第83話 二回戦第七試合・第八試合
『二回戦第七試合はスズオカ・シグレ選手対カルム・パープルドラゴン選手です!それでは入場して下さい!』
「カルム、だったか──『時間遡行』」
時雨は包帯だらけのカルムに『時間遡行』を施した。
その効果は──
「⋯⋯治っている?」
「治したんだ、怪我を負う前の時間までな」
「いいのか?敵に塩を送るような真似をして」
「負傷者をいたぶるような勝負は面白くない」
時雨とカルムは視線を交わし──衝突した。
「やるな、本当に強者のようだ」
「流石は紫龍家当主、この攻撃を防ぐか」
互いを称えながらも両者一歩も譲らない戦闘を繰り広げる。
カルムは魔力を肉体に被せて、時雨は光から一本貰った刀を使用して今大会で最も激しい近距離戦を行う。
カルムは時雨と近距離戦をしながら魔力砲を周囲に展開して砲撃しており、時雨はそれを『時間』によって発動する寸前に巻き戻す。
「実に面白い──『紫滅の閃雷』──ッ!」
アルプが光との試合で行った設置型砲撃陣魔法を一瞬の溜めなく繰り出した。
アルプは結界に砲撃陣を設置したが、カルムは自身が指定した場所から突然魔力砲撃が襲いかかってくる。
威力は、数は、どこから来るのか、全てを考え、適切に処理しなければならない。
時雨が選んだ選択肢は──
「──『時間停止』」
膨大な魔力を使用して、誰も入って来られないような時間の停止を行う。
『時間停止』にはカラクリがある。
──能力である『時間』によって『時間停止』を行うには、最低でも目の前の相手の魔力量の4分の1の魔力を使用することで時間を止められる。
では、相手の魔力量をどうやって見抜くのか?
──時雨には魔力が見抜ける特異体質『魔力眼』を持つ。
魔力量は勿論、魔力質すら見抜けてしまう。
それを利用して魔力量を看破しているのだ。
だが時雨の全魔力を使ったとしてもカルムの4分の1には達しない。
なら何故止められているのか?
ブライアの『魔力眼』のように操作や消失といった相手にとってマイナスな行動はできない代わり、空気に混じっている魔力を吸収したり、魔力の増幅といった自分にプラスになるような行為は可能なのだ。
それを使って魔力を増幅させて『時間停止』ができたのである。
「『時間』を使うのは本当にめんどうだ⋯⋯」
時雨ははっきり言って馬鹿だ。
運動神経は良いのに、勉強はできないのである。
だから理解をするのにかなり時間がかかっており、未だにこの『時間』を十全に扱えない。
ブライアが持っていればまた違った扱い方をする筈だ。
本能と直感を信じる時雨だから、より攻撃的な『時間』が生まれたのだろう。
「⋯⋯斬るか」
時雨が刀を構える。
首を一閃する姿勢になり──刀を振った。
カルムに背を向け、呟く。
「『時間停止解除』」
カルムの首から血飛沫が舞う──ことはなかった。
違和感を抱いた時雨は振り返ると、背後に多重の魔力砲撃を構えたカルムがいた。
「能力『幻影』──まんまと騙されたな」
カルムの策略により、とんでもない量の魔力を無駄遣いさせられてしまった。
時雨はイラッとするが、今はそんな場合ではないことを思い出す。
「お前は魔力量が残り少ない。大して私は毛ほども魔力を使っていない」
そう言いながら砲撃陣を形成していく。
わざわざ状況の解説をするのがカルムの性格の悪さを表している。
「良い性格してるな、お前」
「よく言われる」
「嘘つけ」
そんな軽口を交わしているが、時雨は今そんなことをしている暇は無い。
空気中の魔力を吸収しようにも先程殆ど吸収してしまった為にそれ程残っていないのだ。
絶体絶命である。
「砲撃陣形成──『刻紫閃型・彩虹の光』」
宙に浮く砲撃陣が七つの色を彩り、時雨に襲いかかる。
今更対処しようにももう遅い──
「──もう既にお前は負けている」
時雨のもう一つの特異体質──『雨の日』──。
『雨の日』の内容は至ってシンプル。
──周囲との完全同化だ。
「⋯⋯静かだな、いくらなんでも不自然だ」
カルムは倒した筈の時雨の異様な静けさに違和感を覚えた。
実況も試合終了のコールをしないどころか、狼狽えてしまっている。
何かおかしい──そう思った瞬間。
「──ッ!?」
何も無い筈の場所から斬られた。
まるで剣で斬ったような傷が腕にあり、いつ斬られたか全く分からなかった。
どこを探しても時雨はいない。
当然だ、何故なら時雨は空気と完全同化しているからだ。
空気は視認できないし、触れることもできない。
そして、攻撃も当たらないのだ。
カルムは何も無い場所から斬られる恐怖に怯えるのみ。
「──どこにいる!?」
声も聞こえない。
──時雨が隠密として役に立つ理由は全て『雨の日』の評価だ。
『時間』のデメリットは膨大な魔力の消費。
この能力だけなら時雨は絶対的強者として肩を並べられていたか怪しい。
だが『魔力眼』と『雨の日』、この二つのお陰で時雨は強者足りえている。
