第122話 最低最悪の魔導士
────約25年前
「⋯⋯ついに、ついに完成した⋯⋯!」
彼の名は、フランシス・コンスターク。
マテリアル・コンスタークの実の父親であり、最悪の魔導士でもあった。
「やっとなのね、フランシス⋯⋯!」
彼女の名は、トリスティア・コンスターク。
マテリアル・コンスタークの実の母親であり、最低の魔導士でもあった。
「私達の血を継いだ、最高最良の子が、ようやく完成した⋯⋯!」
二人の間に、才能に満ち溢れた子、マテリアル・コンスタークが誕生する。
しかし、本来とは違う人の誕生であった。
「何人もの魂と魔力の結晶、ああ⋯⋯なんて、美しいの⋯⋯!」
マテリアルは愛によって産まれたのではなく、親の好奇心により誕生した。
それも──一国全ての人の命を、代償にして。
本来なら、これは大事になるはずだった。
しかし、ソロミア皇国の侵攻対象にされていた国であった為、非難はソロミア皇国へと向けられる。
「さあ、早く研究しなければ!」
二人は研究室へと向かい、ありとあらゆる呪いと祝福を施した。
──そうして、十年も経てば、マテリアルにも意思が産まれた。
人より遅い成長──これも、呪いの一種である。
まず初めに両親を見て──気持ち悪い、そう思った。
本人は知らないことだが、これは同族嫌悪だ。
──マテリアルは、両親の創造した最高最良の子ではない。
むしろ、最低最悪であった。
「ふむ、意思が生まれたか⋯⋯まあ、十年なら計算通りだ」
「フランシス、十年経ったのなら能力の検査も必要よ」
「そうだな、丁度意思が生まれたし、今検査しよう」
能力の検査、十歳になれば全員が通る道だ。
マテリアルは、このような環境だからこそ、当然のように行われた。
──検査の結果、驚くべきことが書かれていた。
「特異体質『万能魔法』⋯⋯?」
『万能魔法』──今まで、誰一人として所持したことのない、マテリアルだけが持つ特異体質。
マテリアルには、能力はなかった。
──いや、なくても十分だった。
『万能魔法』は、言い換えれば『全能』だからだ。
本人の独創性や、才能にもよるが──マテリアルは、『全能』へと至るにまで満ちていた。
「凄い、凄いぞ⋯⋯!まさに、私達の生み出した天才児だ⋯⋯!」
マテリアルは、喋ることができなかった。
しかし、世界は見えているし、音は聞き取れる。
『万能魔法』を知った瞬間──邪悪な笑みを浮かべた。
いつの間にか、体内に孕んでいた同族嫌悪は嫌悪を通り超えて──殺意へと変わっていた。
「──ッ、ァ!?」
マテリアルがフランシスに手をかざすと、炎が飛び出した。
そしてそのまま⋯⋯フランシスは、燃え尽きた。
次に目を向けたのは、トリスティア。
彼女は不意を打たれた訳ではない。
しかし、それでも何故か、燃え尽きてしまった。
──万能魔法は、万能だ。
後に口癖となるそれを、マテリアルは脳内で繰り返した。
(私は、この魔法を使って研究を進め、自分自身の役に立つ⋯⋯そうだ、その為に生まれたんだ)
遺伝子レベルでの、超利己主義。
それには、先祖に最大の要因がある。
マテリアルはそれを、直感で感じた。
(私の命の始祖は、魔龍⋯⋯成程、この世で最低最悪の生命体なのか)
親から与えられたありとあらゆる知識を活かして、全てを分析する。
コンスターク家の始まりは、魔龍デビルから始まった。
彼は別の異名である『三壊悪魔』の一柱であり、彼の血を継ぐ者は『悪究衝動』へと駆られる。
そう、マテリアルも例外なく【悪究の使徒】だったのだ。
(ハハハハハッ、面白い!ならばその運命に従い、命を燃やして悪しき探求へと足を踏み入れましょう!)
彼女の理念。
それは、自身の運命に従うこと。
いつか自身を打ち破る存在を夢見ながら、自身に課された使命を全うする。
彼女が遵守する、定めたルールだ。
──そして、25年後
「おや、その程度ですか?」
フィアセルトも、マテリアルも、消耗しているようには見えない。
しかし、今現在はマテリアルが優勢だ。
厄介なのは、やはりあの『万能魔法』だろう。
ありとあらゆる魔法を記録しているせいか、フィアセルトも未だ活路を見いだせていない。
「⋯⋯ふむ、彼女、あそこまで強くなりましたか」
「学生時代のマテリアルは、どうだったんだ?」
「そうですね⋯⋯やはり、『衝動』が驚異的な強さに拍車をかけていました。一時期はベル・デフレーションと並ぶとまで称されていましたから」
ベルに並ぶとなると、相当強いことになる。
今のベルに並べるかは分からないが、あの『地獄魔法』すら記録していれば⋯⋯見逃せない脅威だ。
クリーナですら扱えないと言った『地獄魔法』を使えるかどうかは疑問だが。
「ユフィスティア、どうした?」
「あーいや、少し考えごと。あの『万能魔法』の弱点は記録されていない魔法は使えないってとこだけど、それって彼女にとって、対して弱点になり得ないんじゃない?って思ってさ」
「どういうことだ?」
「彼女の魂見るとさ、知識が無数に植え付けられているんだよね。それこそ、何世代にも生きて渡り歩いたかのような、膨大な知識の量さ」
⋯⋯確かに、ユフィスティアが言うのなら、とてつもない量の知識が彼女の中に内包しているのだろう。
しかし、彼女は遥か昔から存在していた、ということではなさそうだ。
となると⋯⋯彼女も、何らかの実験対象だった、と考えるのが自然だろうか。
「この戦い、フィアセルト君にとっては凄く不利だね」
「フィアセルトの持つ魔法は研究されていて、マテリアルの持つ万能魔法は弱点がほとんど存在しない⋯⋯不利なんて状況じゃないな」
アイツは、やると言ったらやる男だ。
だけど、ここまで目に見えて不利な戦いを、どう切り抜ける⋯⋯?
