第116話 栄冠──その5
「──へぇ、君達二人に僕の相手を任せたのかい、ブライア君は」
いきなり荒野地帯に飛ばされたユフィスティアは一切焦っていなかった。
それどころか、二人の戦いに心を踊らせていると言わんばかり。
「シュヴァルツ君、準備は?」
「ああ、勿論できてる!」
シュヴァルツは『轟炎真焔丸』に『聖剣』を重ね、臨戦態勢に入る。
フィアセルトは『魔煌の聖霊』となり、天使となったユフィスティアと睨み合う。
「ブライア君も考えたね、強い二人を僕にぶつけて、足止めさせる──当の本人が向かったのは、砂漠地帯か」
「足止め?まさか、そんな訳ないだろ──お前をぶっ倒す!さっきの借り、返してやるからな!」
シュヴァルツが剣先をユフィスティアに向け、不敵に笑う。
対するユフィスティアは、そんなシュヴァルツを面白いと言わんばかりに、笑い返した。
戦闘狂二人がやる気を出している中、フィアセルトは冷静に、状況を俯瞰している。
(荒野地帯の中でも、ここはあまり戦場にならなかった端の場所、開始と殆ど変わらない状態だ。ブライア君もこの場所を狙って転移させたのだろうね)
ブライアの意志と思考を読み取り、この戦いの展開を全て支配する。
その為にはシュヴァルツの行動の全てを予測し、思い通りに進めなければならない。
ブライアですら少しだけ手こずるそれを、フィアセルトは完璧に遂行せねばならないのだ。
その緊張感の中、フィアセルトが放った言葉は──
「──シュヴァルツ君、好きに動いて」
「ああ、分かった!」
自分が、シュヴァルツに完全に合わせる。
シュヴァルツとフィアセルトの動き全てを計算し尽くした上で、自分が優位に立つ──その自信がなければ、この言葉はまず出てこない。
あれだけ戦いたくないと言っていたユフィスティア相手でも、圧倒するつもりなのだ。
「『聖焔一心流──焔鋳聖刹』」
「──『守護』」
シュヴァルツがユフィスティアとの距離を一瞬で詰め、そのまま剣を振るう。
しかし、そこに『守護』の翼が割り込み、ユフィスティア本人に攻撃は当たらなかった。
「いいよ、その調子──『蒼覇の秘眼』」
キラキラと蒼く輝く眼が開眼し、そのままとてつもない高威力の魔法が放たれる。
しかし、ユフィスティアはお見通しかのように、赤い目をしていた。
「『義赫剣天』」
赤い斬撃が、シュヴァルツの肉体とフィアセルトの魔法を斬り裂く──かのように思えた。
斬撃は、同じ赫い眼によって防がれる。
「──『赫滅の壊眼』」
赫い眼を開眼させ、斬撃を全て消滅させる。
大天使の斬撃すらも消滅可能な眼は、異常としか言いようがない。
しかし、対してユフィスティアは驚いていない。
それどころか──またか、と言わんばかりの表情をしている。
フィアセルトは、それに違和感を覚えた。
(あの表情⋯⋯もしかして、過去に同じようなことがあったのか?)
ユフィスティアの一瞬の表情の変化を見逃さなかったフィアセルトは、思考を巡らせる。
明らかに、今の反応はおかしかった。
しかし、ユフィスティアの斬撃を消滅させたことは、フィアセルトの記憶には無い。
──やがて、一つの結論に至った。
(コイツ⋯⋯僕の記憶を、消しているのか?)
他の者であれば、だからどうした、と言いたくなるような結論。
しかし、フィアセルトにとってその結論は、重要な要素となる。
(コイツを不気味に感じていた理由はそれだ──だけど、何故ユフィスティアは二位にいるんだ?)
唯一、不可解な要素。
それは、ユフィスティアが二位にいること。
フィアセルトを倒して一位に君臨する、ユフィスティアはそれができる力を持ち合わせている。
何故それをしないのか、フィアセルトには分からなかった。
(もしかして──コイツ、僕に勝ったことがないのか?)
