第115話 栄冠──その4
俺とユフィスティアとの戦闘から、五時間程が経過した。
あれから全くと言っていい程、状況は動いていない。
王冠を手にしているのは、未だフィナ・ブルードラゴンのクラス。
ユフィスティアも、あれから姿を見せない。
「──だらだら過ごすのは構わないって言ったけど、流石にのんびりし過ぎじゃないか?」
「いざとなったら、戦う準備はできてるから大丈夫」
「⋯⋯まあ、それならいいけど」
俺は各地帯に監視カメラのような魔法を設置し、全チームの動向を伺っている。
シュヴァルツはさっきまで素振りをしていたが、今は寝っ転がってぼーっとしている。
何か考え事でもしているのだろうか。
⋯⋯いや、恐らくユフィスティアについてだろう。
シュヴァルツがああも簡単に倒されるとは、俺でも予想外だった。
フィアセルトが聖霊の権能を完全に解放しても、あれは勝てるかどうか分からない。
アイツが外れ値なのか、それとも美徳天使があのレベルで強いのだろうか。
いずれにせよ、いつかは確認したい。
「⋯⋯まだ、動かないか」
「なぁ、あの三人は?」
「お前が素振りしている間に、何クラスか潰して貰ってる。邪魔なことには変わりないからな」
質問を返したが、シュヴァルツは特に何も言わなかった。
いつもなら俺も行きたいと言い出すと思ったんだが⋯⋯やはり、ユフィスティアとの戦闘が大きいみたいだ。
コイツのテンションの起伏はかなり激しいから、あまり作戦には支障をきたさないような役割にしているが──このままじゃ、その役割すら全うできるか危うい。
シュヴァルツは、やけに考えすぎる節がある。
勝っても負けても、勝負に違和感を覚えれば、こうして黙りこくって考えてしまう。
──アイツを出すか。
「シュヴァルツ、ミュー・シャンヒュリテと変わってくれ」
「ミューか?分かった」
シュヴァルツは目を閉じると、すぐにまた目を開けた。
「よぉ、俺になんか話か?」
「ああ、色々とな」
「いいぜ、何でも聞いてやるよ」
──恐らく、シュヴァルツの性格は矯正されたものだ。
外向的な性格も、プラス思考も、恐らくは生まれた自分のものじゃない。
薄々感じていたが、ミューを見て確信した。
ミューがシュヴァルツの性格を変えたのだろう。
そして──コイツの正体を、俺は何となく勘づいている。
「──お前、奏だろ」
「⋯⋯ま、お前なら分かるだろうな。久しぶり、太陽」
やはり、当たっていた。
隠すことも知らないコイツの偽名、喋り方、そして何より──能力と特異体質。
『音』に関係するとは思っていたが、案の定だった。
あと合っていないのは、勇気と深人⋯⋯アイツら二人、一体どこにいるのだろうか。
「で、なんで俺を呼んだんだ?」
「昔話に花を咲かせたいところだが、それは後でいい──ユフィスティアと戦う時、シュヴァルツの援護をしてくれ」
「⋯⋯それは、命令か?」
「命令ってより、お願いだな。アイツは強い、お前も見てただろ?」
「ああ、あれは本物の化け物だ──俺が手伝ったとて、勝てるか分からないぞ?」
「──フィアセルトと共闘させる、アイツの力とお前の頭、そしてシュヴァルツの剣術、ピースは揃った」
音成奏──コイツは見た目に反して、頭が切れる。
純粋な学力も持ち合わせつつ、柔軟な発想や、誰も思いつくことのない策、それがコイツの才能。
前世では音楽の才能を全面に出していたが、スポーツのコーチや監督にも向いているのだ。
「成程な──お前がそう言ったんだ、信じるぜ」
「ああ、それでいい。お前が一番、俺を信頼していたからな」
「⋯⋯さて、そろそろシュヴァルツに変わろうか」
「そうだな、アイツに一つ教えたい技がある」
「おお、そりゃ楽しみだ。楽しみにしてるぜ」
シュヴァルツが、目を閉じる。
──奏と、会えた。
時雨と光にも、会わせてやりたい。
「ブライア、話ってなんだ?」
「お前に一つ、ユフィスティアに勝つ為の技を伝授する」
「技⋯⋯?一体、何だ?」
「それはな────」
「──って感じだ、できるか?」
「⋯⋯ああ、やってみせる!やる気湧いてきた!」
これで、ユフィスティアは抑えられるだろう。
──そうだな、シュヴァルツにも話しておくべきか。
「シュヴァルツ、お前にユフィスティアを任せる理由だが⋯⋯」
「純粋に俺が強くなる為じゃないのか?」
「それもあるが、本命はそっちじゃない──多分、ヤベェのが来る気がする」
「⋯⋯って、言うと?」
「俺はさっきまでずっと、各地点の偵察をしていたんだが──何やら、怪しい行動をしているクラスがあった」
少し前、砂漠地帯で大規模な魔法陣が描かれていた。
あれに近づいたクラスは、もれなく全て死亡している。
そして、そこに王冠が反応しているのだ。
間違いなく、フィナ・ブルードラゴンのクラス。
──あまり今王冠は奪いたくなかったから、動いていなかったが、そろそろ時間だ。
状況が動きそうな気配がする──今、王冠を奪取する最高の機会だ。
「ずっと待つ為に、お前はこんな要塞を仕上げたのか」
「ああ、気持ちよく寛げただろ?入ってきたヤツらは全員、魔法で一発だからな」
