第124話 第七の事件
──マテリアルは、フィアセルトに撃ち抜かれた。
序列の入れ替わり戦ということは、マテリアルは生き返る。
コイツから情報を聞き出さなければならない。
「⋯⋯フィアセルト、無事か?」
「当然、何もない。僕は新たな力に目覚めた──今なら、君を倒せそうだ」
「また今度戦ってやる、今はマテリアルだ」
コイツから情報を聞き出すためなら、拷問だって何でもやるつもりだ。
『暦』──本当に、俺たち天才六人の中に裏切り者がいるのか⋯⋯?
怪しいのは、まだ会っていない深人と勇気。
ここまで会わないとなると、違う時間軸に転移させられたか、俺の敵になったかの二択だろう。
もし敵になっていたとしたら、マテリアルから情報が聞き出せるかもしれない。
さっさと起こすべきだろう。
「おい、起きろ──ッ、何者だ!?」
マテリアルに触れようとした瞬間、黒い魔力が俺を阻んだ。
十中八九、コイツが言っていた『暦』の仲間だろう。
「──ブライア・グリーンドラゴンか、久しぶりだな」
「⋯⋯お前、睦月か?」
ノイズのかかった声、顔も見えない迷彩柄のフード。
俺が帝国で会った、睦月で間違いないだろう。
「──今は見逃して欲しい、前に情報を渡しただろう?」
「ああ、情報を貰った。だが、それとこれとは話が違う」
「⋯⋯分かった、また必ず会いに行く。それを誓う、今は見逃してくれ」
「俺は今、ここでお前を殺すことだってできるんだ、その機会を、確約できない未来の為に蹴れ、と?」
「ああ、そうだ。お前の世界大会での力は見た。だからこそ見逃して欲しい。今のお前じゃ、まだ団長には勝てないからだ」
⋯⋯コイツ、何を言っている?
【絶界】を持ってしても、団長には勝てない?
まさか──コイツらの団長は、俺と同じ神?
それなら納得できる、俺よりも完全な【絶界】を扱えるのなら、当然今は勝てない。
ここで睦月を殺せば、俺は報復されて命を落とす。
だからこそ今ここで睦月を見逃して、俺の成長を促す、とでも言いたいのだろう。
「──納得した、今は見逃す」
「話が分かるヤツで助かる。いつか必ず、お前に会いに行く」
「ああ、それまで待っているぞ」
そう言うと、睦月はマテリアルと共に消えていった。
今の場では、そう返答するしかなかっただろう。
睦月が約束を守ると信じて、俺は待つしかない。
「ごめんフィアセルト、あの場は──」
「いい、大丈夫だ。いつか必ず、マテリアルを殺す」
殺意の籠った目が、先程までマテリアルが倒れていた場所に向けられる。
ただでさえ強かったフィアセルトが、また覚醒した──俺も停滞はしてられない。
「良かったですね、フィアセルト君。その大いなる力は、君の役に立つ」
「あーあ、ボク、君に追い抜かされちゃったかもね。負けてられないから、次は君に勝つよ」
賞賛を送るドラグレイヴと、宣戦布告をするユフィスティア。
何だかんだこの二人も、フィアセルトの印象は良いみたいだ。
「さて、地上に戻りましょう。マテリアルがいなくなった今、この迷宮は掌握できるでしょうから」
そう言うと、ドラグレイヴは迷宮全体に魔力を張り巡らせた。
まさに魔龍、魔力の扱いに関しては今まで見てきた中で群を抜いている。
「では、転移しましょうか」
──校長室にて
「──何やら、騒がしいですね」
外がやけにうるさい、まるで誰かが戦ってるような音がする。
「ブライア!やっと帰ってきた!」
「ノラス?そんなに焦ってどうした?」
「大変よ!一部の生徒以外全員が何者かに支配されて、私達を襲ってくるの!」
「何!?」
まさか、これは──事件!?
俺達四人がいない隙を狙った、明らかに意図的な事件だろう。
犯人は確実に『暦』だ。
「今は誰が戦ってる?」
「『十大魔導士』達とシュヴァルツ、それにアルプやアンタの妹二人!」
「敵の総勢は?」
「今そこまで来てるのは大体三百から四百、実力もあるから厄介よ!」
その規模となると、全員を安全に気絶させるのは無理だ。
──とにかく、作戦を立てなければならない。
「シュヴァルツと『十大魔導士』の誰かを残して、他をここに集めろ。作戦会議をする」
「久々に来てみたら、こんな地獄だとは。人、足りてないんじゃないかい?」
──この人、どこかで見たことある。
確か──シェード・ライアウトだったか?
