第127話 結婚式
──何から言えばいいか分からない。
あまりにも突発的で、急にその日がやってきたから。
手紙を開いた瞬間、時が止まった。
確かに喜ばしいことではあるし、俺は祝福したいと思っている。
しかし、それにしてもいきなりだ。
──ネル先輩とファルド先輩が、結婚した。
「二人は永遠の愛を、ここに誓うか?」
「誓います」
「誓う」
結婚式場、その最前列。
俺の隣には、親父がいる。
俺の真反対には、ノラスがいる。
──まさか、この二人が結婚するとは思いもしなかった。
あまり二人の関係性に興味もなかったし、知る機会もそこまでなかったから、結婚には驚愕した。
「──そして、ネル・イエロードラゴン。そなたはイエロードラゴン家の当主となる。辛いこともあるだろうが、その責務を全うするよう、精進せよ」
「はい」
ネル先輩は、イエロードラゴン家の当主になった。
レインボードラゴンの当主となる人物は、結婚式と同時に任命式が行われ、全てを国王が仕切る。
──それと同時に。
ノラスは、よっぽどの事がない限り、当主になることはなくなった。
これに安心した、というのも違うだろうが、ノラスの持つ力的には、良かったと言うべきだろう。
彼女の持つ『宝剣』や、他に持つ『神授聖具』がバレてしまえば、イエロードラゴン家から抜け出せなくなる。
人に縛られることをこの上なく嫌う彼女にとって、苦痛でしかないだろう。
「──堅苦しい式も終わりにしよう。宴だ!」
魔法で会場が切り替わる。
ちなみに、今回の会場で使われる魔法を司るのはクリーナだ。
本人たっての希望みたいで、クリーナもワクワクしていた。
ファルド先輩とも面識があるみたいだし、また話しかけにでも行くのだろう。
「──ブライア」
なんてそう思っていると。
ファルド先輩が、俺に話しかけに来た。
「ファルド先輩、ご結婚おめでとうございます」
「もう俺は学校は卒業したんだから、先輩なんかつけなくていいさ」
「義兄さん、とでも呼べばいいんですか?」
「⋯⋯それはそれで嬉しいが、普通に呼び捨てでもいいんだぞ」
「間をとってファルドさんで」
「まあ、それならいいか」
心の中じゃ、慣れるまでファルド先輩だと言ってしまいそうだ。
それにしても、ファルド先輩は男前だ。
加えて、世界大会でベスト8にまで進出する強者。
そりゃネルも、こんな優良物件を逃すはずがない。
性格も良いし、生活も支えてくれそうな良い旦那さんになるだろう。
「⋯⋯あれ、そういえば結婚式って本来は来年行われるのでは?」
「あー、色々あってな。ほら、俺の体にはバカがいるだろ?」
《お前、聞き逃さないからな》
俺にも聞こえるように、アーガイルが口を挟んだ。
──正直、アーガイルとは日を改めて会いたいと思っていた。
こんな公共の場で話すようなことじゃないのは分かっているが、俺はコイツを知りたい。
「アーガイル、またいつか話をさせてくれないか」
《──少し、抜け出そうか。おいファルド、端に向かえ》
「言われなくても、分かってる」
式場の端には、基本的に誰も寄りつかない。
向かい合うように椅子を用意して、アーガイルと話す心の準備をする。
《小僧──いや、ブライアと呼ぼう。貴様の話したいことは分かっている》
「流石だな──お前、神じゃないのか?」
直球で、アーガイルに質問を投げかける。
アーガイルの答えは、至ってシンプルかつ、俺の想定通り。
《そうだ。俺の名は武器神アーガイルだ》
やはり、アーガイルは神だった。
だが、何故厄災になったんだ?
