第61話 『連唱』
「『永遠の渇望』──力を寄越せ」
『永遠の渇望』の能力は主に二つ。
一つは欲望に塗れた獣に成り下がること。
獣化、とはまた違う化け物に変化することが可能だ。
一度見た能力や特異体質、技術も全て再現が可能になる。
俺が今から使うのは二つ目の能力。
能力の覚醒促進である。
「『太陽』──我が望みを聞け」
短文詠唱を呟き、真紅の魔力が俺の周りに浮かび上がる。
ホーリーさんも、レジェンド達や魔獣までもが瞠目する中、俺は詠唱に意識を割く。
「『覚醒を渇望せし我は欲望を司りし獣、陽光を纏い、覚醒をこの場にもたらす』」
魔獣の爪牙がレジェンド達を突破し、俺を襲う。
だが俺は避けず、陽光で反撃をした。
「『陽光よ、我が真意に従え──連唱』──ッ!」
目を見開き、手に集めた真っ赤な陽光を発射し、魔獣の巨体を浮かせる。
だが俺はまだ詠唱を続ける。
『連唱』──成功率は一流の魔導士でも一割を下回る連続詠唱だ。
詠唱に時間と意識を割いてしまうが、一度でも成功すれば有り得ない程の絶大な効果をもたらす。
俺はまだ連続詠唱しか出来ないが、とある魔導士によると、大昔に『並行行動連続詠唱』という次元の違うことを行った魔導士がいたようだ。
『連唱』に失敗すると、使用者は一定時間行動不能に陥ってしまうが、俺は成功すると踏んでこの博打に出た。
「「「「『連唱』を成功させた!?」」」」
ホーリーさんが、レジェンドが、グロウさんが、イビルさんが、同時に驚きと興奮の状態に陥る。
魔獣が宙に浮いたまま、俺を睨みつける。
だが俺の詠唱はまだまだ終わらない。
『太陽』の熱は、まだ燃え盛っているのだから。
「『太陽は未だ留まることを知らず、永遠と思える時間を熱と共に過ごす。陽光は希望の光と反対に絶望の闇をもたらし、地獄の熱を与え続ける──連唱』」
更に『連唱』を行う。
真紅の魔力は白熱し、パチパチと音を立てる。
指を弾き、無限に浮かび上がっている白熱陽光を繰り出し、着地した魔獣に向けて放つ。
一発一発が都市を壊滅寸前まで追い込めるような魔力を秘めている。
『連唱』を二度も行ったのだ、当然だ。
魔獣はその巨体から想像できない程に速く動き、殆どの白熱陽光を回避した。
だが何発か食らってしまい、黒い体毛が白く燃えている。
──だが、これでまだ終わりではない。
『連唱』はまだ続いているのだから。
「『白き希望を与える陽光は今剣となりて、我に破邪をもたらす聖白の刃が顕現する。聖なる力を纏いし陽剣は、今こそ黒を挫き、白をこの場の全てとする。暗黒は終わり、明るく澄んだ空が民に永遠の希望を与える。舞え、聖白の熱、陽光の剣──連唱』」
三連唱を成功させる。
魔獣は目を見開き、これ以上『連唱』させないと突っ込んでくる。
だが俺は防御も、反撃もしない。
とてつもなく大きな剣を構え、攻撃の準備をする俺の前に、極槍を持ったレジェンド、邪気の装甲を纏ったイビルさん、鮮やかな緑と共に舞うグロウさんが、魔獣の前に立ちはだかったのだ。
俺は『連唱』と『永遠の渇望』によってサリューズを『陽光万物変化武器・聖白陽光武』と進化させた。
大剣の大きさはおよそ六メートル程、今までの俺では持てなかった大きさの剣だ。
レジェンド達が前で必死に魔獣を食い止めている中、更に俺は詠唱を重ねる。
