第17話 シャイフォン顕現
──やっぱり、自分の寮のベッドが一番だ。
二週間ぶりの自室のベッドを存分に堪能していると、シャイフォンが話しかけてくる。
《なあ、俺の事忘れていないか?》
あ、ごめん、忘れてた。
んで、何したいんだ?
《ああ、『緑龍召喚』するだけでいい。後は俺がやろう》
ん?
それだけでいいのか?
まあ、何でもいいか。
「よし、『緑龍召喚』!」
と言うと、何か不可解な魔法陣が何層も重なって出現した。
え、これって……おい、シャイフォン!
どういうことだ!?
ってあれ、応答しないぞ?
「ふぅ、助かる、ブライア」
魔法陣が消えたと思うと、男が立っていた。
え、こいつ誰?
見たことあるような気がする。
まさかとは思うけど……
「シャイフォン……なのか?」
「正解だ」
やっぱりか!
精神世界で見たことあるぞ!
「何でこっちに来たんだ?」
「暇だから」
……マジで言ってんの?
暇だから召喚しろっていう奴がいるか!
まあ、召喚したなら仕方ないか……
てか、ここ学校の寮じゃん!
バレたら大変な事になるって!
「おい、バレたらどうすんだ!早く戻れ!」
「バレてもそいつに口封じすればいいじゃないか、何を焦っているんだ?」
「それが出来なかった時の事を想定して言ってんの!」
「ようやく来れたのに、すぐ戻るなんて退屈だろう?」
ああ、もうコイツ!
流石に教師に説明しないといけないだろ。
仕方ない。
だけど、変な苦労を抱え込むことになるの、嫌だな。
「はぁ……分かった、説明してくるから着いてこい」
「え、何でだ?」
「いいから来い!」
「え、あ、ああ」
最悪の気分だよ、俺。
──職員室にて
「すいません、学長はいらっしゃいますか?」
「誰かいるかー?」
「お前無礼だっつの!引っ込んどけ!」
頭を叩き、俺の後ろに下がらせる。
ったく、俺の印象まで下がりかねないじゃないか。
「ブライア君、どうしたのかね?」
「あ、実はこいつ、緑龍でして、俺の中に戻らないんですよね。だから俺の部屋に居させてもいいでしょうか?」
「ああ、そういう事か。もちろん構わんよ」
「あ、有難う御座います!」
「助かる」
「だから引っ込んどけ!」
また頭を叩く。
さっきより力を込めて、だ。
「あ、そうだブライア君、君宛ての手紙が届いているよ」
「あれ、そうなんですか?」
「自室に帰って読むといい。それと、そこの緑龍と少し話がしたいのだが、いいかい?」
「はい、もちろん!では、任せました」
と言ってシャイフォンを渡す。
シャイフォンは意外にも不服そうでは無く、学長室に入っていった。
手紙の内容、一体どんな内容なんだろうか。
──学長室では
「……あなた、私を誰か知っておいでで?」
「知っているさ、情報が入ってきていたからな」
「成程、相当偉い立場の緑龍、ということか」
「上から二番目、それで十分だろ?」
「な、何と……」
シャイフォンが紅茶を啜りながら話す。
学長が驚いているにも関わらず、菓子を食べる。
雰囲気が強者のそれだった。
「あの子──ブライア君は君が認める程強い、という認識でいいのだろうか?」
「ああ、そうだな。と言うより、俺じゃ勝てないだろう」
「それほどの実力を持っているのか……」
顎に手を当て、考える学長に対して、足を組んで偉そうにするシャイフォン。
真反対の態度で、両者の性格が出ていた。
丁寧な学長に対し、適当なシャイフォン。
気の合わなさそうな二人だが、そうでも無く、話もスラスラと進む。
どうやら、学長は不安なようだ。
ブライアが成長すると、スティア王国だと誰よりも強い人間になるだろうと。
スティア王国に少しでも不満を抱けば、一人だけでクーデターを起こせるような力を持つブライアに。
そんな不安に、シャイフォンの返答は。
「ブライアに不満を抱かせなければいいじゃないか。それを優先させればいい」
ブライアは基本溜め込む性格だと、シャイフォンはブライアの生活を見ていてよく思っていた。
多少は我慢するだろうが、一気に爆発させることを知っている。
それを学長に教えて、部屋を出る。
シャイフォンが顕現したのは、別の理由があった。
(精神世界だと分かりにくかったが、まさかとは思っていたんだがな……やっぱりいるな)
シャイフォンの因縁に、グリーンドラゴン家の汚点にして、スティア王国の災厄──
──カーラ・グリーンドラゴンの、復活である。
(これはブライアに任せていい事ではないな、俺が片付けるしかないだろう。カーラの正確な所在は知らないが、復活したのは確定だろう)
シャイフォンは、カーラの気配が分かるのだ。
カーラの所在は、妨害されている。
復活したのは分かるのに、所在が分からないのだから、そうとしか考えられない。
復活してから即妨害したのだろう。
肉体ごと復活しているのかも、魂や精神だけ復活して他人に乗り移っているのかも分からないため、探すのは困難と思われた。
まずは、スティア王国を探す。
そのためにも、目立つ場所に行かなければならないだろう。
(確か、もうすぐスティア王国で魔法大会が開かれるはずだったな。俺も参加しておくか)
心の中で参加表明をして、ブライアの待つ部屋に戻る。
──ブライアの自室にて
シャイフォンも増えた事だけど、食事とか部屋割りどうしようかな……
特別言って増やして貰うのもアリだな。
ったく、変な理由で来るなよな。
まあ、アイツらしい理由だけどな。
あ、ドアが開いたから帰ってきたのかな?
