第126話 前世の武術
「グ──ッ!」
「ねぇ、早く壊れてよ。いい加減にしてくれないかな」
あの獣人──『卯月』は、シンプルに身体能力が常人を遥かに凌駕する。
俺が想定するより強い、まさかここまで力を持っているとは。
「無事ですか?ブライア君」
「ああ、大丈夫。俺の援護を頼めるか?」
「前衛も引き受けれますが、いかがでしょう?」
「⋯⋯いや、後衛でいい。頼むぞ」
ドラグレイヴの魔法は、どれを取っても魔導士を凌駕する程の腕前だ。
人間なんかが到底扱えないような魔法を、当然のように繰り出す。
魔龍の力は凄まじい。
「──ッ!」
「⋯⋯っと、危ない。そろそろ慣れてきたな」
頭上からの強襲、蹴りを放たれたが足を掴み、そのまま投げる。
確かに『卯月』は素早く、力もある。
だが、慣れてしまえば対処は簡単だ。
俺だって、身体能力は群を抜いて高いのだから。
「──チッ、鬱陶しい」
「もっと手の込んだ攻撃をしてくれよ、手応えがないじゃないか」
「その程度で、良い気になるな──ッ!」
分かりやすい挑発だが、『卯月』に対しては有効。
⋯⋯しかし、『卯月』は一向に能力や奴らの持つ特権とやらを使ってこない。
俺のことをすぐにでも殺したいのなら、使うべきじゃないのか?
「──拝借します」
『卯月』がそう言うと、今まで見たことのない武術の構えをした。
──いや、正確にはこっちの世界で見たことがない。
俺が元いた世界では、見たことがある。
「──お前、それ⋯⋯!」
「やっぱり、見たことあるんだね。まぁ、それもそうか。元々君の一族の武術だもんね」
『卯月』が今使っているのは、俺が前世で元々使っていた『水下流武術』だ。
高い身体能力を誇る『卯月』には、確かに使いやすい武術だろう。
──誰が一体、『卯月』に教えたのか。
答えは恐らく──誉野宮傲だ。
俺が唯一『水下流武術』を直接教えた者であり、水下家以外で初めて免許皆伝された人物。
⋯⋯まさか、こんな風に使われるとは、屈辱だ。
《⋯⋯チッ、アイツ⋯⋯》
(『事件の魔本』?どうした?)
《いえ、何でもありません。勝利をお祈りしております》
一瞬『事件の魔本』の自我が出た気がするが、気のせいだろう。
そういえば、最初の頃に比べれば、コイツへの不快感は殆ど無くなっている。
それどころか、親しい関係と思える感覚だ。
まあ、今はそんなことどうでもいい。
「その武術は俺が一番知っている。そんな俺に、その武術で挑むのか?」
「この武術であなたを倒す、それ以上に屈辱的なことはないでしょう」
「ハッ、確かにな」
『卯月』が考えていることはただ一つ。
俺を陥れることのみだろう。
ならば、俺は水下流ではなく──こっちを使おう。
「じゃあ、俺も借りよう」
「──ッ、それは⋯⋯!」
「やっぱり知ってたか。『桜庭流武術』を」
桜庭勇気──天才の一人、『武闘の天才』と呼ばれた男。
恐らくコイツが知っている理由は、拒灯凪乃花が原因だろう。
俺と傲のように、勇気が直接教え、『桜庭流武術』の免許皆伝をされた人物。
傲よりもほんの少しだけ強かった記憶がある。
⋯⋯そう考えたら、『暦』で頂点に君臨する狼牙はどれだけ強いんだって話だな。
傲と凪乃花も『神無月』と『霜月』だから上位層なのは間違いない。
しかし、それでも『師走』は別格なのだろう。
「水下流は攻撃を意識する武術だ。かかってこいよ」
「──じゃあ、遠慮なく」
一瞬で接近してから、体勢を崩して腹に決めるつもりだろう。
──この感じだと、桜庭流をあまり知らないみたいだな。
「──ッ!?」
「桜庭流は返しの技で相手を崩し、圧倒する武術だ。まぁ当然ながら、水下流との相性は良い」
力を入れた右足を蹴り、転がす。
そのまま顔を一発殴るつもりが、避けられた。
──どれだけ攻撃しようとも、それを守られ、反撃をされてしまえば、当然負ける。
だから水下流は桜庭流と相性が悪い。
まあ、そんなの関係なく俺は勇気と戦っていたが。
「ドラクレイヴ、空に向かってくれ」
「⋯⋯ふむ、成程。第二校舎も第三校舎も、生徒を操っている張本人ではないと?」
「ああ。恐らく上で観察している、頼んだぞ」
「ええ、承りました」
そう言うと、ドラグレイヴは転移する。
ずっと気になっていた、生徒を操っている正体。
第二校舎の状況をノラスから仕入れていたが、明らかに生徒を操っている様子はない。
目の前にいる『卯月』も同じだ。
つまり、学校を一望できる空にいると睨んだ。
そして俺の予想が正しければ、『皐月』がいるはず。
『弥生』『卯月』と、来た順番的に予想しただけだが。
「⋯⋯君、賢いんだね」
「これくらいは誰でも思いつくはずだろ。まだ天才としての本領発揮はしてない」
