第49話 激闘〜その六〜
世界が揺れた。
アーガイルと同じく、厄災として名を馳せた存在が揺らせたのだ。
アーガイルのように人型ではなく、大きな翼を羽ばたかせ、先端が鋭い尻尾を振り回す。
属性龍王とはまた違う圧力を放つ厄災。
その巨体が、ファルドの前に降臨した。
「グ──ッッ!!」
アーガイルから全ての力を流し込まれる。
ファルドは地獄のような感覚に陥った。
だが、恥は晒すまいと思い全力で耐える。
だが、立つのがやっとだ。
このままでは動くのは難しいだろう。
「くそ……こんなに強いのかよ……」
《このままでは駄目だ。契約をしよう、ファルド》
「ああ、分かった。契約の内容は全て俺が決めるぞ」
《勿論だ、早くしてくれ》
「『契約行使』──アーガイルを外に出す。アーガイルの任務は全力を出して目の前の敵を屠ることのみ。禁止される行為は俺と俺の仲間への攻撃。任務が完了したらすぐに俺の中に帰ること」
《分かった、同意しよう》
双方同意完了の光がファルドから溢れ出す。
徐々に光は薄れ、契約完了の刻印がファルドに施された。
ファルドはそれを確認すると、後ろに出てきた扉を開ける。
そこには、アーガイルが待機していた。
「さて……本気を出す、覚悟しておけよ」
「分かった。俺も手伝おうか?」
「いや、いい。お前も耐えきれなくなるだろう」
厄災同士の戦いは、それまでに苛烈だと目線が物語っている。
ファルドは頷き、倒れているシュヴァルツ達の治療を施す為に走って行った。
さて、とアーガイルは目の前の厄災と向き合い、睨みつける。
この厄災は言葉を話さない。
代わりに、念話をしてくる。
『アーガイルよ……貴方、まさか人間の肩を持つのですか?』
「いいや、違うさ。お前にこの世界を壊されたくないだけだ」
『ほう……貴方、それでも厄災ですか?私があれ程までに愛し恋した貴方はどこへ?』
「別に俺はこの世界を壊したくて暴れていた訳じゃない。ただ、俺達以外の下等生物を恐怖に陥れたかっただけさ」
『貴方は、その下等生物に封印を施されたのですよ。それに、二度も。貴方はもう、厄災などではない』
「あっそ。俺は厄災とかいう肩書きには興味無い。御託はいいから、さっさとかかってこいよ」
『長年の眠りから解放されて、初戦が貴方ですか……ふむ、悪くは無い』
「何言ってんだ雑魚が、お前じゃ俺が本気出すまでもねぇよ」
『──貴様、殺すぞ!』
厄災が大地を揺らした。
圧を放つだけで、大地を振動させたのだ。
アーガイルの言葉は、本当ではない。
本気を出さなければ、圧倒されてしまうだろう。
この単純で馬鹿な厄災を暴走させて扱いやすいように戦う為に強がって煽ったのだ。
アーガイルは相手を手玉にとって戦うのが得意で、こんな馬鹿程逆上して引っかかるのが面白おかしくて堪らない。
だが、この厄災と戦う時は慎重に、バレないように詰ませなければならない。
(この世界は俺のものにする為には、こいつはいずれ邪魔になるとは思っていたが……まさかこんなに早く俺の障害になるとはな)
アーガイルは特異体質の分析眼を開眼させた。
右目がありとあらゆる数字や数式で埋まる。
分析した結果、以前のアルフィストとは比にならない程強くなっていた。
有り得ない──とアーガイルは呟きそうになった。
アルフィストはただ眠っていただけだ、これは確実である。
ならば、ただ眠っているだけで強くなるのか?
厄災とはいえ、それは0に限りなく近い可能性だ。
誰かから力を与えられたとしか考えられない。
アーガイルはそう結論付けて、再度分析を開始する。
アルフィストは今にも爆発しそうな勢いだ。
最悪、帝国や近隣の国が消し飛んでしまう。
それ程までに厄災の、アルフィストの力は凄まじいのだ。
『アーガイルよ……死になさい!』
大きな拳が、アーガイル目掛けて一直線に落とされる。
アーガイルはそれを軽く受け止めた。
確実にアーガイルの五十倍はある拳を、受け止めてしまったのだ。
これにはアルフィストも驚きを隠せない。
『貴方……一体、何をした?』
「それを言う程俺は馬鹿じゃねえよ、ノロマ」
『……いいでしょう、私の全てを使い、貴方を確実に殺しましょうか!』
大きな巨体が、空を飛んだ。
上空には魔法陣が描かれ、そこから魔法が落とされようとしている。
『滅塵霧血』
空から雨のようなものが降り出した。
真っ赤で、霧のようにゆっくりと落ちてくる。
アーガイルは、この魔法を知っている。
世界を血の海に追い込んだ魔法。
アルフィストが殺傷をするにはもってこいの魔法だと言っていたのを思い出した。
触れた瞬間、触れた場所を中心に爆発する魔法。
その爆発の威力も、想像を絶する範囲と強烈さだ。
かかってしまった瞬間即死亡。
早く取り除かないと、帝国そのものが消え去ってしまう。
「ちっ、面倒なものを──『災・天昇乱』」
光を散らせ、空へ放つ。
