ジュラヴリの遺児1
新章突入です。
ジュラヴリはロシア語で鶴という意味です。
飛行機マニアなら言いたいことがわかるはず。
『2045年5月18日』
人は常に不平等だ。
生家の貧富、身長や容姿、能力や才能、そしておっぱいの大きさ……多くの側面において、格差は存在し続ける。
しかしながら、そんな不条理において尚均一化された平等も確かに存在する。
時間もまた、その1つであろう。如何な大富豪でも権力者でも、時間の楔から逃れることは出来ない。
朝。その一日の始まりを告げる光のファンファーレもまた、万人に平等な数少ない福音。荘厳な目覚めの符丁は、天使の梯子のように人々の頭上へと舞い降りた。
「んっ……」
唐突に降りる、しかしありふれたごく普通の目覚め。
殺意すら宿した睡魔に抗うのは難く。されど、ここで戦わねばより泥沼に堕ちると理解しているからこそ、武蔵は瞼を必死に持ち上げる。
そして、目の前に眠る全裸の少女に固まった。
「……覚えてない」
武蔵は血の気が引くのを感じた。よもや、自身は無意識の間に大人と成り果てていたというのだろうか。
「畜生! どうして、どうして覚えてないんだ!?」
初めての記憶は暁の果てへと消えた。
しかしそれを嘆いていては進展はない。武蔵は気を取り直し、目の前の少女を注視した。
「ならばもう一度―――もう一度、漢となるのみだ! さあ、痴情の情事を再現しようではないか!」
布団を盛大に剥ぎ取る武蔵。
ベッドに眠る少女、その全貌を露わにしようと強攻策に出たのだ。
そしてそれが何者であるかわかった時、期待は落胆に変貌した。
「なんだ信濃か」
妙子先輩が深夜に忍び込んだのでは、そんな妄想は前提から破綻していた。
妹の裸なんぞ見慣れている。今更はしゃぐことではない。
「…………。」
嬉しくないが、ついつい信濃の身体に目がいく。
華奢で白い裸体。子供子供と思っていたが、なかなかに育っている。
ふむ、と姿勢を正し更に凝視を続け―――
「お兄ちゃん、妹の裸見てたのし?」
「まあそれなりに」
ふわあ、と欠伸した信濃はシーツを身体に巻き、立ち上がる。
「昨日はお楽しみでしたね」
「記憶にございません。全て秘書がやったことです」
「お兄ちゃん、妹相手に欲情しちゃうの? きんもー」
「うーん……実際どうなんだろ」
武蔵にとって信濃は家族だが、しかし間違いなくとびきりの美少女でもある。
問題は信濃が妹であることだが、武蔵は元よりその辺の価値観がぶっ飛んでいる。
ハーレム願望がある男なのだ。道徳とか法律とか語るだけ無駄である。
「まあ色々面倒なことになりそうだけど、せっかくだし確保しとくか」
「うんー?」
「信濃、とりあえず俺のハーレムに加わっとけ」
「んー、養ってくれるならいいよー」
家族愛の延長で婚約する兄妹だった。
「あんた等、朝からなんちゅう会話してるんですか……」
パジャマ姿のアリアが呆れた視線を兄妹に向ける。
「ん、おはよう」
「おはようございます」
平然と挨拶する武蔵とアリア。次は信濃が驚愕する番であった。
「な、なんでアリアがお兄ちゃんと一緒に寝てるの!?」
そう、実は3人は川の字……というか小の字で寝ていたのだ。
「まさか2人って、既に濃厚な肉体関係が……!?」
「子供はね、コウノトリが超音速で運んでくるんだよ」
とりあえず誤魔化しておく武蔵。
「窓から乗り込んだだけです。私の乗る飛行機について、お話があったので」
「添い寝する理由になってないから!」
大和家と若葉家には、いつの間にか足場がしっかりと固定されていた。
それは既に橋であった。ベトナム戦争において散々アメリカ軍を悩ませたタンホア鉄橋のように、がっつりと釘で固定された強固で堅牢な橋であった。
これ撤去する時どうすんだ、というレベルの橋なぞ掛けてしまったアリア軍は、開通以来幾度となく大和家に領空侵犯し続けていた。
信濃に呼ばれダイニングへ向かえば、既にアリアと信濃が味噌汁を啜っていたことなど一度や二度ではない。
実効支配が既成事実化していた。
「見てください、パジャマです。全裸の人と一緒にしないで下さい」
そんな半ば大和さん家の子と化しているアリアは、信濃にぴしゃりと告げる。
「そもそも日本では、近親者との結婚は違法じゃないですか」
「事実婚までならオーケーだもん! そういう人けっこういるもん! ネット上に!」
「そりゃネットで検索かければ幾らでも出てくるでしょう」
「日本でも、田舎だと近親相姦なんて日常茶飯事だったって聞くもん!」
「何時の話ですか! 怒られますよ、変なことを言ったら」
「そもそもアリアちゃんの故郷では、同性婚や兄弟婚のハードルは日本より低いって聞くよ! なのにどうして私の否定をするの?」
「それは……」
言われ、アリアはようやく戸惑う。
その通りだった。全面的に認められているわけではないが、保守的な日本よりアリアの故郷では結婚の形は多岐に派生している。日本では色々と難しい武蔵と信濃でも、あちらではまだやりようがあるのだ。
そんな価値観で生きてきたアリアが何故抵抗感を覚えるのか。
「俺が独り占め出来なくなるって不安だったんだろう?」
武蔵はアリアを後ろからぎゅっと抱きしめた。
アリアは飛び上がって、自身の頭頂部で武蔵の顎を強打した。
「近所迷惑なので、もう少し静かにして下さい」