そう、考える他なかった。
ここでより痛手となってくるのが、戦闘した記憶がないこと。
ユフィスティアと戦ったことがあるのは確実なのに、ユフィスティアはフィアセルトの手の内を知っている。
対してフィアセルトは、ユフィスティアと戦った記憶がない為、隠している切り札を全く知らない。
(僕はアイツとの戦いで、どれくらい力を使った?)
当然、自分が使った力も知り得ない。
思考の海に溺れかけた、その瞬間──
(──黙れ!考えすぎるな!)
『聖霊』としての本能で、思考が止まった。
今相手をするのは、正真正銘の化け物。
天使最強の一角、ユフィスティア。
コイツを相手に、油断なんか到底できない。
(それに⋯⋯今は、シュヴァルツ君もいる。僕の負担は、少しは減る)
フィアセルトは今、一人じゃない。
『剣聖』であるシュヴァルツが、隣にいる。
シュヴァルツの実力を、フィアセルトは信頼している。
(それに、借りもあるみたいだし──僕は援護に回ろう)
「シュヴァルツ君、いけるかい?」
「──ああ」
シュヴァルツの空気が、一変した。
普段の抜けてる雰囲気からは転じて、獲物を仕留める目をしている。
その目に、フィアセルトは驚いた。
「『剣聖』──力を、貸せ」
──聖霊や天使といった、上位に君臨する種族は、魂を見ることができる。
フィアセルトやユフィスティアはブライアを見た時、その魂の神々しさや純真さに驚いた。
だからこそ──彼が神になりかけている存在であることに、気づいているのだ。
そして今、『剣聖』を発動させたシュヴァルツに、尋常ではない程の魂が集まっている。
「──『剣聖英雄譚』」
次の瞬間、一つの魂が光り輝き、シュヴァルツの持っている剣に宿る。
そして──振るう。
「『翼を断つ』」
──一閃。
その一閃で、ユフィスティアの二枚の翼が断たれた。
『剣聖英雄譚』──歴代『剣聖』である彼ら彼女らの軌跡を一つ辿り、無条件でそれを行使する。
『翼を断つ』は、遙か遠くにいる小鳥の翼を斬り裂いた、という伝承のあるイティル・プラーカの軌跡だ。
「──ッ!?」
「まずは邪魔な翼を、斬り裂く」
ユフィスティアに急接近し、もう一度、『翼を断つ』を放つ。
ユフィスティアは避けきれず、残りの二枚の翼も斬られてしまった。
白い純白の羽を散らしながら、歯を食いしばって、シュヴァルツを睨む。
「はははっ、いい気味じゃねぇか、天使!」
──『剣聖英雄譚』は、あまりにも強力だ。
使用中には、あらゆる副作用が存在する。
シュヴァルツの場合は──性格の豹変。
副作用の中でも一般的なものだが、性格が豹変することにデメリットが感じられるとは、到底思えない。
しかし──問題は、その先にある。
豹変する性格の元となるのは、『剣聖』の重みを半分肩代わりする魂だ。
シュヴァルツでいえば、奏の性格が元となる。
『剣聖英雄譚』を使用している時間が経過するごとに、シュヴァルツ本来の性格や思考は薄れていき、最終的には奏に乗っ取られてしまう。
乗っ取られたシュヴァルツの魂は自然消滅し、金輪際現世に君臨することはできなくなるのだ。
フィアセルトも、ユフィスティアも、それを既に見抜いている。
(このままいけば、ユフィスティアを圧倒できる──だけど、そう簡単に許すつもりがないのも分かりきっている)
当然、ユフィスティアは本気を出していない。
シュヴァルツやフィアセルトに対して興味が無くならない限り、ここで勝利を掴み取ろうと、躍起になるだろう。
「いいじゃないか、『剣聖』──不愉快だけど、興味は唆られる──人類の技術の継承とやらを、僕に見せつけてみなよ!」
「驕り高ぶるクソ天使に見せてやるよ、俺の剣をな!」
シュヴァルツは剣先をユフィスティアに向け、ニヤリと笑う。
対するユフィスティアも、ここまで言われたらやり返す、と言わんばかりに力を解放した。
