ピーファウルの落伍者2
やっと消してしまったデータ部分の再推敲が終わりました。ツカレタ
遅れたのはスマホを間違えて注文して返品に四苦八苦していたのも理由です。
最近って物理的じゃないデータだけのシムカードがあるんですね。
シムフリーって文字だけで勘違いしました。
大苫宇宙港の全てが業務目的で稼働しているわけではない。練習生が訓練を行っている区画もあれば、アマチュア飛行家が利用する大気圏内用航空機の短距離滑走路などもある。
あるいは模型飛行機を飛ばしたりなど、本当のお遊び区画までも用意されている。
武蔵達が訪れたのは、気軽に使えることに定評のある短距離滑走路の区画であった。
「とりあえず機体は俺の方で用意した。バイト先に眠ってた骨董品だが、立派な当時最新鋭の機体だ」
古い飛行機だから。プロペラ機だから。現代と比べてスペックが低いから。
今と比べて、かつての戦闘機など玩具のようなものであり、操縦も簡単である。
―――そんな誤解が横行していることがある。
それは大きな間違いだ。戦闘機とは、常に飛ばすだけで命がけの機械なのだ。
その翼に求められるのはただ一点、『敵に勝利すること』のみ。そこに乗り心地や扱いやすさは考慮されておらず、僅かでもスペックを上げるべく過激なセッティングに傾倒していく。
そんな飛行機に、小型機ライセンスをとったばかりのぺーぺーを乗せるわけにはいかない。よってアリアにあてがわれたのは、レギュレーション上限ギリギリのエアレーサーではなく、レシプロ戦闘機の中でも扱いやすい固定脚の機体であった。
「二式練習戦闘機。まずはこの機体で、ドッグファイトを体で覚えてもらう」
零戦を設計した男性の半生を描いたアニメ映画、そのラストに登場した試作機。
それの練習機型が、この二式練習戦闘機である。
宇宙港の駐機場にちょこんと鎮座した、コックピットを窓ガラスで覆いきってすらいないレトロな戦闘機。見るからに安っぽくチープな機体だが、これでも立派な人殺しの道具だ。
「ベースとなった九六式艦上戦闘機は、純国産戦闘機としては初めて列強諸国の主力機に匹敵する性能を得たとされる名機だ。軽いから扱いやすいし、速度もそこそこだから初心者にはちょうどいい」
機体について語る武蔵だが、アリアはそんなこと聞いちゃいなかった。
「あっ、あのっ、そんなことよりっ……」
もじもじと体をバスタオルで隠し、赤面するアリア。
「このスーツ、絶対に着なくては駄目ですか……?」
「駄目に決まってるだろ。パイロットの安全を確保する為の大切な装備だぞ」
宇宙港での練習。今日は本格的な戦闘機搭乗訓練ということで、競技用のパイロットスーツを着込むこととなった。
それがまた、とんでもないシロモノであった。
「すごくスースーするといいますか、誤魔化しようがないのですが……!」
パイロットスーツは、全身のラインがはっきりと出るぴっちりとしたデザインであった。
貧相な体つきのアリアですら、ささやかな胸や腰のくびれが目立ち官能的に見えるエロスーツである。
空部の選手2人、武蔵とアリアがこのエロスーツ……ないしパイロットスーツを着用済み。堂々とした武蔵とは対照的に、アリアは終始赤面しモジモジしっぱなしである。
「なにを誤魔化そうってんだ。お前が貧乳なのは生着替えを覗いた時から知っている」
「このっ……! いやぁっ!?」
武蔵に抗議しようとしたアリアだが、彼のスーツの股間を見て顔を更に赤くししゃがみこんでしまう。
もっこりしていた。アレが。
視線の先に気付いた武蔵は、しゃがんだアリアの前に仁王立ちする。
「しゃぶれよ」
「目の前に来ないで下さいッ!」
「ほれ、腹に力を入れたらちょっと動くんだぞ。ふんっ。ふんっ!」
「いやあああっ!?」
アリアの目の前に、もっこり。
混乱したアリアは防衛本能に従い、もっこりに昇竜拳を放つ。
「―――ッ!? ウギャアアアアァァァァッ!!!?」
獣のような叫び声をあげ、武蔵は飛び跳ねた後にマグロのように倒れ動かなくなった。
「なんですか、なんですかこのエロスーツは!?」
