第120話 不審な命令
『魔導祭』も終わり、今は夏休みへと突入した。
遊びに行く用事はあるが、大抵は日課のトレーニングをする日々になっている。
それに加え、魔法学校の利点である『魔術書』を図書館で読み、魔法の知識を積み重ねているのだ。
「⋯⋯へぇ、転移魔法ってかなり高度な技術なのか」
今まで当たり前のように使っていたからか、俺はそれを知らなかった。
この世界の人々が転移魔法を使えたら、馬車はいらないし、遠くまで歩く必要も無い。
だが今それが手段として残ってるのは、転移魔法が使えない人々が大勢いるから、だと考えれば納得がいく。
「⋯⋯にしても、ここは面白い魔術書ばかりだな」
無知を既知に変える喜びと楽しさを、俺は知っている。
だからこそ、俺は知識を増やすことが好きなのだ。
それに、知っていて損のある情報というのはは少ない。
むしろ、知識はあればある程得になる。
才能も当然必要だが、地道な努力なくしてその才能には気づけない。
世界を変える一歩は、努力の積み重ねだ。
「⋯⋯で、お前はいつまでここにいるんだ?」
「えー?だって、君を見てるだけでワクワクが止まらないんだもん」
そう、ユフィスティアが俺の目の前に座っている。
最初こそ鬱陶しいと思ってはいたものの、特に害はないし、何かあれば情報を教えてくれる、割と有意義な存在になっていた。
コイツの狙いは、もうとっくに分かっている。
俺を配下にし、頂点に立つこと。
だが、その計画はもう瓦解している。
俺が圧倒的実力差を見せつけたからだ。
天使であるコイツも、それが分からない馬鹿ではない。
「⋯⋯はぁ、まあいい。俺を見てるだけで飽きてないのはよく分かった」
「そんなまさか、飽きる訳ないよ。魂に渦巻くその力を見ていれば、ね」
ユフィスティアが言っているのは恐らく、上位種族が持つ、魂を見通す目だろう。
能力や特異体質、その他諸々の権能は魂に根付く。
人格とはまた別で記録されており、分けることも可能みたいだ。
「お前、ずっと俺に付き纏ってるけど、鍛錬とかはしなくていいのか?」
「ボクには必要ないさ、生まれた時から完成しているからね」
「へぇ?それは一体、どういう意味だ?」
「天使は才能や努力の限界値が上限の状態で生まれる。だからボクは鍛錬は必要ないってワケだよ」
「それは、他の上位種族も同じなのか?」
「そうだね。天使、悪魔、鬼、聖霊、龍の五種族はそれに当たるね」
鬼も上位種族の一つに数えられているのか。
正直、他の四つに比べたら見劣りすると思っていたが、この世界では同格として扱われているのだろうか?
「まあ、限界値が上限で生まれるからといって、必ずしもその個体が強い訳ではない。ただ生まれた時からその状態だから、鍛錬や努力といった要素が不要なだけさ」
「成程、生まれた時から強いか弱いかで、これからの未来が決まるのか」
「その点、君は凄いね。そこまで強かったら、下界でもう君に敵う相手はいないっていうのに、まだ強くなるのかい?」
「それは分からない。何か不確定な要素を、少しでも潰すことは重要だからな」
そうだ、この世界でどんなイレギュラーが起きるから分からない。
この世界で人生を謳歌すると決めた、だから少しでも強くなって、安定した人生を過ごす。
「そういえば、お前はなんでこの学校にいるんだ?」
「理由かい?まあ、一つはフィアセルト君だよ。彼は本当に珍しい聖霊の血を継ぐ者だからね、観察したくなったんだ」
「聖霊の血を継ぐって本人も言ってたけど、本当の聖霊ではないのか?」
「そうだと思うよ。彼は『蒼天の聖霊』と契約して、その血を継ぐ一族だからね。ただ⋯⋯」
「ただ?」
「彼の眼、赫と蒼の特異体質があるだろう?あれがおかしくてね⋯⋯赫は『赫爛の聖霊』が持つ特異体質のはずなんだ」
聖霊にも、複数の種類が存在するのか。
つまり、本来フィアセルトは蒼の眼の特異体質のみを持つはずが、何故か赫の眼の特異体質を所持している、ということだろう。
蒼の聖霊と赫の聖霊の血を継ぐ人が子を成して生まれたのがフィアセルトだ、となるのなら納得できるが⋯⋯ユフィスティアがそれを考えないはずもない。
つまりは、それを話さない時点で違うという訳だろう。
「彼の存在、おかしいんだよね。それこそ、何かの実験で生まれた⋯⋯とも考えられるしね」
「蒼と赫両方の性質を持つ、不可解な存在⋯⋯確かに、今の話が真実ならおかしいな」
よく考えてみれば、フィアセルトはあまり過去について語っていない。
それこそ自分の親の話であったり、聖霊についても、あまり詳しくは聞いていない。
何かあるとみて、間違いないだろう。
「他の理由は?」
「まあ、ブライア君ならいいか⋯⋯そもそも、天使が現世に来ることはあまりないんだ」
「確かに、悪魔は見ることがあっても、天使は見たことがないな」
「八大天使であるボクが現世に来た理由は、ボクと相対する八大悪魔の一柱が、現世に転生したんだ」
「転生?人間にか?」
「そうだね。ただ、人は10歳になるまでは能力も何も分からないから、ボクも判断のしようがないんだ。だから暇潰しに、ここに目をつけた」
成程、悪魔を引きずり出して、向こうに戻す為にここに来たのか。
確かに八大悪魔の一柱ともなれば、この世界を火の海に変えるなんて容易だろう。
ユフィスティアはそれを早期発見するしか、手立てはないのか。
「ちなみに、予想はついているのか?」
「全然さ。今ボクが一切足取りを掴めていない時点で、まだ10歳にも満たないのだろうね」
「俺も手伝おうか?流石に、この世界を火の海に変えられたら困るしな」
「その時にまたお願いするよ。今はまだボクだけで充分さ」
後のことを考えても、ユフィスティアとは仲良くしておいた方が良いだろう。
手札として持っていれば、有効に活用できそうだ。
「おやおや、勉学とは熱心なことですね」
突如、背後からおぞましい気配。
この感覚は見るまでもなく分かる──校長だ。
「おや、ユフィスティア君もいましたか。ブライア君の手伝いですか?」
「まあそんなとこ。校長さんは?」
「ここを通りかかったので、挨拶をしておこうと」
通りかかった⋯⋯?
