第113話 栄冠──その2
『なんと、氷河地帯での乱戦を一撃で終わらし、王冠を手にしたのはフィナ・ブルードラゴン選手!一気に流れが変わってきました!』
地に落ちた王冠を手にしたのは、フィナ。
王冠を仲間に預け、自身はその場に残った。
──彼と、対峙する為に。
「あれ、もう待ってたんだ?」
ユフィスティアが、フィナの前に現れた。
ユフィスティアは今回、単独での出場。
理由は単純──彼の前では、殆どの者が足手まといだからだ。
「あなたの行動原理は『楽しいかどうか』──ここまで大きな音を響かせれば、どうせ来ると思ってたわ」
「早々に君と戦えるのは、ボクにとっても嬉しいからね」
ユフィスティアは、試合の勝敗にあまり拘らない。
だから王冠に興味も示さない。
ユフィスティアが興味を示すのは、自身の生命を脅かす可能性のある強者のみ。
──フィナは、認められたのだ。
「では、早速──『龍憑・魔詠青襲』」
ゼナと同じように、フィナも青龍を体に宿す。
ゼナの場合は、精神を削られ、使い続けると廃人になってしまう。
しかし、フィナの青龍はゼナに比べると、それ程高い身分ではない。
精神ではなく魔力を削られる為、そこまで生命を削ることもないのだ。
「貸しなさい、命令よ」
『ハハハ!良いだろう小娘、貸してやる!』
豪快かつ漢気溢れる青龍は、フィナを認めている。
これ程の才なら、自分より高位の青龍と契約しても良かったと、少しばかり後悔もしている。
だが、最後まで寄り添おうと決めた。
それこそが、人間に手助けする龍の使命だからだ。
「フィナとの本気の戦いは初めてだね──相手してあげるよ」
「──『青詠・旋射刹越』」
ユフィスティアに向けて、青い砲撃を飛ばす。
単純な魔法だが、常人なら体が吹き飛ぶ程の威力。
直撃してしまえば重症は免れないが──ユフィスティアは、動かない。
着弾する──かと思えば、ユフィスティアの目前でその魔法は消え去った。
「ありゃ、調整間違えたね」
ユフィスティアの碧眼の中に、白い八芒星が光り輝く。
フィナは疑問に思うが、それでも果敢に攻める。
「『青詠・迅雷監獄』」
いくつもの雷が飛来し、ユフィスティアの周囲に着弾する。
そして、そのまま檻となった。
「『青詠・殲滅の青炎』」
上空から青い炎が降り注ぎ、檻の中にいるユフィスティアは身動きが取れない。
──かと思えば、青い炎も、雷の檻も、全て消え去った。
白い八芒星は、未だ輝き続ける。
「⋯⋯その目は、一体何かしら?」
「あはは、これについて気になるのかい?なら──もっと見せてあげるよ」
すると、白い八芒星が赤い八芒星へと変化し、斬撃が飛び交った。
近くにあった氷山の一角が崩れ、フィナの頭上におちてくる。
「『義赫剣天』──ボクの眼は色々特殊だからね、こうやって山を切り崩すなんて造作もないんだ」
そう言うと、橙、黄、緑、青、藍、紫へと変化させ、もう一度白に戻ってきた。
──フィナは、その色の並びに見覚えがあった。
スティア王国の最高位貴族であるレインボードラゴンの七色、そして王族と契約する白龍の色と全く同じなのだ。
「⋯⋯その色、一体何故⋯⋯!?」
「やっぱり気づくよね──でも、今は秘密だよ」
──その瞬間、ユフィスティアが一枚の純白の翼を生やす。
次の瞬間には、フィナは氷の大地に倒れていた。
「ボクのこの翼の効果は『貫通』──骨や肉全てを貫通して、内臓を損傷させる⋯⋯君の記憶に関する脳の部分を、ちょっとだけ痛めさせてもらったよ」
ユフィスティアと戦った者は、漏れなく記憶を失う。
フィアセルトも、フィナも、元『十大魔導士』序列二位も、ユフィスティアに関する記憶が抜け落ちているのだ。
それも全て、ユフィスティアの翼の効果。
一枚目の翼は『貫通』──一例として、骨や肉を貫通して内臓を直接弄ることが可能。
脳を弄ることで、全ての相手や観客に、記憶を誤認させたり、奪ったりできる。
「残りの強者は聖霊のフィアセルト君と、誰がいたかな──ねぇ、シュヴァルツ君?」
「──やっぱりバレてるよな」
シュヴァルツも氷河地帯から聞こえた轟音を頼りに、ここまで駆けつけてきた。
──しかし、シュヴァルツはユフィスティアに『勝てない』と思っている。
これ程までに何とも言い難い圧力と恐怖を与えてくる存在は、シュヴァルツにとって初めてだ。
「君との戦いは面白そうだね、かかっておいでよ」
「──『聖焔一心流──聖架紅焉』」
砂の海を割り、一撃で敵を吹き飛ばした斬撃が、ユフィスティアに向かって飛ぶ。
ユフィスティアは動じず──黄に輝く八芒星の目へと変化させ、斬撃を無効化した。
「うん、いいね──大会の時より、確実にいい太刀筋だ」
シュヴァルツは確実に、二刀流の時より強くなった。
ユフィスティアを少し恐れているからといって、手を抜いた訳ではない。
あの斬撃に対して無防備だったが、ダメージがないことにシュヴァルツは驚いた。
