ピーファウルの落伍者1
『2045年5月11日』
アリアが勝手に取り付けてしまった空部の命運を分ける大会の契約。武蔵が慌てて先方に確認すると、既に全部員に通達したと返答された。
「おばか!」
「おばかとはなんですかおばか!」
ぎゃあぎゃあと言い合う武蔵とアリア。ただの他校部員との交友なら、武蔵とて怒りはしない。
無論やる気のあるパイロットがアリアだけな現状、試合になどとても成立しない。大会という名を借りた、学生らしい範疇における経験積みの場に終始するであろう。
問題は、アリアが勝手に取り付けた夏季大会における取り決め。この大会の結果が、2つの空部の今後に影響することであった。
「より上まで行けた方が部活動の主導権を握るって、おま! おま!」
主義主張が異なる派閥があり、練度の高い方が活動のメインとなる。それは、結果を求められる運動部なら不自然ではない。
だが武蔵としては御免こうむる展開であった。何せ、負ければ鋼輪工業式のスパルタ練習コースである。
「俺のハーレム部を破綻させる気かお前は!」
「勝手にハーレムに加えないで下さい! 勝てばいいでしょう、武蔵だって昔は凄いパイロットだったと聞いてますよ!」
「なーんでお前の中じゃ、俺まで出場する予定なんだ!」
「あの零戦、稼働状態で維持してるじゃないですか! それってつまり、武蔵も空を飛びたいのでしょう! 女々しい男なのです!」
うぐぅ、と言葉に詰まる武蔵。
確かに図星であった。零戦は、つまるところ武蔵の未練に他ならない。
「勝てばいいです! 勝てば、その権限を乱用して自分だけサボることも出来るはずです。幽霊部員になるなり、部活を実質二分してお遊びサークルと実戦チームに分けるなり好き勝手出来ます」
「いやそれは許容されないだろ、向こうからしても……」
酷い暴論に、武蔵も怯む。
それこそ、勝てばなんでも許容される精神である。あまり文明的とはいえまい。
「だからこその勝負です。公正なルールの元、やるだけやれば武蔵も納得するんでしょう?」
「白人様の言いそうなことだ」
相手に勝つ見込みのない公平なルールを敷いて、完膚なきまでに叩きのめした後に勝者の権利を存分に振るうのが彼らのやり方である。
なおこの一文はブラックジョークであり、人種差別を助長するものではないと記しておく。
問題なのは、ルールが完全にこちらに不利に働いていること。腹黒紳士の国出身らしからぬ失態である。
「解ってるのか。現在のエアレースの主流はレジェンドクラスというものだが、このエアレースのルール上はどうやったって勝ち目はないんだぞ」
解っていない顔をするアリアに、武蔵は説明する。
「レジェンドクラスの参加規定はただ一つ、『プロペラ機であること』だけだ。この枠組み内で最大限にカスタマイズされた機体は、兵器とは言い難いほどにデリケートな物ばかりとなっている」
同じスペックを重視される機体でも、競技用機と軍用戦闘機では大きな違いがある。軍用機ともなれば、実用に耐え得るだけのタフさ、整備の簡易さを両立せねばならない。
その点、昨今のエアレーサーは軍用としては落第もいいとこだ。高出力ターボシャフトエンジンを更にチューンナップし、軽量化まで図っているのだから。
ただ飛ぶだけで自壊する。それがエアレーサーであった。
「だからこそ、レジェンドクラスは機体トラブルが生じても試合中止にならないように、規定数に満たない出場が認められる。それは逆にいえば、敵が2機しかいなかろうと遠慮なく5機で襲いかかってもいいってことだ」
戦いにおいて、数はあまりに大きな要素となる。
