第133話 魔女戦争──その4
──氷の大地を進む。
未だ魔女の姿は見えず、魔物の一体もいない。
ここまで静かな場所だとは思わなかった。
──シュヴァルツさえいなければ。
「なぁブライア、魔女が出てきたら俺に戦わせてくれよ!」
「さっきからそればっかりうるさい。お前は強いんだからもっと後に戦わせる」
この場で喋っているのはシュヴァルツだけ。
全員緊張感を持ってこの場に立っている。
シュヴァルツは一切そんなことなく、俺に話しかけている。
こいつ本当一発殴ってもいいだろうか?
「シュヴァルツ・レッドドラゴンよ、戦うのはいいことだが、強い相手と戦えば長い間戦えるぞ」
「確かにそうだ!レジェンドの言う通りにするぜ!」
レジェンドが何とかして止めてくれた。
ちなみに、シュヴァルツはレジェンドとタメで話すことを許可されている。
この場で俺に迫る程強いし、性格的にもレジェンドが好きそうな奴だ。
愛される可愛い後輩として見ているのだろう、こいつのコミュニケーション能力は侮れない。
「⋯⋯出ませんね、お兄様」
「そうだな。ここまで出ないとなると、不自然だ」
魔女がかなりの数存在しているのなら、ここで俺達を少しでも足止めするべきだ。
しかしそれをしないということは、何か策があるのか?
もしや、あの魔女の城には誰もいなくて、世界各国を襲っているのか?
──そうなれば、結局世界を守れなかった俺達の負け。
この世界の命運を分ける戦いの最高指揮官という立場にヒリつく。
そして──この戦いを楽しんでいる。
「──来るわ」
ノラスがそう言った瞬間──黒い魔力が出現し、中から三体の魔女が出てくる。
光、嵐、渦の魔女だ。
「ようこそ、『凍える氷界』へ」
出会い頭に放たれた光が、俺達を襲う。
しかし、誰も危険に陥ることなく防御壁が展開された。
「『兵を守る盾』」
シャルナが完全防御し、光の魔女は忌々しい目で見る。
確か光の魔女はシャルナ達が分身体を倒したと聞いている。
当然のように守られたのだから、そりゃ苛立ちもするだろう。
「お兄様、任せてください」
「ああ、分かった。シャルナの指示があった者はここで戦え!そうでなければ俺に着いてこい!」
俺が全力で走り出す。
異常なスピードだが、魔女は反応し魔法を放つ。
防御などしなくてもいい。
──シャルナがいる。
「『将を守る盾』」
全て魔法は無効化される。
そしてその隙に指示を与えられなかった者達が走り出し、魔女を置き去りにした。
「さて──さっさと制圧して、向こうに行きますよ」
シャルナはそう言い、指示を飛ばす。
今回残したのはフィル、ノラス、八剣士序列第三位のゲートリング・ビートネック、冒険者である獅子人のラミオンディア・ルガリオス、紫龍家当主のカルム・パープルドラゴンの五人。
「──貴様は私が殺す」
ノラスが渦の中に捕らえられる。
フィル以外の三人は助けに行こうとするが、シャルナに止められる。
「彼女はそのままでいいです。フィルさんとラミオンディアさんは光の魔女、ゲートリングさんとカルムさんは嵐の魔女と戦ってください。指示は下しますので」
シャルナは同時に進行する戦いに指示を送ることが出来る。
戦況の把握、的確な指示、戦わせる相手の実力、味方の能力や実力、全てを理解しているのだ。
それも『天網恢恢』のお陰である。
流石に双子の妹であるミルナとのコンビに比べればクオリティは落ちるが、正直誤差だ。
データに囚われず、即興でも合わせることが出来る。
(ノラスさんの実力は看破しているし、目的も分かっている。当然、私は彼女側に着く)
ノラスは一人で戦わせても勝てる。
魔女の本体相手ですら、だ。
そのあまりの圧倒的な実力に、震えた程。
(さて、集中しましょう。後程、彼女とは話がしたい)
──渦の中にて
「さあ、かかってこい。思う存分に殺してやる」
『渦の魔女』は一度倒された相手に執着する。
それも、異常なまでに粘着質であり、全てを奪うのだ。
────かつて彼女は、海の見える小さな町に住んでいた。
ある時、大災害によって町が被害を受け、人々は重症や死亡が相次いだ。
その大災害は意図的に起こされたものであり、大波が町を食らったのだ。
──海の中で眠る彼女は魔女の素質があり、覚醒した。
彼女が姿を現した時、渦が人々を飲み込み、命や能力といったもの全てを奪う。
それは特異的な魔力質であり、彼女が人を殺せば殺す程自身が強化されていく。
「⋯⋯はぁ、いつまで余裕ぶっているのかしら」
対するノラスは、つまならさそうにため息をついた。
そして手刀を振るうと──黄金の斬撃が飛び交い、魔女を傷つける。
「──ッ!?」
「『神授聖具第二種』──『虚影空域』」
ノラスは虚空から武器を取り出す。
──『虚影空域』はパープルドラゴン家の初代当主が使用していた『神授聖具』。
