FOH(フロー・オブ・ヒストリー)
アラキヨウスケ海士長は、祖父が海上自衛隊の前身組織の警備隊出身で最終階級は二等海尉、父が陸将補である。血統から言えば、サラブレッドであるのだが、彼に今必要なのは階級と名声であった。父もなし得なかった、将補以上の海将を狙っている。ハシタニユウキ一等海士は高卒後一旦海上自衛官になったが、防衛大学校への編入試験を控えて部隊勤務についていた。一般的には、高卒後防衛大学校を受験してストレートに入隊するのがベタではあるが、諸事情により一年間の浪人生活を自衛官として過ごしていた。防衛大学校の受験資格は年齢が18歳以上21歳未満なので、彼のような荒業も不可能ではない。アラキ、ハシタニ両隊員は横須賀で発見され、トリタニ三曹の案内で江戸(東京・晴海埠頭)に送られた。
ここで、状況を一旦整理しておく。薩摩・長州・土佐・肥前等の倒幕派と徳川幕府直轄の新選組や京都見廻り組、新徴隊と言った二つの勢力が京都を舞台に争っている。と言うのがディスとゼアー共通のシンプルな幕末の基本構図である。共に優位を保つのは、数の力で勝る徳川幕府側の方であり、質より量の考え方で薩摩・長州等緒藩を圧倒していた。
1867年3月下旬の時点では、6:4(徳川:薩摩・長州)位でこの時点では幕府優位を保っていた。大きな内戦と言うのは、大国にのしあがる時に通らねばならない、言わば登竜門であり、エゲレス(英国)もメリケン(米国)も通って来た道である。だが、海野が目指すのはそんな大壮な事ではない。ただ、きりざめクルー全員でゼアーの未来に行く事である。
だが、海野はそれが無理な願いだと知っていた。歴史の流れ(フロー・オブ・ヒストリー)がディスとゼアーでは全く異なるものに成る事を悟ったからである。どう言った経緯でディスとゼアーの時間軸が交わったかは分からないが、フロー・オブ・ヒストリー(FOH)に逆らえない事は自明の理であった。となれば、きりざめクルー全員の命を預かる艦長として真日本海軍に入隊するのは、当然の流れであった。FOHが乱れたディスにいるのは夢ではなく現実であり、大和、武蔵以上にFOHを乱す要因に成り兼ねないきりざめの存在は、徳川幕府の存続すら可能に出来るものである。
アカギ、ヤマグチ、海野の三者は極秘に会談して、真日本海軍への参加(入隊)を決定して、大和艦長ヤマグチ大佐を中将に昇進させて、武蔵艦長アカギ中将はそのままに、海野は元帥大将になる旨を申請し、受理された。設立したての真日本海軍の中心戦力は徳川幕府海軍であり、大佐以上の将官はおらず、実質的には、ゼアーの将官達が海軍に関しては治める事になった。一方で、真日本陸軍の中心には徳川幕府に仕える侍(武士)であり、これは何も問題は無かった。陸軍元帥には勝海舟が選出され、海野等にとってはとてもやり易い環境が整っていた。




