第40話 記憶改竄
あれから二時間経った。
ティルさんはまだ目を覚まさない。
心臓も動いているし、脈もあるから生きている筈だ。
それにしても、起きるのが遅い。
それでも俺は目覚めるまで待つしかないな。
レジェンド本人からも急所は避けていたってさっき聞いたし、そろそろ起きる頃だと思うんだけど……
「……ここは……?」
「あ、やっと起きましたか。ここは帝都冒険者協会の宿ですよ」
目を薄らと開けた。
それを言うと、ゆっくりと上体を起こした。
ちなみに、冒険者軍やさっきの事は全てティルさんの記憶から消した。
起きて暴れられても面倒なだけだ。
ついでに記憶も覗いてみた。
この人は、弟の為に全てを賭けていた。
自分の事を全て捨てて、弟の為だけに生きていた。
弟の望み──英雄になって欲しいという望みを叶える為に。
その過程で俺が邪魔をした、という認識をしたようだ。
俺は罪悪感を覚えた。
あの狂気の裏にはこんな事があったのかと驚いた。
ティルさんはやっぱり優しい人だと、そう思った。
「何でここに……?」
「道端で倒れていたんですよ。大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ。ありがとう、ブライア」
全く持って嘘だ。
でも、この人はやはり怪しまない。
それもそうだ。
何故なら、記憶も改竄してあるから。
偽物の記憶を作っていて良かったと思った。
これで元の思い出すことは殆ど無いだろう。
すると、ティルさんは立ち上がり、部屋を出ようとした。
もう動けるのか、この人はやっぱり凄い。
「あれ、もう行くんですか?」
「うん、強くならないといけないからね。ありがとうブライア君」
ちなみに、俺の事も良い人間だと記憶に刷り込ませている。
万が一に記憶を取り戻した時、また悪役だと罵られないようにだ。
良い様に記憶を改竄出来るのは便利だ。
流石は『全知全能』といった所か。
これからも愛用させてもらおう。
「じゃ、ブライア君ばいばい」
「さようなら、また道端で倒れないで下さいね」
「ははっ、今度からは気をつけるよ」
何の疑いもせずに、笑ってティルさんはこの部屋から出た。
ティルさんの問題はとりあえず解決かな。
事件じゃなくて良かったよ、本当に。
ひとまずティルさんの話はもういいか。
「──フィル君、お兄さんはもう行ったよ」
名前を呼ぶと、ロッカーのような場所から男の子が出てきた。
ティルさんの弟、フィル君。
俺が家に行った時は、病気にかかっていて、余命を宣告されていた。
フィル君にティルさんの現状を知って貰う為にここに呼んだ。
「あ、あの……お兄ちゃんは……」
「少し辛い話になるけど、いいかな?」
「はい……」
「分かったよ、それじゃあ話すね」
フィル君の了承を得て、ありのままの事実を話した。
冒険者軍で声を掛けて貰ったこと。
だけどその後に俺が冒険者軍を壊滅させたこと。
そのことに恨みを持って俺を探していたこと。
帝都の冒険者協会で俺を見つけて、英雄になる為にと告白し、攻撃を仕掛けたこと。
五分五分の戦いでレジェンドが出てきて、圧倒的に打ちのめしたこと。
このことに関係する全ての記憶を消し去ったこと。
そして、俺が記憶を閲覧して、弟の為に強くなって英雄を目指していたこと。
全てを嘘偽り無く話した。
フィル君は精神が強いのか、顔色一切変えずにこの話を聞いてくれていた。
全てを話し終わり、フィル君は口を開いた。
「お兄ちゃん、そんなに思い詰めて……」
口を開いたとほぼ同時に、ポロポロと涙を零した。
自分のせいだと、責任を感じているのだろうか。
ベットに座り込み、ひたすら泣いていた。
俺もベットに座り、何も言わずに背中をさすっていた。
