第63話 契約と解決、固めた決意
「……一体、どういうことだ?」
『──多くは語らぬが、疑問になるのも当然であろう……我はもう光には戻れぬ、闇に生き、この身を影とする。だが、我の生きる全てを奪った魔王だけは許さぬ。光には戻れずとも、魔王を討つ──全ては、黒麗のタップァーの為に』
昔、何かがあったのだろうか。
隠していることは詮索する必要は無い。
ただ、俺はこいつを信じていいのか、分からない。
不安だ、いきなり後ろから食いちぎられる可能性もあるのだから。
俺一人では決めれない、みんな相談を──
『──契約をしようではないか、少年』
俺の困った表情が、凍り付いた。
契約、つまり俺とこいつはファルド先輩とアーガイルのような関係になるということ。
それ程までにこいつは、自分の信念を貫き通す覚悟が出来ているのだ。
……俺にも利はある。
『輪廻』の完全体を借りることも出来る。
鋼鉄よりも遥かに硬い漆黒の体毛の性質を手に入れることも出来る。
契約条件は俺が決めれば、俺とこいつは信頼出来るのだ。
「……条件の決定者は?」
『少年、貴様で良い。元々我が持ちかけた提案だ、決める権利は貴様にあるだろう。それに、受け入れてくれるのなら我にも利はあるのだ』
それもそうだ。
能力の使用許可さえ出せば、こいつも俺の能力を存分に振るえるだろう。
お互い得をするには、こうする他ないのだ。
「分かった、契約をする」
『手を貸せ、魔力は我が供給しよう』
俺の小さな手に、魔獣の大きな手が乗せられる。
次の瞬間、莫大で濃密な質の良い魔力が流された。
禁忌魔法を手にした魔力は、これ程までに影響を及ぼすのか……。
ふと思った、俺の体に拒絶反応が起きない。
俺の体の許容量の範囲内、ということなのだろう。
「……今ここに契約を結ぶ。契約の了承を」
『勿論だ』
俺から赤い光が、魔獣から青い光が溢れる。
魔力が立ち上り、止まった世界の中、赤と青が交差した。
青い魔力粒子を受け取り、赤色の魔力粒子と混ぜる。
魔力粒子は紫色へと変化し、俺はそれを確認して契約を交わす。
「契約──魔獣ヘルスとの契約期間は魔王を討つ、もしくは片方が死亡するまで。どちらかが達成された場合、契約は終了となる。契約違反は殺意や敵意を込めた攻撃、もしくは死亡の可能性がある攻撃をした場合、その攻撃を行った方は問答無用で死とする」
『……それで構わない』
紫色の魔力粒子が弾け、更に小さくなり、魔獣に向けて発射される。
やがて魔力粒子は、魔獣の首に青白い契約紋章を刻んだ。
魔獣は少しだけ目を瞑り、目を開いた後、俺を見つめた。
『少年よ、貴様の中に入れてはくれぬか?』
「中で暴れないなら別にいいけど……」
『する筈がない、契約まで行ったのだからな』
そう言うと魔獣は俺に近づき、大きな手を胸に当てる。
青白い魔力が俺の胸から溢れ、その中に大きな魔獣が吸い込まれた。
あの巨体が俺の中に入ったなど、昔の俺では信じられなかっただろう。
すると、魔獣が中から話しかけてきた。
《中々広いな、これなら十分に寛げそうだ》
(それなら良かった、じゃあ『輪廻』を解除してくれ)
《ああ、そうだな。レジェンド達には討伐したと言っておけ》
(分かった、そうする)
『輪廻停止』が解除され、再び時間と空間、生死の流れが再開する。
レジェンド達が動き出し、既に俺の中にいる魔獣がいないのを見て、困惑した。
「大丈夫だ、俺がもう倒した」
「……本当か?」
「ああ、アイツは塵となって空へ消えていったさ」
盛大な嘘だが、何とかバレずに済んで欲しい。
俺は顔を上げ、それを見上げる。
本当に空へ行ったようにするが、俺の中で魔獣が大笑いしている。
気分が悪い、後でオニシエントに引っぱたいて貰おう。
《もうやってますよ》
《何だ、貴様──いだだだだだだだだ!?》
流石有能助手だ、俺の意思をしっかり汲み取ってくれている。
まあ今はそんな冗談を言っている暇は無い。
この事件も解決したことだし、次の事件の準備をしなければならない──
《──少し宜しいでしょうか?》
(……どうした、事件の魔本か?)
《事件の魔本にイレギュラーが生じました、この帝国で起きる事件はこれが最後となります》
(どういうことだ?何かあったのか?)
《このようなことは予知していなかったのですが、一つだけ忠告を。未来がとてつもなく酷いことになります、どうかお気をつけて》
それだけを言って事件の魔本の反応は消えた。
一体なんだったんだ、あれは……。
まあとりあえずレジェンド達に報告だ。
「レジェンド、事件の魔本から通告がきた。俺がここにいる間の帝国で起きる事件はもう終わりらしい」
「何だ、そうなのか──待て、ここで起きる予定だった事件の数は?」
「えっと……確か5回の筈だ」
「だが、実際に起きた回数は4だ……やはり、これは……」
一体なんなんだ?
