第121話 被検体
「おや、三人揃って来ましたか、優秀ですね」
「そんなことはいいから、さっさと話を進めてくれ」
「せっかちですね⋯⋯とりあえず、紅茶でも出しますよ」
鼻歌を歌いながら、三人分紅茶を入れるドラグレイヴ。
出された紅茶には、特に何もされていない。
ただただ、質の良い美味しい紅茶だ。
「その紅茶、美味しいでしょう?私の実験の賜物ですよ」
「実験って、危ないことばっかじゃないんだな」
「毎日毎日危険と隣り合わせなんてつまらないでしょう?私だって、こうして日常は楽しみたいですよ」
今のところ、特に危険は感じない。
だが、こうして油断させる作戦かもしれない、警戒は解かないでおこう。
「シュヴァルツ君は連れてこなかったのですね、喜ばしい限りですよ」
「シュヴァルツがお前にとって都合の悪い存在なら、連れてくればよかったか?」
「いいえ、そういう訳ではありません。彼はまだ強くなれる、それまで待っておこうと思いましてね」
シュヴァルツが完全に成長してから、穫るつもりか?
そんなことは、絶対にさせない。
やはりコイツは、油断出来ない相手だ。
「まあ、余計なのが扉の外にいるみたいですけれどね。私はあなたの実力を認めていますから、入っていいですよ、ノラス・イエロードラゴン」
「──チッ、バレてるのね」
ノラスが扉を開け、入室する。
やはりバレるとは思っていたが、ドラグレイヴはノラスを認めているようだ。
⋯⋯もしかして、青龍との戦いを見ていたのか?
「ノラス・イエロードラゴン⋯⋯あなた、素晴らしいですね。その境地に至っているとは思いませんでしたよ」
「⋯⋯どうやら、本当に知ってるみたいね」
ノラスには、ドラグレイヴの正体を教えている。
ノラスは誰にも言わないし、そもそも言ったとして信用されるか怪しい。
ノラスの存在が機嫌を損なわせると思ったが、ドラグレイヴはむしろ嬉しそうに紅茶を飲んでいる。
「では、あの迷宮について語りましょうか」
──ドラグレイヴが話し始める。
あの迷宮は前触れもなく出現したこと、軍が突入したが、一層すら突破できず引き返したこと、時折何かの悲鳴が聞こえること──そういった、不穏なことばかりだった。
「一層すら突破できていないと聞いていたが、まさか出現するのが⋯⋯人と、何かのキメラだったのか⋯⋯」
人間と組み合わされたのキメラ自体が珍しいと言うのに、それがそう何体も出現するとなれば、確かに危険だ。
キメラは、その個体に異なる遺伝子が混在している生物で、この世界ではまさに化け物と呼ぶに相応しい存在だ。
ドラグレイヴにいくつか資料を見せてもらったが、やはりとんでもない見た目をしている。
人間と魔物が引っ付いていたり、動物がくっついていたりと、俺にとっては受け入れ難い容姿だ。
「やはり、意図的に創られた迷宮で間違いありません。そして、このような実験を繰り返す人物を、私は一人だけ心当たりがあります」
「⋯⋯それは、誰なんだ?」
「八大魔導士の序列二位かつ、最低最悪の魔導士である、マテリアル・コンスタークでしょう」
マテリアル・コンスターク⋯⋯確か、世界大会でローフェイス・グレイスフォールを誘拐したことで、指名手配されているはずだ。
「マテリアル・コンスタークは元々、この学校出身です。一応卒業はしていますが、当時から常識外れな研究はしていました」
「とんでもない性格は昔から、だったのか⋯⋯」
ふと、隣を見る。
フィアセルトの顔色が優れない。
何か不都合でもあるのだろうか?
