第57話 戦術の基礎・邪法と聖法
久しぶりに戦いの間に来た。
レジェンドに圧倒された思い出が蘇ってくる。
だがあの頃とは違うと割り切り、イビルさんの前に立つ。
「さてまず今日の鍛錬だ。お前はまず基礎からやろう」
「基礎……?」
「ああ、戦いの基礎だ。復習とでも思えばいい。まず一つ、戦いにおいて一番大事なのは?」
「俺が思うのは……戦術、です」
「そう、戦術だ。どんなに強い能力や魔法があろうと、脳が無ければ十全に発揮することは不可能。それは俺たちにも共通することだ」
どんなに弱い能力であろうと、戦術が上手くいけば強者を倒せる。
それは俺にも共通することだ。
作戦があったから今回の事件を乗り越えれたのだ。
あれは作戦と呼べるが怪しいが。
「なら二つ、その戦術を実行するのに必要な力は?」
「……能力、ですか?」
「惜しいな。俺が思うのは、度胸と努力だ」
成程、図太い神経と血涙流す程の努力があれば乗り越えられる、ということか。
何となく分かる気がする。
「そして三つが能力。そしてその能力を使うのに必要なのは?」
「それが戦闘の基礎、ですか……」
「ご名答。お前は感覚的に能力を使っているだろう?思考をしなければ、どんなに強い能力も弱くなる。だから俺はお前の基礎を鍛える」
スイッチが切り替わったのか、イビルさんはさっきの雰囲気とは違って見える。
そして俺から三歩離れ、振り向く。
「俺はここから一歩でも動かしてみろ。ただ、能力や特異体質を使うのは禁止だ。属性や魔法を駆使しろ」
それが基礎、という訳か。
俺を鍛えてくれる龍の前に立ち、属性を振りかざす。
「──『雷道閃』『水濁流』『風圧落』──ッ!!」
同時に三つの魔法を操り、一気に接近。
属性で創り出した剣を振るう。
「『九天剣・雷炎』──ッ!」
通った──筈だった。
気づけば俺は、床に伏していた。
驚愕を隠せず、目を見張る。
顔を上げると、さっきの位置と同じ場所にイビルさんが堂々と立っている。
何をしたか分かっていない俺に、イビルさんは口を開く。
「分からないか?俺は今、手を振るった」
現実を受け止められない。
手を振るうだけで、俺の魔法と剣が全て砕けた?
意味が分からない、何を言っているんだ。
だが俺が床に伏しているのが事実であると物語っている。
反応すら出来ない、恐ろしく速い動きだ。
「属性と魔法だけでは辛いか?なら能力も使え、全てを使って俺にかかってこい。基礎を叩き込んでやる」
「ええ……やってやりますよ!」
能力をフル活用する。
まずは『太陽』からだ。
「サリューズ、こい……双剣化」
両手にサリューズを持ち、構える。
今度は見る為に『追求・危険眼』を開く。
何かあれば危険を察知してくれるだろう。
高速で接近、剣技を放つ。
「『斬・太陽』──ッ!」
両手に持ったサリューズを振るう。
今度は見える──そう確信した筈だ。
だが、見えなかった。
いつの間にか、体が仰け反っていたのだ。
『危険眼』が発動したのだろう。
跳躍して距離を置き、話しかける。
「今、何を──」
「特異体質の眼を開いただろう?だからその眼に見られないように高速で動いたまでだ」
なんなんだ、この人は。
化け物だ、俺が勝てる相手じゃない。
──だけど、特訓相手なら適任だ。
目を見張り、光速で動く。
「『光・太陽』──ッ!」
光の速度で距離を詰める。
イビルさんなら知覚するだろうが、俺の本当の狙いは斬撃じゃない。
「『轟・太陽』──ッ!」
右手のサリューズでイビルさんの腹を狙う。
破壊力の塊だが、イビルさんは容易に無効化してくるだろう。
すると右腕が止まった。
イビルさんの左手の人差し指一本に止められていた。
屈辱だが、本命はこっちじゃない──!
「『天・太陽』──ッ!」
俺の左手はサリューズを握っていない。
距離を詰める時に、光速で上に投げていた。
俺の声に呼応するように、サリューズが上から強襲する。
俺は一歩動かせば勝ちである。
そう、これは戦術の基礎を鍛える特訓だ。
勝ちの決まり方が確定している以上、俺はそれを目指すだけ。
イビルさんは、サリューズの強襲すらも対応してくるだろう。
だが俺の左手は──がら空きだ!
「『終焉之太陽』──ッ!」
左手を拳に変え、全力で殴ろうとする。
イビルさんは左手が使えない。
右手が残っているが、襲ってくるのは二つの技。
どちらを選んだとしても、一つの技は命中する。
避けようにしても、一歩は動く。
両手を使って二つの技を止めようにも、左手を離せば『轟・太陽』が襲いかかる。
勝つには、選択を強制させればいいのだ。
俺は勝ったと確信した。
「……上々だ、ブライア」
そう言うと、イビルさんは──右手で俺の拳を止めた。
これで天からの強襲は確実に当たる!
──と思った頃には、俺の意識は既に無かった。
──目を覚ました。
何が起きているのか理解出来なかった。
確かに俺は、勝った筈なのに……。
「あの一瞬でよく戦術を組み立てた、賞賛しよう」
戦いの間に一人の声が響く。
起きようとすると、頭を手で抑えられた。
何やら柔らかい感触だ、一体──
「──もう少し寝てなさい、いくら耐性があるとはいえ、邪法を受けたのだから」
綺麗な声が聞こえた。
その声は俺の真上から聞こえて──って、まさか!?