「おかえり」
「ただいま。お前、手紙読んだのか?」
「今から読む」
まあ、忘れてただけなんだけど。
そういえば、さっきのシャイフォンの事も忘れてたな。
俺、ボケ対策しないとマズイ歳でも無いだろ。
まあ、いいや。
「んーと、何々……え、推薦状?」
「何の推薦状だ?」
「あれ、これって……魔法協会の印鑑?」
一体俺に何の用……っというより何の推薦状を俺に渡しにきたんだ?
内容は……
「スティア王国魔法大会の……優先出場権?」
「成程、前の剣術大会で良い成績を残した……それも、グリーンドラゴン家で、だからな。それがくるのも不思議ではないな」
「そ、そうなのか……」
まあ、これがきたなら出るしかないよな。
前はシュヴァルツも出たし、レインボードラゴンで魔法が得意なのはブルードラゴン家とパープルドラゴン家とインジゴドラゴン家か。
その三家が出るのなら今回は苦戦しそうだな。
まあ、元より憧れてた魔法だし、嬉しいな。
「あ、その大会、俺も出るぞ」
「は?いや、普通に考えて出るなよ」
「何でだよ」
「お前という存在に、誰が勝てるんだ!」
「この大会だと、八魔導士くらいじゃないか?」
「……それで、八魔導士は出るのか?」
「俺が知ってる限り、二人この大会に出るぞ」
いや、マジかよ。
かなりキツい大会になりそうだな。
八魔導士がこの国に二人もいるとか、この国の戦力バランスえげつないな。
いや、他の国に固まっている場合もあれば、まだマシか。
「それに、俺の因縁を見つけ出さないといけない」
おぞましいくらいの魔力が散乱する。
……ここまで本気のシャイフォンを見た事が無いし、ここで止めて暴れられたら困るので、肯定するしかない。
「分かったから、魔力を抑えろ」
「まあ、お前が止めなくても大会に出ていたがな」
「何だよそれ、じゃあさっきの魔力何だよ」
「俺が強いぞって証だ」
「それは知ってんだよ!」
力を見せつけられてるのに、まだ見せつけるか!
でも、やっぱりシャイフォンってオカシイよな。
龍だから強いって思ってたんだけど、案外そうでもなさそう。
シャイフォンが強いだけなのか、龍自体がここまで強いのか、だよな。
まあ、五歳の時に目の前でドラゴン粉々にされてる姿見たら、やっぱりシャイフォンがオカシイとしか考えられないしな。
実力差、どうなってんだろうな。
「んで、お前って誰かに勝てないとかいるのか?」
「絶対に勝てない、となると、お前とクライアだな」
「な、何で俺……」
「お前が本気で特訓したら俺は勝てなくなる、クライアはな、この国最強だからな」
あれ、そうだったのか?
親父がこの国……最強!?
何の冗談なんだよ、それ……
まあ、シャイフォンはマジメに話しているっぽいし、本当にそうなんだろうな。
いやー、やっぱり俺の周りはオカシイな。
「あ、そうだ今思い出したな。八魔導士は三人だ」
「名前とか分かる?」
「確か、アリス・ブルードラゴン、ゲシュナ・ブレルストッド、エルナ・グリーンドラゴンだな」
「──え?今エルナって言った?」
「ああ、そうだぞ」
おい待て、おいおい。
八魔導士の一人、肉親なんだけど!?
あの人、八魔導士だったのか……
え、それだとこの国最強の親父は……
「なあ、親父ってさ……」
「八武闘士の、一位だな」
はいはい、実の両親がチート系ですか?
えげつないって!
なんで俺は今まで気づかなかったんだよ……
鈍感超えてただのアホみたいじゃないか。
てか、母さんも一位じゃないよな?