「フィアセルト、大丈夫か?」
「あ、ああ⋯⋯大丈夫。気にしないでくれ」
本人はそう言うが、やはり心配だ。
フィアセルトの体調が優れないのなら、こちら側としても不利益はある。
そう考えていると、フィアセルトが話し始めた。
「⋯⋯マテリアル・コンスタークは──僕を実験台に使った、張本人さ」
その衝撃的な発言に、俺は衝撃を受ける。
昨日ユフィスティアがそのようなことを仄めかしていたが、まさか本当だとは思ってもみなかった。
「僕の眼を特別なものに変えた挙句、僕の力を使って色々好き勝手していたさ。だから──ヤツには、相当恨みがある。だけど⋯⋯あそこに行きたくない、とも思っている」
トラウマ、といったところだろう。
恐怖を植え付けられ、自尊心を傷つけられた。
それが、フィアセルトの抱える闇。
正直、どんな実験をされたかなんて想像したくもない。
とんでもない実験なのは、分かりきっている。
「安心して下さい──私は、魔を司る者。その闇は私のお手の物ですよ」
そういうと、一瞬でフィアセルトに近づき、胸に手を当てる。
その瞬間、溢れ出す魔力を完璧に制御し、ドラグレイヴの体内に吸収された。
「気分は、いかがでしょう?」
「ええ、楽になりました。ありがとうございます」
フィアセルトがお礼をする。
正直、ドラグレイヴが手を貸すとは思っていなかった。
⋯⋯いや、実験体には万全な状態でいてもらいたい、ということだろうか。
その真意は分からないが、ろくな事を考えてないだろう。
「さて、迷宮ですが⋯⋯まだ下層へと向かう手段すら見つかっていません。かといって、最下層まで直通する大穴が作れないのも事実です」
「ぶち抜く、ってことができないのか⋯⋯どうするつもりだ?」
「簡単です、奴を誘き出します」
「その方法があるのか?」
「ええ、私ならば可能です」
そこまで自信を持って言うってことは、本当にできるのだろう。
俺には何もできないから、ドラグレイヴに任せる他ない。
「⋯⋯一つ、頼みがある」
「なんでしょうか?」
「マテリアル・コンスタークは僕が殺す、邪魔はしないで欲しい」
殺気に満ちた鋭い眼光が、ドラグレイヴを見つめる。
やはり、自分を実験に使ったマテリアル・コンスタークを許せないのだろう。
俺がフィアセルトの立場でも、同じことを考える。
「ええ、分かりました。ですが、危なければすぐに加勢に入ります。拒否権はありませんよ」
「それで構わない。僕にこの機会を与えてくれて感謝する」
そう言って、フィアセルトは紅茶を飲む。
フィアセルトが少し落ち着いたのを見て、ドラグレイヴがまた話し始める。
「今から向かうと言えば、来て頂けますか?」
「俺は構わない。ユフィスティアとフィアセルトは?」
「ボクは全然大丈夫だよ」
「僕も、戦う準備はできています」
全員、準備は整っているみたいだ。
ノラスはここに残ってもらおう、俺達に着いてきたら、目立ってしまう可能性もある。
「ノラスは──」
「分かってるわ、あんたの考えてる事は」
「ならいい」
ノラスも、着いてくるつもりはなかったようだ。
非常事態が起こる可能性も無くはない、ノラスはこの学校を防衛してくれれば充分。
「では、向かいましょうか」
魔力が俺達を包み、転移させた。
一瞬にして景色が変わり、目の前には迷宮がある。
「さあ、入りましょうか」
ドラグレイヴが足を踏み入れ、俺達も続く。
中は暗いが、完全に見えないという訳でもない。
キメラがいる、と情報があったが⋯⋯入口付近にはいないのか?
「その警戒心は解いてはいけませんよ」
「ああ、当たり前だ」
その言葉を発した瞬間──景色が、急転した。
先程まで暗い迷宮だったものが、今は実験室のような部屋に変わった。
「ふむ、やはり⋯⋯いますね」
暗闇の奥から、コツ、コツ、と足音を鳴らしている。
目の前から出てきたのは──ローフェイス・グレイスフォールだった。
「やっと足を踏み入れたか、校長さんや」
首をポキポキと鳴らし、ドラグレイヴに話しかける。
ドラグレイヴの反応は──一つの舌打ちと、悪態だった。
「コンスターク家の汚名を、まだ落とすつもりですか?マテリアル」
「それはあんたが言うことじゃないだろう、魔龍」
見た目は完全にローフェイス・グレイスフォールだが⋯⋯ドラグレイヴは、マテリアルの名を呼んだ。
それに⋯⋯相手も、ドラグレイヴが魔龍だということを知っているみたいだ。
「おや、フィアセルト、帰ってきましたか。あなたがいないせいで、予定より進捗が遅れているのですよ」
「──黙れ、下衆」
「⋯⋯ふむ?私にそのような口をきくとは、まさか私の呪いを克服したのですか?」
──多分、コイツはローフェイスの皮を被ったマテリアル・コンスタークだ。
ドラグレイヴに何らかの形で接触して魔龍ということを知り、フィアセルトに呪いまでかけた。
今のところ判明している情報は、このくらいだ。
「お前をこれ以上、生かしてはおけない。未来の為に──ここで、僕がお前を殺す」
「ふむ──素晴らしい!まさかあなたに宣戦布告される日が、来るとは思いませんでしたよ!」
そう言うと、ローフェイス──いや、マテリアルが指を鳴らす。
すると、周りの景色が一変し、闘技場のような場所に転移させられる。
その中心にいたのは、マテリアルとフィアセルト。
俺、ドラグレイヴ、ユフィスティアの三人は観客席に移動させられた。
「いいでしょう──八魔導士序列二位の座を賭けて、勝負しましょうか!」