第51話 激闘〜その八〜
大きな音が何回も響いた。
だが構うものか、レジェンドが待っているんだ。
それに、ファルド先輩に任せれば何とかしてくれるだろう。
オニシエント、あとどれくらいだ?
(そこを右に曲がると、見えてくる筈です)
オニシエントのナビは的確で分かりやすい。
おかげですぐ着くことができた。
だが──レジェンドの姿は、元の形が無い程にまで変貌していた。
「嘘、だろ……本当に、レジェンドなのか……?」
表現するとすれば、肉塊だろう。
腕も足も人間の数十倍は太く、図体も比にならないくらいだ。
帝宮よりかは少し小さいが、さっきまで見えなかったのが不思議なくらい大きすぎる。
これがレジェンドだなんて、俺は認められない。
それに、所々にある顔は──
「──なんで、ガルが……」
そう、ガルの顔だ。
ニヤリと張り付いたような笑みを浮かべ、こちらを見つめてくる。
体が拒絶反応を起こしている。
こいつなんかと戦いたくない、と。
だが……微かに、レジェンドの反応がする。
肉塊の中から、本当に微かな反応がしたのだ。
この中にレジェンドが閉じ込められている。
「レジェンド、待ってろよ……絶対に解放してなるからな……!」
サリューズを取り出し、二刀流に分裂させる。
見た目通りの肉塊ならすぐに斬れるだろうが……中々そうもいかないようだ。
鋼鉄よりも硬く、ゴムよりも柔らかい。
見た感じの印象だが、試してみるに越したことはない。
「『轟・太陽』──ッ!」
一瞬で距離を詰め、二つの剣で一気に斬りかかる。
とてつもない太陽の熱を宿し、かなりの力を込めているのにも関わらず、斬り刻むことが出来ない。
焼け焦げた後も無い。
鋼鉄なんかよりも断然こちらの方が硬すぎて、強すぎる。
一撃で倒すのは不可能だ、何度も攻撃を仕掛けるしかない。
「『天・太陽』──ッ!」
真上に跳び、降下しながら剣を下に向ける。
そのまま頭から一気に斬ろうとするが、無駄に終わった。
さらに攻撃を続ける。
「『烈・太陽』──ッ!」
二つの剣を統合して一つにし、太陽の炎を纏わせて肉塊を突く。
並の人間なら防御ごと貫通するが、この大きな肉塊には無意味だと言わんばかりに直立不動で健在だ。
肉塊が腕を振るい、俺を吹き飛ばそうとする。
俺はその腕に飛び乗り、腕の上を走って頭に到達した。
至近距離で、魔法を放つ。
「『閃・太陽』──ッ!」
三十発程の魔法を頭に放った。
普通ならばこの距離で放たれたら即死。
だが、この魔法は肉塊の頭を貫くことは無かった。
呆然としていると、右腕が迫ってくるが、それを避ける。
一瞬でも隙を見せれば、あの腕が振るわれ、一発で即死だ。
油断すれば即死という緊張感が、俺を焦らせる。
駄目だ、落ち着け、まだチャンスはあるんだ。
俺の剣技や魔法は通用しなかったが、まだ能力が残っている。
極限もあるんだ。
それに……レジェンドを救うという思い。
この肉塊を潰し、中にいるレジェンドを救出してみせる。
待っててくれよ、レジェンド。
一秒でも早く、助けるからな!
「『輪廻』──『空間圧縮』」
大きな肉塊を存在している空間ごと圧縮する。
すると驚くべき速度で頭が潰されたように縮んでいく。
横にも圧縮していき、ようやく普通の住宅の二倍程度のサイズになった。
だが形は歪で、縦と横に押し潰された缶のような見た目をしている。
中のレジェンドは圧縮の影響を受けず、無事だ。
ようやく形を捉えることが出来た、あとは形に沿ってこの肉塊を削ればいい。
「『氷削雷壊』」
肉塊を凍り付かせてから慎重に削っていき、雷で一気に壊す。
肉塊は抵抗することなく、安定して削ることが出来ている。
ただ
ただ思ったよりも時間がかかる作業で、持続して使うのに魔力の消費も中々のものだ。
俺の魔力自体は無限だが、魔力を使うのにも体力が必要な為、使い過ぎると倒れてしまう。
冷汗が止まらない。
緊張して手が震える。
残っているのは頭の部分のみ。
最後まで油断せず、慎重に削っていく。
そして肉塊を削る作業が終わった時──
──俺は、地面に倒れていた。
速すぎて全く見えなかった。
首を捻り、振り返ると……レジェンドが後ろで堂々と立っていた。
あの肉塊の中から飛び出してきたのだろう。
どんどんと、視界が暗くなっていく。
俺、もしかして死ぬ……のか……?
今じゃ目標も見つけて、仲間も沢山出来たのに……!
嫌だ、俺はレジェンドを戻すまでは死ねない……!
「…………魔王を、殺す」
「……は?何を、言って──グッ!」
立ち上がろうとするが、立ち上がれない。
足に無数の傷がついているのだろう。
首を捻って、何とかレジェンドの方へ向く。
「……魔王は封印しているだけだ、完全には殺せていない。魔王を殺さない限り、俺は苦しみ、傷つき、不幸に落ちる。だから魔王を殺さなければならない」
「何を、言って……」
「だからな、ブライア……お前の全てを、俺に寄越せ」
レジェンドが俺に手をかざす。
黒い光が俺を包み込もうと襲いかかってくる。
駄目だ、動かないと……!