「『大剣が獣の首を断つ時、我は陽光の名において全ての事象を斬り刻む。邪に塗れし獣に我が断罪の剣を下す。聖なる白き陽剣よ、暗黒と破滅の象徴である最悪の魔を我が名の元に斬り裂き続けよ』」
詠唱が完全に成功した。
白い陽光が俺の周りに浮かび上がり、大剣に纏わりつく。
大剣は白い熱を纏い、見るだけで心が浄化される程に聖に満ちている。
魔獣に向けて、俺は聖白の大剣を振り下ろす。
「『聖陽白光・剛閃断』──ッッ!!」
黒い体毛と、聖白の大剣がぶつかり合う。
白熱陽光が魔獣の周りで舞い続け、大剣が魔獣を真っ二つにしようと雄叫びを上げている。
俺は大剣よりも、欲望に飢えた獣の様に、咆哮した。
「ハァァァァァァッッッッ!!!」
魔獣の黒き体毛が、聖白の大剣を拒む。
だが無理矢理突破するように、魔獣に刃を通そうと躍起になる。
俺は力を求めるという渇望と意志だけで魔獣を切断しようと、魔獣は人間に負けたくない、という意志を見せ、俺達はぶつかり合う。
白と黒が混ざり合い、反抗し合い、時が止まったかのように時間の流れが遅く感じる。
先に折れたのは──魔獣の方だった。
大剣の勢いに敗北し、切断は成功しなかったが、遠くまで吹き飛んだ。
魔獣の巨体が宙に浮き、物凄い勢いで回転し、地面に激突する。
大剣を持っている俺はあれだけの激突をしながらも、斬った手応えの無さに違和感を覚え、大剣を真正面に構える。
すると──青白い何かが、俺の横を通り過ぎた──かのように思えた。
実際はよく分からないが、気味の悪さに震える。
魔獣は立ち上がり、漆黒の毛皮は無傷で、健在だ。
有り得ない、三連唱して、進化までした俺の『太陽』相手に無傷なんてことは有り得ない。
やはり、さっきの気味の悪さが関係しているのだろうか──。
『──素晴らしい、認めよう。小さき緑の少年』
魔獣が、静かに、それでいて、威厳のある声で話しかけてきた。
俺は目を見開き、魔獣は目を細める。
『──小さき少年よ、貴様は人間にとって大いなる希望となるだろう。だが、忘れるな。希望は常に絶望と隣り合わせだ。一歩間違えれば、貴様は絶望の深い闇をこの世にもたらす存在となる』
「……それが、どうした?」
『暗黒の化身である我は、希望の芽を摘み取る。だが、絶望の芽を摘み取る気はない──我は、貴様をこの世から消すかどうか、決めかねている』
「……俺は絶望になんて屈しない。俺は人々の希望の星となる」
『そうか──ならば、我は貴様を殺すまで』
魔獣が青白く発光する。
不気味な光に警戒するが、魔獣は真面目な顔をして俺に話しかけてきた。
『貴様はこの伝説を知っているか?大昔、魔獣ととある戦士達は地獄のような激戦を繰り広げ、魔獣と一人の男が相打ちになった、と……』
「──戦士……達?」
『ああ、そうとも。その戦士達は魔獣との戦場を死地と定め、魂尽きるまで魔獣と戦った女達だ』
──死地を定めし戦乙女のことか?
なら……あの青白い不気味な光は……ヴァルキュリアの魂……なのか?
『我は男と相打ちになる前、女達の魂をとある地に封印した。どんな偶然か、生き残った人間達は封印した魂の場所に、その女達を崇める像を造った』
──ヴァルキュリアの像!?
じゃあ、やっぱりあれはヴァルキュリア達の魂で、魔獣はその魂を用いて俺の攻撃を耐えた!
魔獣は、あれが使えるのか……!