堕天、といったところなのだろうか⋯⋯まぁ、ここまで深く聞くつもりもないが。
《ブライア、お前は今半神となっている。そのまま神になれば恐らく、神人と呼ばれるだろうな》
「神人⋯⋯神の人、って訳か」
《完全なる神になる道はただ一つ──『事件』を解決することだ》
「やっぱり、どうしても『事件』が絡んでくるのか」
《ああ。昔にいた、人間から進化した神も『事件』を全て解決して神になったからな》
これは【神智結晶】から聞いたことがある。
昔にいた人の神って、一体誰のことなのだろうか。
「そういえばアーガイル、お前に【神智結晶】はいるのか?」
《俺にはいない。【神智結晶】はかなり希少な存在だからな⋯⋯ああ、そういえば思い出した。人から神になった者は、二つの【神智結晶】を所持していたようだな。確か⋯⋯赤と白だったか》
「赤と白⋯⋯アーガイルはそいつと面識はあるのか?」
《無いさ。俺は何億年も前に堕ちたから、最近誕生した神とは一度も喋ったことがない。ただ情報が頭に流れるのみだ》
何億年も前って、アーガイルは一体どのくらい生きているんだ。
まあ、それは神だからということにしておこう。
「実はな、ブライア──って、これ話してもいいのか?」
《むしろ、ブライアに話さずして誰に話すんだ》
「確かにそうか⋯⋯実は、俺も神の素質があるんだ」
「──それは、どういう⋯⋯?」
《ファルドにも神の資格が与えられている。長いこと俺を魂の中に入れ続けていたから、覚醒したのだろう。だが、コイツは一体何の神になるか、まだ分からないんだ》
成程⋯⋯アーガイルが原因で、ファルドさんも『魂の共鳴』を果たすと神になるのか。
──待て、神の素質って言ったか?
そんなもの、俺はいつ獲得したんだ?
《お前の場合の原因はシャイフォンだ。本人は自覚していないし、きっかけも分からないみたいだがな》
そう考えていると、中から【神智結晶】が話しかけてきた。
シャイフォンが原因⋯⋯恐らく、コイツの過去に起因していると見て間違いないはず。
また今度、聞き出すしかないだろう。
《⋯⋯にしてもブライア、お前の【神器】は凄いな》
「【神器】?俺そんなの持ってないはずだが⋯⋯」
《自覚していなかったのか。お前の【神器】はその『眼』だ》
『眼』──もしかして、【絶対眼】のことか?
これって、【神器】だったのか⋯⋯初めて知った。
「アーガイルの【神器】は何なんだ?」
《俺は神力そのものが【神器】だった。俺は武器神だから、ありとあらゆる手段で武器を創ることができるんだが、俺の『神力』で創った武器は俺の意思によって【神器】にするかどうかが決められるんだ》
「神力⋯⋯魔力みたいなものか?」
《神だけが持つ特異的な力だ。人間界には魔力、聖力、邪力が存在しているが、神力は神界にしか存在しない》
成程⋯⋯恐らく、俺はまだその神力に覚醒していないのだろう。
魔力、聖力、邪力──あ、いいこと思いついた。
魔法学校の夏休みはまだある、実験しよう。
《何か企んでいるな?》
「よく分かったな。ま、俺が強くなるヒラメキだ」
《その案、実に良い。その力は普段使いには向かないが、強敵を倒すには凄く役に立つだろう》
俺のヒラメキは、アーガイルのお墨付きとなった。
これで気兼ねなく試すことができる、これを使う時はクリーナも呼ぼう。
「そろそろ戻ろう。俺も他の人に話しかけなきゃいけないからな」
「お時間ありがとうございます。アーガイルも、ありがとう。また話をしに行く」
《いつでも待っているぞ、半神の小僧。次は手合わせでもしようじゃないか》
ファルドさんと別れ、式場を眺める。
確かに、アーガイルとの手合わせは面白そうだが、場所は選ばなきゃならない。
じゃないと、一帯が壊滅するだろう。
「⋯⋯あれ、ノラス?」