「アリアちゃんだって大概騒いで……ごめんなさいお義姉ちゃん」
アリアの目つきに信濃もたじろいだ。
「とりあえず信濃はキープってことで」
「ボトルじゃないんですから」
「開けたくなったら言ってね」
うふん、と巻いたシーツをひらひらする信濃。
「どこに惚れる要素があるのです?」
「一番身近にいた男性、それだけで理由としては及第点だよ」
『充分』ではなく『及第点』なあたり、どうにも納得出来ないアリアであった。
ぞろぞろとダイニングへと3人は移動する。
信濃はマッパである。今更誰も気にしない。
「信濃、朝ごはんはなんですか?」
「トーストでいい? 朝からお兄ちゃんが盛って時間なくなっちゃった」
裸の上にエプロンを着用した信濃が訊ねる。
「マーマイトを所望します」
「そんなウンコは常備してません」
マーマイトとはヨーロピアン納豆ポジションフードである。
現地でも苦手な人がいる、的な意味で。
「そういえばさっき、飛行機について話があるとか言ってなかったか?」
「ああそうでした」
「おいおい、俺に夜這いする為の方便だからって忘れるなよハハハ」
「ひょっとして脳みそ腐ってるんですかハハハ」
脇腹を突き合う武蔵とアリア。
武蔵はどさくさで胸をつつこうとして、パキッと指を変な方向にへし折られた。
「実は、遂に私の愛機が地上から送られてくるのです!」
「ああ、そんな話してたっけ」
事前にアリアから話を聞いていた武蔵は指の関節を入れつつ納得する。
首を傾げたのは聞き耳を立てていた信濃だ。
「アリアちゃん、飛行機初心者だよね? 愛機ってどういうこと?」
「気にするな、初心者ほど愛機とか相棒とかって響きが好きなんだ」
そしてすぐ壊して二代目が本番となるのである。
「私がお世話になっていた家の祖父が乗っていた飛行機なのです。モスキートという戦闘機だとか」
「モスキートか。戦闘機なのかは実物を見てみないと、なんとも言えないがな」
この機体は、少々特殊な個性を持っている。
そしてその経緯故に、この飛行機には戦闘機型以外にも爆撃機型や偵察機型が存在する。
「というかそっちが本命だ。戦闘機型は派生だな」
「爆撃機型や偵察機型だった場合はどうするの?」
「色々なタイプがあるってことは、元がいいってことだ。競技用に改造するのも難しくはないだろうさ」
アリアから聞いたモスキートの詳細はあまりに漠然としていて要領を得なかったが、武蔵はあまり心配していなかった。
仮に偵察機型のスクラップ状態だったとしても、素性がいい機体ならばレストアしようもある。
もしアリアが用意する機体が(ある意味)伝説の雷撃機ソードフィッシュなどであったならば、問答無用で反対していただろう。しかし、モスキートなら充分に許容範囲内だ。
「実は受け取りが今日になりそうなのです。学校に直接運ばれてきます」
「そうか、判った。妙子先輩にはこっちで伝えておく」
スケジュール管理はマネージャー兼部長の妙子の仕事である。ノウハウの面では武蔵が一番なので、割と補佐訂正することも多いが。
「まあ機体については受領してから考えるとして。そもそもお前、今更だけどなんでウチで飯食ってんの?」
「ご飯は皆で食べた方が美味しいじゃないですか」
「お前の家庭事情を聞いて良いものか判断に迷うから、そういう闇が深い発言さらっとするのやめてくんない?」
「あれ、お兄ちゃん」
キッチンから信濃が困ったように声をかける。
「消費期限が今日までの食パン5枚ある」
「また割り切れない数だな。1枚でいいよって人ー?」
誰も手を上げなかった。
「おいちょっとは遠慮しろお呼ばれ」
「呼ばれてません。勝手に押しかけただけです」
「なおのことだ貧乳」
「5枚をそれぞれ3当分するから、1人5切れずつ食べればいいよ」
信濃が提案し、3分の1に切った食パンでフレンチトーストを調理する。
「時間ないとか言ってなかったか?」
「うん、ご飯を釜戸で炊く時間はなくなっちゃった」
「いつものご飯って釜で炊いてたのか!?」
知らなかったの? と信濃が冷蔵庫をどかすと、そこには立派な釜戸が設置されていた。
武蔵は見なかったことにした。
「ですが、仲良く平等に分けましょう……ですか」
アリアはフン、と鼻を鳴らした。
「資本主義国家としてあるまじき解決法なのです」
「お前は何を言い出すんだ急に」
妙なことを言い出したアリアに、武蔵は頭痛を覚えた。
それがきっかけだったのかは定かではないが、続いて信濃までもが暴走を始める。
「……お兄ちゃん、私決めたよ!」
「どした」
「将来の夢! 未来への希望!」
信濃がこういう話をするのは珍しい。
少しは将来について考えているのかと武蔵は感動し、鷹揚に頷いて続きを促した。
「そうかそうか。お兄ちゃんは信濃がどんな道を選ぶとしても応援するぞ」
「うん! 私、やっと自分のやりたいことが分かったの!」
「ほうほう。それは素敵なことだ」
「私、頑張る! 大願成就まできっと諦めない!」
「はっはっは。偉いぞ信濃! それで、夢ってなんなんだい? お兄ちゃんに聞かせてみせなさい」
「うん。私、私は―――」
信濃は満面の笑顔で宣言した。
「私、○産主義者になる!」
「お兄ちゃんはそんなこと許しませんよ!」
冷戦の勃発であった。
引っ越しのなんやかんやがまだまだ忙しいので、毎日更新とはいかないかもです。