悶える武蔵など歯牙にもかけず、羞恥するばかりのアリア。
この程度が当作品における、主人公の扱いである。
「耐Gスーツよ。Gについては説明したわよね?」
痙攣する武蔵の上に腰を降ろした妙子が説明する。
武蔵は熊のぬいぐるみのような、変な声で鳴いた。
「か、加速度ですよね。慣性の法則です」
自動車が加速減速、あるいは曲がった際に体が置いていかれるような感覚。これを知らない人はほぼいないであろう、加速度である。
乗用車がまともな運転をしている限り、加速度が問題となることはない。シートベルトをしてさえいれば、安全な範疇で吸収可能だ。
しかし飛行機はそうはいかない。上下左右、360度から襲ってくる強烈な加速度は身体に大きな影響を与える。これによりパイロットは失神、負傷することすらあるのだ。
戦闘機の機動Gからパイロットを守るべく作られたスーツ、それこそ耐Gスーツなのである。
「この耐Gスーツは、身体の一部を締め上げたり間接を固定したりすることでパイロットを守る装備なの。他にも心拍数や呼吸をモニターしたり、コックピット内の突起から身体を守ったりもするわ。安全の為の、大切な装備なのよ」
「間接の固定や外傷から守るのは判るのですが、身体の一部を締め上げるって何ですか? テーピング的な?」
「そういう場合もあるけれど、本来の目的は足に血液が集まりにくくすること。飛行機に一番強力な慣性がかかるのはループしている時だから」
横すべりや逆ループなどといった機動も存在するが、急旋回しようと思えば普通は正ループ、飛行機の上面を内側にしたループ機動を行うのが基本。その場合遠心力は外側、つまり足に向かってかかる。
この遠心力はパイロットの血流を阻害し、下半身へ血液を集めてしまう。つまり足が鬱血し、逆に頭部は貧血のような症状が発生する。
こうなっては一大事である。飛行中に失神しようものなら、一昔前の航空機であれば墜落する以外にない。
「今の飛行機なら、パイロットが失神しても自動的に着地するんだけどね。耐Gスーツは安全を守る、戦闘機の必需品なの」
「重要なのは解りました。でも、このデザインはなんとかならなかったのでしょうか……」
この場にいるのは雷間高校空部のみではない。他の学校の空部や個人飛行家などが、自分の飛行機を整備したり飛行前点検をおこなったりしている。
彼らにとって耐Gスーツなど見慣れているので今更アリアを注目したりなどしない。
しないのだが、それで羞恥心がなくなるはずもない。
「まあ、慣れるわ」
妙子は自分だけ制服を着ているのをいいことに、恥ずかしげもなく胸を張った。
見事に育った胸が上着を押し上げる。その様は、塹壕を突き破り突如戦線に参戦せんとする主力戦車が如き異様。
アリアは悟った。歩兵は戦車には勝てないのだ。
「さっき、武蔵が部長の胸をすっごいいやらしい目でガン見していましたよ」
武蔵と妙子双方を敵として認定したアリアは、とりあえず告げ口しておく。
「慣れたわ」
「それでいいのですか?」
「武蔵くんは特別露骨だけど、男の人なんて基本そんなもんだもの」
貫禄の言葉に、アリアは歯ぎしりしつつ妙子の乳を揉んだ。
「ギギギ、くやしいのう」
「やーん」
あまり嫌がってない妙子である。
のそのそと死者蘇生した武蔵が説明を引き継いだ。
「とにかく、競技用のパイロットスーツだから慣れるしかない。レース参加者は安全の為に着用が義務付けられている」
「もうちょっと視線に配慮したデザインに出来なかったものでしょうか……」
「元が軍用品だ、実用性重視なのはしょうがない」
「え、軍用?」
物騒な単語に驚くアリア。
「装備の多くが省略されているが、基本的な構造は戦闘機パイロットが着込むパイロットスーツのインナーと同じものだ。フル装備だとごちゃごちゃ付けすぎて逆にロボットみたいになってるんだがな」
どれだけ色々取り付けるんだ、とアリアは戦慄した。
「動きにくそうですね、それは」
「拘束具の通称は伊達じゃない。冷戦時代の偵察機パイロットよりはマシなんだろうけどな」
