第118話 栄冠──その7
「青龍と戦うとか、馬鹿なんじゃないの?」
「それに付き合うお前も、相当狂ってるぞ」
「半ば強制だったでしょ」
そんな軽口を言い合うが、そんな余裕は存在しない。
青龍が君臨した直後、分身を生み出したからだ。
分身の数は四体。
恐らく本体よりは弱いと思うが、それでも龍族。
いくら本体より弱かろうが、当然人間よりは強いはずだ。
「お前、本気出していいぞ」
「──言ったわね?」
そう言うと、ノラスが剣を構え──振った。
驚くべきは、その光景だ。
「ねぇ、強いみたいな雰囲気出しながら、柔らかいじゃない」
分身の青龍を、二枚におろしてしまった。
斬られた分身は霧散し、残りは三体。
その光景に、俺は絶句した。
まさか、一振りで龍を二枚におろすとは、想像もしていなかったからだ。
思わず、間抜けな声で「は?」と呟いてしまった。
「もしかして、意外だったかしら?」
「いや、その⋯⋯本当に凄いな、お前」
純粋に、心の底からの賞賛。
通常状態の俺より強いんじゃないか?と疑ってしまう程だ。
──ノラス・イエロードラゴン。
最初に目をつけたのは、一年生で初めて会った時。
間違いなく、俺と同じ『天才』の領域にいた。
明らかに、シュヴァルツよりも才能があった。
だから、裏で話をつけていた。
実力を隠して、俺と手を組んでくれ、と。
ノラスの返答は、こうだった。
同じことを考えていた、と。
ノラスは自分の実力を隠すつもりだったようで、都合のいい隠れ蓑である俺を見つけた。
だから、俺と手を組むつもりのようだった。
表で俺は目立ちながら、裏ではノラスが俺の指示通りに動いていたのである。
冒険者の時も、世界大会の時も、裏でノラスを動かしていた。
そして、ノラスの実力を見た者は、全員消させた。
普通の友達を演じながら、影では協力関係を築いていた。
今は砂漠地帯の中継もされていない、ノラスが力を出せる場所は、今だ。
「分身三体の相手を頼む、俺は本体を叩く」
「分かったわ。で、フィナの相手はどうするの?」
「僕がやるよ、ノラス・イエロードラゴン」
フィアセルトが、砂漠地帯に到着した。
良いタイミングだシュヴァルツ、ユフィスティアの相手はお前に託した。
「フィアセルトなのね、なら安心だわ」
「まるで、安心じゃないやつがいるみたいな反応だな」
「間違いなく赤髪のバカは安心じゃないわよ」
口ではこう言ってるが、ノラスもシュヴァルツの強さを分かっている。
ノラスもシュヴァルツも自身の実力を隠しているから、似たような存在だ。
まぁ、そう言うとノラスが怒るから、口にはしない。
「さて⋯⋯そろそろ、相手をするか」
宙に浮かび、本体の前まで接近する。
巨体をうねらせる青龍は、豪快に笑った。
『ガハハハハ!まさかあの小娘、オレの分身を一閃で消し飛ばすとはな!』
当の本人は、分身を倒されても、一切気にしていない様子。
それどころか、ノラスを褒めている。
まあ、自分より下位の種族が、自身の分身を一撃で仕留めたんだ、当然賞賛するだろう。
──さて、俺もコイツを倒すか。
「俺に倒される、準備はいいか?」
『──お前こそ、オレに殺される覚悟はできているんだろうな?』
お互い、殺意のこもった眼光で睨みつける。
龍の圧力は流石と言うべきだろう、以前の俺なら、怯んでいた。
だが、今の俺に敵はいない。
とりあえず、この青龍の力を探ろう。
「『陽滅閃烈』」
魔法を放ち、青龍と少し距離を取る。
魔法が効いている様子は一切なく、動揺することもなく俺を見定めているようだ。
⋯⋯成程、少し試そう。
「『極砲・陽煉破決』」
巨大な陽熱の砲撃を、青龍の周囲から発射する。
青龍と衝突した瞬間爆発し、煙が立ちのぼった。
煙が晴れた時に見えたのは──一切攻撃を受けた様子のない青龍だった。
『どうした、そんなものか?』
「はっ、まだまだこんなもんじゃねぇよ」
周囲から攻撃して、何となく理解した。
青龍が俺の魔法を受け付けない理由は、鱗だろう。
魔法を無効化しているのか、それとも攻撃全般を受け付けないのか?
