第75話 天才の予備と天才の頂点
──私立水下高等学校には、六人の天才がいた。
日本でもかなり有名な存在であり、他の人間とは全く違う種族なのかと疑う程に天才だったのである。
だが彼らが卒業した後、天才はいなくなってしまう。
だからその六人の天才の後継者としての争奪戦が行われた。
そして勝ち取った六人──武原狼牙、拒灯凪乃花、誉野宮傲、影踏月葉、新宝開太、紀果樹空は、正真正銘の天才である六人と区別を付ける為に天才の予備と呼ばれ、天才達の劣化版とも呼ばれることがしばしばあった。
それは間違いなく蔑称であり、常人ではない才能の筈なのに、その才能の上位互換が存在するせいで才能に泥を塗られているようなもの。
だから予備達は──真の天才を憎み、常人を遥かに超えるその才能を尊敬した。
「まあ揃いも揃って予備集団がよく来たものだ⋯⋯久し振りに会ったんだ、茶でもどうだ?」
「黙れ『運動の天才』──そして、全ての天才の上位互換」
「お、やっぱりお前は気づいていたんだな、狼牙」
「⋯⋯『師走』と呼べ」
「はいはい。で、何の用だ?」
「本当ならお前を殺す所だが──命令により、お前を手に入れなければならない」
「⋯⋯まあその話は一旦置いておこう──水下椿、あいつはどこだ?」
「知らん、あれもお前と同じ存在だから選ばれなかったんだろう⋯⋯いや、お前よりも才能あったんだったか?」
「俺と椿の間にはどんな浅い溝すらも無い、その程度の低い煽りで俺が怒ると思うな」
「その割にはかなり機嫌が悪そうだが?」
「お前らのせいだ、戦いの邪魔をしたガルもお前らも全員殺してやるよ」
「──総員、構え」
狼牙は大剣を、凪乃花は武術の構えを、傲は双刀と円刀を、月葉は魔力を自身の周りに展開し、開太は銃を、空は長槍を持った。
俺を殺そうとする視線をしながら、俺を手に入れるつもりなのだろうか。
散々言ったが、今の俺でこいつらに勝てるとは限らない。
この前に会った月葉がガルよりも遥かに強かったのだ、それが六人もいる。
「総員、かかれ──ッ!」
下から大剣と円刀、正面から拳と双刀に魔法、頭上から銃弾と魔法、背後から長槍と魔法が襲ってくる。
これを認識できるのはヘルスの『輪廻』のお陰だろう、俺のやるべき対処は──
《違う、お前は認識させられている!俺でも追いつかん!》
《コイツら、強い──ッ!?》
《対処が間に合わない──!》
三人でも予想外の戦闘力のようだ。
まずい、現場にいる俺も全ての対処は難しい──というより、対処できない!
ここままじゃ死ぬ──!
《お任せ下さい──『魔本・賢智の魔本』》
「──ッ!?」
何が起きたのか、俺でも理解できない。
一体、誰が何をした?
《私ですよ、今貴方に死なれたら困りますので》
事件の魔本が⋯⋯俺を助けた?
──確かに、コイツが俺を利用するには生きていなければならない。
なら──
(頼むぞ、事件の魔本。今だけは信用して背中を預けてやるよ)
《ええ、今だけでも信用してくれるのなら構いません──いきましょう──『魔本・天啓の魔本』》
「──『聖白陽光武・斬陽深紅』」
天井から雷光が降り、俺が陽剣を持って辺りの空間ごと六人を斬る。
俺の剣は見事に全て回避されるが、雷光は月葉の魔法によって相殺されるのが殆どだ。
事件の魔本って、実は強いのか?
《──適応完了!『全知全能』を行使します!》
《聖法を使うわ!》
《『輪廻』も使うぞ!》
魔本が時間を稼いでいる間に、三人が援護を行う。
オニシエントは相手の分析を、ホーリーさんは雷光に聖力を宿し、ヘルスは『輪廻』で俺の疲労を戦う前まで戻してくれた。
『輪廻』は本当に万能だ、これでソロミアと激突した時の衝撃が全て消え去った。
実の話、ソロミアを吹き飛ばした際に何かかけられていたようで、それが『戦闘疲労蓄積増加』⋯⋯いわゆる、一種の呪縛のようなものらしい。
それに気づいたオニシエントがヘルスに頼んで解除をしていたのだが、激しい戦闘だった為解除に意識が向かなかったと。
今はさっきより若干落ち着いた戦闘をしているので簡単に解除ができたようだ。
《⋯⋯⋯⋯⋯⋯なに、これ⋯⋯》
(どうした、オニシエント?)
《今すぐ逃げて下さい!この者達はまずい、事件の魔本がいても相手になりません!》
恐らく『全知全能』を使った結果、全てが視えたのだろうか。
ここでオニシエントに逆らうのはまずい、大人しく従っておこう。
オニシエント、脱出準備を!
《攻撃を行われてはまずいです──『魔本・守護の魔本』》
「『無限』──『無限ノ空間』」
魔本が俺の周りに防御結界を展開する。
その防御結界の上に『無限ノ空間』を重ね、どんな攻撃がきても『無限ノ空間』に流す準備ができた。
(オニシエント、頼む──ッ!)
《『全知全能』──『強制転移』!》
──転移は成功したのか?