「クソ──ッ!」
カルムは決して降参しない。
惨めに負けを認めるくらいなら誇りを持って最後まで戦って死んだ方がマシだからだ。
ネルも同じ考えをする。
いや、ネルだけじゃない、他のレインボードラゴンも大勢はこの考えだ。
貴族である誇り、名誉を地に落とすことへの恐怖。
そして何より、自身より強い者と最後まで拳や魔力、剣を交えることへの喜び。
自身に与えられた祝福だと、大勢のレインボードラゴンは考える。
だからカルムは例え負け試合であろうと、最後まで強者と戦う祝福を抱いて魔力を放つ。
「──『紫滅の閃雷』」
静かに、そう呟く。
すると先程放った『紫滅の閃雷』とは違い、何も無い空間中を雷が舞い続ける。
数を多く打てばいつかは当たると信じ、魔力をつぎ込む。
だが時雨は既に、カルムのそばにいたのだ。
(⋯⋯さよならだ)
時雨はカルムの首に、静かに刀を刺す。
すると『紫滅の閃雷』は止み、カルムはバタリと倒れた。
時雨は『雨の日』を解除し、カルムの首から刀を取って振る。
刀についた血が地面に落ち、鞘に仕舞いながら時雨は退場していく。
『二回戦第七試合勝者、スズオカ・シグレ選手!続いて二回戦第八試合はクライア・グリーンドラゴン選手対セルシア・グレイスフォール選手です!』
時雨は入退場門でクライアとすれ違う。
今の太陽の父親だったなとクライアに目を向けると──まるで今から相手をするのは自身の仇だと言わんばかりの迫力を身にまとっていた。
時雨は息をするのを忘れ、恐れた。
あんな迫力のある人間が存在していいのかと、本気で疑った。
「よぉクライア、久し振りだな──できることならテメェには二度と会いたくなかったぜ」
「⋯⋯そうか」
セルシアはクライアを睨み、クライアはセルシアなど眼中に無いと言わんばかりに圧をかける。
セルシアはその態度が気に入らない。
まるで過去のクライアを見ている気分で、嫌になるからだ。
「⋯⋯復活できないくらいにグシャグシャにしてやるよ」
「やってみろ、弱者」
クライアらしからぬ言葉遣いに態度。
ブライアは本当にクライアなのか疑った。
「親父、どうしたんだ⋯⋯?」
「アイツは学生時代、セルシアに因縁があったんだ⋯⋯当然、悪い因縁だ」
「⋯⋯聞いてもいいか?」
「まだお前に話すべき時じゃない。それに、クライアの自分の口で話されるべき重大な事だ、クライアにとっても、お前にとっても、グリーンドラゴン家にとっても」
ブライアはクリーナを見た後、クライアの拳を凝視する。
いつもより強ばった腕、今すぐにでも暴れ出しそうな圧力、視線だけで殺されそうな眼力。
いつものほのぼのとしたクライアとの違いに、息子であるブライアですら恐怖する程。
「『無天無双』を使うのか?──使えねぇよなぁ!」
「黙れ」
セルシアとクライアが拳を交える。
セルシアは嘲りと苛立ちを、クライアは底知れない憤怒を胸にお互いの命を狙う。
「流石は現代の八武闘士一位──さっさとその座を返せ老いぼれ!」
「消え失せろ」
更に一撃、一撃と激情と矜持がぶつかり合い、一つの戦争と変えていく。
先程のカルムと時雨の衝突とは違い、今はただの肉弾戦。
そう、普通の肉弾戦なのだ。
魔力も使わず、能力も使わず、鍛え上げた己の肉体一つで戦いを成している。
観客は息をするのを忘れる程魅了され、惹き付けられた。
一瞬の隙でも晒したら命を奪われる緊張感、そしてその瞬間を待ち侘びる期待。
セルシアとクライア、両者の肉体は同等。
勝負を決めるのは能力。
「『殺伐』──『人外強化』」
セルシアは人として戦闘をしない。
人の理から外れ、圧倒的な力を手にする。
「『人外拳技・殺戮の一撃』──ッ!」
人の枠を外れ、どす黒い魔力を帯びたセルシアの一撃が、クライアに放たれる。
──この一撃こそがセルシアの突き詰めた究極だ。
人間の頂点に立つには、人の枠から外れなければならない。
これが出来なければ死ねと、セルシアは自身に言い聞かせながら鍛えてきた。
この一撃だけで並の人間はおろか、結界を何重にも施した一流の魔導士ですら一撃で絶命する。
人を一撃で殺めることだけに特化した故、放った後の反動がかなりくるのだが、『無天無双』を使用できないと踏んでこの賭けに出た。
「邪魔だ、雑魚──ッ!」
それに対するクライアの答えは真正面から受け止める。
まさに自殺行為だと勝利の喜びを感じたセルシアは──自身の拳が止められ、内臓が飛び出ているのに気が付かない。
クライアは一撃必殺である『無天の一撃』を使わず、その後に発揮される状態の『無双状態』だけを使用した。
多少無理をしたが、『無天の一撃』の肉体の負荷よりはマシだ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」
セルシアは疑問を抱きながら、試合に敗北した。
果たしてその疑問が解消される時はくるのだろうか──