第130話 魔女戦争──その1
「ブライア、状況は?」
「魔女はまだ出てきていない。恐らく、アイツらが造った魔物と戦っている。危険な魔物も数体いるが、討伐できない程じゃない」
北の大地に聳える、魔女の城。
そこを目指し、今は終末八地点と呼ばれる『大地の裂け目』で戦闘が勃発した。
「⋯⋯にしても、フィル君凄いな」
フィル君の扱う武器は、大鎌。
黒金に輝く鎌で、目の前の魔物全てを屠っている。
「指定危険魔物三体が出現!ワイバーン、ベヒモス、デュラハンです!」
「⋯⋯成程、その三体か」
「進路先に『悪魔の宴』勃発!如何いたしましょう?」
『悪魔の宴』──上位悪魔数体が下位の悪魔数百、もっと多ければ数千体にも飛躍する程の異常事態。
だが──俺は適任を知っている。
「配役は俺に任せろ。そのまま情報収集を続けてくれ」
「「はっ!」」
とりあえず、あの三体を駆除しよう。
『聞こえるか?シュヴァルツ、コルト、フィル君。討伐して欲しいヤツらがいる、シュヴァルツはワイバーン、コルトはデュラハン、フィル君はベヒモスを頼んだ』
向こうにもちゃんと届いたようで、返事が返ってきた。
後は『悪魔の宴』を蹴散らすアイツに連絡を取る。
『ユフィスティア、前方のあれを全員駆逐しろ』
『おっけーい、任せて』
ユフィスティアに取ってはあの量であろうと、問題ないみたいだ。
前線に強い奴らがいると、軍の士気も上昇する。
こうして、トントン拍子で進んでいけばいいが。
「ブライア君、僕の出番はまだかな?」
「ええ。もう暫くお待ち下さい」
「いつでも呼んでよ。この純白の剣を振るう準備は、いつでもできているからさ」
国王の息子、スティア王国の王子であるフレート・スティア・ホワイトドラゴン。
彼とこの一ヶ月の間に一度だけ手合わせしたが、ビックリするくらい強かった。
何しろ、剣を振るう速度が異常であり、それでいて綺麗で無駄のない太刀捌き。
確かに、王族最年少で最強になっただけはある。
「⋯⋯ブライア、『悪魔の宴』の奥にヤバい気配がする」
「多分、魔女だろう。親父、出る準備して」
「そう言われると思った」
「ユフィスティアが『悪魔の宴』を殲滅したら、向こうに転移させる。まあ、いらない心配だと思うけど、負けるなよ」
「当たり前だ」
親父が負ける未来なんて見えないが、少し心配だ。
何しろ、相手は魔女──どんな手を使ってくるか、分からない。
「そろそろだね──転移」
親父を向こうに送る。
ユフィスティアのことは事前に紹介してある、連携は取れるだろう。
「フレートさんも、準備お願いします。いつどうなるか、分からないので」
「了解したよ」
王子に頼むのは気が引けるが、この人は強い。
活躍してもらわないとこっちが困る。
──進路方向にて
「ねぇフレちゃん、この『悪魔の宴』ってぇ、相手に効果あるのぉ?」
「あるからやってんだろ。並の兵士じゃ到底太刀打ちできないからな」
奥には、ブライアが祭りの日に出会った『霞の魔女』と、あの日名乗らなかった『焔の魔女』がいた。
ここにいるのは本体ではないが、分身体とはいえ、当然のように強い。
「んんー?でもぉ、なんかぁ突破されちゃいそうだよぉ?」
──『悪魔の宴』は、発生した瞬間国に殲滅要請を出さなければならない。
それ程までに危険なものであり、容易く命を奪う存在。
しかし──そこには、天使がいた。
「──フッ!」
「コイツ、『悪魔の宴』を一人で⋯⋯!?」
「⋯⋯それにさぁー、こいつってぇ、天使じゃなぁい?」
魔女は闇側の存在。
当然ながら、天使のことは嫌いだ。
ユフィスティアも、魔を忌み嫌う。
「ハハッ、まさかこんなとこに魔女がいるとは」
「お前、只者じゃないな──階級は?」
「ボクかい?ボクは存在しない八体目の大天使、『悲壮』を司るユフィスティアさ」
「⋯⋯八体目?美徳は七つでしょう?」
「ま、それを君達に説明する道理はないよね」
本来、ユフィスティアは存在しない大天使。
魔女は疑問を持つが、それは然程問題ではない。
問題なのは──戦うには、相性が悪すぎること。
「ユフィスティア、俺も加わろう」
そこに、転移してきたクライアが参戦する。
『無天無双』を持つクライアは当然、魔女の脅威。
「ねぇフレちゃん、あたしとぉこの二人ぃ、相性悪すぎるんだけどぉ?」
『霞の魔女』は特別属性『灼熱』を持つクライアと相性が悪い。
かといって、寿命を吸収するという特質的な魔力質は天使であるユフィスティアには効果がない。
「⋯⋯まぁ、じゃあ私はクライア・グリーンドラゴンと戦うか」
「わかったわぁ。じゃああたしはぁ、この天使なのねぇ」
「クライアさん、もし負けそうなら呼んでね」
「はっ、誰に言ってんだ」
──誰も介入することのできない戦いが、戦場に二つ勃発した。
──司令本部にて
「ユフィスティア、クライア、両者戦闘開始!」
「分かった、確認する」
【絶界】のお陰で強化された俺の眼には、『共有視界』がある。
対象を選択して、その人物の見ている視界を共有することができる。
ちなみに、その視界を奪うことも可能だ。
「ユフィスティアが戦っているのは『霞の魔女』だな。親父と戦ってるのは⋯⋯あの時の魔女か」
コイツ、名を名乗らなかったから何を司る魔女なのか分からない。
こういう時の為の【神眼の道標】だが⋯⋯正直、ここで【絶界】を使うのは勿体ない。
【絶対神王の覇道】は反動が強く、二割の【絶界】であれば俺にかかる負担があまりにも大きすぎる。
まあ、親父とユフィスティアの視界を行き来しながら分析していけばいいだろう。
「前方に新たな魔女出現!どうやら、魔物の増援を呼び出しているようです!」
「成程、ひとまずはソイツを叩くしかない。フレートさん、いけますか?」
「勿論さ。準備運動して待ってたところだよ」
「恐らく、ここに出てきている魔女は分身体です。すぐに倒さなくてもいいので、情報を集めてください」
「了解、任せて」
フレートさんを向こうに転移させる。
あの人なら多分大丈夫だろう、いざとなれば白龍もいるし。
「危険指定魔獣ベヒモスの討伐を確認!続いてワイバーン、デュラハンの二体も討伐!」
流石はあの三人だ。
当然のように俺の指示をこなしてくれる。
──にしても、この悪寒は何だ⋯⋯?