王冠を取るタイミングを逃さぬよう、フィールドに完全集中していた。
しかし、敵が来た場合には中断される。
その為に、この要塞を築いたのだ。
怪しんで入ってきたヤツを、一撃で始末できる。
これ程までに快適な場所は、この大会中にないだろう。
「さて、そろそろアイツらが帰っくるはずだ」
「正解、まさかそこまで読めていたとは」
「まあ指定した時間通りに来ると思ったからな。──さて、全員集まった、作戦会議を始めようか」
ここからは、勝敗に関わってくる。
この作戦会議は重要、万全の状態で挑まなければ、勝利はない。
「フィアセルト、お前はシュヴァルツと一緒にユフィスティアと戦ってもらう」
「──本当に言ってるのかい?」
「ああ、本当だ。その間に俺は、絶対にやりたいことがある」
「──ああ、あの魔法陣か」
やっぱり、打ち合わせ無しでも、フィアセルトなら分かってくれると思っていた。
コイツも頭が切れる、味方で良かったと心の底から感謝しよう。
「あの魔法陣、もしかして見に行ったか?」
「いや、流石に危ない気配がしたから、遠目に見ただけ。でも流石に、あれはまずい」
「何の魔法陣か、分かるか?」
「恐らくは──龍、だろう」
成程、フィナ・ブルードラゴンの青龍を現世に顕現させるのか。
──龍は通常、現世に完全な顕現はできないと言われている。
その理由は主に──強すぎるから。
龍という、他の種族とは格の違う、圧倒的上位の存在は、契約という形が一番安全なのだ。
レインボードラゴンの殆どが、家名にまつわる龍と契約している。
しかしあれは、あまりにも強大な力を、契約で押さえ込んでいるだけにすぎない。
俺は現世にシャイフォンを顕現させているが、あれは例外だ。
人化した龍は全力を出せない、龍は龍としての、真の姿でなければ、全力を出せない仕組みになっている。
だから、シャイフォンも本気を出したければ、龍の姿に戻る必要があるのだ。
だからフィナは、自分と契約している青龍を、龍の姿でここに顕現させようとしているのだろう。
「フィナ・ブルードラゴンは一体、この大会に何の思いがあるんだ?特別なことを考えてない限り、普通はこんなことしない。異常、としか言いようがない」
「それは分からないから、一旦置いておくしかないと思うよ。君がそこに向かうとして、全力の龍に勝てるのかい?」
──正直、絶対とは言い切れない。
天使であるユフィスティアに【絶界】で圧倒できたが、ユフィスティアもあれは本気じゃなかった。
天使の本気すらも、ゆうに超える龍の本気となれば、また話は変わってくる。
【絶界】は最強だ、これは揺るがない絶対だ。
だが──魂の共鳴をしない限り、二割しか出せない。
それに──もう一つ、縛りを課している。
(己の為の試練が来る、だから俺は、龍と戦わなければならない──そうだろ、【神智結晶】?)
《ああ、そうだ。その時には自分で発動する【絶界】を禁止する──神として、自力を付けなければならないからな》
俺は龍を相手に、自発的な【絶界】は無しで戦わなければならない。
これが俺の試練であり、超えなければいけない壁だ。
『神』として、この力がなくても圧倒できると、示さなければならない。
「話を戻すけど、ユフィスティアの件だが、場所は荒野地帯で頼みたい」
「荒野地帯──純粋に、砂漠から遠いからかい?」
「それもあるが──シュヴァルツとの相性だ。フィアセルトは基本、どこでも戦えると思うが、シュヴァルツは荒野地帯が一番戦えると思う」
「⋯⋯成程、その剣で、全て斬るのか」
高低差のある荒野地帯は、一見シュヴァルツからすれば相性は悪いようにも見える。
しかし、実際は違う。
シュヴァルツは基本周りのことを考えずに戦うから、何か邪魔な建造物があれば、全て斬ってしまう。
土地を活かした戦いをする相手には、シュヴァルツは無類の強さを誇る。
「荒野地帯と砂漠地帯でとんでもない戦いが起こっていれば、絶対と言っていい程近寄る者は存在しない。森林地帯はこの要塞があることも踏まえて、リーシャとエニアスには、氷河地帯で邪魔者の排除を頼みたい」
「了解した」
「分かった、こっちは任せて」
二人も強者に名を連ねる、そう簡単に負ける訳はない。
少しでも人数を減らせば、妨害の数も減らせる。
そうすれば、動きやすくなるのは間違いない。
「⋯⋯この揺れ、始まったな」
「──ああそうだね、ブライア君」
「「「「──ッ!?」」」」
──ここに、ユフィスティアが来た。
驚いているのは、俺以外の四人。
この場で平静を保っているのは、ユフィスティアと俺だけ。
当然、今この場に来るというのは、予想済みだ。
──というより、来ると確信していた。
だから、もう既に準備はできている。
「頼んだぞ、フィアセルト、シュヴァルツ」
そう言って、ユフィスティア、フィアセルト、シュヴァルツの三人を、荒野地帯に転移させる。
──さて、そろそろ、砂漠地帯に向かおう。
「エニアス、リーシャ、氷河地帯は頼んだ」
そう言って、砂漠地帯に転移する。
──龍との本気の戦闘が、幕を開ける。