「せ、聖龍さん……一体、何を……?」
「何って、膝枕だけど?」
何か柔らかい感触がすると思ったら、太腿だったのか……!
羞恥で失神しそうになるが、必死に意識を保つ。
一度もされたことのない行動に、情けなさを覚えた。
「あの勝負はお前の勝ちだ、ブライア。俺に邪法を使わせたのだから」
「邪法……全く分からなかった……」
「明日は邪法の基礎をやろう、今は姉さんに癒してもらいな」
「私の聖法は邪法に効くのよ。だから膝枕してるって訳」
「な、成程……理解しました……」
「こんな可愛い子に膝枕できるっていう下心もあるけどね」
騙された……!
この人、見た目によらず重度の──いや、やめておこう。
万が一思考を読まれた時にまずいことになる。
「お姉さんに膝枕された感覚はどうかしら?」
「ふえっ!?……あ、あの……柔らかい、です……」
な、なんてことを聞くんだこの人は!
……でも自分から見ても、見た目は可愛いから……子供に見えてしまうのは仕方ないか……。
本当は転生者なんて、口が裂けても言えないからな。
「姉さん、その辺にしておいたら?俺もそろそろ説明したいし」
「分かったわ。ほら、座れる?」
「は、はい……ありがとうございます」
頭を起こされ、一度立ち上がる。
イビルさんの正面にある椅子に座り、イビルさんを見上げる。
「邪法、見えたか?」
「……見えなかったです……」
「当然だろうな、まあ一から説明しよう。邪法は魔法とは全く違う、別物の法だ。世界の根本に干渉し、事実ごと全てを改変することが出来る」
確かに、魔法とは全然違う……。
魔法は確か世界の根本の力を借りる、だった筈だ。
それに干渉を出来るのが邪法、ということか。
「邪法は魔力ではなく、邪力という力を使って邪法を行使することが出来る。普通なら俺以外使うことは出来ない筈なんだが、お前は素質を持っている」
「素質……邪力を持っている、という訳ですか?」
「いや、そういう訳じゃない」
……え?
邪法の才能があるのに、邪力を持っていないということか?
それじゃいくら才能があっても使えないじゃないか。
「お前の場合、魔力を邪力に変換することが出来るんだ。これはかなり異質な魔力質だ」
「聖法も同じよ。聖力を使うんだけど、邪力と同じように魔力を聖力に変換出来るの。こんな魔力質、今まで見たことないわ」
そ、そうだったのか。
魔力を邪力や聖力に変換……待てよ、俺は魔力を無限にすることが出来る。
つまり……永遠に変換していれば、邪力と聖力が溜まり続ける、ということか。
実質、邪力と聖力は無限になったということだ。
……あれ、俺ってこんなに頭の悪い考えをする奴だったか?
「邪法が魔法との相性が良いことは前に言ったが、邪力が魔力との相性が良いことを言っていなかったな。さっきの戦いは、お前は魔力を使っただろう?」
「ええ、はい……」
「だから魔力を邪力によって完全無効化、そこから邪法でブライアの意識を奪ったという訳だ」
あの一瞬でそんなカラクリがあったとは……。
やっぱり、この人はとんでもないくらい強い。
俺は当分イビルさんには勝てないだろう。
「人間が使うのは全て魔力だから、邪力があれば大抵のことはなんとかなる。まずは変換からやってみよう。心臓に魔力を溜めてみて」
心臓……大体この辺りか。
胸の若干左辺りに魔力を溜めていく。
オニシエントに魔力を送るより気分の悪い作業だが、我慢する。
すると、ドクン、と心臓が跳ねた気がした。
椅子から落ちて、蹲る。
「あ、ぐぁぁぁ……!!」
痛い、痛い。
とにかく痛い。
心臓の鼓動が激しくなり、魔力が全身を駆け巡る。
すると、何か奇妙な力が俺の底から湧き、急に気分が楽になった。
「出来たか、それが邪力だ」
出来た邪力はおよそ2000程。
溜めた魔力は大体10000程だから、魔力の五分の一程度が邪力に変換されるようだ。
「邪力が出来たから楽になったんだろう。ほら、立てるか?」
「はい、大丈夫です……」
手を差し伸べられ、その手をとる。
邪力が思ったより体に馴染んでいることに驚きつつ、椅子に座る。
慣れたら痛くなくなるのだろうが、あの痛みに慣れてしまえば、大抵の傷に痛みを感じなくなりそうだ。
もしかして、聖法もこんなに痛いのか?
「……もうこんな時間なのか。せっかく来たのに悪いな、グロウにレジェンド」
窓の外を見ると、夕陽が差し込んでくる。
すると扉の方に人の気配がして振り返ると、レジェンドとグロウさんがいた。
「今来たばかりだからいい。帰るのか?」
「帰る訳ないだろう。俺はここに泊まらせてもらう」
「なら私もいいかしら?ブライアに沢山のことを教えたいし」
「……イビルが言うなら、俺も泊まらせてくれ、レジェンド」
イビルさんが当たり前のように、ホーリーさんが笑顔で、グロウさんが申し訳なさそうにレジェンドの質問に答える。
こんなに広い帝宮だから寝る場所くらいはあるだろうが、やはりいきなりは迷惑なのだろうか。
「そう言うと思って、既に準備してある」
レジェンドは準備が早かった。
レジェンドが先に部屋から出て、三人が同時にレジェンドの後に部屋から出た。
……俺は少しだけ、この幻想的な夕陽を見ていた。