悪意は全く無かっただろう。
ただ、夢を見るあまりに自分じゃ出来ないことを人に託した。
悪いことでは無い、寧ろ俺は託して欲しい。
大事な人を守れるなら、俺はどんなことだって乗り越えてみせる。
でも、ティルさんには重荷だった。
弟の期待と夢、好奇心があった。
ティルさんには冒険者軍という希望があった。
俺はティルさんとフィル君の希望を潰した。
レジェンドはティルさんに無理だと告げ、ズタズタにした。
罪悪感が半端じゃない。
結局俺も自分勝手で自己中心的な人間だ。
分かっていたつもりになっていたが、こんな実感の仕方をするとは思っていなかった。
──レジェンドに掛け合ってみよう。
正規に冒険者軍を作ることを。
これならティルさんも、フィル君も納得出来る筈だ。
いや、納得させてみる。
俺がやり遂げるべきことは、フィル君の夢を潰さないことだ。
「フィル君、ちょっといいかな」
「……はい、何でしょう……?」
「俺が、冒険者軍を作り上げる。ティルさんとフィル君の夢と希望を潰したくない」
「……いいん、ですか?」
「こんな自分勝手でごめん。でも何とかしてみせる。絶対にだ、約束する」
「…………僕の夢、叶えてくれるの?」
「もちろん。それに、君自身も英雄になれる」
「そうか、僕治って……ありがとうございます」
「いや、大丈夫だよ。まさか俺も完治させれるとは思わなかったし」
本当に便利だ、『全知全能』。
この能力、最強かもしれない。
いや、『創成』と同じくらいか?
分からないけど、今はそんなことどうでもいい。
「フィル君、俺に任せて。じゃあもうこんな時間だし、帰ろうか」
「はい、ありがとうこざいました」
「家まで送るよ、この時間は危ないからね」
一番治安が悪いのは戦都だが、帝都も相当だ。
奴隷売買、人身売買、誘拐、殺人、その他諸々……かなり酷い。
個々人が強いのは確かに良いことだけと、こんな危険もあるんだな。
この国は本当に怖い。
しかもこの国、弱肉強食主義だから何があっても仕方ないで終わる。
そりゃあ校長やシャイフォンが危険視する訳だ。
俺なら大丈夫って言っていたが、俺以外がこの国に来たらどうなるのか。
シュヴァルツとかは一人で何とかしそうだな。
あいつは強いし、別にここに来ても何もなさそうだけど。
「ブライアさん、家ここです」
「ん、ああもう着いたのか。じゃあね、フィル君」
「病気、治してくれてありがとうございました。さようなら」
「うん、また今度ね」
さて、冒険者軍のこと、レジェンドに直談判だ。
フィル君とティルさんの為だ、何とかしてみせよう。
でもあいつのことだし、勝手にやれって言いそうだけど。
そんなことを考えていると、全身真っ黒の人が横を通り過ぎていった。
危ないな、そんな呑気なことを考えていると──
「──グァッ!」
腕に突然激痛が走った。
チクチクとかズキズキとかのレベルじゃない!
猛毒だ、全身真っ黒の人は俺に毒を入れた!
「くっそ……ど、毒を取り除かないと──『超効果治癒』」
『超効果治癒』は毒を取り除くのにも役に立つ。
流石は治癒魔法の中でも上位なだけある。
でもあいつ、一体何が目的で俺に毒を入れたんだ?
あれ、何か騒々しい。
行ってみるか。
「おい、早く警護隊を呼べ!これは酷いぞ!」
「もう呼びに行った!俺らは俺らで応急処置をするしかないだろ!」
「治癒魔法を使える奴はいないか!?早くしないと死ぬぞ!」
「駄目だ治癒魔法が効かない!警護隊じゃないと無理だ!」
「くそ、警護隊は何をしてるんだ!」
怒号、悲鳴、叫喚。
地獄のような光景がそこにはあった。
人だかりが凄い、何が起きているか分からない。
ただ物凄い事件が起きているのは分かった。
……まさか、『事件』が起きた……?