ぶっちゃけ、物量でボコられる。相手が素人集団なら翻弄する戦術も取れるが、鋼輪工業空部はそんな子供騙しに引っかかる連中ではないと予想される。
割と確実に、堅実にボコられる。
「ましてこっちは片方が素人。実質、俺対5機の無理ゲーじゃねーか」
「ふふふ、私も無策というわけではありません。空部の人員不足は自覚していますとも」
その一端を担っているド素人は、何故か自信ありげに慎まやかな胸を張る。
「誰か新人にあてがあるのか?」
「さあ来なさい、ニューフェイスガール!」
パチン、と指を鳴らすアリア。
誰も何も反応しなかった。
もう一度パチンと鳴らすアリア。
カラスが窓の外で木から飛び立った。
「おい、新人逃げたぞ」
「誰がカラスをスカウトしますか! 信濃ー、信濃ぉー!」
「あ、はーい!」
とてとてと近付いてきたのは武蔵の妹だった。
「どうしたのアリアちゃん?」
「どうしたの、ではありません。打ち合わせしたではありませんか」
「あ、ええっと……あー、あれね、アレ」
ど忘れしていた信濃は、汚名返上とばかりにウインクする。
「ごめんね、すぐ拉致ってくる! ラブアンドピース!」
「取って付けたように平和主張すんな、今拉致って言ったよなお前」
どたばたと教室を出て行く信濃。
1分もせずに戻ってきた妹は、1人の少女を連行していた。
「捕まえたよお兄ちゃん、お兄ちゃんの指示通りに!」
「むーっ! むーむーっ!」
手足を縛られ、さるぐつわと目隠しで情報を封じられたまま現れた人物。
武蔵の働くハカセの工場、そこのバイト仲間。五十鈴由良であった。
今は当然のように怯え、震えている。
「おい、どーすんだこれ。目隠し取ったら俺だって特定されるぞ」
「特定されたら問題でもあるの? 大和さん家の武蔵お兄ちゃん!」
「どっせい!」
武蔵は信濃をジャーマンスープレックスした。
「よし、名前は聞かれなかったな」
「いえ確実に聞かれたかと」
アリアがさっさと由良の拘束を解いてしまう。
恐怖のあまりぐずっていた由良は、とりあえず知人であるアリアに泣き付いた。
「ぶえええっ」
「由良、色々とすいません。信濃は少し頭がかなりおかしいので、広い心で許してあげてください」
驚くべきことに『少し』から『かなり』に、一文の中でランクアップしていた。
戦いの中で成長する系の変態さである。
「信濃がアレなのはいいとして、由良ちゃん?」
「は、はいっ……!」
武蔵は最大限にこやかに笑いかける。
由良は小さく悲鳴を上げた。
「ひぃ」
「もう、武蔵は黙ってて下さい! 貴方の顔はテロリズムなんですから!」
「アリアさんには心がないのかな?」
テロリストな顔呼ばわりされた武蔵は、いっちょ前に傷心した。
さてどうしたものかとアリアが逡巡すると、彼女が行動を起こす前に由良が気を取り直す。
「えっと、その、僕も……空部のお手伝いをしようと思います!」
ほう、と武蔵は思わず目を軽く見開いた。気弱な少年だと認識していたが、意外と芯がしっかりしている。
それと同時に、妙子が窓から教室に飛び込んできた。
「やったー! 可愛い女の子が増えたわ、マスコット確保よ!」
「おい3年生、物理法則無視して登場するな」
気色満面の妙子が由良に抱き着き、くるくると回る。
困惑しつつも、由良はちゃんと返事を出来た。
「いえ、僕はメカニック志望です……」
「いいじゃないメカニックでもマスコットでも、似たスペルなんだから!」
MechanicとMascot。
あんまり似てない。
「由良ちゃん、飛行機は弄れる?」
「えっと、大丈夫、です」
「経験は、資格は?」
妙子が立て続けに訊ねると、由良は再度頷く。
「一等航空整備士、持ってます」
「え、すごい」
そう、彼の整備士としての立場は武蔵より格上なのだ。