全ての血の霧を消し去り、そのままアルフィストへ攻撃する。
だが、それを許すアルフィストではない。
『厄・破滅の咆哮』
喉を震わせ、大きな口から黒い波動を吐き出す。
光は全て霧散し、空には暗黒が再び訪れた。
これがアルフィストの使う『厄災暗黒魔法』である。
この魔法に対抗する魔法は、たった二つのみ。
その一つが、アーガイルの使用する『厄災明光魔法』なのだ。
単純な光属性と闇属性ではなく、災害をもたらす禁術として人々には知られている。
この魔法は、厄災であるアーガイルとアルフィストしか使えないのでこの二体以外で人間や亜人、魔物でも使用する生物は誰一人として存在しない。
『私に雑魚と言ったこと、後悔させましょう──厄・斬波黒消』
「雑魚を雑魚と言って何が悪いんだか──『災・光帝乱舞』」
黒と白が交わり、綺麗とも思わせる光景が浮かび上がる。
厄災同士の戦いは、苛烈でありながらも鮮やかに戦いを彩っていく。
魔法と魔法がぶつかり合う姿は、まさに神々が争う様子を幻想させる。
規格外の威力と、規格外の魔力は帝国そのものを破壊させかねないが、アーガイルがアルフィストと戦いながらも帝国の現状を維持しているのだ。
だが、その現状維持をする余裕も段々失われていき──
『──アーガイルよ、貴方を失ってしまうのは悲しい……せめて私の手で、地獄に堕ちましょう』
「誰がテメェに堕とされたいんだよ……俺がその余裕ごと斬ってやるよ!」
『貴方の剣技は見たことないですね……では、見させてもらいましょうか』
アルフィストは魔法の申し子のような存在だ。
では、アーガイルはどのような存在か。
アーガイルは──武器の申し子と言われることがあるのだ。
「武器よ集え、我が手に宿れ、我より与えられし心を一つにせよ──『武器神招集令』」
アーガイルはこの技を使うと、この世にある全ての武器を達人よりも上手く扱うことが出来る。
そして、記憶を取り戻しとある存在に戻ることが出来る。
それは──
『──堕ちた武器神というのが、貴方だったのですか』
かつては人々に信仰された武器神、アーガイル。
とある事件のせいで、人々からの信用を失い、同じ神々からも見捨てられた元神だ。
「ああ……憎らしい憎らしい憎らしい憎らしい!あいつを殺さねば俺は神に返り咲くことは不可能だ……」
アルフィストを無視し、凄まじい圧が漏れ出す。
常人はおろか、アルフィストでさえ恐怖を感じてしまう。
何を思ったのか、アーガイルは手に持った剣を握り潰し、粉々にした。
新しい剣が背後に浮かんだかと思えば、世界に存在する武器種全てがアーガイルの背後に浮かんでいた。
剣、斧、槍、弓、拳具といったありとあらゆる武器がアーガイルの背後に出現する。
アーガイルは振り返ることなく拳具を手にはめ、アルフィストの正面まで一瞬で到達し、そのまま腹を殴る。
アルフィストは苦痛に顔を歪めた。
だがアーガイルはその隙を逃さず、アルフィストの右羽を破り捨てた。
更にアルフィストは顔を歪め、感じたことの無い痛みに悶絶する。
反撃しないアルフィストを実験台とするように、アーガイルは宙に浮かび、ゆっくりと手を上げた。
その瞬間、数多の剣と槍がアーガイルの傍に出現し、チャキ、という音を立てた。
そしてアーガイルは、無慈悲にその声を上げる。
「目障りな厄災よ、消えろ──『武神ノ閃撃』」
剣と槍が、アルフィスト目掛けて攻撃する。
羽を貫き、足を穿ち、手を切り裂く。
急所だけは狙わず、再起不能にする為に傷つけていく。
やがてアルフィストは地に伏し、先程の余裕は無くなってしまった。
アーガイルは目を細め、アルフィストの頭を蹴る。
鈍い音が鳴るが、まだアルフィストの意識は残っている。
アルフィストは、決して弱い訳ではない。
この厄災に勝つのは、並の人間全てが束になっても不可能だ。
強者でも埃一つつけることさえ不可能だろう。
それ程までに強い厄災アルフィストが、アーガイルに負けた理由はたった一つ。
アーガイルが強すぎた。
元とはいえ、一度は神になった生き物なのだ。
神の性質を一切使うことなく、武器神の権能のみで世界に混沌をもたらした厄災を、完膚なきまでに叩きのめした。
これが厄災アーガイルの真の姿だ。
神の純白の翼──ではなく、堕ちた神の印である黒い翼を展開させている。
怪しい笑みを浮かべ、三対六枚の翼を揺らす。
手に持った剣を、意識のあるアルフィストの頭に突き刺そうとする。
『アーガイル……貴方は一体、何者なのです……?』
純粋な疑問をアーガイルに問う。
アーガイルから返ってくる答えは、簡単なものだ。
「厄災に堕ちた武器神だ」
それだけを言って、アーガイルはアルフィストの頭に、剣を刺す。
これにてアーガイルVSアルフィストの厄災対決は、アーガイルの勝利で幕を閉じた。
この世に存在する厄災が、一体減ったのであった。




