第58話 地獄の開始
初めて特訓をした日から、三日が経った。
事件の解決を手伝ってくれた親父たちは、スティア王国に帰って行った。
シュヴァルツだけはどこかに放浪しに行ったらしい。
冒険者として頑張っているようだし、ここから応援しよう。
ちなみに俺はこの三日間、ずっと魔力を邪力や聖力に変換していたのだ。
邪力は心臓に魔力を溜めたが、聖力は肺に魔力を溜めて変換することが出来る。
聖力を初めて変換した時は、肺が締め付けられるような感覚に陥り、呼吸が困難になった。
邪力と聖力の変換した時のあの感覚は、二度と忘れることは出来ないだろう。
そして今日、邪力と聖力の量が、億を超えた。
これでようやく次の特訓に進むことが出来る。
特訓してくれるのは、今日もイビルさんだ。
「さてブライア、お前には今日は『属性玉』というのを創って貰おうと思う」
「『属性玉』……まあ、何となく想像が出来ました」
「ブライアが思っているのでおそらく合っているはずだ。この『属性玉』の効果は特別な詠唱をすることで『簡略化詠唱』を飛ばして『無詠唱』で魔法をいくらでも放つことが出来る。しかし、これだけではない。効果時間中は魔法の行使に魔力と体力を消費しなくなるのだ、対魔導師戦で魔法の撃ち合いをするなら必須級の物だ」
イビルさんの言う通り、必需品なのは間違いないだろう。
魔法が封印された時に『属性玉』を持っていれば、一時的に魔法を行使することも出来るようだ。
それに、俺の魔力は無限であっても、体力が無限な訳ではない。
確かに人よりかは全然多い体力だろうが、何度も無理矢理に魔法を放ってしまったら俺でも倒れる。
魔力の無限化は、便利だが気をつけなければならないのだ。
「お前の属性は『九天』なんだろう?なら『属性玉』を創り出すなんて造作もない筈だ」
創り方が分からないのに、何故か創ったことのある前提で話が進められている。
まあ俺は『創成』を持っているから、『創成』で創ればいいか。
心の中で『創成・属性玉』と呟き、手のひらの上に二つの属性玉を手にする。
水と風と属性だ。
「……かなり上質な属性玉だ、これなら実践でも使えるだろう。まずは練習からだな」
「えっと、これを使う機会なんてあるんですか?」
「ああ、これを使って八魔導師の誰かに勝利してもらう。これは絶対だ」
「……当たらなかったら?」
「まあその可能性もあるだろうが、別に八魔導士相手だけにこの試練を行う訳でもない。八剣士や八武闘士相手にも使える能力や武器を制限してもらうからな」
な、成程……かなり厳しい条件で戦えっていうことか。
まあこれからは自身の持っているものが一部しか通用しない可能性があるから、この制限された状況でいかに正解の選択を選びながら勝つ、というのは重要だ。
属性玉もそのうちの一つなのだろう。
「あ、そうだブライア、お前の能力はいくつあるんだ?」
「え、えっと……『望力』を含めたら十個ですかね……」
「成程、人間にしてはおかしい量の能力だな……詳しく教えれるか?」
「えっと……『望力』『事件』『緑龍』……あとは七つの最強能力ですかね……」
「──お前、最後何と言った?」
イビルさんが物凄い速度で振り返った。
その雰囲気に気圧されながらも、落ち着いて答える。
「七つの最強能力ですよ、『創成』創ったものなので『創成』以外は劣化版ですけどね」
「成程……だからあいつは……」
イビルさんは独り言を呟きながら、考え事をしている。
ちょっと困った空気になってしまった。
後ろを見ると、ホーリーさんが驚いた表情を、レジェンドが納得の表情を、グロウさんが目を細めて俺を見ていた。
何だこの微妙な空気、と思いつつも俺はイビルさんを見つめる。
やがてイビルさんは俺に言った。
「『太陽』と言った時点で何となく分かっていたが、そうだったのか……ブライア、お前には能力も制限すると言ったが、撤回だ──全て使え」
一瞬耳を疑ったが、すぐにイビルさんが話し始めた。
「武器や戦い方は制限してもらうが、能力があればその程度は些事にすぎない。たとえ劣化版であろうが、かなりの圧力と脅威になる」
確かにそれは否めない。
だけど俺は今まで能力や特異体質に頼ってきてばかりだ。
この二つが封印された時、俺は何をすればいいのだろうか……。
「お前の思う存分に使っていい。ただし、予選は制限してもらう」
「はい、分かりました」
「予選で世界に名を馳せる強者がいた場合でも、予選では使うのを禁止する。負けたらお前はそこまで、ということになるからな」
よかった、その点はきちんと考えてくれているようだ。
なら安心だ──と思った丁度その時。
俺の中で、何かが動いた。
苦しくも痛くもないが、ただただ不快な感情になったのだ。
まさかとは思うが──と、とある能力を確認した。
間違いない、始まっている。
「──事件が、始まりました……」
ここにいる一同全員が驚愕に顔を染めた。
俺だって同じだ、今までこんなことは無かったからだ。
どうして──と考える前に、中から誰かが喋りかけてきた。
《私です、事件の魔本です……どうやら、第五の事件を突破するとこのような症状が現れるようです》
事件の魔本が、俺の中から話しかけてきた。
ひたすら不快な気分を抱くが、我慢して質問をする。
(……事件の場所はどこだ?)