《恐らく⋯⋯『無限ノ空間』を解除してみてください》
『無限ノ空間』展開中は自分の目の前にも空間が無限に広がっているだけであり、相手が見える訳ではない。
そこだけが少し不便だが、収納としても、防御としても優秀なのだ。
少し怖いが⋯⋯『無限ノ空間』解除。
「──成功している⋯⋯よな?」
《まるで地獄絵図、ですね⋯⋯》
辺りを見渡すと、氷柱が結界や会場、地面に突き刺さっている。
そして⋯⋯ガルが、中心で親父とレジェンドと対峙していた。
激しい怒り⋯⋯が沸き起こってくる訳ではない。
何故だか俺は今、怒りという感情が湧いてこなくなった。
ガルがボロボロだからだろうか?
俺の怒りが超過したからか?
真相は定かじゃない。
ただ今言えることは──ガルはもう、満身創痍で今にもくたばりそうだということだ。
「ゴミ、カス共がぁぁぁぁ⋯⋯!!」
「フウッ⋯⋯フウッ⋯⋯」
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
ガルは威勢のいい言葉を吐き続け、親父とレジェンドは肩で息をしながら構えている。
何故親父は『無天無双』を使わないんだ?
レジェンドは辺りに被害が出るのだが、親父の『無天無双』は狙った者だけを標的にする。
一体──何が起きている?
「──ブライア⋯⋯何故、ここに⋯⋯!?」
「逃げたからだ」
「アイツらが、逃がした⋯⋯だ、と⋯⋯?ど、どうなって──ガハッ!」
ガルが口から血を吐き、今にも倒れそうな呼吸をしている。
ガルの胸にはいくつもの小さな氷柱が突き刺さっており、さっきまでは美しかった衣装も今は血塗られた残酷な衣装になっていた。
会場の天井にはクリーナがいるが、全力のガルを相手できるようなレベルまで回復しているとは思えない。
なら、ガルの元母親、ゼナ・ブルードラゴン、彼女しかいないだろう。
今はどこに──
「⋯⋯い、一体⋯⋯どうなっているんだ⋯⋯?」
「ああそうさ⋯⋯ゼナ・ブルードラゴンは死んださ!強大な青龍の使い過ぎでな!」
ゼナ・ブルードラゴンは試合場の端で倒れていた。
魔法杖を持ったまま、胸と腹に氷柱が刺さっている。
信じられない光景に、顔が青ざめていくのを感じた。
「お前⋯⋯実の母、だぞ⋯⋯?」
「知るか!絶縁された今じゃ関係ないさ!そんな甘い思考で俺はこんなことやってない!」
「お前⋯⋯頭がおかしいんじゃないか⋯⋯」
「今更だ──ゴフッ!?」
「余所見をするな、お前は絶対に許さない」
ガルと俺の話の最中に、親父がガルに制裁の鉄拳を放った。
あまりにも強烈な一撃に、吹き飛びはしなかったものの血を口から吐き散らした。
心臓が破裂している筈なのに、何故あんなに余裕を保てている?
何か、カラクリがある筈だ──
《『命核』を捉えました》
(⋯⋯やれ、できるだけ長く苦しむように)
《望みのままに──『魔本・必中の魔本』》
俺がガルに指を差し、針程に小さな光を放つ。
その光は急激に曲がり、ガルの手の甲を貫いた。
「手の甲⋯⋯!?」
《はい、どのような方法を使ったか分かりませんが、奴は手の甲に『命核』を移動させています》
通りで親父とレジェンドが見抜けない訳だ。
『命核』は全ての生物の源であり、その力は絶対に見えないと言われている。
『命核』を潰されてしまえば不死場ですら生き返れないとされており、『命核』を潰すのは禁忌だ。
だがガルは死ぬ義務があるとスティア国王から決められているのだ、禁忌であろうと、『命核』を潰されるのは当然の処置である。
「な──にィ──ッ!?」
「『命核』が潰れた、お前はもう死ぬ。せめて、苦しんで死んでくれ」
「お前、何故知っている!?お前が知っていい知識じゃない!何故──あ、あぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」
ガルの手足が痙攣し、絶叫した。
あまりにも酷い光景に目を逸らしたが、ガルの絶叫はまだ続いている。
『命核』を潰されるというのが、これ程までの苦痛だとは思ってもいなかった。
耳にへばりついて取れないガルの絶叫、目に焼き付いて離れないガルの手足の痙攣。
ガルは大罪人の筈なのに、この光景を見てしまったら少しだけ同情してしまう。
いや、同情ではなく嫌悪なのだろうか。
この絶叫と痙攣が、俺にトラウマを植え付けようとしている。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い──ッ!?助けろおい、誰か俺を助けろ──ッ!!」
嫌だ、聞きたくない、見たくない。
──俺は気づかない。気づけなかった。
だって、目を逸らしたのだから。
──『命核』を潰されるというのは、俺にあまりにも重すぎる呪縛をかけるということだと。
「──オ、ガッ!?」
ガルが歪な音を立てた。
ハッとガルを見ると、全ての関節が折れ曲がり、気持ち悪い肉を地面から生やし、ガルに纏わりついている。
「何なんだ⋯⋯あれ⋯⋯」
「まずい──離れろブライア、コイツはまずい!」
レジェンドがそう言った瞬間──ガルが爆発した。
試合場の中央に大きなクレーターが出来上がり、その中心にガルらしき物が現れる。
どこかで見た事ある⋯⋯もしかしてこれは──
「──帝国の時の肉塊⋯⋯?」
中にレジェンドがいた、ガルの顔が体中についているあの時の肉塊に似ている。
「被害は最小限に抑えたが⋯⋯こいつの魔力質は良くない、すぐに動き出す!儂もあまり魔法が使えぬ、最低限の援護は行う!」
「分かった、親父とレジェンドは周りの人を頼む!」
「お前一人で大丈夫なのか!?」
「大丈夫⋯⋯ほら、俺の義兄さんが来たから」
「──やるぞブライア」
「はい、ファルドさん!」