歩くだけでも苦労するフル装備のパイロットスーツ、しかしそれでも最悪の部類ではないのだ。
特に厳重なスーツともなれば、初期の宇宙服に匹敵する重量を誇る。当然そんな物を着込んでコックピットによじ登ることは不可能であり、搭乗するだけでも人の手を借りなければならない。
かつては、現実にそんな馬鹿げた装備が使用されていたのである。
「ごちゃごちゃしたアクセサリーがついてないってのもあるが、競技用のスーツは戦闘機用とは加圧方法が違う。こっちのほうがエロい」
「なんですと?」
「軍用のパイロットスーツは空圧式なんだが、競技用は水圧なんだよ。こっちのほうが繊細な圧力調節に対応出来て性能が高い」
軍事分野でままある、民生品の方が性能が高いという逆転現象である。
軍用GPSより携帯端末のほうが現在位置確認に有能だったりするのだ。
もっとも、信頼性という意味では民生品は軍用に遠く及ばないのだが。
「民生品だからっていう以外にも、競技用の飛行機はあまり高度を上げないからって理由もある。水冷は気温次第で凍るリスクがあるからな。低空で機敏に飛び回るからには、空圧より水圧の方が有利なんだ」
結果、出来上がったのがピチピチエロスーツであった。
20世紀には存在していた技術だが、どこかの圧力でエロさを強調したデザインとなったという疑惑が付いて離れない分野でもある。
実際、女性競技者の写真集などもあるのだ。言い逃れは難しい。
「あら、あんた達もいたの?」
豆知識か指導か雑談か猥談か、イマイチよく解らない話をしていると、外部から声をかけられる。
空部の面々が向けると、そこにはやはりエロスーツに身を包んだ時雨がやってきた。
「おはようござーっあー!」
「おはっしあー!」
「ぁしたー!」
「……ぁっ」
上からアリア、時雨、妙子、由良である。
「何その体育会系の挨拶」
一人ついていけない男、武蔵。
駐機場を見渡せば見覚えのある集団がいる。鋼輪工業の空部である。
やはり強豪校。放課後は頻繁に実機練習しており、ようやく初めての実機練習を行う雷間高校とは気合の入り方からして違う。
「賭け試合とは、遂にやる気になったのね」
「いやなってない。仕方がなく、だ」
パイロットスーツを着込んだ武蔵に、時雨は嬉しげな表情を微かに覗かせた。
「今後の活動を左右する大会―――思い切った提案をしてくれたわ。お陰でこっちも士気が高いわよ」
「いやだから仕方がなくだ」
「けどやる以上は本気で行かせてもらうわよ。皆、雷間高校の皆さんに顔見せしときましょ」
時雨が近くで機体整備をしていた学生達を呼び寄せる。
駆け寄ってきた4人の少女達。男女混合競技だというのに、女生徒ばかりである。
どういうことかと視線で訊ねれば、「私がチームよ」と端的に答えが帰ってきた。
「鋼輪工業の空部は徹底した実力主義。今年のレギュラーは1年生で揃ったの」
「そりゃ珍しい」
相手校と比べてわたわたともたつきつつ整列する雷間高校の空部員。
双方揃ったと見て、時雨は挨拶を促した。
「わたしはぁ、如月 秋月ですぅ」
「あたしはー、如月 霜月ですー」
まず名乗ったのはよく似た顔の少女達であった。
ブラウンの長い髪をポニーテールにした、愛嬌のある顔だ。
武蔵は彼女に見覚えがあった。護衛艦やまとでナンパした覚えがある。
同じ顔なので、厳密にどちらに声をかけたのかは判らなかったが。
「双子なのですか?」
「はい、ただ顔が同じだけの姉妹ですぅ」
「テレパシーとかは無いのでそのつもりでー」
双子は聞かれて困ることを先手を打って否定した。
「うちは鈴谷 最上でぇーす!」
続いてやや小柄な少女が名乗る。
パチコンとウインクをするあたり、妙子とはまた違う人懐っこさを感じる武蔵であった。
そして最後に、紙袋を被った不審者が小さく礼をする。
「……敷島 三笠」
小声であった。
紙袋でくぐもって聞こえにくい声が、なおさら聞こえにくかった。
武蔵は時雨に小声で問いかける。
「おい、随分とファンキーな奴がいるじゃないか」