『そう、貴様が想像している通り、我は『操魂魔法』を使用出来る。禁忌に手を出した代償として、我はこのような姿から魔人となってしまったのだ。だが、我は復活し、代償は消え去った。あとは詠唱をするだけで、我はこの姿に戻れるという所で──貴様らが邪魔をした』
『操魂魔法』──その名の通り、魂を支配し、操作することが出来る魔法だ。
対象に出来る者は生きている同種族と、肉体は死を迎えたが、魂や精神が生きている全ての種族。
禁忌魔法とされ、使用するには代償が必要となる邪悪な魔法。
力の封印、四肢の剥奪、肉体を支配される……数え切れない程、代償の内容は多い。
魔獣は力を封印され、その魔獣は伝説となり、魔人へと成り下がってしまったのだろう。
『我はまだ完全なる魔獣にはなっていない。魂の吸収をしなければ、我の元の姿には戻れない。だが貴様の素晴らしき『連唱』が我に損傷を与え、無駄に魂を消費させた。これは賞賛に値する』
ヴァルキュリア達の魂は特別な力が宿っているのだろう。
その特別な力を『操魂魔法』を用いて使用し、死ぬ筈だった魔獣を生かした。
あれは間違いなく俺の最高の一撃だった。
『太陽』の破壊力を覚醒させ、間違いなくこの場を支配したが、魔獣は死ななかった。
信じたくないが、これが現実なのだ。
『あれを二度もされてしまっては、我は完全に消滅する。故に──貴様の希望を絶望に変えてやろう』
魔獣が、俺を目掛けて突進してきた。
速すぎる、回避は間に合わない──なら、真正面から叩くまで!
「ウォォォォォォォォ!!」
今も赤く燃え盛る大剣を上段に構え、魔獣を斬り裂こうとする。
大剣と魔獣の頭が激突し、甲高い音を鳴らす。
魔獣の黒い体毛はまるで金属のように光っており、大剣に傷を与えた。
純粋な力比べ、負ける訳にはいかない。
「ハァァァァァァッッッッ!!!」
『ガァァァァァァッッッッ!!!』
俺が声を上げれば、魔獣は更に声を上げる。
さっきとは違い、白ではなく赤が黒と交わり、衝突し、激戦を繰り広げた。
だが黒に青白い光が加わり、俺は徐々に押されていく。
だが、俺は絶対に負けない。
負けられないのだ。
「『聖白陽閃』──ッッ!!」
魔獣との距離が殆ど無い今、超近距離特化の攻撃が一番効果を成す。
真っ赤な炎が白熱に変わり、更に燃え盛る。
勝てる──そう思った瞬間、世界から音が消えた。
俺の思考が停止する。
誰かが干渉した訳でもない。
レジェンド達も何もしていない。
今この瞬間、確かに──時が止まっている。
『貴様──感じられるのか……』
魔獣が飛び退き、俺を見つめる。
だが俺は思考の海に沈んでいる。
時雨の時間停止、あれとはまた違う時間停止だ。
時雨の時間停止は徐々に時間の流れが遅く感じてから時間が止まる。
だが今の時間停止は、ピタリと急に時間が止まったのだ。
これは、ただの時間停止じゃない──
「──『輪廻停止』……?」
魔獣が驚いた。
『輪廻』の流れが止まったということは、生と死の流れも止まり、能力に含まれている時間支配と空間支配を使用し、時空も止まってしまったのだ。
『時間停止』の上位互換に他ならない。
そして、魔獣が『輪廻停止』を使った。
それが意味することは一つ。
魔獣が『七つの最強能力』の一つ──『輪廻』の完全体所持者だということだ。
俺がこうして動けているのはおそらく『輪廻』の劣化版を所持しているからだろう。
劣化版でも通用はするようだ。
『──素晴らしい!貴様、ここまでの才を持っているとは!ああ、人間にしておくのは勿体ない!』
魔獣が止まった輪廻の中、笑顔で叫ぶ。
どうやら、輪廻が止まってもこの『輪廻』を持っていたら時空が止まっていても動けるようだ。
もちろん、声も届く。
『希望に憧れ、絶望から蘇った緑の少年よ……我は貴様を仲間に引き入れたい』
「……仲間になると思っているのか?」
『いいや、貴様が想像しているものとは全く違うだろう──』
魔獣は、真剣な顔つきになり、俺にこう言った。
『魔王を、消滅させようではないか』