レジェンドが頭を抱えているが、俺には何の話かさっぱり分からない。
だが、それ程重要なことなのだろう。
「……ブライア、これからの事件は気をつけろ。俺は帝国を離れることは出来ないから俺の手助けは期待するな……覚悟しろ、そして絶望に屈するな」
「レジェンド、何を言って……」
「すまないが、これは言えない。言ってしまえば、この世の平和と秩序が乱れてしまう」
レジェンドが何を言っているか全く分からない。
だがレジェンドが鍵を握っているのは間違いない、いつか言える日を待っておこう。
そう思っていると、いきなりグロウさんが口を開いた。
「──ブライア、お前にもう特訓は必要ないだろう」
「……え?一体、どういうことですか?」
「『連唱』を三度も成功させ、魔獣を討った……この成果がありながら、まだ特訓を必要とするか?」
確かに、そうなのかもしれない。
だがこの人にはまだ沢山のことを教わりたい。
それに、邪法や聖法を完全に扱えていない。
まだまだ教わることはある筈だ。
「ブライア、お前は強くなった。大会でも良い結果を残せるだろう」
「……グロウさん……」
「ブライア、俺は前にも言った通り、他のレインボードラゴンの当主を探さなければならない。魔王討伐と並行してやろうとしたが、やはり無理だ。だからブライア、俺は少しだけここを離れる」
何だか、グロウさんがいなくなったら不安だ。
どこか遠くに行ってしまいそうな、そんな予感がする。
「仕方ない、グロウが行くなら俺も着いて行く。お前は俺がいなきゃ始まらねえからな」
イビルさんは、グロウさんに着いていくようだ。
イビルさんが着いていくことで少し安心した。
だが、俺はまだこの人達から技術を教わりたい。
特訓だって、いくらでもしたいのに……。
「……ブライア、俺が必要になったら呼べ。お前の所まで飛んでいってやるから」
グロウさんは俺に対して笑みを浮かべ、俺の横を通り過ぎて行った。
イビルさんもそれを追いかけ、グロウさんの横に並んだ。
手を伸ばしたが、もう既に届かない場所にいる。
涙は無い。
だけど、俺の中で少し悲しい、という感情が湧いた、そんな気がした。
「ブライア……」
レジェンドが心配そうに俺の名を呼ぶ。
振り向くと、ホーリーさんも悲しそうな顔をしていた。
いずれ皆、離れ離れになる運命なのかもしれない。
でもいつか、必ず俺達は集う。
同じ志を持った友人は、見えない絆という糸で繋がっているのだろう。
だからまた会えるその日まで、さようならだ。
【第六の事件・魔物の大暴動】──解決
──約一年後、スティア王国にて
『さあ世界中の皆さん、こんにちは!明後日は誰もが待ち望んだ世界的な大会、そう!世界総合武闘大会です!国境を越え、新たな世界の王者が決まるのです!』
どこからか聞こえる声、恐らくスピーカーのような物が開発されたのだろう。
前世では俺にとって当たり前だった物だが、この世界に来て初めてそれを聞いた。
嬉しい半面、魔法が廃る危険性もあるのではないかと思ったが、恐らくそれはないだろうと割り切る。
魔法なんてこの世界では身近な存在だ、廃る危険性など考えない方がいい。
「おっ、そこの兄ちゃん、この果物どうだい?」
「そうですね……なら一つ買わせてもらいます」
「まいど!」
懐かしい感じがする。
露店がありとあらゆる場所にあり、こうやって話しかけられたりして、物を買う。
世界から人々が集まるのだから、この量の露店は当然か。
商人にとっても、兵士にとっても、冒険者にとっても、誰であろうと明後日を待ち望んでいるだろう。
五年に一度開催される『世界総合武闘大会』──この日の為に、特訓してきたのだ。
先程渡された果物を皮ごと食べながら、街を歩く。
この感覚が懐かしい。
食べ歩きなどいつぶりだろうか、存分に楽しみたいが、今は大会の参加証明を急がなければならない。
闘技場はスティア王国で一番大きな闘技場が使用され、10億人は簡単に入れるようだ。
「次の方、どうぞ」
闘技場に到着し、列に並ぶ。
参加証明は事前に終わらせておくべきだったと思ったが、意外にもかなり空いている。
事前に行った方が人は多かったのかもしれない。
すぐに俺の順番が来て、名前を言い、参加証明のサインをする。
受付嬢は俺に目もくれず、次の人を呼ぶ。
俺は許可を取り、今は誰もいないであろう闘技場の中に入る。
戦闘場の中心に立ち止まり、風で髪が揺れる。
顔を上げ、目を瞑る。
──今この大会を、一番楽しみにしているのは俺であるという自信がある。
俺はここに優勝する為に来た。
世界最強は俺であると、証明をしに来た。
親父にも負けない、母さんにだって、シュヴァルツにだって。
本当はレジェンドとも戦いたかったが、王は参加が出来ないらしい。
規則は仕方ない、諦めて出場する人達全員を蹴散らす。
目を瞑ったまま、俺は決意を固める。
「俺はブライア・グリーンドラゴンだ……世界最強だと、証明をする為にここにいる……俺は、勝つ!」
拳を高く突き上げ、天に向けて笑う。
ブライア・グリーンドラゴンをこの世に証明し、認めさせる時が遂に来たのである。
──世界総合武闘大会、開幕──