「知らないわよ。普段は普通に話す娘なんだけど、どうしたのかしら」
「紙袋を被った時点で普通じゃねえよ」
「被ってないわよ普段は」
三笠と名乗った少女、体つきからおそらくは女性、はそれっきり口を開かなかった。
不思議そうにしたチームメイトが語りかけるも、黙秘を貫く。
どうやら武蔵達に顔を見られたくないらしい。
武蔵の隣で、アリアが首を傾げた。
「みかさ……? いえ……ううん?」
なにか違和感を感じているらしいアリアだが、時雨は話を続けることにする。
「とにかく、これが私のチームメイトよ」
胸を張る時雨。その様子から、仲間との関係も良好らしいと武蔵は安堵した。
続いて当方も名乗りを始める。
「雷間高校空部の部長、足柄妙子です。たえちゃんって呼んでね」
「アリアなのです! お久しぶりです!」
「五十鈴由良……メカニックです」
「大和武蔵、彼女達の夫となる男だ」
妙な武蔵の自己紹介に訝しむ少女達だったが、気にせず武蔵は時雨に訊ねる。
「しかし、お前がいきなり主将になってるとはな。鋼輪工業が人材不足ってことはないだろうに」
そう言いつつも時雨の実力を熟知する武蔵は、彼女が指揮する1年生チームとやらが決して侮れないのだと直感的に理解していた。
もし戦うとして、時雨クラスがうじゃうじゃしているとなれば、流石の武蔵といえどあまりに分が悪い。
「良くも悪しくも選手が多いのは確かね。私が目をつけたほどの実力者はこの子達くらいだけど」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
体育会系らしく、改めて揃った挨拶をする3人。それに対し、雷間高校の4人はバラバラに腑抜けた挨拶を返す。
そんな練度の低さが伺える対応に、鋼輪工業の面子は顔をしかめた。
「隊長、こんなのが空部の今後を賭ける大切な試合の相手なんですかー?」
「そうよ、こんなのが試合の相手なの。3年生もやる気を出さないわけでしょ?」
「えー、しぐちゃん。そっちはやる気じゃないの?」
妙子がぶーたれる。
今後に関わる重要な試合だというのに舐めた態度をとられては、面白くないのは当然であろう。
「しぐちゃん、って私ですか部長さん……その、はっきり言ってしまえば上級生はあまり重視していません。私はそうは思っていませんが」
そう付け足して、時雨は武蔵を睨んだ。
「なんだ、そんな熱い視線を向けて。エロスーツで視姦されて発情したか」
「殺意が湧いたわ」
エロスーツはどこでもそう呼ぶのだな、とアリアはどうでもいいことを学習した。
「まあなんだ、あれだ。ハンデくれ」
「いきなりどうなのよそれ……」
呆れる時雨。
こんな武蔵を昔から知っている彼女だから呆れるだけだったが、鋼輪工業のチームメイトは違った。
「あのー、真剣にやってもらえませーん?」
「こんなのが空部ぅ? ほんとぉ、楽勝すぎてつまんないですよぉ」
敵チームの双子達が、武蔵のヘタレた姿を見て嘆息を吐いた。
「ふん、なんとでも言え。本当はこの試合にだって出たくはないんだ俺は」
彼は自分のような人間が試合をしていいなどとは思ってはいなかった。
今でも鮮烈に覚えている。勝利の為ならばと仲間を見捨て、友を損得勘定で切り捨てるクソッタレな自分を。
そんな人間が『競技』してのエアレースに参加していいはずがないのだ。そこにスポーツマンシップなどという高潔な精神は欠片もなく、ただ無意味な数字を求め続ける餓鬼がいただけなのだから。
彼の情熱などとうに燃え尽き、そこには冷たい灰が残るだけ。
だからこそ―――だからこそ、武蔵は……
「餌があればやる気になるんじゃないですかぁ?」
「このままじゃ張り合いがないですよー」
双子が不穏なことを言い出した。
「じゃあこういうのはどうです? この中で撃墜出来た相手がいれば、その子とデートでもなんでもしてあげるとか!」
更に続く鈴谷と名乗った少女。
焦ったのは時雨だ。
「ちょ、アンタ達、何を勝手に―――」
「言ったな? 今なんでもするって言ったな?」