「レジェンド、どうして……!お前、まだ元に戻っていないのか……!?」
「ブライア、お前といた時間は楽しかったさ。だが……魔王を殺す為に、俺の血となり肉となってくれ」
まさか、俺を吸収するつもりか……!
逃げられない、動けない。
動けたとしても絶望的な状況。
さっきの速度の槍術を受けてしまう。
もう、諦めるしかない……のか……。
「──貴様、何をしている!!」
聞き慣れた声がした。
一瞬で黒い光が霧散し、体中の痛みが消えていく。
体ごと後ろを向くと……大きな背中があった。
緑髪で、苛立ちながらも大きな目標としていた人物が、そこにいた。
堂々と君臨する王のように、俺を守っていた。
二回目の奇跡の救援だ。
今まで何度も助けられてきた、スティア王国最強の男がレジェンドの前に立ちはだかった。
「父さん、どうしてここに……」
消えそうな声で問う。
親父から返ってきた言葉は、シンプルなものだった。
「息子の危機となったなら、駆けつけない筈かなかろう」
やっぱり、親バカだ。
だけどその親バカが、今は無性に格好良く見えた。
頬に伝う水を無視して、満面の笑みで感謝を伝える。
「ありがとうございます、父さん!」
親父は振り返ることなく、レジェンドの方へ歩み寄る。
親父は強いけど、レジェンドは何千年も生きてきた人外のような存在だ。
でもここで手助けをしても、足でまといになる……。
どうすれば正解なんだ……?
「ブライアは離れておけ、危険だぞ」
「シャイフォン……来てくれたのか……」
「当たり前だ、お前は俺と契約している、居場所が分からない筈がないだろうに」
「お前も、あの戦いに……?」
「ああ、前の俺なら不可能な戦いだが……お前が強くなると、俺も元の力を取り戻していく仕組みの契約だ。今の強さだと、あの戦いに身を投じれるのさ」
「なら、俺も……!」
「ブライアは駄目だ、大怪我したんだろう?率直に言えば、足でまといになるぞ」
「そ、それはそうだけど……!」
「安心しろ、お前にはもっと重要な役目がある。それまではここで休んでろ」
重要な役目って、なんなんだよ……。
でも、それ程俺が重要ならこんな状態じゃいけないな……。
「分かった、頼んだぞ!」
「勿論だ、レジェンド帝を元に戻さないとな」
やっぱり、シャイフォンもレジェンドがおかしいのに気づいているのか。
だけど不安だ、レジェンドが本当に戻るのか……?
分からないけど、やれることはやるしかない。
親父とシャイフォンに任せよう。
「クライア・グリーンドラゴン……今代の『無天無双』持ちか。その力さえあれば、魔王を葬れる……」
「残念だが、あなたに協力する気は一切無い。それに……──」
親父は目にも止まらぬ速さで、レジェンドに急接近した。
拳をレジェンドの顔面に放つが、レジェンドは平然とそれを受け止める。
「──『無天無双』は、そんな簡単に制御出来る代物じゃない」
親父の手に灼熱が宿り、その拳をレジェンドに叩き込む。
レジェンドは槍で全ての攻撃を弾き、更に親父に攻撃までする。
どちらも強く、一歩も譲らない戦いだ。
『視認眼』を使わないと全く見えなかっただろう。
その激戦に横槍を入れるように、シャイフォンが魔法を放つ。
「『光滅乱射』」
細い光の筋が、レジェンド目掛けて発射される。
レジェンドはその魔法を一瞥し、右手の槍で親父の攻撃を、左手の槍でシャイフォンの魔法を捌く。
槍の使い方が完璧だ。
俺だと親父の攻撃一発で終わるのに、レジェンドは何発受けても崩れない。
それどころか、シャイフォンの魔法さえ斬り刻む余裕さえあるのだ。
本当に強い、俺が一生を費やしても恐らくレジェンドには勝てない。
「チッ、さっきまでその槍、簡単に溶けたじゃねぇか!」
「真の黒金双槍がそんなに弱い武器だと思ったら、大間違いだ。あれは一割にも満たない分身のような存在だ」
「手を抜いてたってことか?ハッ、甘く見られたものだな!」
「残念だが……本気を出すまでの相手じゃない」
それを言うと、レジェンドは攻撃のペースを更に上げた。
戦闘がさっきよりも激しくなり、吹き飛ばされそうになる。
だが、レジェンドはまだ実力を隠しているだろう。
親父は辛そうな顔をしているのに、レジェンドは涼しい顔をしている。
親父でも、レジェンドに届かないのか……?
「『無天無双』を使わないのか?」
「ブライアが許可すればさっさと使っていたんだが、そうもいかないようだからな」
「……そうか──ならば、そのまま潰えろッ!!」
右手に持った黄金の槍で、親父を斬りつけた。
更に左手に持った漆黒の槍を投げて、シャイフォンの腹を貫いた。
一瞬の出来事だった。
レジェンドがその気になれば、二人を瞬殺出来るのだ。
俺は、はっきりと怯えた。
あんなに強くて尊敬していた親父が、一瞬で倒れたから。
俺にアドバイスしたり、本番前の練習をしてくれたりしたシャイフォンが一瞬で倒れたから。
目の前の光景が信じられる筈がない。
現実を直視したくない。
レジェンドはため息をついて──こう言った。
「仇を取りたいのならかかってこい、ブライア」
──と。
怯えていた俺が、一瞬にしてその感情を吹き飛ばした。
今までに出したことの無い憎悪と憤怒、復讐心に駆られた。
この日、俺は初めて──
──今まで出さなかった、本気を出すこととなる。