嫁の務め
その後もきりざめ元クルーの死亡が相次ぎ、信吾は亡き父玄太郎に変わり、その全てを見届けた。トーマス・エブリンやデューク・ペリーも死亡し、あの頃を知る者もほとんどいなくなった。その間に信吾は三等海佐に昇任し、イージス護衛艦「まや」の水雷長になっていた。
「親父さんも今の君を見れば、笑ってくれるんじゃないか?」
と、副艦長の山ノ内二佐は言ってくれたが、まだ信吾の気持ちは晴れやかではなかった。何故なら、核戦争の脅威が取り除かれていなかったからである。とは言え、もうアトムは無い。
「まぁ、そう力むなよ。」
と、山ノ内二佐は言ってくれた。
「自分一人で出来る事なんてたかが知れてますよね?」
「貴様は神様なのか?」
「違います。」
「でも勇者には成れるだろう?」
「そんなたまじゃないっすよ。」
「海野Jr.お前は自分の務めをしっかり果たしている男だと思っているが、違うのか?」
「本当は親父のクルーの事などどうでも良いんです。でも、親父が死に際にきりざめ元クルーの事を頼むと言ったから、仕方なくやってたんです。」
「それは本心か?」
「妻に言われたんです。本心では嫌々やっているんだよね?って。」
「でも、心の中には父の遺志を無駄にしたくはないと言う気持ちがあり、ここまでやってこられました。きっと父には怒られるでしょう。とは言え、どこかで区切りをつけたいとは思っていました。」
「そっちが本心じゃないか?」
「そうかもしれません。」
「きりざめの事情はよく分からないが、クルーを大切にするという気持ちは分かる。だがもう充分だろ?」
「自分の幸せを考えたらそう思います。」
と、まやの幹部二人が話し込んでいると、艦長の水沢一佐が現れた。
「どうした海野Jr.と山ノ内二佐?」
「いえ、大した事ではありません。海野Jr.に指導をしておりました。」
「ふーん。そう。」
「急ぎ配置に戻ります!」
「うん。そうして。」
「何かあったら、まず俺に話せ。いいな?」
「はい。ありがとうございます。山ノ内二佐。」
山ノ内二佐はとても優しい人であった。とても水沢一佐に話せない事でも山ノ内二佐なら打ち明けられる。そんな上官であった。
仕事柄、海上にいることが多かった為、きりざめ元クルーの事情は母や妻から入ってくるのがほとんどである。これまでも死に目に会えないきりざめ元クルーは大勢いた。それでも、墓参りは欠かした事はなく、プライベートの時間を削ってまで、その事で、妻には苦虫を噛ませていた。それは本当に申し訳ないと思っている。しかし、妻は海野家に嫁ぐ時点で正直に伝えている事でもあり、信吾の口からハッキリ承諾を得て結婚した。そして、自分が家を空けている不在の時は、母から特別職国家公務員である自衛官の夫を持つ"嫁の務め"について家を守る事の大切さを口酸っぱく言われていた。だから、信吾がイライラしている事は嫁の立場からすれば当たり前の心の察し方であり、それは口に出さないのが本当の嫁の務め
であった。しかし、そんな事は日常茶飯事であり今に限った話ではないのである。