というか高校1年生で一等とか、何時から現場に出てたんだお前ってレベルだった。
何故かアリアが胸を張って頷く。
「この子機械にすごく強いみたいなんです! なんでも実家が工場だとか!」
「それは知ってる。でも由良ちゃん、メカニックは一応俺もできるし別に無理しなくていいんだぞ」
アリアか信濃あたりに無理矢理連れてこられたと考えた武蔵は、そういって退路を確保した。
「……お兄さん、優しいです」
ぽっ、と頬を染める由良。
「邪魔をしないでください武蔵。私は良識に則ってルールの範疇で勧誘してるだけなのです」
「良識ある奴なら普通は強制連行しないから。由良ちゃんも、別に惚れ直すシーンじゃないから」
そう言って、武蔵は良識の欠片もない女性陣を睨んだ。
女性陣は自分の背後に誰かいるのかと思い、後ろを振り返った。
「……いえ、やってみようと思います。帰宅部なのは、少し気になってましたので」
真っ当系ないい子。武蔵は感動した。
今まで空部にいなかったタイプの人物だった。
「これで武蔵もパイロットに専念出来ますよね!」
「偉いわアリアちゃん! 貴女を副部長に任命するわ!」
「めんどくさいので辞退するのです!」
自分の手柄だと言わんばかりに再び胸部(胸そのものはない)を張るアリア。
確かに部員を確保したのは功績だが、肝心のところは何も解決していなかった。
「結局選手は2人だけなんだが、何か変わったか?」
数的不利は、何も変化していなかった。
自分に対する賞賛に水を差されたアリアは、武蔵を冷ややかな目で見やる。
「な、なんだよその目は」
「いえ、この人は口だけで何もやってないなーって」
「それが飛び方を教わろうという相手に対する言葉か」
ヤレヤレ、とこれみよがしに肩を竦めるアリア。
「男ならドーンと当たって粉砕しなさい」
砕けるどころか粉砕せねばならないらしかった。
武蔵は大きく、肺の空気を全て絞り出すような大きな溜め息を吐いた。
「ああ、もう、判ったよ。やれるだけやるぞ」
武蔵はアリアの頭を荒っぽく撫でた。
「な、なんですか。セクシャルハラスメントですか。髪が乱れるのでやめて下さい」
「放課後」
時間帯の指定だけを行う呟き。
どういう意味かと訝しむアリアに、武蔵は告げる。
「放課後、大苫宇宙港。準備や申請が終わらせてある、本格的な実技練習を始めるぞ。部長も、由良ちゃんもそれでいいか?」
誰も異論はあるはずがなかった。
ただ、由良はおずおずと手を上げる。
「どうしたの由良ちゃん?」
「あの、さっき部長さんが言っていたこと、なんだか勘違いしているようなので、訂正しておきます……」
今更ですが一応、と付け足して由良は妙子に告げる。
「さっき、僕のことを『可愛い女の子』と言っていましたが……僕は、男です」
教室は驚倒に包まれた。
「むむむ武蔵くん、どうするの!? この子と結婚するには色々と障害が多いわよ!」
「まあ別にいいかなって」
「いいの?」
「穴があればなんとかなりますよ」
「お兄ちゃんはちくわの穴とヤッてればいいと思うの」
信濃は冷蔵庫のちくわが兄の使用済みかもしれないと危惧し、夕飯にと考えていた磯辺揚げの具材を変更することにした。
いくら書き貯めしているとはいえ、読者の皆さんからの反応がなさすぎてつらいです…(泣)
いえ、いいんですよ? 面白くもない小説に感想をしてくれなんて私からは言えません。
この小説はそのうち大きな転機があります。その時、絶対に「この作者、頭大丈夫かよ」と皆さんに言わせてみせます。
読み続けてもらえて、なおかつアッと驚く展開が出てきたら、ぜひ感想を書いて下さい。
「この作者マジキチかよ」と。