いや、『事件』はすぐには起きない筈だ。
でも『事件』については何も分からない。
ある程度のパターンも無くなる可能性だってある。
あまり信じない方がいいだろう。
「警護隊です、道を開けてください!」
「こいつだ、早く治してやってくれ!」
「担架、早く!」
紺色の制服の警護隊が騒ぎを聞きつけて到着した。
すぐ後ろには水色の手術服のような格好をした救護隊が走ってきた。
やがて、治癒魔法の詠唱が聞こえてきた。
緑色の癒しの光はやがて真紅に染まり、空中に投げ出された。
上を見上げると、真紅の光は空で爆発した。
この場にいる、全員が唖然とした。
さっきの怒号や悲鳴、叫喚が嘘かのように、言葉が出なかった。
まさか、治癒魔法があんなことになるなんて、誰も思いはしなかっただろう。
一瞬の膠着の後、また怒号が飛び交った。
警護隊のリーダーみたいな人が大声で指示を飛ばしている。
「早くしろ、これは異常だ!帝様に直接出向いて貰うしかない!」
「て、帝宮の者に大至急連絡を!」
今すぐレジェンドのところに転移だ!
でもここから離れて転移しないと。
「よし、ここなら──転移!」
──帝宮にて
「どうした、何か急いでいるのか?」
「早く来てくれ、異常事態だ!」
「待て待て、何があったか話してくれ」
「とんでもないことが起こったんだ!救護隊が怪我人に治癒魔法を使ったら、真っ赤に染まって空中で爆散したんだ!」
「──早く場所を教えろ」
「転移する、捕まれ!」
──転移してさっきの場所に戻ってきた。
レジェンドと俺が民衆の後ろに現れる。
すると、民衆は驚愕しながらも、道を開けた。
レジェンドと俺が通り、すぐそこにいる警護隊に声を掛ける。
「怪我人を見せてくれ、早く」
警護隊員は驚きつつも、怪我人が倒れている場所まで案内してくれた。
そこでは、恐ろしいことが起こっていた。
「顔が……無くなっている……?」
いや、正確に言えばあるのだろうが……身元が判別出来ない程にぐしゃぐしゃになっている。
血まみれなのは顔だけでは無い。
胴体も、信じられない程にぐしゃぐしゃだ。
足は曲がってはならない筈の方向に曲がっている。
腹は臓物が出ているのだろうか。
それが分からないのは、真紅に染まっているせいだろう。
よく見ると、刺し傷が無数にある。
数えるのが途方もないくらいに。
おぞましい光景が、そこには広がっていた。
思わず目を背けるが、レジェンドは気にせず警護隊に言った。
「治癒魔法が爆散したらしいな、どういうことだ?」
「いえ、こちらでも事態を把握出来ておらず……申し訳ありません……」
「いや、いい。ブライア、治癒魔法を使え」
「ッ……ああ、分かった」
先程目を背けた重体に、もう一度向き合う。
また目を背けたくなるが、我慢する。
治癒魔法を使っても助けられるか分からない。
望みは薄いが……やってみよう。
「『超効果治癒』」
緑の癒しが暖かく包み込む。
だが、そんな緑は真紅に染まり、さっきと同じように空中で爆散した。
この治癒魔法でも効果が無いとなると、完全治癒は不可能に近い。
仕方ない、長い詠唱の治癒魔法じゃないと無理そうだ。
「詠唱する、時間がかかるぞ」
「ああ、別にいい」
「じゃあ、始めるぞ──癒しの光よ、血に染まりし戦士を慈愛の光で包み込め。悲しき刃を振るいし戦士よ、この慈愛を受けよ。癒しを求めし麗しき戦士よ、暖かな寵愛を受け、祈りを捧げよ。無限の彼方に漂流する平和の慈悲よ、この戦乱の世を止め、光を捧げ、愚かな人間に祝福をもたらしたまえ。全てを愛し全てを尊び、我らに幸福の大切さを教えたまえ。今その光は、目の前の戦士に捧げ──『慈愛天聖治癒』」
空から金色の光が舞い降りた。
幻想的なその風景は、見ているだけで心が安らぐ。
光は目の前の血まみれの人に降り注ぎ、傷を修復していく。
安堵したのも束の間だった。
だって倒れている人間は──
「ティル、さん……?」
今までの俺にとって、最悪の事態が起こった。