ノラスが式場から出ていった。
⋯⋯追いかけてみよう。
「まあ、義理の姉がいきなり結婚したんだもんな。そりゃびっくりもするか」
ノラスを尾行する。
到着した場所は、貴族街を一望できる高台。
確かに式場からは近かったから、急に来たくなったのだろうか。
「バレてるわよ、ブライア」
「だろうな」
別に隠れる気もなかった。
ノラスが目的地に着いたら話しかけるつもりだったし、向こうから話しかけてくるなら好都合。
「──正直、私はネル義姉が結婚して、当主になってくれて嬉しかった。私は気兼ねなく外を旅できるから」
ノラスの力は、バレたら面倒事を招く。
こうしてネル先輩が注目されたら、ノラスは目立つことなく生活できる。
それが嬉しいのだろう。
「あんた、結婚相手は決まったの?」
「⋯⋯それ、シュヴァルツにも言われた」
──夏休みに入る前くらいだっただろうか。
授業中に、シュヴァルツが話しかけてきた。
「なあブライア、結婚相手は決まったか?」
「急にどうした⋯⋯決まってないけど」
「何でだよ。お前多分当主になるだろ?」
「⋯⋯⋯⋯確かに。俺、結婚しなくちゃいけないのか」
「俺もあんまりブライアのこと言えないけどな。多分俺も当主になるけど、相手いないし」
シュヴァルツも俺も長男だ。
それに、どちらも強者であり、学もある。
シュヴァルツは馬鹿を演じてはいるが、成績は悪くない。
当主の器に相応しいだろう。
「──ってな」
「成程ね。シュヴァルツもちゃんと、将来のこと考えているのね」
「なら、シュヴァルツと結婚したらどうだ?」
「無理。アイツは嫌」
即答だった。
まあ、ノラスからしたらシュヴァルツは嫌だろうな。
「⋯⋯別に、結婚って恋愛的に好きってだけで決めるものじゃないと思うわよ。この人が相手なら、生活が楽になるだろうな、って人でもいいと思うけど」
「⋯⋯一理あるな」
確かに、その人と一生を共にするのだ。
後々関係が悪化する可能性も踏まえたら、心を許せて、楽な関係性の人がいい。
俺にとってそれは、誰なのだろう。
──今、パッと浮かんだのは。
「⋯⋯ノラス?」
「急に名前を呼んでどうしたのよ」
「ああいや、何でもない」
俺は別に、ノラスが好きな訳じゃない。
これは断言出来る。
だが⋯⋯これまでの関係を考えると、隣にいたら楽な人だとは思う。
まあ、貴族絡みはもうウンザリしているみたいだし、ナシだろうな。
「⋯⋯まぁ、でも確かに」
「なんだ?」
「あんたみたいな人が隣にいたら、楽かもしれないわね」
「ハッ、そりゃそうだろうな。俺以上に完璧な人間なんて、どこにもいやしないさ」
「事実なのがムカつくわね」
⋯⋯まさか、ノラスの口から出るとは思っていなかった。
結婚──俺もそろそろ、真面目に相手を探すべきなのだろう。
前世では財閥子息だったから、お見合いというのは何度か経験があるが⋯⋯にしても、あれは慣れない。
俺は俺の意思で生きたいからこそ、お見合いは嫌いだ。
他人にオススメされた人間に、俺は特段興味は無い。
「戻りましょう、ネル義姉と少し話したいわ」
「そういえば、今日話してなかったな。俺も話したい」
戻ろうとした時。
右手の指輪が反応した。
第七の事件で、誰にでも連絡を取れるようにと渡した指輪だ。
この信号は⋯⋯リーシャか?
「どうした?」
『ブライア君、明後日って予定ある?』
「特になかったはずだ」
『じゃあ、お祭り行こうよ。こっちの皆と、シュヴァルツ君とノラスちゃんと、アルプちゃんも誘って』
「分かった、話をしておくよ」
そう言うと、ノラスが話しかけてきた。
「明後日かしら?」
「ああ。空いてるか?」
「予定はないわ。行きましょう」
明後日のお祭りは、楽しみだ。
しかし、そこで待ち受ける結末を──俺はまだ知らなかった。