「僕とシュヴァルツ君であそこを抑えてこよう、君達は情報共有の時間としてくれ」
それだけを言って、走り去っていった。
少ししてから、シュヴァルツ以外の全員が校長室に集まり、机に広げた地図の周りに立つ。
「⋯⋯とりあえず、敵の本拠地がどこか分からない以上、探るしかない。第一校舎にあるとは思えないから、探るのは第二校舎と第三校舎だ」
しかし、相手は『暦』だ。
『十大魔導士』でも、圧倒されて負けてしまうだろう。
将来有望の人材をここで失う訳にはいかない、俺に近しい実力を持つ者に行かせるべきだ。
「第二校舎には、フィアセルト、ユフィスティア、ノラスの三人、それに加えてシュヴァルツが向かってくれ。第三校舎には、俺と校長で向かう。残りは、第一校舎で生徒の軍勢の沈静化だ。そして、この指輪を渡しておく。何かあれば連絡してくれ。誰に対しても繋がるようにしてある」
そう言って、全員分の指輪を創って渡す。
アルプにシュヴァルツとシェードさんの分の指輪を渡しておいてくれと、二つ分創る。
とりあえず今は、元凶を叩く。
こんな地獄を招いたヤツらを、絶対に許さない。
「最後に──全員、死ぬなよ」
それだけを伝えて、俺は校長と共に第三校舎へと向かう。
「私の学校で、こうも好き勝手されるとは──気分が害されました」
マテリアルのせいで、ただでさえ機嫌が良くなかったのに、もっと悪化した。
その怒りも当然だろう、頑張って作り上げてきた学校が、こうも容易く壊されているのだ。
ドラグレイヴは案外、人間味がある。
「さて、第二校舎にも第三校舎にも人はいるみたいです。それも──かなり厄介なのが」
「⋯⋯まさか、二人で襲撃してきたというのか。えらく自分達に自信があるみたいじゃないか」
舐めた真似をするヤツらは全員──叩きのめしてやる。
──その頃、第二校舎では
「シュヴァルツ君、無事かい?」
「ああ、何一つ傷はねぇ!まだまだ戦えるぜ!」
「騒がしいわね──とりあえず、第二校舎と第三校舎に強敵がいる、私達は第二校舎をさっさと片付ける」
「シュヴァルツ君は真正面から入ってくれ、ボク達は機会を見て、強襲する」
フィアセルト、ノラス、ユフィスティアが各自持ち場に着き、シュヴァルツは第二校舎である実験棟の大広間の扉を開けた。
そして──中には少年がいて、鼻歌を歌っている。
「あれ、意外と早かったじゃん!君は⋯⋯シュヴァルツ・レッドドラゴンかな?」
「そういうお前は、何者だ?」
「僕?僕は『弥生』──君達を倒す者の名前だよ!覚えて──逝ってねッ!」
シュヴァルツの真上に即座に転移し、巨大な剣を振るう。
クレーターができるが、そこにシュヴァルツはいない。
「あれ?どこにいったんだろ」
「──【一刀万界】」
──世界を斬る斬撃が、『弥生』に向けて放たれる。
当然、まともに食らえば死は免れない。
しかし──異様なまでに、手応えがないのだ。
「ちょっとちょっと、早いんじゃない?それ出すの」
世界を斬り裂く斬撃は、『弥生』には届かなかった。
その異質さを体験したシュヴァルツは、一瞬硬直する。
しかし、その一瞬が命取りだ。
「はい貰いっと」
巨大な剣を片手で振るう。
しかし、それを阻んだのは──白金の大斧。
「ボケっとするな!集中しろ!」
「ああ、助かった!」
しかし、『弥生』の異質さを当然ユフィスティアも感じ取っている。
(コイツ、シュヴァルツの【一刀万界】を無効化した──どういう理屈だ?)
青い眼──『叡智の蒼眼』を持ってしても、それは理解できなかった。
いや、むしろ理解することを拒んでいるように感じた。
ユフィスティアがそんな感覚に陥るのは、魔龍や魔女のような、邪悪な存在のみ。
目の前の『弥生』からは、邪気は感じ取れない。
(戦っていく内に多分分かるはず、とりあえずシュヴァルツの援護に徹しよう)
ユフィスティアは夏休みの間、シュヴァルツの稽古相手になっていた。
シュヴァルツの強みも、弱みも、得意分野も、苦手分野も知り尽くしている。
ユフィスティアは剣を握り、『弥生』を翻弄して隙を作る。
その瞬間に、シュヴァルツの剣技でトドメを刺す。
援護射撃にはフィアセルト、伏兵にノラスがいる。
負ける光景が、思い浮かばない。
「さて──ボコボコにするよ!」
──第三校舎にて
「──開けるぞ」
訓練場の扉を開ける。
中にいたのは──獣人。
「ん?ああ、来たんだ。こんにちは、我が王の敵」
「──お前は誰だ?」
「私は『卯月』、君のことが大嫌いでしょうがないんだ」
なんだ、この獣人──あまりにも異質すぎる。
コイツから邪気は一切感じられないのに、有り得ない程に邪悪な存在だ。
──コイツらの親玉は、本当に何者なんだ⋯⋯?
「ねぇねぇ、私達のこと嫌い?」
「ああ、そうだ。大嫌いだ」
「私も大嫌い。邪魔だから消すね、君」
「──ッ!?」
半端ない瞬発力で、俺に襲いかかった。
ドラグレイヴが俺に結界を張っていなければ、危うかっただろう。
「おいそこの龍、邪魔なんだけど」
「貴方の方が邪魔ですよ、こうまでして私の学校を破壊して──生かして返しませんよ」
圧倒的な邪気と殺意が、『卯月』に込められる。
しかし、『卯月』はそれをものともせず、ドラグレイヴに蹴りを放つ。
「チッ、砕けましたか」
右腕で蹴りを受け止めたドラグレイヴだが、骨が砕けたようだ。
綿密な魔力を練り上げて肉体を守っていたはずなのに、『卯月』はそれを貫通して骨を砕いた。
コイツ、信じられない程強い──!
「⋯⋯じゃ、戦ろっか」
──【第七の事件・魔法学校襲撃事件】──