「──待て、進軍を停止させろ」
「了解!信号を送ります!」
流石にこの軍隊の人数全員分の連絡用指輪を作るのは面倒だった為、分隊長それぞれに渡してある。
そして号砲を打ち上げさせ、指示を送る。
全軍停止は赤の号砲、それが打ち上げられたのを確認した。
「問題は親父、ユフィスティア、フレートさん⋯⋯あの三人をここに戻すかどうか、ってとこだが⋯⋯」
正直、あの三人ならあのまま戦わせても大丈夫だとは思っている。
しかし、背筋が凍るような悪寒が、俺を警告している。
──少し先の未来を見よう。
「──全軍散開しながら撤退!絶対に固まるな!」
「了解!指示を送ります!」
俺が見た未来──それは極小の魔力。
それが爆発し──軍を破壊していた。
あの三人が戦闘している場所には届いていなかった、まだ戦わせていて大丈夫だろう。
「⋯⋯ふぅ。未来を見てよかったぞ、本当に」
少し先の未来が見える、というのはズルだろうが、仕方ない。
相手の逆転の一手や攻めの一手を潰すには、こうするしかないのだ。
「危なかったねー、撤退させなきゃ、今頃全員お亡くなりだったろうね」
クーキリスが俺の後ろでそう言うと、戦場で爆発音が轟く。
こんな爆音が轟く程の爆発なんて、当然壊滅に追いやられる。
「クーキリスさん、出番は求めなくて大丈夫ですか?」
「ブライア君の配役なら何でもいいよ。『死の魔女』と『夢の魔女』さえ殺せればね」
「ならいいです、好きに使わせてもらいますね」
「⋯⋯初めての戦争で、ここまで冷静な君は異常だけどね」
「初めての戦争とはいえ、死線は何度もくぐり抜けてきてますので」
そう、俺は何度も死にかけた。
『事件』だって生温いものは一つもなかったし、世界に危機が訪れる可能性もあった。
しかし。
その時の判断ミスで失われる命は、俺だけだった。
今、俺はこの軍の最高司令官。
俺が判断をしくじれば、大量の人の命がなくなる。
こんな感覚は初めてだ。
「魔女が自軍と少し離れた場所に降り立ちました!」
「四体目の魔女か──先頭には誰がいる?」
「五番隊分隊長のシュヴァルツ・レッドドラゴンです!」
なら、アイツとの視界を共有しよう。
──この魔女⋯⋯何か異質だ。
「今ここでその魔女と戦闘させるな。撤退命令を出せ」
「了解!」
「お兄様、あの魔女はシュヴァルツさんに食い止めてもらうべきです。できれば、近くにいる分隊長を三人ほど呼んだ方がいいでしょう」
「分かった、そうしよう」
シャルナは最高司令官補佐として役立ってくれている。
まさに将軍、兵士を扱うのに長けている。
『シュヴァルツ、その魔女を食い止めろ。他の分隊長も呼ぶから、少しだけ耐えててくれ』
『分かったぜ!』
「近くにいる分隊長は?」
「十二番隊フィル・レガルト、十八番隊ラッシュ・インジゴドラゴン、三十四番隊ロードヴァン・スターフェードです」
フィル君は文句無しに強い。
ラッシュさんは藍龍家の当主。
ロードヴァン・スターフェードは八魔導士の第三位。
実力的にも申し分ない。
「その三人をシュヴァルツの援軍に向かわせろ。残りは撤退、装備の点検や情報交換をさせろ」
「はっ!」
「ではお兄様、私もシュヴァルツさん達の加勢に向かいます」
「分かった、しっかり補助してやってくれ」
シャルナは指揮やサポートに特化した能力者。
少人数であれど大人数であれど、シャルナに指揮権を渡せば圧倒的な強さを誇る。
ミルナとの双子ペア以外にも、その実力は発揮される。
「さて、ここからどう動くか」
戦争はまだ序盤。
ここから何ヶ月で終わらせられるか、だな。