《新たな事件──第六の事件の場所は、戦都……『戦姫』の像がある場所の近くです》
(分かった、レジェンド達に──)
《──駄目です、事件の解決にはブライア様が関わらなければなりません》
(……何故だ?)
《貴方が私、事件の魔本を手にしたからです》
その言葉に顔を顰める。
くそ、と思いながらもレジェンド達に言う。
「駄目だ、俺がいないと始まらないらしい……俺も行かないと行けないようだ」
「場所はどこだ?」
「『戦姫』っていう像の近くみたいだ」
「ヴァルキュリアの近くなのか……あの像が破壊されてはまずい、今すぐ行こう」
レジェンドが戦いの間から出る。
それに続いてホーリーさんとグロウさんがレジェンドさんの後ろを追う。
イビルさんが俺の肩に手を乗せ、話しかける。
「行こうブライア、本当なら特訓したいんだが、これ以上ない実践形式の特訓だ。そうだろう?」
俺に勇気を与えてくれた。
俺は笑い、戦いの間を出る。
イビルさんと共に帝宮の一階の扉へ向かう。
向こうには既にレジェンド達三人が待っている。
レジェンドは槍を、グロウさんは素手、ホーリーさんは聖力を纏っている。
俺は無言で魔法陣を展開、転移の準備を始める。
準備といっても一秒あれば出来る作業だ。
『戦姫』の像へ転移しようとしたが、妨害がされてあるようだ。
だが、俺なら一度行ったことのある場所なら妨害がされていても転移することが出来る。
戦都で分かる場所といえば冒険者協会の建物くらいだからそこに転移をする。
新たな事件の、始まりである。
──戦都にて
戦都に着いたが、人々は何も起こっていないかのように振る舞っている。
おかしいことに気づいたのは、俺以外の四人だった。
「まずい……迫ってきている」
「迫ってきているって、何が……?」
「分からないのか?おぞましい気配がしている……!今すぐに戦都の入口に向かうぞ!」
レジェンドが転移の準備をする。
レジェンドも俺と同じく、一度行った場所であれば妨害されていても転移出来るようだ。
レジェンドは俺よりも早く転移を行い、戦都の大門まで転移した。
──そこに転移してようやく気づいた。
有り得ないほどの集団の気配。
そして人間では有り得ない量の濃密でおぞましい、憎悪と魔力。
間違いない、来る。
歴史の中でも、一際大きく目立っていた、甚大な被害をもたらした大事件。
それは──
「──【魔物の大暴動】!?」
「ようやく気づいたか、だがそんなことは言ってられない!急いで全て蹴散らすぞ!」
レジェンドがまだ見えないが凄まじく感じる量の魔物の方へ向かった。
少し遅れてホーリーさんが、グロウさんが、イビルさんがレジェンドを追いかける。
状況が飲み込めていないのは俺だけだ。
引き離されてはまずいと思いながら、急いで四人の後を追う。
──【魔物の大暴動】──
それは過去に一度だけあった魔物が引き起こした災害。
過去の文献によれば、有り得ない量の魔物が国々を襲い、魔物が人間より強くなった原因にもなった。
魔物が世界を握り、魔力が濃くなった大災害。
人間の味方をする一体の龍と四人の人間によって解決された、世界の滅亡の危機に瀕した程に神々を追い込んだ大災害。
そしてその魔物の大暴動を起こした張本人が──
──魔王、と呼ばれている。
ここまで思い出して、ようやく分かった。
もしかすると、【魔物の大暴動】は魔王の降臨を意味する……?
いや、そんな筈がない。
確か魔王の降臨は世界に激震をもたらす筈だ。
なら、一体何故?
分からないが、とにかく戦うしかない。
──ふと、俺は無意識に斜め左後ろを見ていた。
大きな鎧と剣を装備した、女性の像が堂々とこの地に君臨している。
あれがヴァルキュリアか、と呑気に思っていると──俺の中で異常な思考が脳を駆け巡った。
そしてもう一度像を凝視する。
よく見れば鎧と剣は最上質の鋼鉄で造られている。
ヴァルキュリアは剣先を真上にし、正面に構えている。
目を瞑っているが、今にも動き出しそうな躍動感が溢れている。
まさか──と思っていると、雄叫びが空を撃った。
『ウォォォォォァァァァァァアア!!!!』
魔物の雄叫びが、俺の耳を破壊する勢いで大気を揺らした。
ヴァルキュリアのことは後だ、今は【魔物の大暴動】を抑えなくてはならない。
「第五の事件並に、大変な事件だな……!」
こうして俺は、地獄に身を投じることとなったのだ。
【第六の事件・魔物の大暴動】