「──『聖天輪』」
ユフィスティアは白く輝く天使の輪を頭に浮かばせ、再生した大きな翼を広げた。
そしてシュヴァルツに対抗するかのように、黄金に煌めく剣を右手に持ち、構える。
「──『義赫剣天』」
黄金が赤色に輝き、先程まで手のひらから放たれていた斬撃が、力を増す。
手抜きの魔法が混じった斬撃ではなく、剣を介した超高威力の斬撃。
フィアセルトの眼で無効化できるが──フィアセルトは動かない。
何故なら──自身が知る限り、最強の剣士が目の前にいるからだ。
その剣士は──斬撃すらも、斬ってみせる。
「『匁』」
ただ一つ、その言葉を言い放ち──斬撃を斬った。
『匁』──その技は、使える者は世界中どこを探しても一人しかいないと言われていた、最高峰の技術。
『剣聖』には珍しい、寿命により死を迎えた──エドワイズの剣技。
若い時は山に篭もり研鑽を積み、年老いてから世に名を馳せる者共を斬ったという伝承がある。
英雄譚曰く──『最強の老人剣士』だ、と。
「あのジジイの技、使えるんだね!」
長命種の天使であるユフィスティアは、エドワイズを当然知っている。
『匁』の脅威も、当然熟知しているのだ。
そしてフィアセルトもまた、エドワイズのことを思い出していた。
(懐かしい──あの技をもう一度見られるとは、思っていなかった)
直接話したことがある訳ではないが、フィアセルトはエドワイズの戦いを見たことがある。
『匁』を初めとした他の剣技には、そこまで行き着いた、ただならぬ研鑽と努力を思わせるものだった。
当時は『剣聖』であることを知らなかったが、今思い返してみれば、確かにその片鱗はあったのだろう。
「まだまだいくよ──『勇聖賦煌』」
今度は黄に輝く剣が、シュヴァルツを正面から斬断するように、重たい一撃が放たれる。
だが──今のシュヴァルツには、それすら相手にならない。
「『虚ろ』」
剣と剣が触れ合うと、ユフィスティアの剣の輝きは消え去り、そのままユフィスティアを弾き飛ばす。
『虚ろ』──最低最悪の『剣聖』と名高いニアナ・シルフォーノの剣技。
何故最低最悪と呼ばれているのか、それは──一個人の感情で、国を一つ滅ぼしたからだ。
現在は別の国が建国されているが、遥か昔に、ニアナは単独で国を滅ぼしている。
それこそが最低最悪と呼ばれている理由であり、フィアセルトも、ユフィスティアも、そのことは当然覚えている。
「それも使えるのかい!?ボクは君を侮っていたみたいだね!」
「そんならよく心に刻んどけ──俺を舐めたら、死が待ってるってことをな──『聖霆』」
輝きを失った剣とユフィスティア諸共、斬るつもりで尋常ではない速度の剣技を放つ。
『聖霆』──歴代『剣聖』で随一の剣速を誇る、パルド・リアードの剣技。
当然ながら破壊力も兼ね備えており、距離が一切なくても斬撃を放つことができる。
ユフィスティアはそれを回避するが、あまりにも速い斬撃の通った後の風で、頬が切れ、血が流れた。
(ニアナ・シルフォーノとパルド・リアードの剣技──ここまで、使いこなせるのか)
しかし、フィアセルトは一つ気になっている。
シュヴァルツは頑なに、自分の剣技を使わない。
『聖焔一心流』は、ブライアと共に編み出した汎用性の高い剣技だ。
しかし、『剣聖』となったからには、完全にオリジナルの剣技があるはず、とフィアセルトは考えている。
「ああ、整ってきたな。準備運動も終わりだ」
先程までのハイレベルな剣技を、準備運動だと抜かすシュヴァルツ。
それがハッタリでないことは、フィアセルトも、ユフィスティアも、理解していた。
確実に、己の持つ最高峰の剣技を出すと、二人はそう考える。
「──さて、そろそろ天使を殺すか」
シュヴァルツの、至高の剣技が今──牙を剥く。