「今言った八魔導士の順位、知ってる?」
「アリスは六位、ゲシュナは八位。エルナは四位だな」
四位でも半分より上なんだよな。
やっぱりこの国、戦力オカシイ。
さっきからオカシイさか言ってないような気がするくらい、オカシイ……
皇国とか帝国にも勝ってるんじゃないか?
その両国の戦力を知らないから何とも言えないけど。
「まあ、そんなとこだな。他にも聞きたい事あるか?」
「この国、皇国とか帝国に勝てる?」
「それは知らん。だが、ソロミア女皇やレジェンド帝には勝てないだろうな」
「そうなのか?」
意外だな。
上から指揮してるイメージがあるんだが、自分でも戦えるのか。
相当強いんだろうな。
「まあ、二千年以上生きているからな」
「──……は?どういうことだ?」
「その言葉の通りだ」
「え、人間じゃないのか?」
「限りなく神に近い人間、だな」
そんなもん勝てる訳無いだろ!
限りなく神に近い人間って、神に等しいようなもんじゃねえか!
何でそんなに生きてんだよ。
普通に考えて、人間の寿命なんて長くても百年程度だな。
魔法とかでもなさそうだしな……
「何で生きてるんだ、っていう顔をしているな」
「そりゃ当然だろ、普通に考えて有り得ないんだよ!」
「アイツらはな、兄妹なんだ。三人兄妹」
「え、誰?」
「人類の英雄にして最初の神、クロス神。後はさっき言ったレジェンド帝とソロミア女皇の三人だ」
驚くを通り越して、最早放心状態だった。
血縁の中に神がいるなら、納得出来ますわ。
人間の突然変異みたいなもんか?
いや、それでも信じ難い事実なんだけど。
マジで聞きたくなかったな。
シャイフォン以外の奴に言われてたら何言ってんだよお前って言ってる自信あるな。
信じろっていう方が無理なのだ。
まあ、真面目な雰囲気のシャイフォンは信用しか出来ないので、信用する他あるまい。
「そこから先の事話されても俺の脳が耐えられないから、魔法大会の話に戻ろう」
「ん、ああそうだな」
「んで、お前出てもバレないの?」
「誰にだ?」
「ほら、父さんとか母さんとかだよ」
「あー、まあ大丈夫だろう。最悪、お前が庇えばいいだろ」
「人任せだなぁ……」
バレたらバレたで、後で対処すればいいか。
そもそも、種族制限があるのか……って、人間しか出なさそうだし、そんなこと決めてるはずもないか。
いきなりゴブリンとかスライムが出てきたら確かにおかしいからな。
その点、シャイフォンは人間に似ているから、よっぽどのことがない限りはバレないだろう。
実力面は人間なんて余裕で超えてしまうからな。
「あと残り日数は二ヶ月くらいか」
「その間は俺が特訓してやるよ」
「余計なお世話って言いたいけど、俺は今のままじゃ弱いからな、助かる」
今まで剣しか使ってこなかったから、魔法はからっきしだ。
いや、無詠唱を簡単に使えるレベルなんだけどさ。
シャイフォンなんてもっとレベルが上だから、特訓相手にはちょうど良い。
「あ、授業とかもあるから実質一ヶ月あるかないかくらいなのか」
「何を言っているんだ?毎日特訓すればいいだろ」
こいつ、俺の負担を全く考えやしないな。
授業終わった後にめちゃくちゃハードな特訓なんて、やってられないんだよな。
平日は休憩、休日は特訓の毎日になるのか。
シャイフォンの事だし、想像を絶する程の特訓量なんだろうな。
「今から特訓するか?」
「今日は休ませてくれ、頼む」
「疲れたのか?」
「色々話したから俺の頭が壊れそうなんだ」
「確かに、色々と話をしたな。じゃあ、いつからするんだ?」
「平日は休み、休日は特訓で」
「ったく……まあいいが」
二人でベッドに寝転ぶ。
まだ夜ではないが、少し脳を休ませたい。
──次に目を開けた時は、学校の一限目が始まりそうな時間だった。
いわゆる、寝坊だ。
「んー、よく寝た……とか言ってる場合じゃない!寝坊だ!急げ!」
「うるさいな、何だ」
「もうすぐ一限目始まる!急いで行くからお前は今日一日この部屋に居てくれ!」
「ああ、まあよいが……」
「じゃあな、行ってくる!」
朝飯なんて後だ!
とにかくダッシュで──って、そういえば俺転移魔法使えるじゃん。
よし、今回は使わせてもらうぞ!
「転移魔法発動!」
教室のすぐそこに転移するか。
いや、教室内でいましたよ的な雰囲気を出すのもアリかもな。
よし、そうしよう!
──ちなみに、遅刻判定になりそうだったが、ギリギリ間に合ったため、なんとか減点されなかった。