まだ時間はある、完全に判断するまでは攻撃を続けよう。
「『飛陽榮剣』」
陽剣をいくつか創り出し、そのまま青龍に向けて飛ばす。
しかし、鱗に剣は弾かれ、そのまま地に落ちていく。
──理解した。
この鱗に魔力を纏わせることで、攻撃全般を無効化しているのだろう。
『ガハハハ!気づいたか?』
「ああ。面倒だな、その鱗」
『この鱗は『魔鱗無威』──青龍の種族特権だ』
種族特権──この世界に存在する上位種族が、種族単位で所持している共通の特殊権能。
この青龍が『魔鱗無威』を持っているということは、他の青龍も当然のように所持しているのだろう。
『さあ、次はどうする?一体どうやって、俺のこの鱗を突破する?』
突破方法は、既に考えている。
七つの最強能力の一つ──『創成』。
俺は今まで、あまりコイツを使ってこなかった。
理由は単純──この能力は、強すぎる。
敢えて力をセーブし、戦っていたが──更に強い【絶界】を俺は手に入れた。
俺が最強に君臨した以上、余すことなく、全てを使って蹂躙することに決めた。
『創成』も、惜しみなく使わせてもらう。
新しく手に入れた『創成権力』──これに俺は目をつけた。
能力や特異体質には、無効化や技の強化、必中効果など、その異能独自の『ルール』が存在する。
その『ルール』を突破しなければ、自分の『ルール』を押し通すなんか到底できない。
これから戦う敵は、この青龍のように『ルール』を持つ者が多いだろう。
──その『ルール』を、権力で消滅させる。
「──『反規律秩序』」
蒼く光る魔力が、俺に纏わつく。
そしてそのまま──青龍の鱗に向けて、魔法を放つ。
「『陽熱獅焔』」
『──『魔鱗無威』』
鱗が魔力を纏い、俺の攻撃を無効化しようとする。
──その『ルール』は、もう無意味だ。
「──『反魔力秩序』」
青龍の『魔力によって行使できるルール』が、全て消滅した。
そしてそのまま、燃え盛る陽焔の獅子が青龍に直撃する。
『な──ッ!?』
しかし、流石は龍だ。
『太陽』の魔法でも、一撃では当然倒れない。
しかし、その一撃が大したことはなくとも──『魔鱗無威』を攻略された、その事実の方が大きい。
それも、種族特権という下位種族へのアドバンテージの突破だ。
──いや、突破できた時点で、もう既にそのアドバンテージは存在しない。
むしろ、『反規律秩序』を持つ俺の方に分がある。
『バカな──種族特権を、攻略するなど──!?』
「有り得た話なんだよな、残念ながら」
有り得ない、そんな風にでも言おうとしたのだろう。
──なんか、種族特権って聞くと、まるで俺の方が下の地位にいるみたいでムカつくな。
いや──いたな、ここに種族特権を持つヤツが。
(シャイフォン、貸せ)
《言うと思ったぞ》
シャイフォンも予想はしていたようで、すんなりと『緑龍』を通して俺に貸してくれた。
さて、名家の契約龍同士の戦いだ。
負ける訳にはいかない。
「種族特権──『緑王十刻み』」
俺の腕から、緑の文字が浮かび上がる。
確か、第一の事件の時に、シャイフォンが俺の体を使って、これを発動させたと聞いた。
まあ、これといって熟知している技はないが。
『小僧、まさか──緑龍の種族特権を、使えるのか⋯⋯!?』
「ああ、これを見たら分かるだろ?」
青龍の種族特権が攻撃全てを無効化するのに、緑龍の種族特権がこれだと聞くと、なんだか緑龍が弱く感じてしまう。
何か、他に効果とかはないのだろうか。
《青龍のように魔力を使用できなくても使える、だけじゃ物足りないだろう?まぁ、使えば分かる》
魔力を使用しない、というのは魅力的ではある。
しかし、今この場においてそれは必要ない。
使えば分かるみたいだし、さっさと青龍に向けて放つ。
「──『一の刻み・緑王波将閃』」
──俺から放たれた緑の閃光は、青龍を吹き飛ばした。
流石に倒せてはいないものの、かなりのダメージを負っている。
一体、どういうことだ⋯⋯?
《緑龍の種族特権である『緑王十刻み』は、龍族相手にめっぽう強い。それこそ、お前じゃ到底出来ない程の損傷を負わせられる》
後半は嫌味だろ、お前。
まあ、そんなことは置いといて──確かに、強い。
俺の『太陽』すらまともなダメージが入らなかったのに、この一撃で青龍は激しく消耗している。
倒すなら、今だ。
『ハッ、舐めるなよ小童!』
「そのボロボロの身体で言われても、迫力ねぇぞ」
当然、怒る青龍に対して煽りで返し、正常な判断を下せないように鈍らせる。
こうしてプライドもズタズタだ、青龍だって手段は選んでいられないはず。
その全てに対応した上で、俺がより高位な存在だと、完全に屈服させる。
『青滅──月冴凍土』
青龍が上空で舞い、砂漠を煌びやかな凍土へと変えた。
更には吹雪までが襲いかかり、視界不良へと陥る。
そして──俺の背後に、魔法が迫る気配がした。
「『熔熱閃光』」
その魔法と衝突させ、相殺した。
視界不良の中、見えたのは──『人体変化』した青龍。
成程、体を小さくさせて、俺の不意を狙うつもりなのだろう。
──決めた、ここまで相手に有利な状況だと、俺が負ける可能性がある。
そろそろ全力の『緑龍』を、見せつけてやろう。
シャイフォン、準備は?
《とっくにできている、その言葉を待っていたさ》
──進化した俺と、シャイフォンと、『緑龍』を今、この場に顕現させる。
「──世界『降臨せし翡翠の龍王の真世界』」