いた……じゃなかった、嗅いだぞ!?」
「女性だって脛毛が生える」
「聞きたくない! 聞かせないでくれ!」
「男性憧れのロングヘアー。維持手入れが面倒だから論外」
「手入れを面倒とか言わないで!」
「体重は基本50キロ以上と思え。というかそれ以下は危険な域で痩せすぎ」
「嘘だ! 女の子は軽いんだ、羽のように!」
「憧れのあの娘も排泄する。トイレで定期的に踏ん張ってる」
「それはそれで興奮する」
打ちひしがれた親衛隊は、床につっぷし涙する。
「妙子先輩は快便派」
「そんな設定いらない!」
追撃する信濃に、親衛隊は悲鳴のように拒絶した。
「というかアンタだってそれなりに美人じゃないか! 自分の幻想自分でぶっ壊してどうする!」
「大丈夫だもん! 私の想い人は私のウ○コだって愛してくれる! 食べてくれる!」
秋津洲にいる武蔵は悪寒を感じた。
「お、俺達はどうすればいいんだ!? 食べればいいのか、俺達も足柄さんのう○こを!?」
「俺には耐えられない! 足柄嬢には完全無欠の女神ではなくてはならないのだ!」
憧憬と現実は同意義ではない。
彼らは妙子に焦がれておきながら、妙子を知ろうとしなかったツケを払わされていた。
そこに、信濃の付け入る隙が生まれうる。
「たわけっ! 磨かれず輝く宝石があるなどと思うな! 女性の美しさとは、それを磨き抜く心意気にこそあるのだ!」
男達は天啓を受けた。
しいていうならば、神を垣間見た聖職者の如く。悪魔と目の合った数学者の如く。
親衛隊達は、真理の峰へと至ったのだ。
「そ、そうだ! 女性に幻想はあったかもしれない、だがそれでも足柄先輩が美人であることは否定しようのない事実!」
「脛毛が生えてたっていいじゃない! 人間だもの!」
「宝石は磨かれてこそ美しい!」
「バカ者! 原石の美しさを知らない者が、女性を語るな!」
一転、叱咤する信濃。
無茶苦茶だった。
いい具合に混乱してきた親衛隊。信濃は頃合いか、とメイド服のふわふわスカートを翻す。
演劇でよくある、特に意味のない動作で事前に注目を集めるテクニックである。
「教えてやろう。女とは何なのか。カワイコちゃんとにゃんにゃんするにはどうすればいいかを」
「アンタ何者だ……?」
「そうだな、強いていうならMissQueenin 10 daysと呼ぶがいい」
「長いです」
信濃は信託を受ける神父のように、腕を広げ光を浴びる。
「お前達の信念を再度確認しよう。妙子先輩を愛しているか!」
「愛しています!」
「脛毛が生えていてもか!」
「愛せます!」
「グラマーという名のぽっちゃりでもか!」
「贅肉万歳!」
「トイレに行ってもか!」
「むしろ俺がトイレだ!」
信濃はカチリと小さな機械のスイッチを押した。
「今の発言を録音したよ。妙子先輩に知られたくなければ私にしたがってね」
信濃はかけないのない仲間(切り捨て可)を得た。