「ああ、先に言っとくけど──援護はないよ」
ユフィスティアが指を弾くと、シュヴァルツの背後でどさり、と音がした。
振り向くと、そこには倒れたエニアス。
「いつの間に──!?」
「たった今さ、驚いている間にね」
ユフィスティアの目は、もう既に赤に変わっていた。
そしてまた白に変わり、シュヴァルツに歩み寄る。
「さあ、もっとボクを楽しませてくれないかい?」
「──『聖焔一心流──聖哭紅凰閃』──ッ!」
聖なる焔の斬撃を飛ばすが、ユフィスティアにダメージは与えられない。
それどころか、斬撃を片手で掴み、空に向かって投げる始末。
これには流石のシュヴァルツも驚きを隠せない。
──ユフィスティアは、その隙を突く。
「『義赫剣天』」
ゼロ距離での、赤い斬撃。
氷山を一発の斬撃で切り崩す程の威力が、シュヴァルツに致命傷を与える。
シュヴァルツは遙か遠くの氷山まで吹き飛び、血を吐いた。
「ガハッ、ゴホッ──!」
これ程までの実力を持っているとは、思っていなかった。
シュヴァルツの剣技すら無効化し、絶望を与える程に、ユフィスティアは強い。
灰の煙の中からの人影──シュヴァルツは死を覚悟した。
しかし、そこにいたのは緑髪の青年。
「エニアスが倒されて、お前が窮地に陥ったから来てみれば──ユフィスティアか」
──シュヴァルツが最も信頼する人間、ブライアだった。
──遡ること、数分前
「──指輪が、赤く⋯⋯?」
俺が開始前に全員に渡したこの指輪は、色によって様々な警告を行う。
赤色は──死亡。
確認すると、倒されたのはエニアスだった。
30分後に復活できるから気にしないでおこうと思ったが、この時間帯で人数が削られるのはかなり痛手。
⋯⋯仕方ない、俺が駆けつけよう。
『フィアセルト、リーシャ、大森林に戻って俺の所の防衛を頼む』
『了解、すぐ戻る』
『今から行くね』
ここを最終的に本拠地とするから、できればこの複雑な地形のまま残しておきたい。
大森林や荒野のような地形は使いやすいから、こちら側に流れを引き込める。
だからこそ、この大森林は今の時点で防衛しなければならない。
「さて、向かうか。場所は氷河地帯──シュヴァルツも、もう既に瀕死⋯⋯?」
明らかにおかしい。
いや、エニアスが仕留められている時点で、おかしいのだ。
俺達に一切連絡を寄越さず、エニアスが倒される──それは有り得ない。
なら一撃、それも一瞬で仕留められたってことになる。
その実力があるのは、この学校でも限られてくる──フィナやユフィスティアくらいだろうか。
そして、シュヴァルツまでもが瀕死──一体何が起こっているんだ?
──とりあえず、駆けつけよう。
──シュヴァルツが、こうも一方的にやられるとは。
ユフィスティア、やはりコイツは何か異次元だ。
最初から全力でいかねば、俺も倒される。
「シュヴァルツは向こうで休んどけ、フィアセルトとリーシャがいるはずだ」
シュヴァルツを向こうの大森林へと転移させる。
治療はしてくれるはず──助かるかどうかは分からない。
そもそも、あれはどういう傷なんだ?
斬撃にしては、何かおかしかった。
「──来たな」
「やっぱり、出てくるよね」
ユフィスティアが堂々と、俺の前に現れた。
シュヴァルツを圧倒していたのは、ユフィスティアだったのか。
──さて、どうやって倒す?
「君が出てくるんだったら──本気でやろう!」
そう言うと、ユフィスティアは二対四枚の純白の翼を生やし、金髪は美しい白髪へと変わっていく。
──白髪、この世界ではスティア王国の王族のみに見られる髪色。
コイツ、何故白髪に──?
それに、あの翼──まさか!?
「お前──天使、か?」
「正解だよ、ボクは大天使パセティエル──『存在しない』8体目の美徳天使さ」
──この世界での天使の美徳は、正義、知恵、勇気、忍耐、純潔、信仰、節制の七つと言われている。
それに対応する7体の天使がいるのだが──コイツは今、8体目と言った。
それに『存在しない』⋯⋯?
一体、コイツは──何なんだ?
「ボクが司るのは『悲壮』──凄惨たる状況に置かれながら、それでも、強く美しい人間へ捧げる美徳さ」
「⋯⋯その眼は何だ?」
「この眼かい?この眼はちょっと異例でね、他の大天使達の美徳を扱える眼なんだ──敢えて名付けるなら『美徳眼』かな?」
さっきからずっと、コロコロと八芒星の色が変わり続けている。
全ての美徳を扱える──一体、どういう効果だ?
まあ、戦ってみないことには始まらない。
「さて、そっちがそこまで出してくれるなら──こっちも、いかせてもらおう──【絶界】」
緑の髪に、黒のメッシュが入る。
神智結晶──三つ目、もう準備できてるか?
《まさかこんなに早く習得できるとは思っていなかったがな──あの天使には、全部出し切っていい》
──さて、この天使を確実に叩き潰そうか。