彼の燃え尽きたはずの闘志が、ナパームのようにしぶとく燃え盛った。
「アリア、俺はやるぞ。本気の本気、出し惜しみなしだ。ついてこい!」
「えー……」
くそめちゃすこぶるやる気の下がった声を漏らすアリアだが、武蔵の闘志は消えない。
「よし、早速特訓だ! 外人部隊で3年間生き延びられるくらいに鍛えてやる!」
「ちょっと待てやぁぁ!?」
時雨が武蔵の胸ぐらに掴みかかった。
「そういうトラウマの解消は、仲間が頑張る姿を見て奮起するとか、色々手順があるでしょうが! なんで女に釣られて解決してんのよ!?」
「まあ待て、あの2人を見てみろ」
武蔵は時雨のチームメイトに視線を向けた。
「なかなか可愛い子達じゃん?」
「……続けなさい」
「双子丼ってロマンだよな」
時雨は武蔵の股間を蹴り上げた。
「何よ! 同じ顔がいいの!? じゃあ私のお母さん呼んで3人でやりましょ! それでいいでしょ!?」
「隊長落ち着いてぇ、お母さんいい迷惑ですぅ」
「それにー、それは双子丼じゃなくて親子丼ですからー」
「いっそ三色丼が食べたいです」
「「黙ってろ変態!」」
ほぼ初対面の双子に罵倒され、武蔵はビクンビクン跳ねた。
性的興奮である。
そんな男を見下す双子。
「あははぁ。隊長、この人はお望み通りわたし達が相手をしますよぉ」
「教えてあげますよー、お遊びで空飛んでる人とのー、実力の違いってやつをー」
凄みのある笑顔で微笑む双子。
「「もしわたし達を撃墜判定出来たならぁー、なんでもしますよぉー? なんでも、ねぇーっ?」」
ニマニマと嫌らしく挑発する双子。
双子に完全に敵認定された武蔵であった。
困り顔の時雨が、双子に教える。
「あのね、あんた達……そいつ、中学時代は最強クラスだったエアレーサーよ」
双子が固まった。
「いやいやいやー」
「ご冗談をぉ」
笑って否定する双子ちゃん。しかし時雨は無情に教える。
「今でこそ腑抜けているけど、本当なら世界で戦っててもおかしくない男よ。チームプレイが苦手って弱点はあるけど、逆にいえば1対多数の熟練者。数の差はあまりアドバンテージにはならないし、むしろ混戦に持ち込まれて各個撃破されかねないわ」
双子は血の気が引いた。してはいけない賭けにしてしまったと気付いたのだ。
煽り会話に参加していなかった少女達はそっと距離を取って逃げた。
「改めて。俺の名前は武蔵、大和武蔵だ。当日はよろしく頼むぜ」
地に伏して股間を押さえ冷や汗をかいたまま、それでも決め顔で名乗る武蔵。
「ぜっ」
「ぜ!」
最後の「ぜ」がツボにはまり、笑いを堪えるアリアと妙子。
時雨が武蔵の顔にどっかと座る。
「くそ、どけケツデカ女!」
「……ねえ、この勝負でルール外の賭けをするというのなら、貴方だけ利益のある条件はフェアじゃないわよね」
「まあそうだな。それじゃあ俺達が負ければ、双子ちゃん達に俺とのデート権を進呈しよう」
「いらない」
「いらない」
武蔵は逃げた残り2名を見た。
残り1名は連動するように空を見上げて視線から逃げた。
「最上ちゃんだったな。君達は」
「いらない」
武蔵も空を見上げた。
絶好のフライト日和な、青空が世界の果てまで広がっていた。
「三笠ちゃん? 君も」
「ハラワタ撒き散らして死ね」
紙袋少女が一番辛辣だった。
「もし私達が勝ったら、勝ったら……」
「まだ悩んでたのかお前」
時雨は考える。
勝てたらデート、まあそれもいい。
しかしこれは千載一遇のチャンスである。どうにか、どう転んでもメリットを得られる条件を取り付けたい。
時雨は自分のチームが武蔵のチームに勝てると、確信を抱けてはいなかった。
「勝ったら、なんだ?」
「私が勝ったら、貴方の全てを貰うわ!」
色々とフワッとした景品だった。
「全てって? 金か? 下半身か? 信濃か?」
付き合いが古いだけあって、時雨は武蔵の妹である信濃とも知人である。
「信濃はいらないけど……全てよ。私を愛しなさい。私と結婚しなさい。財産も私が管理します。外出するのも許可制です」
「怖いよ」
とんだ束縛系だった。