ここに少しでも近づいたのなら、俺がその気配を逃すはずがない。
このおぞましい気配、俺に挑発しているのか?
「何か、気付きましたか?」
やはり、俺の予想通りだ。
ドラグレイヴ・ハイマード⋯⋯魔法学校の校長以外にも、何かあるはず。
⋯⋯この恐怖、何かに似ている。
もしかして、魔獣ヘルスと対峙した時の感覚か?
なら、ドラグレイヴはそれの更に上位──魔王?
コイツ──一体、何者だ?
「おや、そこまで到達しましたか。いやはや、君の洞察力と考察力は素晴らしいですね」
「⋯⋯答えろ、お前は何者だ?」
「私は魔龍デビル、人々を恐怖に陥れた魔王を生み出した張本人ですよ」
──コイツが、魔龍デビル⋯⋯!
この恐怖の感覚は、わざと出しているのだろう。
人を選んで恐怖で威圧し、その選定をしている、といったところか。
研究第一の超利己主義、事前に聞いた情報はこのようなものだ。
──もしかして、俺が対象にされている?
「俺に、何をするつもりだ?」
「特に何もしませんよ。ただ、少しお願いがあるのです」
「⋯⋯聞くだけなら聞いてやる」
「フィアセルト君からあの迷宮については聞いたでしょう?あれを、攻略します」
フィアセルトが言っていた迷宮っていうのは、一つしかない。
未だに一層も攻略されていない、あの迷宮だろう。
確か『魔導祭』で使われると聞いた気がするが、攻略するのか?
「それをブライア君、ユフィスティア君、フィアセルト君の三人に手伝ってもらいます。拒否権は与えないつもりですが、一応、同行するかを聞いておきましょう」
「なんだよその温情⋯⋯わかった、行く」
「それは良かったです。フィアセルト君には既に話を通してありますので、明日の昼に校長室に来てください」
そう言うと、ドラグレイヴは去っていった。
ユフィスティアを見ると、彼の顔は見たこともない程不機嫌な表情をしている。
「アイツが気に食わないか?」
「当たり前さ。この世界で最低最悪の存在の癖に、こうしてボクに命令するんだからさ」
「天使として、魔の存在にはやっぱりそう思うもんなんだな」
「彼がこうして大手を振って歩けるのも、ボクが優しい美徳の天使だからってこと、忘れないで欲しいよね」
まあ、コイツもちゃんと天使だってことだ。
やはり、天使は魔を嫌う種族みたいだな。
「あ、ブライア。さっき校長がいなかったか?」
「フィアセルト、いいところに来た。さっき校長が来て、俺達に命令してきたんだ」
「僕もさっきそれを聞いた。急に僕らに命令なんて、どういう風の吹き回しだろうね」
フィアセルトも、やはり不審に思ってるみたいだ。
魔龍デビル──アイツは、信用出来ない。
何かあれば、すぐアイツを殺すしかないだろう。
「ユフィスティアは何か分からないのか?」
「ボクに聞かれてもって感じ。さっきブライア君ともその話をしてたところだよ」
「そりゃそうか⋯⋯アイツは警戒しておこう、アイツが心の底で何を考えてるか一切分からないからね」
「ああ、分かった。何かあれば、二人とも頼む」
あの迷宮、少しは探っていた方がいいだろうか⋯⋯。
探るにも、あそこに一人で飛び込む訳にはいかないし、誰が情報を握っているかすら分からない。
一層すら攻略できていない⋯⋯一体、誰が入ったんだ?
一年前程となると、身篭った母さんに何かあれば問題だから、親父は恐らく動いてない。
そうなると⋯⋯軍隊か?
確かバーグル・レッドドラゴンがいたはずだ、時間もあるし、今から聞きに行こう。