(マテリアル・コンスターク⋯⋯まさか、ここまで強いとは⋯⋯前に見た時より、確実に強くなっている)
実験台として、マテリアルの強さは何度か目にしていた。
しかし、その時を大幅に上回る程の強さが、今のマテリアルにはある。
フィアセルトは悔しくなりながらも、その強さを冷静に分析する。
(ヤツの強さの根幹はやっぱり『万能魔法』⋯⋯記録されている魔法を自由自在に操る魔法、その厄介さは魔法の中でも群を抜いている)
フィアセルトも、それを『万能』と称する他なかった。
模倣とはまた違い、研究を主とし、分析して完全に理解する。
マテリアルの持つ【悪究衝動】とは完全に噛み合った魔法であり、その厄介さに拍車をかけているのだ。
(つまり僕がやることはただ一つ──未だ観測されていない『聖霊』の秘奥を、機会を見て使う)
フィアセルトには、誰一人にも見せていない『聖霊』の秘奥が存在する。
しかし、それを失敗されて観測されてしまえば終わりだ。
マテリアルを確実に消耗させる、もしくは油断させて反撃の一発を狙うしかない。
「⋯⋯つまらないですね、恐怖を克服したのでしょう?何故そこまで仕掛けてこないのですか?」
「違うな。僕がお前をボコボコにする作戦を考えていただけさ」
「ふむ、成程。これも戦略だと?」
「さぁな、敗北の反省会は死んでからやっとけ!」
フィアセルトが『聖霊』へと成った。
蒼と赫の美しい眼がマテリアルを睨み、殲滅用の氷の魔法を放った。
『聖霊』から放たれた魔法はいとも簡単に防御壁に防がれるが、立て続けに魔法が放たれる。
『万能魔法』によって造られた防御壁にヒビが入った瞬間──どす黒い魔力が場を覆い尽くした。
「ふむ、まさか発動するとは」
当事者であるにも関わらず、どこか冷静で他人事のマテリアル。
──フィアセルトは、これを知っている。
マテリアルの深層心理の奥底で対抗心が燃やされた時に起こる、どす黒い魔力。
マテリアルは心のどこかで、フィアセルトに負けたくないと思ったのだ。
「私の意識外で発生する魔力、フィアセルトならこれの意味を知っているでしょう?」
「⋯⋯だからどうした」
「分かりませんか?──叩き潰す、と言っているのですよ」
その瞬間、フィアセルトが放った魔法と同じものが連射された。
しかし、氷の礫は焔を纏っており、相反する存在同士であるにも関わらず、その存在を成り立たせている。
フィアセルトは一発、二発とその礫が命中するが、全て完全な治癒を行う。
「『赫滅の壊眼』」
赫い眼が焔を消滅させ、フィアセルトが氷の礫を放って相殺させる。
その眼を見たマテリアルは、ニヤリと笑いながら話し始めた。
「その眼、気に入っているようですね」
「⋯⋯黙れ、お前の実験のせいで僕の⋯⋯僕らの人生は狂ったんだ」
「そうですか?その眼はあなたの祝福でしょうに」
マテリアルは疑問を抱くが、すぐに納得する。
「ああ、そうでしたね。もう一人、私の実験台を忘れていましたよ」
フィアセルトは、その言葉に言い表せない程の憤りを感じた。
フィアセルトともう一人、狂わされた者がいる。
その名は──
「──ヨーフェン・メルド・アリアがいましたね、ええ、勿論覚えていましたとも」
ヨーフェン・メルド・アリア──ヨーメアは、フィアセルトと同じく実験台にされていた者である。
「お前──ッ!!」
「おや、そこまで感情的になるとは⋯⋯まあ、あなた本来の眼を移植させましたからね、兄弟のように深い絆なのでしょう」
「どこまで僕らをバカにすれば気が済むんだ──ッ!」
「⋯⋯何かおかしいことを言いましたか?いえ、そうではありませんね。気に触ったのならすみません」
マテリアルは著しく倫理観が欠如している。
だからフィアセルトが憤る理由も分からないし、実験をしてはいけない理由も分からない。
コンスターク家でも群を抜いての最低最悪さ、まさに非道と言うべき存在だ。
「お前だけは、絶対に許さないッ!」
──深淵とも呼べる暗黒の迷宮で、フィアセルトの『聖霊』が、更に進化の兆しを見せる。