「ふーん、それ自分で言うんだね」
「当たり前だろ。俺は天才だって自負してる」
これは自信であり、他人からの評価であり、揺るがない絶対的才能。
俺は特別な人間だと、確信している。
「じゃあ、お手並み拝見だね──『碧』」
『碧』──攻めの型であり、基本の一つ。
前世と違うのはただ一つ、魔力だ。
魔力が練られた武術は脅威であり、破壊力のある武技となる。
しかし、それは俺も同じ。
「──『枝垂れ桜』」
『枝垂れ桜』──反撃の型であり、桜庭流でも名の知れた技。
迫り来る拳を足で蹴り上げ、そのまま踵落としを食らわせる。
しかし、間一髪で躱され、命中しなかった。
「⋯⋯やはり、強い」
俺がこの世界で武術をあまり使わなかった理由は二つある。
一つは、武術よりも剣や魔法を使いたかった。
折角の異世界なのだから、向こうでできないことをやりたいという思いが強かった。
もう一つは、緑龍武術が俺の体に馴染まなかったから。
水下流を今まで使ってきた俺にとって、緑龍武術はあまり合わなかった。
しかし、世界大会のあの時に前世の完全な才能と肉体を取り戻したお陰で、向こうで覚えた技を完全に扱えるようになった。
「流石は俺、って感じだな」
「その自信、打ち砕く」
『卯月』がそう言った瞬間──空で轟音が響く。
「──何だ!?」
「まさか、アイツ⋯⋯!」
『卯月』は状況を察知した様子で、空に向かった。
俺も『卯月』の後を追って空へと向かう。
そこには、ドラグレイヴともう一人の男がいた。
「──ブライア・グリーンドラゴンか」
血だらけになりながらも、俺の方を見て名を呼んだ。
コイツ、ドラグレイヴとまともにやり合ってこの重症なのか⋯⋯?
「俺の名は『皐月』だ。今日のところは手を引く、また会おう」
「──逃がすとでも?」
「ユフィスティア、フィアセルト、シュヴァルツの三人は瀕死の重症だぞ」
「──何?」
その三人が瀕死の重症⋯⋯?
アイツらが戦った相手は、それ程までに強かったのか?
──まあ、そっちの方が都合が良い。
ノラスが周りを気にせず本気になった方が強いからな、相手も気の毒だ。
「安心しろ、生徒の支配は解いた。俺はこの『卯月』とは違って、お前とは友好的でありたいからな」
「⋯⋯へぇ、俺の敵にしては良いこと言うじゃないか」
「敵だなんてやめろよ。せめて味方って呼んでくれ」
「ハッ、どの口が言うか」
──恐らく、コイツのこの発言は本心であり、嘘でもある。
俺とは仲良くしたいが、組織が許さない。
だから冗談めかしてこういう風に言うしかない、といった感じだろうか。
「では、俺達は去ろう。さようなら」
「次は、お前を殺す」
『皐月』と『卯月』が去った。
空には俺とドラグレイヴの二人が残っている。
とりあえず、第二校舎の様子を見に行こう。
「ノラス、無事か」
「当たり前でしょ」
ノラスは傷一つない、至って普通の状態。
──だが、俺は見逃さない。
恐らく、ノラスは闘志を使って『宝剣』を呼び出した。
まさか、ノラスがそこまでするとは。
「ノラス、相手の名は?」
「確か『弥生』だったかしら。どれくらい強いの?」
「多分、下から三番目だろうな」
「へぇ、あれで下から三番目なのね」
この言い方だと、本当に化け物だったのだろう。
この三人は血だらけで眠ったまま治療を受けている、よっぽど叩きのめされたみたいだ。
──シュヴァルツは、二度目の挫折になるのか。
『魔導祭』で戦ったユフィスティアの時からそれ程時間は経っていない、こうも短期間で二度の挫折となると──恐らく、成長が止まる。
それに、今のシュヴァルツは奏に矯正されたもの。
元の性格を知らないが、今そっちに戻るのはまずいだろう。
「⋯⋯おい奏、生きてるか」
「──あー、何とか生きてる。あと、お前の言いたいことは何となくわかる」
「──シュヴァルツを頼むぞ」
「はいはい」
奏も天才の一人だ。
それどころか、俺が唯一コイツの専門分野で勝利ができなかった相手でもある。
音成奏は、正真正銘の天才。
コイツを上回る天才を、俺を除いて他に知らない。
「⋯⋯そういえばあんた、シュヴァルツの中にいるやつと友達って言ってたわね」
「まあ、気づいたのは最近だけどな。コイツの精神は俺の友人によって保たれてる、本当に重要な存在だ」
「ふーん、そうなのね。私にも今度紹介しなさいよ」
「お前はちゃんと手綱握れって一発殴るだろ」
「なんで見透かしてんのよ」
軽口を叩きながら、三人を運びながら校長室へ向かう。
『暦』──コイツらを潰さなければ、この世界に未来はやってこない。
手加減は絶対にしない、完膚なきまでにコイツらを叩き潰す。
【第七の事件・魔法学校襲撃事件】──解決