武器や装備の収納に優れていたが、初代当主はこれを移動や敵の撹乱としても使用していた。
「『神授聖具第三種』──『絶依賦剣』」
『絶依賦剣』──レッドドラゴン家の初代当主が使用していた剣。
この剣には全ての魔法が付与可能であり、この剣による魔法斬撃は防御不可能。
遥か昔、魔族との戦争をたった一人で殲滅した、という伝説が残っている。
「──『皇』」
ノラスはそう呟き、剣を一振り。
絶大な破壊力を誇る斬撃が渦の魔女に襲いかかった。
対する魔女は──黒いティアラを手に取る。
「──『魔天渦獄』」
いくつもの暗黒の渦が取り巻き、斬撃を掻き消した。
ノラスは世界大会で見たあの魔女達のことを思い出し、思案する。
(やっぱり、これは魔法よりも上位の存在⋯⋯だけど、不完全にも思える)
始まりの魔女クリーナが完成させた『魔天究極獄法』ですら、使用後は魔法が使えないという欠点がある。
それに比べて、魔女が持つ『魔天獄法』は威力も低く、一定期間使用不可となる欠点を持ち合わせているのだ。
始まりの魔女がいる地点には誰一人として到達できておらず、その異常さを際立たせている。
「──暗黒の渦よ、全てを飲み込め」
迫り来る暗黒の渦がノラスを飲み込み、暴れ、打ち上げる。
更に、空中に投げ出されたノラスにいくつもの暗黒の水刃が放たれた。
「──『緊』」
しかし、ノラスは空中で回転し、迫り来る水刃を全て斬った。
(足場のない空中で、何故あんな動きができる!?)
普通の人間には絶対できないような、華麗な動き。
ノラスは綺麗に着地し、魔女を見詰める。
「一度負けた相手なのに、余裕なのね」
「チッ──図に乗るな」
確かに一度負けてはいるが、取るに足らない存在だと思っていた。
しかし、認識が変わった。
本気を出しても、目の前の存在に勝てるか怪しい。
──こんな屈辱は受け入れられないと、魔女は怒る。
「お前だけは、私が今、この場で──!」
「──遅い」
ノラスは既に、斬っていた。
顔、首、腕、胴体、足、ありとあらゆる場所に剣を振るい、鮮血が零れる。
「──ガ、ハ⋯⋯ッ!?」
魔女は地に膝をつくが、急いで治療魔法をかける。
そしてもう一度空中に浮かび上がるが──ノラスの姿はどこにもない。
「──ッ、何!?」
「──『凜』」
『虚影空域』で魔女より上空に移動し、宙から首を刈り取る。
その一閃は確実に魔女を仕留め──首がドサッ、と音を立てて落ちた。
「──は?」
「くだらなかったわね。結局あんたも、何も果たせず死んでいく」
その一言を聞いて。
『渦の魔女』は怒りに満ちた。
暗黒の魔力が渦となり、ノラスを飲み込むように襲いかかる。
死の間際の、最後の一撃。
せめて、相打ちで終わらせる。
──しかし、ノラスは強かった。
「──『静』」
荒々しい渦とは対極の、静かな剣閃。
だが、その量はとてつもなかった。
静かでありながら、無数の剣閃が渦を斬り裂いていく。
「⋯⋯最後の攻撃も、結局私には届かなかった」
『渦の魔女』は既に、絶命していた。
結末を見ることなく、息絶えていたのだ。
そしてサラサラと崩れていく魔女を一度も見ることなく──ノラスは、渦から出ていく。
「シャルナちゃん、無事?」
「ええ、勿論です。誰一人傷つくことなく、勝利しました」
戦場を見ると、光と嵐の魔女の体が崩れていた。
息を切らしているラミオンディアとゲートリングが座って休憩しており、無傷のカルムが辺りを警戒している。
「あれ、フィルは?」
「彼はもうあの城へ向かわせました。正直、精鋭の中でも最上位レベルで強いですから、ここで立ち止まるのは困ります」
「確かに、彼すっごく強かったわね」
ノラスも、一度だけフィルと手合わせしている。
それも、かなり本気で。
その場に居合わせたのはブライアとシュヴァルツの二人だったから、情報が漏れることはない。
『神授聖具』を使わないノラスを圧倒し、『神授聖具』を一つだけ解禁したノラス相手にですら引き分け。
以前とは違い、この世界の絶対的な強者となった。
「シャルナちゃん、お待たせ」
「フレートさんですか、お兄様から話は伺っております」
フレートが、この場に到着した。
隣にいるのは聖巫女。
ブライアの読み通り、彼女単体ならこの戦場に姿を現した。
「聖巫女──リレントス様ですね」
「ええ。魔女と戦うなら、私の聖なる力が必要だとお聞きして、馳せ参じました」
「凄く助かります。正直な話、この人数でも魔女相手に犠牲無しで勝つのは難しかったので」
誰一人死ぬことなく、魔女との全面戦争に勝利する。
はっきり言って、これは無理難題だ。
シャルナやブライアのような優秀な指揮官がいようと、これだけは絶対に不可能。
しかし、精鋭を選び、回復役に聖巫女を呼べば、それは可能性として浮かび上がる。
被害を最小限に抑えるには、これが最適なのだ。
「では向かいましょうか、あの城へ」