「割に合わないだろう、こっちは勝っても秋月ちゃん、霜月ちゃん、最上ちゃん、三笠ちゃんとデートする権利を手に入れるだけだぞ」
「ちょっ、なんで巻き込まれてるっすか」
いつの間にか鈴谷最上まで巻き込まれていた。
「無論タダとは言わないわ。アンタが勝った際の商品を追加してあげる」
「ハイリスクハイリターンってか? だとしても、その条件は横暴すぎる。どれだけチップを積もうが首は縦には振れない」
分の悪い賭けは嫌いな男、武蔵であった。
しかし次の時雨の言葉に、思わず食指が動くこととなる。
「アンタのバカみたいなハーレム計画、手伝うわ」
「―――ほう?」
「そっちの娘達もこっちの娘達も、全員アンタのものにしなさい」
「「「ちょ、隊長!?」」」
鋼輪工業チームが唱和して叫んだ。
「……どういうつもりだ? 勝てる確信があるわけじゃないだろう、同級生を勝手に景品にするなんて無茶が過ぎる」
「私は『手伝う』って言ったのよ? 実際にハーレム計画に加えられるかはアンタ次第だわ」
結局は時雨の塩梅次第なのだ、電話番号を教えるだけで終わる可能性とてある。
全力で彼女達が拒絶すれば、武蔵も付きまとうのは難しい。
「っていうかその人、ハーレムとか目指してるんですかぁ?」
「ひくわー……」
「いやいや。良くないですよ、そういうの!」
武蔵は時雨をじっと見据えた。彼女が本心を明かしていないことなど、長い付き合いの武蔵にはお見通しである。
やや悩んで、武蔵は決断した。
「―――いいだろう」
「良くないって!」
「考え直して!」
秋月と霜月が抗議するも、誰も聞いちゃいない。
「その条件でいこう。異論はない」
「はい、はーい! 異論、異論ありまーす!」
「あとで『やっぱ止め』はなしよ、武蔵」
「今止めるー! ちょ、時雨ぇー!?」
武蔵と時雨は契約成立の握手をする。
「―――で、そっちの部員達としてはどうなの?」
時雨は雷間高校の空部員を見据えた。
「武蔵が他校の生徒とデートやらハーレムやらする可能性が出てきたんだけれど、身内の恥を窘めようとは思わないの?」
「あら、しぐちゃん何か勘ぐってる?」
「その人が誰とどんな関係になろうと、私には関係ないのです」
「その、お兄さん、良くないと思います……そういうの」
反対意見は由良だけだった。
苦笑する妙子と、無関心そうに振る舞うアリア。
時雨は憮然とした。「倫理的な視点から注意しないのか」と言葉の上ではそう訊ねたが、本音は違う。
この2人が妬くような素振りを見せないか、恋敵と成り得るのかを探ったのだ。
しかし妙子には見破られ、アリアは許容してきた。
妙子とアリアが、武蔵を理解していると主張しているようで時雨には腹立たしかったのだ。
「それじゃ、お互い最善を尽くしましょ」
「おう。じゃあな、秋月ちゃん、霜月ちゃん、最上ちゃん、三笠ちゃん」
「名前と顔完全に覚えられた……」
立ち去る5人。うち3人はやたらと項垂れていたが、武蔵としてはガンバとしか言いようがない。
武蔵はじっと、鋼輪工業の少女達の背中を見つめる。
「武蔵? どうかしましたか?」
「……いい尻してやがる」
エロスーツの尻を注視しているだけだった。
アリアは付近で整備していた人からバールのようなものを拝借し、武蔵の頭部を背後から殴った。
「さて、練習しましょうか」
「ええっと、武蔵くんが気絶しちゃったから練習出来ないかなぁ?」
そこには、何者かに後頭部を殴られ倒れ伏す武蔵の姿があった。
「酷い、誰がこんなことを」
「とりあえず……僕が点検しときます」
由良は武蔵とアリアの為に用意された二式練習戦闘機に取り付く。
一通り機体を見て回った由良は、思わず感嘆した。
「お兄さんが整備したんだよ、ね?」
「うん、武蔵くんしか弄ってないけど……何かあった?」
「相変わらず、よく出来ています……お兄さんの整備技術は、けっこう高いです」
プロ級の知識と経験を持つ由良の目から見ても、武蔵の整備は見事であった。
当然である、彼はその為に日々勉強しているのだから。




